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39 不安の要因と賑やかな野宿

 ヤマトに来てから35日後。

 この日俺達はヤマトを出て、イルミド王国に戻ってマリアやダンテ達と合流して、そこから今度は東へ旅に行く日でもあった。

 そのメンバーに、新たに椿が加わる事になった。リーゼはポーション制作の依頼が来た為、俺達と別れて祖国のファルビエ王国に戻る事になった。上代から転移石を貰って。

 城門の前で、俺達は国王陛下と王妃様、上代と桜様と幸太郎様達に手厚く見送られていた。


「本当にお世話になりました」

「いやいや、我々も楠木殿に助けられました。ニーズヘッグからヤマトを守り、復興の手伝いまでしてくださった。後は我々だけで大丈夫です。どうか、また旅を楽しんでください」

「ありがとうございます」


 国王陛下に深々と頭を下げた後、扇子で口元を隠した王妃様が俺に近づいて言ってきた。


「椿との関係進展も期待しています」

「あぁ、はい」


 謎の圧を受けて、俺はお辞儀のポーズをしたまま返事をした。王妃様にとって、椿の結婚は何よりも重要と考えており、その相手として目を付けられた俺と椿を何としてもくっ付けようとしている。椿も、俺と一緒に旅が出来て嬉しそうにしているが、シルヴィとバチバチするのだけは勘弁して欲しい。


「では、俺達はこれで失礼します」

「皆さんに良き旅を」

「困った事があったら、何時でも頼れ」

「上代もサンキュウ」


 皆に見守られながら、俺達はシルヴィが召喚したレイリィの力を使ってイルミドの城門前まで転移した。そこでマリアとダンテと宮脇が、俺達の到着を待っていた。


「待っていました」

「予想よりずいぶん早かったな」

「3人とも、よく待ってられたな」


 一応手紙で事前に今日合流する事は伝えてあるが、だからと言って城門前で待つ事は無いと思うぞ。もしかしたら、あと2~3時間後だったかもしれないのに。


「楠木君の性格を考えたら、もうすぐ来るんじゃないかって思ったの」

「明里の推測は見事に的中です」

「ははは……」


 何だか掌の上で踊らされているみたいで、あまりいい気分にはなれなかった。


「そんな事よりも、さっさと行こうぜ。35日もずっとこの町で待ったんだから」

「その間ダンテは、何度もスリに財布を取られてあたふたとしていたわよね」

「それは言わないでくれ!」


 何度もスリの被害に遭ったって、一体何回金目の物を盗まれたら学習するのだろうか。その為、現在は宮脇がダンテの財布を握っているのだそうだ。早速尻に敷かれているな。犬坂のパートナーの筈なのに、おかしいな。


「まぁ、いいか。俺も早く旅がしたかったんだし、行くか」

「ゾーマと馬車なら、既に準備を済ませています」


 そう言ってマリアは、俺達の後ろでスタンバイしているゾーマと馬車を指した。


「4ヶ月ぶりに見たな。久しぶりだな」


 長い間俺と一緒にいなかったから、もしかしたらゾーマは俺の事を忘れているのではないかと思ったのだが、嬉しそうに頬ずりをしてきたので杞憂に終わった。


「んじゃ、行くか」


 懐かしいと思いつつも、俺は早く旅に出たい一心で荷物を積んでから最初に馬車へ飛び乗った。その後に、シルヴィ、椿、マリア、宮脇と続いて乗り、乗り遅れたダンテが強制的に御者をする事になった。


「そりゃないぞ」


 シュンとなりながらも、ダンテは文句も言わずに御者台に座って手綱を握り、俺達はイルミド城を後にした。

 馬車に揺られながら30分後、俺達はイルミドの王都を後にして、隣国のゾフィル王国を目指して進んだ。


「あははは、椿様とも婚約されたのですか。意外と手が早いですね」

「笑い事じゃないんだけど」


 馬車に揺られながら、俺はマリア達にヤマトでの出来事を話した。中でも、半ば強引に椿と婚約させられたという話に物凄く食い付いた。


「楠木君も油断し過ぎだと思うよ。そもそも、シルヴィアさんが料理苦手なのを一番よく知っているのに」

「私だってそれなりに成長しているわよ。ただ、あの時はちょぉっと失敗しただけで……」


 いや、あれはちょっとというレベルではなかったぞ。完全に石炭になっていたぞ。というか、炒めるだけの焼きそばをどうやったらあそこまで黒焦げに出来るのだろうか。


「俺だって、まさかあのまま料理対決に移行していたなんて思わなかったから」


 結果的に、王妃様の術中にはまってしまい、椿と婚約をさせられた訳である。


「というかマリア様も、竜次の側室という形で椿様と無理矢理婚約させられたというのに、よくそんな風に笑っていられるわね」

「いやだって、何時かはこういう話がくるだろうと思っていましたから」

「それなら何とか言ってよ。ヤマト王妃に直談判するなり、抗議するなり」

「俺からも頼むよ」


 地球から来た身として、2人以上奥さんを娶るのに未だに抵抗があるのだ。上代に相談しても、「諦めろ」と言われる始末。もうマリアしか頼れる相手がいないのだ。


「抗議するも何も、竜次様を我が国に永住させるつもりなどありませんから何とも言えません」

「「…………はぁ!?」」


 衝撃の告白に、俺とシルヴィは耳を疑った。マリアは、俺をフェリスフィアに住まわせるつもりが無い事が発覚した。


「誤解が無いように言いますが、支援は致しますし、有事の時は手を貸します。ただ……」

「アルバト王国に恵みの雨を降らせ、ファルビエ王国に襲来したファフニールを倒し、イルミド王国で起こった大襲撃に立ち向かい、更にリバイアサンまで倒した。その上今度は、ヤマトの危機も救ったのですから、キリュシュラインと敵対関係の国やそうじゃなくても友好関係に無い国にとって、楠木君との関わりは何よりも重要であり、最後の希望でもある。そんな楠木君を、フェリスフィア王国が独占して、その上永住までさせると益々不安がるのですね。フェリスフィア王国までも聖剣士様を独占するつもりか、って」

「流石は明里様。正解です。我が国としては、同盟国以外の国との関係が悪くなるのは困るのです。特にキリュシュラインが他の聖剣士を独占し、更に性格を歪ませて他の国を侵略するかも、という恐怖があるのです。我が国までそんな誤解をされては困るのです」


 もろに政治的問題じゃない!

 つまり、俺がフェリスフィアに腰を下ろすと同盟国以外の国が勝手に不安がって、フェリスフィアまでもがキリュシュラインの様に聖剣士を独占して国を乗っ取るつもりか、なんて発想に走ってしまうのか。なんて迷惑な話だ。


「そんな顔をしないでください。そもそもの原因は、キリュシュラインにあるのですから」

「キリュシュラインが聖剣士を政治利用し、その地位を使っていろいろと脅しをかけてくるから、フェリスフィアと同盟を結んでいない国にとっては、キリュシュラインと唯一敵対している楠木君との繋がりが重要になるのですね」

「流石は明里様です。我が国には、キリュシュラインの奇襲を退けたという経歴があります。そのお陰で、我が国にはあの大国の横暴な奇襲を跳ね除ける程の軍事力があるのだと思われているのです。他所の国からしたら恐怖でしかないのです」


 そりゃ、撃退した上に大打撃を与えたのだからそう思われても仕方がない事だ。実際には、レイトの立てた戦略によって撃退し、力の差をカバーしただけなのだが。


「そんな強大な軍事力を持ったフェリスフィアが、その上楠木殿まで独占するなんて横暴すぎるぞ!なんて文句を、同盟を結んでいない国が言ってくるのです」

「ああぁ……」

「要は、皆怖がっているだけじゃない」


 シルヴィの指摘通り。要は、ただ怖がっているだけである。何処かの国が聖剣士を独占する事で、自分達の国で危機があっても助けてもらえないのではないかと不安がっているのだ。

 あり得ない話だと思うが、キリュシュラインがそういう事をしている為弁解が出来ず、フェリスフィアと同盟を結んでいない国の間で聖剣士の独占の禁止が暗黙の了解となってしまった。


「そう言えば、ヤマトでも上代殿が滞在している事が内緒にされているでござるが、父上と母上もそういう事を知っていたのでござるな」

「同盟を結んでいる国々は、我が国はそんな事はしないとすぐに理解を示していますが、そうでない国はその辺の理解が乏しく、無闇に不安がらせない為なのです。竜次様には申し訳ないとは思いますが」

「いや、いいよ」


 世界が危機に瀕しているこの状況で、国同士の諍いを起こさないようにする為に行っている事だ。マリアにとっても苦渋の決断だという事は理解しているし、ヤマト王妃にも言われた。


「まったく、信用できないのは黒い方だけなのに。竜次や他の聖剣士まで巻き込まないで欲しいわ」


 シルヴィだけは納得のいかない様子で膨れていた。第三王女という事と、シルヴィが国同士の外交に不向きな性格をしているというのもあってか、王宮の仕事にあまり関わっていないのがよく分かる。それが、シルヴィの認識の甘さを生んだのだろう。諦められているぞ、元エルディア王国第三王女様。

 でも、聖剣士の独占の禁止の要因は何も国同士の諍いを避ける為だけではなさそうだ。大きく溜息を吐きながら、マリアと宮脇がもう一つの要因を話してくれた。


「その石澤君が問題なのよ」

「どういう事だ?」

「竜次様もご存知だと思いますが、黒い聖剣士が1000人以上という馬鹿げた人数の女性と婚約しているという話は、既に世界中に広まっています。我が国と同盟を結んでいる国は大丈夫ですが、そうでない国の王族と貴族は、自分の娘も黒い聖剣士に無理やり奪われるのではないかと不安がっているのです」


 それを聞いて俺は納得してしまった。

 政略結婚が当たり前の王族と貴族でも、自分の娘がとんでもない男の所へ嫁ぐのは何としても避けたい。いくら国の為とは言え、親としてはまともな相手の所に嫁がせてあげたいものだ。


「上代も言ってたけど、いくら一夫多妻が常識のこの世界でも異常だって」

「まさにその通りなのです。諜報員によるとキリュシュラインは、『貴国が大襲撃に見舞われた際には助けを出す代わりに、貴国の姫と各貴族の令嬢を石澤玲人様の妻として差し出せ』という条件を出しているのだそうです」

「最低ね」


 シルヴィの言う通り、いくら国にとっていい話であってもそんな条件では承諾は出来ないよな。石澤も何バカな事を考えているのだろうか。


「尤も、そんな指示を出しているのはあの暴君とエルリエッタ王女であって、黒い聖剣士はそういう事情がある事を知らないみたいです」

「おいおい……」


 何で知らないんだよ!国同士の交渉に参加したことが無いのかよ!あのクソ王女と仲良くしていて、何時もベッタリ傍にいるくせに!


「まぁ、黒い聖剣士には喜んで自分の所に嫁ぎに来たのだと伝えられているらしいのです。なので、そういうった事情があるなんて知らないみたいです」

「あの馬鹿……」

「何処までおめでたい頭をしているのかしら、石澤君は」


 あのクソ王女は、一体何を考えているのだろうか。

 そもそも、1000人以上の女性と婚約させる事自体どうかしているし、石澤もその事に何故疑問を抱かないのだ。いくら一夫多妻が認められていても、何事にも限度というものがあるだろ。それが分からなくなってしまうくらいに、石澤が傲慢になってしまったというのだろうか。


「いくら国の安全が掛かっているとはいえ、流石に1000人以上もの女と婚約している女たらしの所に可愛い娘を送りたくないですから」

「マリア殿のおっしゃる通り。そんな男に、きちんと養う甲斐性があるとは思えぬ。己の欲望が丸出しでござる」


 そりゃ、後先考えずに1000人以上婚約すれば不安を覚えるのは当たり前だ。王様や貴族じゃなくても、こんな男の所に娘をお嫁に出したくないよな。

 とは言え、国の安全を考えいると無下に扱う事も出来ない為、交渉を持ち込まれた国の王様としてはかなり難しい立場だろうな。


「そんな難しい状況の中に現れたのが、竜次様なのです」

「なるほど。楠木君と関わり持つ事で、楠木君と関わりの深いフェリスフィアと同盟を結んで後ろ盾を得ようという訳ですか。それと同時に、大切な娘を楠木君と結婚させて守ろうと考えているのですね」

「まぁ、結婚とまでは考えていないだろうけど、概ねそういう事です。フェリスフィアを初めとした、極少数の国では許されなくても、2人以上の女性をきちんと養う事が出来れば基本的に重婚が認められていますから」


 そんな理由で自分の大切な娘を嫁に差し出すな。ヤマト王妃様が懸念していたのは、こういう事だったのか。王族ではなくなったシルヴィでは、嫁取り問題を跳ね除ける事が出来ない為、王族で三大王女の一人でもある椿とも婚約させたそうだし。

 尤も、婚期から遠い娘を何としても嫁がせたいという思惑の方が大きかっただろうけど。


「この世界では、全体の9割が一夫多妻制ですから。楠木君も、これから先いっぱい苦労するでしょうね」

「他人事みたいに言いやがって」


 あっけらかんとした感じで言う宮脇に若干イラっときたが、そういう事態を予想できなかったのは俺の落ち度でもある。シルヴィと婚約した時点で安心してしまったのだろう。


「まぁ、これから向かうゾフィル王国は同盟国ですのでそんな事はありませんので安心してください」

「そうか」


 詳しく聞くと、ゾフィル王国には姫が2人いて、それぞれが向こうの女王によってフェリスフィアの公爵家の長男と、イルミドの伯爵家の長男との婚約が進んでいるという。

 ただ、女王も2人の王女も王子も現在フェリスフィアに訪れていて、現在は王が代理で城を任せられているのだそうだ。けれど、この王の評判はかなり悪く、他人の言う事には一切耳を傾けずに自分の言う事全てが正しいと思い込んでいる様な奴だそうだ。


「ただ、ここの所ずっと凶作が続いているみたいで、かなり問題になっているそうです」

「前回の大襲撃にも出兵が出来ない程深刻なのでござるか?」

「えぇ。凶作の原因が赤鬼どもによるものだと考えられているからです」

「いやいや。赤鬼が凶作の原因になるなんて考えられないわ」


 マリアの話を、魔物の専門家でもあるシルヴィが首を横に振って否定した。


「畑を荒らしたというのなら納得するけど、ゾフィル王国で問題になっているのは凶作なんでしょ。赤鬼と凶作がイコールで繋がらないんだけど」


 そう言いたくなるのも分かる。そもそも、凶作というのは作物が育たなくなる事であって、畑を荒らしたのであれば凶作とは呼べなくなる。


「シルヴィア様の意見は御尤もですし、私にも何故赤鬼と凶作がイコールで繋がっているのか分からないのです。現地の人達の話によると、赤鬼が通っただけで作物が一斉に枯れて育たなくなったそうなのです」

「意味が分からないわ」


 シルヴィがそう言いたくなるのも分かるし、マリアが疑問に思うのも分かる。だって、赤鬼という魔物について殆ど知らない俺でも分かる。赤鬼という魔物が畑を荒らす事はほぼ無いに等しいし、そもそも通っただけで育たなくなるという事自体が意味不明である。

 シルヴィによると、そもそも赤鬼は額から長い角を生やした全身が真っ赤なマッチョな男性の姿をした魔物で、性欲が非常に強く男女問わずに襲ってくると言われている不埒な魔物だ。

 仮に、赤鬼が凶作の原因になっているのなら、魔法が得意な騎士を派遣すればそれですぐに治まるものだ。


「赤鬼は、身長が2メートルちょっとの小型の鬼で、豪鬼みたいな巨大でもない限りは魔法による攻撃ですぐに倒す事が出来る比較的弱い部類に入る鬼属よ」

「鬼族?」

「オウガや豪鬼みたいに、筋肉質な人間の男性の外見をして、身体の色が赤や青といった色をした魔物の種類の総称よ。ちなみに属は、生き物の分類の単位の属で、竜次が想像している種族を現している族ではないわ」


 俺の考えている事を読まないで。失礼、「族」ではなく「属」でしたか。


「赤鬼みたいな小型の鬼属は、人間を性の対象としか見ておらず、その人間を無視して作物を枯らすなんて考えられないわ。食欲よりも性欲の方が強いから」

「うぅわぁ、気持ち悪い魔物だな」


 そもそも小型の鬼の性欲が強いのは、寿命が人間の一般的な寿命の半分の40年ほどしか生きられないからだ。つまり、自分の子孫を残そうという本能が強く働いているのだ。そもそも雄しかいないのだから、人間の女性に自分の子孫を残させる以外に方法がない。だが、知能が低いから男女の区別がつかないのだそうだ。

 対して、豪鬼クラスの高位の鬼は不死身で、人間や他の魔物に殺されない限りは死ぬ事は無く、食事の必要もないそうだ。その代りに、破壊衝動が非常に強い為災害級に指定されている。


(ファイヤードレイクもそうだけど、よくそんな危険な魔物と契約が出来たな)


 本人曰く、とにかく大きくて強そうな奴と願かけて呼んだら出てきた為迷わず契約しようと思ったそうだ。何て幼稚な動機。

 そんな訳で、性欲魔神の赤鬼が人間ではなく作物を狙うなんて考えられない。そもそも、最初にシルヴィが言った様に赤鬼と凶作がイコールで繋がらない。そのくらい赤鬼は、人間の作った作物に興味を示さないのだ。


「その辺は、現地に行って実際に狩って調べた方がいいと思います」

「そうね。赤鬼に作物を枯らす力なんてないし、もしあったとしても何が原因でそうなったのかをしっかりと調べないと、また同じ事件を起こしてしまうから」

「なら、急がないとな」


 ゾフィル王国は、この大陸でもトップクラスの農業国家で、小国ながらも西方と東方の食料輸入の4割がゾフィル王国に頼っているそうだ。

 その為、凶作は国の経済を崩壊しかねない程の重大な事件。大襲撃の際に出兵できなかったのはその為だ。作物が育たなければ、自国の食料自給率が大幅にダウンするだけじゃなく、諸外国に作物を輸出できなくなり経済が回らなくなってしまう。

 何としても解決しなければならない。


「あの、話が盛り上がっているところ悪いが、俺を空気として扱うのはやめてもらえないでしょうか!」

「「「「「あ」」」」」


 ゾーマの手綱を握るダンテが、悲痛な声で俺達に訴えかけた。さっきからずっと黙っていたから、ゾーマの手綱さばきに集中しているのかと思っていたが、実際は入るタイミングを見失い空気にされていただけだったみたい。


「ダンテは黙って操縦に集中しなさい」

「そりゃないよ、明里。何で俺だけハブにされなきゃいけないの!」

「操舵手は黙って操縦に集中しなさい」

「操舵手って、これ船じゃなくて馬車なんだけど……」


 船じゃないのに、勝手に操舵手という役職を押し付けられたダンテ。これは間違いなく、誰も御者を変わってあげない気だな。俺と宮脇は無理だとして。

 結果、ダンテはずっと馬車の操縦をする羽目になった。何か皆のダンテに対する扱いが酷い気がするが、気にしないでおくか。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 その日の夜。

 俺達は野宿の為、馬車道から外れた森の中で野宿をする事にした。久しぶりに狩りに出かけた俺は、シルヴィと椿と一緒に猪の魔物を仕留めた。しかも、かなりの大物を。どのくらいデカイのかというと


「なに、これ!?」

「確か、この国にしか住んでいない猪、ボアゴラスだ」

「一番大きい個体で、体高が8メートルもある巨大な猪です」


 という感じで、牙がやたらと長く、その上やたらと身体が大きいボアゴラスという魔物なのである。

 シルヴィ曰く、こちらが刺激してこない限りは襲って来ない大人しい魔物だが、一度危険を感じるとすぐに興奮して襲い掛かってくるのだそうだ。その為、3人で狩った方が早く済むのだ。

 ちなみに、肉はかなりジューシーで脂がたっぷりとあり、筋っぽいのかと思いきや意外と柔らかいそうだ。牙は鋼鉄と同じ素材で出来ている為、剣や盾などの材料として高く売れる。

 という訳で、食べられない皮と内臓は全部ゾーマに与えて、俺達は意外と柔らかくてジューシーなお肉を今晩の夕食として食していた。


「うめぇ!想像以上に美味いぞ!」

「猪の肉だから、てっきり固いのかと思ったけど、これはすごく柔らかくて美味しいわ!」


 始めて食べるボアゴラスの肉に、ダンテと宮脇が舌鼓を打っていた。俺はもう何度も魔物の肉は食べてきたから、今更どうとも思わない。想像よりも柔らかくて美味しいから、それには感動しているが。


「それにしても、この大きな牙はどうすれば良いんだ?流石に馬車に乗らないぞ」

「私の収納魔法に入れてあげます」

「おぉ、そうだったな」


 ヤバイ、4ヶ月ぶりにマリアと一緒に旅をするからすっかり忘れていた。収納魔法という便利な魔法がある事を。後で頼もう。


「そう言えば、これから向かうゾフィル王国にも収納魔法が使える奴がいたな」

「あぁ、アレン殿の事でござるか。そういえば、久しく会っておらぬでござるな」


 ダンテと椿が話題に出した男、アレンというのは南方最強と呼ばれている剣の使い手。フルネームは、アレン・ヴィダン。


「アレンって奴も、マリアみたいに強いのか?」

「いや竜次、マリア様と比較するのは間違っているぞ。椿様もそうだけど、この2人はハッキリ言って規格外だから」

「面と向かって言われるとなんか複雑です」

「拙者もでござる」


 ダンテよ、本人の前で言う事じゃないぞ。マリアも椿も、少し不機嫌そうな顔をしているぞ。


「でも、南方最強と言われているくらいだからかなり強いぞ。俺も一度手合わせした事があるが、憑依術を使ってもぼろ負けしてしまった」

「しかも魔法も使えるみたいでござる。かなりの腕前でござる」


 剣だけじゃなく、魔法も得意だなんてマリアと同じだな。


「尤も、アレンの場合はアレを使うからな」

「アレ?」

「何よアレって?」


 ダンテの言うアレが分からず、俺と宮脇は首をかしげてしまった。その疑問に、シルヴィが答えてくれた。


「ダンテだけが使える特別な魔法剣術、飛翔剣の事よ」

「「飛翔剣?」」

「その名の通り、魔法で剣を飛ばすのよ。アレンの場合は、収納魔法の中にある2万本以上の剣を飛ばして攻撃するのよ」

「2万!?」

「そう。俺もあの剣の大群を前に完敗した」


 1本飛ばしてくるだけでも厄介なのに、それをたくさん飛ばしてコントロールするなんて、どんだけ魔力量が多いんだ。となると、アレンの収納魔法の中には2万本以上の剣が保管されているのか。


「そう言えば、アレンも2年くらい前にシルヴィア様に告白した事があって、ものの見事に玉砕したのでしたね」

「へぇ、シルヴィに告白した事があるんだ」

「昔の話よ。それに、マリア様が言ってたように断ったんだから、フッた奴の事なんてもうどうでも良いでしょ」

「コラ」


 そういう事は、例え思っていても口には出さないものだ。シルヴィの場合は、更に態度にまで出るから。

 そんなんだから、国同士の会談に参加させてもらえなかったのだよ。特に、ㇷッた男に対して冷たすぎるぞ。優しくしてもいい気分にはなれないが、だからと言って冷たくしすぎるのもどうかと思うぞ。


「何か楠木君とでは態度が180度も違うわね」

「これではいくらモテても、北方の国々の評判も悪くなるわな」


 シルヴィは、良くも悪くも好き嫌いがハッキリとし過ぎるきらいがある。本人は全く気にしていないけど。


「けれど、アレンもなかなかの剣士であるのは間違いありません。ゾフィル王家が、自国の騎士団に入れる為に何度もスカウトをしているくらいなのです。ですが、その全てを断って生まれ育った村で暮らし続けている、いわゆる田舎剣士なのです」


 地元愛が相当に強いのだろうか、住み慣れた村から離れないのだな。でも、そんな中でも剣の腕を磨き続けて、南方最強と呼ばれるくらいまでに強くなったのか。実はかなりすごい奴なのかもしれない。


「田舎剣士と言えば、ロガーロ王国のロア殿も元は田舎の剣士でござるな」

「ロア?」


 聞いたことが無い名前に俺は、思わずシルヴィの方を向いて聞いた。


「ロア・メリーラ。北方最大国家のロガーロ王国の騎士団長を務めている、北方最強の剣士と言われているの」

「北方最強か」


 東西南北の最強剣士が、これで分かった。東方最強の椿、西方最強のマリア、南方最強のアレン、北方最強のロア、か。


「ただ、ロガーロ王国出身という事もあって、民達に傍若無人な態度を取っているゆえ、住民達の評判は最悪なのでござる」

「ロガーロ王国って、そんなに酷い国なのか?」

「ロガーロに限らず、北方にある国の殆どが最悪の独裁国家で、王侯貴族がとにかく最悪なのよ」


 俺の疑問にシルヴィが答えてくれたが、聞いているだけで嫌な気分になりそうだ。

 ロガーロ王国は、ジオルド王国の次に治安が悪い国と言われていて、王侯貴族が平民に対してかなり酷くて、かなり高額な税金を搾り取っているそうだ。税金だけじゃなく、美人で処女の娘も王に差し出すという初夜権を発令しているのだそうだ。

 尤も、ロガーロやジオルドに限らず、北方に位置している国はナサト王国以外はその国の王が絶対的な支配を行っていて、そんな王の甘い汁を啜る貴族達が領民達に乱暴狼藉を働くそうだ。

 そして、甘い汁を啜っているのは王侯貴族だけではない。それに仕えている騎士達も、住民に対して横暴な態度を取っているのだそうだ。本当に最悪だな。


「ま、北方に関しては例え大襲撃があっても行く事なんてないだろうし、誘われても行かせる気なんてありません」

「例え見捨てる事になっても、あの辺りの国々と関わりを持ちたくはないでござる」

「相当嫌われているな」


 まぁ、今の所鳳凰の鏡でも反応が無いから行く用事なんてないし、行く必要もない。というか行きたくない。治安が悪すぎだろ。


「それに、あそこは一年中真冬並みの寒さを誇る極寒地帯で、夏でも0度を下回るらしいぜ。とにかくあの地方は、竜次や明里が想像している以上に過酷で厳しい環境なんだ。特に冬なんてマイナス60度もするんだぜ。作物は育たないし、住んでいる魔物はやたらと凶暴でデカくて、町や村を襲うなんてよくあるし、何より北方にはニーズヘッグやフロストドラゴンみたいな危険なドラゴンだっている。そこに住んでいる人達の心が荒むのは仕方ないさ」

「マジかよ……」


 気温が夏でも0度を下回り、作物が育たなく、狩猟でのみ食料を調達していて、更に真冬の最低気温はマイナス60度に達する事もあるという過酷な環境が、そう言った圧政を強いているのだろう。まさに、極寒地獄の様な地域だな。


「まぁ、行くのかどうかも分からない北方の話をしても仕方がないわ。それよりも、これから向かうゾフィル王国やその先にある国の事について話しましょうよ」

「それもそうだな」


 宮脇の言う通り、この先行くのかどうかも分からない所の話なんてしたって仕方がない。これから向かう所の話をした方が有意義な気がする。


「そうね。ゾフィルの次は、東にあるバラキエラ王国になるわね」

「私は北にあるアバシア王国が良いかもしれません。同盟国という訳ではありませんか、我が国とも良好な関係を築いていますし、エミリア王女にも会えるかもしれませんし」

「ほぉ」


 シルヴィのおすすめは、ゾフィル王国の東にあるバラキエラ王国で、マリアはゾフィルの北にあるアバシア王国を進めたか。

 ん、ちょっと待て。


「なぁ、マリア。アバシア王国のエミリア王女って確か」

「竜次様も聞きましたか。そうです、エミリア王女はレイシン王国のシン王子を婚約しているとても可愛らしい姫君です」

「ただ、見てると胸焼けする程のバカップルで、四六時中イチャイチャしているのよ」


 バカップル上等と言ったシルヴィでさえ胸焼けするって、どんだけ仲が良いんだ。

 だが、そんなマリアが薦めたアバシア王国を椿が首を横に振って否定した。


「アバシアと関わるのはもうやめた方が良いでござる。2ヶ月以上前に国王の悪政が露呈し、廃嫡されたのちに王子共々処刑されたそうでござる」

「悪政って、どういうことですか!?」


 何故そういう事になっているのか分からず、マリアは驚いた感じで椿に尋ねた。マリアが知らないなんて珍しい為、俺達も椿の話に聞き耳を立てた。


「マリア殿が知らないのは仕方がないでござる。拙者も知ったのは先週でござるから。我が国の忍が提供してくれた情報によると、国王が民達から多額の税を搾り取って私利私欲の為に利用したという事が発覚し、宰相がそんな国王と王妃、更に王子を弾圧した後に公開処刑をしたそうでござる」

「あの大らかな国王や王子に限って、それは考えられないわ」

「そうですね。とても国民思いの良き国王だった筈です。悪政を行うとはとても思えません」


 椿の話を聞いてもなお、シルヴィとマリアは信じられないと言った感じであった。俺と宮脇とダンテは、会った事が無いから言葉を発する事が出来なかった。


「拙者も信じられなかったでござる。ですから、その後何名か向かわせて詳しく調べさせた。そしたら、他所の国の諜報員が入って来られない様にキリュシュラインで手練れの諜報員が妨害していたそうでござる」

「キリュシュラインだと!?」

「あり得ません!アバシアは、キリュシュラインとは敵対関係にあった筈です!」

「手を組んでいたのは宰相の方であって、国王と王子はまんまと陥れられてしまったのでござる」 

「そんな……」


 その後、椿様は淡々とアバシア王国がその後どうなったのかを話してくれた。

 前々からキリュシュラインと裏で手を組んでいた宰相は、国王を陥れて王家を乗っ取る計画を企てていたみたいだ。2ヶ月以上前にドラゴンの聖剣士、つまり石澤にエミリア王女が助け出された事で一目惚れをした事をきっかけに、それまで裏でコソコソするだけだった宰相が一気に動き出し、国王が不在の時に国を乗っ取ったのだ。

 その時に、王が悪政を行っていたというデマ情報を流して国民の支持を集めさせ、残っていた王子を公開処刑にさせて自身を新しい国王に就任させた。

 それと同時に、エミリア王女とシン王子との婚約を破棄させて、新たに石澤と婚約をさせたのだそうだ。


「どういう事よ!あのエミリア王女が、シン王子との婚約破棄を承諾するなんて考えられないわ!」

「そもそも、シン王子以外の男なんて眼中に無しのエミリア王女が黒い聖剣士に一目ぼれするなんてあり得ません!」


 シルヴィとマリアも、同じ所に疑問を抱いたみたいで声を荒げた。


「何でも、レイシン王国へと向かう道中で魔物に襲われた所をドラゴンの聖剣士が助け出して、その時に一目惚れしたそうでござるが、どうも解せぬ」


 確かに、ずっとシン王子ラブのエミリア王女が石澤に一目惚れをするとは考えにくい。ときめく事はあるかもしれないが、婚約を破棄させてまで惚れるとは思えない。シルヴィや椿から、かなりラブラブだと聞いている。

 更に聞くと、婚約破棄を決定付けたのはシン王子がエミリア王女に無理やり関係を迫るという事件が起こったからであった。そんなシン王子から助け出した事がきっかけで、石澤と新たに婚約したそうだ。


「それこそあり得ないわ!あれだけシン王子から誘われるのを待ち望んでいたのよ、拒むなんて絶対にありえないわ!」

「えぇ!どんな下着を着たら良いのかなど、どんなふうに誘ったら良いのかなどを本気で相談してくるくらいですから!」

「それもどうかと思うけど」


 でも、それなら尚更あり得ないと思う様になった。

 そもそも、そこまでシン王子との関係を望んでいたのなら石澤に助けを求めるなんて考えられない。

 その後、石澤と婚約したエミリア王女はキリュシュラインへと移住し、アバシア王国は正式にキリュシュラインと同盟を結んだそうだ。そう遠くないうちに、アバシアもキリュシュラインに吸収される運命になった。

 そして、国王と王妃は今も行方が掴めないでいるそうだ。


「アバシア王国でそんな事が」

「そんな訳でござるから、アバシアに行くのはやめた方が良いでござる」


 確かに、そんな国に入った瞬間に俺達は包囲されるのは目に見えていた。

 そして、そんなアバシアと国境を接しているゾフィルは更に厳しい状況に追い込まれているそうだ。飲まれないでいるのは、同盟を結んでいるフェリスフィアの後ろ盾があるおかげである。


「凶作に悩まされていて、赤鬼どもの被害にも遭い、その上すぐ隣がキリュシュラインと手を組んだ国。最悪だな」

「このまま凶作が続くと、そう遠くないうちにアバシア王国に取り込まれてしまうでござろう」

「なら余計でも急いでゾフィル王国に向かわないとな」


 幸い、イルミドの王都からゾフィルの国境まではそれ程距離は離れていない。地図で確認してみたが、馬車を走らせれば3日で到達する事が出来る。

 更にそこからゾフィルの王都までは、馬車でたった1日という距離にあった。その理由はいたってシンプル。ゾフィル王国がそれほど大きな国ではないからだ。フェリスフィアはもちろん、比較的国土の小さいイルミドから見ても豆粒程度の国土しかない。それでも、日本がすっぽり収まってしまうくらいの面積はあった。

 しかし、こんなに小さな国であってもこの世界の約4割の国の食料を支えている、この世界でも最大の農業国家。

 それを解決する為に、俺達はこの日早めに就寝して明日は早めに出発する事を決めた。




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― 新着の感想 ―
[一言] ということは、暗殺者に依頼したのはシン王子か……
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