4 冤罪と亡国の騎士
その日の夜、王城にて。
「クソ!やはり召喚されておったか!」
「何とか殺そうと追いかけたのですが、逃げられてしまいました」
「よい。だが、何としてもその男を国外に出す訳にはいかなくなってしまった。特に、残り1本が保管されている隣国、フェリスフィア王国には」
「えぇ。それについては、わたくしに考えがあります。絶対にあの男を国外に出してはいけません。何としても、国内で息の根を止めなければなりません」
誰もいない談話室で、王と王女が卑劣な企みを話し合っていた時、天井裏でそれを盗み聞ぎしている人がいた。王と王女の話を聞いたそいつは、誰にも気付かれないように城の外へと出て走り去っていった。
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「はぁ……なんとか逃げ切れた」
町から遠く離れた森の中にある洞窟で、俺は焚火を眺めながら自分が今置かれている状況にうんざりしていた。
「これ、本当にフェニックスなんだろうか?」
最初に浮かび上がらせて以降、金の鳥の紋様は俺が意識すれば自由に浮き上がらせる事が出来るようになった。描かれている鳥をよく見ると、嘴は鷲に似ていて、尾羽が3本描かれていた。
「これが不死鳥、フェニックスなんだろうか」
寿命を迎えると炎に飛び込んで自ら命を絶つが、その灰から再び生を受ける事から不老不死の象徴とも言われている伝説上の生き物。
確かに、神話のフェニックスは鷲と同じ姿をしているって聞いた事がある。
「フェニックスの力が俺の中に宿っているのなら、死なないこの身体にも説明がつく。でも、だからって何で俺が悪者にされなきゃいけねぇんだ」
確かに、ある物語では悪魔の化身という設定があるって中学の時に俺の幼馴染が言っていたな。
「そこで何でアイツの事を思い出すんだ」
俺の幼馴染の梶原麻美は、幼稚園の時からずっと一緒だった女の子で、今も同じ学校に通っている。梶原も俺と同じクラスだったから、あの時の異世界召喚で俺と一緒に巻き込まれてこの世界に来ていた。
犬坂や秋野程ではないが、梶原も容姿が整っていてスタイルも抜群だから男子の人気が高い。
「確かアイツも、石澤の所に就いたんだったな」
よく見ていなかったから、何となくそう思っただけだけど。
中学の時に石澤と仲良くなって以来、梶原とは一度も口を利いていないから今頃アイツが何をしているのかなんて俺には関係ない。
「さてと、梶原の事なんて考えても仕方ないし、寝るか」
おそらく、城中に俺の事が知れ渡っているだろうから城がある町にはもう戻れない。
これからどうしたら良いのかを考えながら、俺の意識は徐々に夢の世界へと旅立って行った。
その夢で俺は、森の中にある湖の近くで腰を下ろしていた。着ている服はあの町で買った物とは違う青と白の服を着ていて、革鎧を身に着けていた。そして腰には、ファインザーと同じ長さの黄金色の剣が提げられていて、鍔は鳥の羽を模した形をしていた。
そして、湖から絶世の美女と言ってもいい程の金髪の少女が俺に近づいてきて、柔らかい笑顔を浮かべながら右手を差し出してきた。彼女の右の手の甲には、俺の紋様と同じ紋様が浮かび上がっていた。俺の紋様が金色に輝いているのに対して、彼女の紋様は銀色に輝いていた。
そして彼女の腰には、俺があの武器屋で買ったファインザーが提げられていた。
「お前は……」
彼女の名前を尋ねながら手を握ると同時に、彼女が俺に一言言った。
―――好き
「え?」
「あっ」
目が覚めるともう朝になっていて、洞窟内にも朝日が差し込んできた。
「今のは一体……」
何度も同じ夢を見て、しかも彼女が何を言っているかまで分かり、しかも彼女の気持ちまで流れ込んで来るなんて、夢にしてはあまりにも出来過ぎていた気がした。
「あの子は一体、何者なんだ」
何故、色違いながらも俺と同じ紋様が彼女の手にも浮かび上がっているのだろうか。
何故、彼女の腰にファインザーが提げられていたのだろうか。
そして何故……………………
「何で、俺に向かって、『好き』なんて」
実際に彼女の声が聞こえた訳ではないが、唇の動きから彼女が俺に向かって何を言ったのかは分かった。会った事もない女の子が、どうして俺に向かって「好き」と言ったのだろうか。それも、とても強い好意を込めて。
「それ以前に、あの子は一体誰なんだ」
たかが夢でしかない、顔も知らない、名前も知らない、会った事もないあの子の事がどうしても気になる。あの子の事を考えると、どうしようもなく愛おしい気持ちになるのは何故。
そんな疑問を抱きながら俺は、身支度を終えて近くの町へと出向いた。念の為に、武器屋のおじさんから貰った茶色のローブを羽織って。
だが、その町で俺は信じられないものを目にした。
「これは、俺?」
町の至る所に、俺の手配書らしき紙が貼られていた。しかも、目付きの悪さと仏頂面な所まで忠実に再現した似顔絵付きで。まぁ、目付きが悪くて仏頂面なのは事実なので特に何とも思わない。
だが、許せないのはその似顔絵の下に書かれていた内容であった。
『この者、城下にて複数の女性に性的暴行を働き、挙句の果てには大金を巻き上げるという卑劣な行為に及んだとされる。
この者の名は、楠木竜次。
この世界に災いをもたらす魔人共の王にして、人類に仇をなす最悪の敵。
この者を目撃した者には、報酬として銀貨200枚。
殺した者には、金貨100枚の報奨金を与える』
「何なんだよ、これ……!」
俺はあの王と王女に対して、どうしようもない程の怒りを感じた。
出鱈目もいいところだ。俺が一体何時、複数の女性に性的暴行を働いた。大金を巻き上げたって、おたく等から貰った銀貨じゃないか。それに、その後はちゃんと自分の力で稼いだ金だ。巻き上げてなんていない。
それ以前に、この世界に召喚されたばかりで右も左も分からない状態で、いきなり複数の女に性的暴行を加えられる訳がない。そもそも、混乱するばかりでそうしようという発想には至らない。事実、町に出たばかりの俺はこの世界でどうやって生きていけばいいのかという事ばかり考えていて、そんな事を考える余裕なんて無かったし、やりたいなんて思った事もない。
「何だって、召喚されてたった3日で犯罪者扱いされなきゃいけねぇんだ」
誰にも見つからないようにしながら、俺はさっさとこの町から出る事にした。幸いなことに、この町には検問所がなかったので顔を見られる事なく自由に出入り出来た。
「チキショウ。これから先どうやって生きていけばいいんだ」
せっかく良さそうな生き方を見つけたばかりだというのに、どうしてこんな理不尽な目に遭わないといけないのだと、腸が煮えくり返りそうな感じになりながら俺は森の中をスタスタと歩いていった。
そして、魔物とも遭遇する事もないまま5日後の夜、俺は川辺の近くで二度目の野宿をする事にした。
「さてと、現在の持ち物のチェックでもしておくか」
あの武器屋で手に入れたのは、
普通の鉄の剣と、フェニックスの尾羽が埋め込まれた赤色の剣・ファインザー、ライターに似た着火道具、ロープ、赤い紐、ナイフ、水が無限に出て来る水筒、魔物の素材をたくさん収納する大きなガマ口の袋、銀貨と銅貨が入った革袋、コンパス、今羽織っている茶色いローブ、替えの靴と服と革鎧、野外用布団と毛布。
であった。
「あのおじさんも、よくもまぁこんなにたくさんくれたな」
その上、予備の服と革鎧までくれたのだから本当に頭が上がらない。
持ち物のチェックを終えて、俺は道具をリュックに入れようとした。
「ん、何だ?」
今まで気付かなかったが、偶然リュックの前側のポケットに何かが入っている事に気付いて、俺はそれをポケットから取り出した。それはどうやら、この国と、この世界の地図の2枚であった。
「あのおじさん、こんなのまでくれてたんだな。それにしても」
この国、キリュシュライン王国ってこんなにも大きな国だったんだなというのが、地図を見て初めて分かった。大陸の西側の大半を占めていて、あとの国が何だか小さく見えてしまうくらいであった。
「へぇ、いろんな国があるんだな……ん?」
何となく地図を見ていると、一ヶ所だけ丸で囲われた国があった。しかも、わざわざ赤ペンで書かれていた。
「フェリスフィア王国。ここに行けって事なんだろうか」
フェリスフィア王国は、キリュシュライン王国の南東に位置する隣国で、他の国に比べると比較的国土の広い国であった。それでも、大陸の西側の大半を占めるキリュシュライン王国とは雲泥の差だが。
「フェリスフィア王国に一体何があるって言うんだ?」
何気なく地図を裏返してみると、あのおじさんの直筆と思われる文字が書かれていた。その内容は、これから旅立つ俺へと向けたメッセージであった。
『にいちゃん。これを読んでいるという事は、あの独裁者と悪魔みたいな王女に罠を掛けられて、追われる身になっていると思う。
そんなにいちゃんの為に、俺からこの国がこんなに大きくなった理由と、にいちゃんのこれから向かうべきところを教える』
「あのおじさん、こうなる事を心配してわざわざ」
実は良い人だったおじさんの粋な計らいに感動しつつ、俺は続きを読み上げた。
『まずはこの国、キリュシュライン王国は最低な独裁国家だ。元々は西方の最果てにポツンと存在するだけの小国だったが、今の王の代から侵略目的の戦争を頻繁に仕掛ける様になり、周辺にあった国が次々とあの暴君の言いなりとなった。侵略された国は、たった20年もの間に15以上も存在し、周辺諸国を侵略して国土を広げていった。俺が住んでいた国も、あの暴君によって滅ぼされてしまった』
「とんでもない国に召喚されたんだな」
理由は分からないが、あの王が何かしらの力を手に入れた事で周辺諸国に戦争を仕掛けていき、侵略していったのだな。だからこの国だけが、極端に大きかったのだな。
更に読むと、魔人達が怪物を使って人間達を襲う様になってから王は更なる力を手に入れる為に、かつてこの世界を救ったとされる聖剣士を召喚させ、自国の安全確保と更なる侵略戦争のコマに利用しようと企んだのだそうだ。
つまり俺達は、魔人退治だけでなく他の国を侵略する為に聖剣士を悪用しようと企んでいるのだな。
「卑劣な奴だ。魔人共の進行は本当だとしても、伝説の聖剣士をそんな事に利用するなんて!」
そんな事の為にあのクソ王は、俺達を召喚させたのかと思うとこれまで感じたことがない程の怒りを感じた。
「あのクソ王のせいで、大勢の人の人生を滅茶苦茶にさせやがって!」
このままあのクソ王の言いなりになってはいけない、そう思った後で改めて続きを読んでみると、あのおじさんがフェリスフィア王国に丸をしたのかが分かった。
『フェリスフィア王国は、フェニックスを神として崇めている国で、かつてこの世界に召喚された先代のフェニックスの聖剣士によって建国された由緒ある大国だ。そこに行けば、ファインザーに選ばれたにいちゃんが冷遇される事は無いし、何よりあの暴君の軍勢を何度も追い返す程の軍事力を持っている。あそこに行けば、にいちゃんの身の安全は保障される。
それでは、幸運を』
「まったく、俺が着替えている間によくこんな長い文章が掛けたな」
いや、あの時俺は初めて身に付ける革鎧に戸惑っていたから、ここまで詳しく書く時間はあったか。
「おじさんのお陰で、俺の行くべき場所が決まった」
おじさんの指示通りに、俺はフェリスフィア王国へと亡命する事を決めた。
目的地が決まった所で俺は、ゴツゴツと痛い砂利の上に野外用の布団と毛布を敷いてしばし休息を取る事にした。
「それにしてもあのクズ王、よくも嘘をつきやがった」
仰向けになって俺は、あの王が付いたもう一つの嘘に対して恨み言を吐いた。
あの王は、ドラゴン、獅子、ユニコーン、亀の4体の星獣って言っていたけど、あのおじさんの書いてあった文章にはこう書かれていた。
『フェリスフィア王国は、かつてこの世界に召喚された先代のフェニックスの聖剣士によって建国された大国』
フェニックスの聖剣士という事は、星獣は本来その4体にフェニックスを加えた5体存在するという事になる。
「今紋様が浮かび上がるって事は、俺はフェニックスの聖剣士としてこの世界に召喚されたんだな」
だから俺にも、上代達と同じ恩恵が与えられていたのだな。この世界の文字の読み書きが出来るのも、敵の気配を察知できたのも、全ては聖剣士としての恩恵だったのだな。俺だけがイレギュラーという訳ではなかったのだな。
だが、ここで一つ疑問が残る。
あの時聖剣は4本しかなかった。つまり、俺が受け取るべきフェニックスの聖剣だけがあの場に無かった事だ。
「まぁ、妥当に考えるのならフェリスフィア王国に保管されているのだろうな。先代のフェニックスの聖剣士が建国したって言うし、あっても不思議ではないだろう。そうなると、あの4本の聖剣は略奪されたという事になるな」
俺の勝手な憶測でしかないのだが、考えれば考える程その可能性が濃厚になっていく。あの暴君は、俺達聖剣士を召喚させる為に聖剣が保管されている大国を次々に襲い、侵略した後で聖剣を奪って所有権を主張したのだろう、と。
「だけど、やはりただの想像でしかない。確かな情報が欲しいな」
情報を得るには、やはり再び町に赴かないといけない。このままフェリスフィア王国に向かうという手もあるが、真相をしっかり把握しないとモヤモヤしてならない。
「町じゃなく、小さな集落や村に行けば少しは集まるだろうな」
キリュシュライン王国の地図を広げて確認してみると、ここから遠いがマルロ村という村に行ってみようと思い、俺は眠りについた。
どのくらい眠っていたのか分からないが、まだ日が昇り切る前にこちらに近づいて来る害意に築いて俺はファインザー手に持って跳び起きた。
「人ではない、おそらく魔物だろうな」
人にしてはあまりにも大きすぎる上に、走ってくる速さが尋常ではなかった。森の中では馬車は走らせられないし、大きな動物か魔物と読むのが妥当であった。
案の定、森から姿を見せたのは物凄く大きな熊であった。しかし、普通の熊と違うのは、目の前に現れた熊は3メートルを優に超えて、しかも犬歯が口からはみ出るくらいに長かった。おそらく、あれも魔物の一種なのだろうな。
「ッタク。人の貴重な安眠を妨害しやがって」
襲い掛かってきた熊を、俺はファインザーの一振りで上半身と下半身に両断して仕留めた。
「何なんだ、この熊は」
ここに来る前から明らかに興奮していた為、その原因となる何かがあるのではないかと思い、俺は熊が走ってきた方向を辿って森の中へと入っていった。一応、敵がいないかどうか気を配りながら。
しばらく森の中を進んでいくと、円形の開けた場所に出て、そこで俺は血で真っ赤に染まったテントを複数見つけた。そして、その近くには何だか高そうなスーツを着た人と、ボロボロの布切れの様な物を身に着けた複数の男女が死体となって転がっていた。中には、腹を裂かれて内臓が無くなっていた人もいた。
「うぅっ、酷いな」
その光景を見た俺は、あまりにおぞましい光景に吐きそうになった。まるでこの世の地獄であった。
「熊は、こいつ等に驚いて興奮して、この場にいた皆を皆殺しにしたのだろうな。せめて火葬してきちんと埋葬してあげないと」
そう思った俺は、遺体を一ヶ所に集めた。死体は思っていた以上に重く、抱えてあげたかったがそれも叶わず引きずる事になった。
そうして日が昇り始めた頃には、あと1人という所まで来ていた。
「この人で最後……」
最後の遺体に触れた瞬間、その遺体から僅かながら温かみを感じた。
「生きている。生存者か」
どうやら、あの状況の中で何とか生き延びたのか。
生存者は女性で、ボロボロの布切れの様な物を着ていたが、その容姿は非常に整っていて、手入れの行き届いた綺麗な短い赤髪をした大人の女性という感じがした。
しかし、背中と首と両脚には熊の爪によって引っかかれた跡があり、出血もかなり酷かった。この状態で生きているのが奇跡であった。
その女性に俺はスゥと右手をかざし、右の手の甲にフェニックスの紋様を浮かび上がらせながら意識を集中させた。
すると、女性は赤色の光に包まれていき、傷口が徐々に塞がっていった。
やり方を分かっていた訳ではない。ただ、こうしたら相手の傷をいやす事が出来るというのが分かった。使った事もないのに、何故か使い方を知っていた。これも、聖剣士だけが持っている恩恵の一つなのだろうか。
光が治まると、女性はゆっくりと目を開いていった。赤色の瞳にもしっかり生気があり、この人はもう大丈夫だというのが分かった。
「わたくしは…………」
「もう大丈夫みたいだな。治ったばかりだから、もう少し安静にした方が良い」
女性の様態を確認した後、俺はすぐに遺体を火葬してあげた。何時までも野ざらしにするのは良くないから。
その後、生き残った女性と一緒に遺骨を埋葬して墓を作ってあげた。
「このぐらいしかしてあげられなかったが」
「いえ、それでもあなたの行いは素晴らしかったと思います」
女性もお墓の前に手を合わせて、犠牲になった人達の冥福を祈った。
「改めて、助けていただきありがとうございます。わたくしは、エルディア王国の騎士団所属のエル・シルフィードといいます」
俺の前で膝を付いて、頭を下げてお礼を言う女性と名乗る女性。だけど、何故一国の騎士がこんな所に、しかもこんなボロボロの布切れを着せられて、更に自分が所属している国から離れてこんな所にいるのだろうと疑問に思った。
そんな俺の疑問を察したのか、エルは自嘲気味に話した。
「正確には、今は滅んだ元王国騎士団所属の騎士で、今は奴隷にされているのですが」
「滅んだ国って、あんたの住んでいたエルディア王国も」
「はい。あの暴君の率いる軍によって滅ぼされ、取り込まれてしまいました」
エルは何も言わずに、黙って首を縦に振った。だから、奴隷になってここにいるのだな。
「この国の兵力は異常です。誰もが死を恐れずに、ただただ前へと突っ走り、我が軍の守りを強引に突破していったのです。そこへ、単独で千人もの兵を蹴散らせた4人の剣士と魔法使いが現れて、あっという間にエルディアは制圧されてしまいました」
「強力な、4人の剣士と魔法使いか。ってちょっと待て。魔法は確か存在しない筈じゃ」
「何をおっしゃっているのですか?魔法なら普通に存在します。そもそも魔力があるのに、魔法が存在しないなんて馬鹿な事がありますか?」
「……確かに」
あの暴君め。よくも嘘を付きやがったな。
エルによると、キリュシュライン兵士は一人一人がそんなに強くはなく、作戦も戦略も無しの正面突破による戦い方を行うのだそうだ。それでよくたくさんの国を滅ぼしたなと思ったが、その強い4人がいるお陰でここまで勝ち進む事が出来たのだろう。
大方あの王は、その4人に絶対の自信を持ったことで調子に乗ってたくさんの国を乗っ取って、この大陸をキリュシュライン一色に染め上げようと企むようになったのだろう。
「かと言って、あの暴君も侮れませんでした。わたくしも戦いましたが、アイツが一番の化け物でした」
「やっぱりアイツも強いのか」
そうでなければ、国を丸ごと一つ制圧できるような4人を従える事なんて出来ないよな。
ちなみに、その4人の剣士と魔法使いはエルが深手を負いながらも何とか倒したらしい。ならもう、この国には飛び抜けて強い騎士は一人もいないという事になる。ま、だからと言って油断は出来ないのだけど。
「それで、お前はどうする?俺はフェリスフィア王国に亡命しようと思うが、お前はこれからどうしたい」
奴隷にされてしまった言っても、エルは元一国の騎士をやっていたほどの実力を持っている。いざとなれば、魔物狩りをして生計を立てる事も出来る。主もいなくなった今、彼女を縛るものは何も無いのだから。
これからの事を聞くと、エルはおもむろに布切れに作った簡易のポケットから琥珀に似た宝石のような物を取り出して、それを俺に差し出した。
「何だ?」
「これは転移石といいます。これを使いますと、どんな場所であっても自分が行きたい場所に転移する事が出来ます。その際、自分が行きたい場所を頭の中でイメージしながら、転移石を砕く必要がありますけど」
「へぇ」
使い捨てながらも、そんなすごいアイテムをよく今まで隠し持っていたな。本物かどうか怪しくなってきたぞ。
「疑われるのでしたら、わたくしを王都へと連れて行って下さった後で、レッグストーンという所へと行くと良いです。人の背丈ほどもある細長い一枚岩で、それが地面に垂直で立っている不思議な岩です」
そう言ってエルは、地面にそのレッグストーンという一枚岩のイラストを地面に書いた。何というか、下の点の部分が無いビックリマークの様な形をしているな。そんな状態で、よく直立不動で立っていられるな。
「ふぅん。で、その石をくれる代わりにお前を王都へと連れていって欲しいというのか」
「助けてもらっておきながら、こんなお願いをするのは無礼なのかもしれません。ですが、どうかお願いします。いざとなったら、わたくしを捨てて逃げれば良いです」
俺としては、別にエルの願いを聞き入れてあげる義理は無いのだが、彼女にも何か譲れない事情があるのだと思うと無下にできなかった。
「分かった。その代り、王都の中はダメだ」
「近くでも構いません。ありがとうございます」
危険なのを承知で俺は、エルと共に再び城下町、王都へと戻る事にした。
「それよりも先ずは飯だ。それから、お前の服を用意しないとな」
「ありがとうございます」
俺はエルを連れて、荷物が置かれている川辺の近くへと戻った。朝食は、俺が森に入る前に仕留めた熊の肉を焼いて食べた。