36 最悪の厄竜
「なの、椿様」
「椿と呼んで欲しいです。拙者も、竜次殿の妻になるのでござるから」
「だからって、私と竜次の愛の巣に入り込まないで欲しいわ」
「んん……」
人の両端でバチバチしないで欲しいぞ、お姫様2人。
料理勝負を制し、半ば強引な形で椿と婚約されてしまったその日の夜、俺とシルヴィが泊っている部屋に椿が押しかけてきた。薄手の白い浴衣風の着物を着て、俺の右側にピタリと張り付く様に寝転がった。
そんな椿とバチバチしているのは、左側にピタリと張り付いているシルヴィであった。こちらは、オレンジ色の可愛らしいパジャマを着ていた。
「あの、そろそろ離れてくれない。熱いんだけど」
「椿様が竜次から離れてくれるのなら、私も少しだけ離れてあげるわ。というか、自分の部屋があるんだから自分の部屋に戻れ」
「そうはいかないでござる。妻となる身として、竜次殿のお傍を離れる訳にはいかぬでござる」
「あの、何で余計にくっ付いてんだ」
お互いがお互いに対抗意識を持って、余計に俺の身体に密着してきた。熱いだけじゃなく、とにかく柔らかくて弾力のあるものがこれでもかと言わんばかりに押し付けられている。
―――三大王女2人がここまで熱烈なアプローチを行ってんだ、これはもう美味しく頂かないと男が廃るってもんよ!
―――駄目だよ!そういうのはちゃんと愛がないと駄目だし、そもそも未婚の男女がそういう事をしては駄目!絶対にいけない!
―――関係ねぇだろ、向こうが求めていれば。それに、2人ともこんなにも大きいのだ。その誘惑に抗えと?
―――どんなに相手に求められても、ちゃんと結婚してからでないと駄目だよ!
―――いいじゃねぇか!
―――だめよーだめだめ!
あぁ、実際に聞こえている訳ではないのに、頭の中で天使と悪魔がそういう言い争いをしている様な気がする。それで決着がつかないものだから、戦車まで引き連れて戦っている気がする。
これ以上は理性が限界を迎えそうだ。
「あの、2人とも。気持ちは嬉しいから、今日の所は離れてくれないかな」
「竜次が私を選んで熱い夜を過ごしてくれたら離れてあげる」
「拙者も同じでござる」
「そもそも何故、あんた等2人は結婚前にも拘らずそういう事をしたいのだ?」
「「我慢できない(から)(でござるから)」」
もう嫌だ。ムッツリスケベなお嫁さんが2人に増えた。シルヴィは分かっていたけど、椿様も実はそっち関連に興味津々だったみたいだ。
しかし、だからと言ってここで理性を崩壊させては駄目だ。いくら向こうが求めていて、我慢が出来ないという単純明快な理由があっても、ここで彼女達を抱いていい理由にはならない。というか、2人ともこっちの世界ではもう立派な大人になっているのだから、それくらい我慢して欲しいぞ。
「そもそも竜次は、私に遠慮し過ぎなのよ。私が竜次を裏切る訳がないでしょ」
「竜次殿の過去は聞いているが、拙者達がそれを理由に竜次殿を陥れる事は無いでござる」
「っ!?」
何だか、胸の奥がチクリと刺さるような感覚を覚えた。2人は俺の耳元で囁く様に言った。
「前にも言ったけど、あの男の戯言なんて無視すればいいわ。いちいち気にする必要なんてないわ」
「それで竜次殿がトラウマを感じるのは仕方がないが、だからと言って拙者達の気持ちまで否定しないで欲しいでござる」
「…………」
「まぁいいわ。無理やりは良くないし、傷口に塩を塗る訳にはいかないし」
「でも、もうこの世界に召喚されていない者達と会う事は無いのでござるから、気にする必要はないでござる」
そう言い残して、2人は俺に身体を密着させたまま寝息を立てた。
確かに、頭の中ではそれを理解しているつもりではいたが、それでもあの時の出来事があって以来、俺は女子とまともに話をする事も、行事の関係であっても近づく事が出来ないでいた。
そのきっかけを作ったのは、5年前に石澤が発した戯言のせいだが、俺自身も自然と女子と接する事に対して益々奥手になり、女子も俺が近づいただけでセクハラ呼ばわりして大袈裟に騒ぎ立てたせいでもある。宮脇の様に普通に接してくれた女子もいたにはいた。
だが、その度に俺の所に詰め寄って何時間も特にしつこく尋問してくる奴が2人いた。
1人は、俺を一方的に犯罪者呼ばわりして、5年前も暴言や脅迫や暴力を行った横暴な刑事。名前は確か、香田だったな。警察官のくせに、石澤の言う事だけを何の疑いも抱かずに信じ切って捜査も行わず、証拠の資料も処分したくらい最低な男だった。凶悪犯罪専門らしいが、だからと言ってあんな脅迫まがいな対応はかなり腹が立つ。
もう1人は、俺が通っていた学校の若い女性教師の鹿島であった。あの教師は才能至上主義者で、能力のない生徒に対して冷たく接していて、逆に特進クラスの生徒には優しくするといった問題行動を行っている。素行の悪い生徒に冷たくするのは、百歩譲って仕方ないかもしれないけど、だからと言って教師が取る行動ではないのは間違いない。能力の高い生徒を優遇する傾向があり、恵まれた能力と才能を持った石澤の事を高く評価していて、その石澤が摘発した俺に横暴な態度で接していたな。
石澤だけじゃなく、香田と鹿島は特に俺に対して酷い仕打ちを行っていて、香田はやたらと俺に自供を求めて逮捕したがっているし、鹿島は何か問題が起こる度に俺のせいだと決めつけて退学を強要してきた。
香田は刑事という事もあって、誰も疑いを抱く事は無く出鱈目な調査内容を信じている。これで両親まで信じていたら、良くて非行に走り、悪くて自殺をしていただろう。幸いな事に、俺の両親は香田の調査方法についてかなり批判的な考えを示している。
鹿島の場合は、俺だけじゃなく他の生徒達にも嫌われていた為、殆どの生徒は鹿島の言う事を信じなかった。石澤や特進クラスの生徒には慕われていたが、他の学科の生徒や、上代や宮脇みたいなごく一部の特進クラスの生徒の評判は最悪だったな。
「確かに、椿の言う通りでもう会う事なんてないんだから気にする必要はないかもしれない」
あの2人はこの世界にはいないのだから、気にする必要なんて全くない。
それでも、この世界には石澤がいる。しかも、最悪な事に聖剣士に選ばれてしまっている。アイツが俺に対するある事ない事、というよりもない事ばかりを世界中に広げている可能性だってある。イルミド王国に訪れる前に来た国は、完全にその影響を受けていた為身分がバレないようにするのが大変だった。
「気にし過ぎだと言われればその通りなのだが、それでも」
それでも、俺の心を抉るには十分すぎた。俺は物語の主人公の様に、不利に近い逆境を乗り越えようとするほどの強さなんてない。そもそも、この世界に召喚される前は何処にでもいる普通の一般人なのだから。平凡に暮らしていただけの人間に、そんな力なんてある筈がないし、そこまでの場数はまだ踏んでいない。
「それでも、俺はシルヴィだけでも守っていかないといけない」
どんなに恥辱に塗れても、俺を信じてくれた人達をきちんと守っていかないといけない。それが、シルヴィが選んでくれた俺の役目でもあるから。
だけど、精神攻撃をされてそれを乗り越えられる自信は正直言ってない。この先俺は、本当に聖剣士としてやっていけるのか不安になる。それをできるだけ表に出さないようにしないといけないと思い、俺は静かに就寝した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝。
俺と椿は、兵士達の訓練場にて模擬戦を行った。結果だけ言うと、椿の勝ちだった。いや、何本か良いのが入ったと思ったが決め手に欠けるものばかりであった。それでも、観戦していた兵士達の興奮度は最高潮に達していた。
模擬戦を終えた俺に、シルヴィがタオルを渡しに来てくれた。
「惜しかったわね」
「それでも勝てなかった」
「でも、昨日よりも確実に強くなっているわ。だって、椿様ったら凄く満足そうな顔をしているもの」
確かに、模擬戦とはいえ今まで全力を出せる相手がマリアしかいなかったのだから、それが更に一人増えて嬉しいのだろうな。しかも、その相手が男となると尚更だろう。その証拠に、すごく嬉しそうにニヤニヤしていた。
「失礼します」
「うわぁっ!?」
「ビックリした!?ヤマトの忍びは、本当に突然現れるわね!」
突然後ろから現れた黒装束の仮面を被った人物に、俺とシルヴィは本気でビックリした。音もなく突然現れるから、心臓が口から飛び出しそうになるくらいにビックリしたぞ。
声から女性である事は間違いないのだが、顔は仮面で見えないし、着ている服も黒一色の忍び装束であった為、声を聴かなかったら性別の判断が付かなかった。パッと見は、皆がよく知っている忍者そのものの姿をしていた。
「累か。どうしたでござるか?」
突然現れた忍者に、キリッとした感じに戻った椿が掛け寄って来た。というか、声を聴いただけで誰なのか判別が付くのかよ。
「はっ!実は、町から西へ300メートル、無人の神社がある森の手前の草原に2人の男が現れました。転移石を使ったものと思われます」
「2人の男?」
「はい。腰に聖剣を提げていましたので、獅子の聖剣士とドラゴンの聖剣士で間違いないです」
「っ!?」
ちょっと待て。上代と石澤がここに来ていると言うのか。一体何の用でここに来たというのだ。
「連れはいなかったか?」
「はい。2人だけでした」
どうやら、あのクソ王女は一緒じゃないみたいだ。それならちょっとだけ一安心だ。石澤がいる時点で安心は出来ないのだが。
「放って置くでござる。獅子の聖剣士ならともかく、ドラゴンの聖剣士を招き入れるつもりはないでござる。そもそも招待した覚えなどないでござる」
知った事じゃないと言った感じで椿は、不干渉を宣言した。俺と同じ聖剣士なのに、こんなにも扱いが違うなんて。
「しかしながら、もし町で問題が起こったらどういたしますか?」
「その時は、それ相応の厳罰を受けてもらうでござる。例外はござらぬ」
「もしこちらに来られたら?」
「追い返せ。何と言われようが、問題ばかり起こす聖剣士など聖剣士とは呼べぬ。特にドラゴンの聖剣士は、女絡みの問題が多すぎるでござる」
確かに、いくら一夫多妻が認められていても婚約者1000人はどう考えてもおかしい。ハッキリ言って異常だ。
それによって椿をはじめとした、多くの王族や貴族が敵意を向けるのは当然であった。
「分かりました。では私は、あの2人の監視を行います」
そう言い残して忍者は、フゥと消える様にその場を後にした。まるで、最初からこの場にいなかったみたいであった。転移石を使ったわけでもないのに。
「さて、その2人の事は放って置いて」
「放って置くんだ」
「拙者達は朝食にするでござる」
上代と石澤の事を無視して、椿は俺達を城へと案内させた。ま、俺も会いたくないから無視する方針でいこう。
「なんて思ってたんだけど……」
「不可抗力よ」
「拙者の日々の楽しみを壊すなんて……」
町に出た俺達の目の前に、丁度買い物中の上代と石澤の後姿を目撃した。何で町に出たのかというと、椿の日々の楽しみの一つである甘味処巡りに付き合ったからである。リーゼは昨日の敗北が気に入らず、何やら厨房で料理を作っているみたいだったので置いて行く事にした。声かけても反応しなかったし。
最初は港側にいたから、あの2人と遭遇する事は無いだろうと思って出たのが間違いであった。
その上今回は、邪魔ではないけど面倒な子もいる。
「あの、ご挨拶はしなくても」
「静かに、向こうが気付く前に離れるでござる」
今回の甘味処巡りには、椿の妹の桜様も一緒にいる。何も知らない桜様は、ここではあまり見ない格好をした2人に興味津々と言った感じであったが、椿としては大事な妹をあの2人に会わせたくはないので、何とか気付かれない様に離れる事にした。幸いにも、向こうも俺達に気付いていない様子であった。
近づきたがる桜様の手を椿が引いて、俺達は別の場所へと移動した。
何で桜様も一緒なのかというと、最初は3人だけでいこうという事になったのだが、桜様がどうしても一緒に行きたいと駄々をこね始めたからである。最初は椿も断っていたが、やがて桜様が椿の抱えている黒歴史を大声で叫び出したので、脅しに屈する形で連れて行くことになったのだ。
(いざという時の為に、姉の弱みを握るなんて……)
ちなみに明かされた椿の黒歴史というのは、13歳の時にゴスロリ系のファッションにハマっていた事と、10歳の時に当時ハマっていた小説に影響されてその主人公になりきっていたという事であった。
当時はまだ子供だったから仕方ないと思うのだが、椿にとっては誰にも知られたくなかった紛れもない黒歴史なのだろう。
「まったく!桜はもう少し自重を覚えるべきでござる」
「えぇ~!」
いや、椿の言う通りだと思うぞ。桜様だって、見た目は10歳前後の子供でも実年齢はもう13歳になったんだから、いい加減自重すべきところはしっかりしておかないと駄目だと思うぞ。誰彼構わず甘えてきたり、好奇心のままに走り回ったり、駄々をこねて我儘を言ったり、落ち着きがなく常にハイテンションでいるのはどうかと思うぞ。何より、自分が今置かれている状況を全く理解していないのが問題だ。
「一体どうやったらこんなに子供っぽい性格になるんだ」
「私も割と付き合いは長いけど、桜様って5歳の時からずっとあんな感じで落ち着きがないんだよね」
という事は、行動原理は5歳の時のままストップしてしまっている訳か。まるで大きな子供だ。いや子供か。
「それに、あの2人のどっちかが桜様のパートナーなるんでしょ」
「ああ」
「あの2人って今幾つなの?」
「俺と同い年だから、19だ」
「19歳の大人が、13歳の子供に近づくってどうなのよ」
「……犯罪だな」
「でしょ!いくら気に入らない相手だからって、本当の意味で犯罪者にさせる訳にはいかないのよ!」
それを言われると、俺も胸が痛い。
だって、こっちでは大人でもシルヴィだって16歳。大人が女子高生に手を出すのと同じだから、これもまた犯罪になるぞ。
そんな16歳の女の子にぞっこんな俺も、ある種の問題児と言えよう。
(ま、上代がロリコンに目覚めるなんてまず考えられないから、そこはきちんと成人してからになると思う)
女たらしの石澤でも、わざわざ小さな女の子に手を出したりはしないだろうと思う。……出さないよな?
「ああっ!あそこのケーキ屋さんもおすすめです!あそこのシュークリームが絶品なのです!」
「そうでござるな」
「私もシュークリーム食べたい!」
「はははは……」
雰囲気は完全に昔の日本の街並みなのに、何でケーキ屋が普通にあるんだ。しかも、建物がレンガ造りの洋風だ。
そんなテンションアゲアゲの3人に引っ張られ、シュークリームを買う為に見せの中へと入ってシュークリームを買った。街並みとミスマッチ感はあるが、シュークリームは美味しかった。
「竜次も何気に甘いものが好きだよね」
「まぁ、好きだな。甘すぎるのは苦手だけど」
でも、言われてみれば甘いお菓子は大好きだし、スイーツもよく食べる方だ。
「逆にこれは苦手って言うのはある?」
「そうだな……苦い物が苦手かな」
「分かります!特にピーマンなんて絶対に食べ物じゃないですよね!」
「いや、ピーマンは食べられるぞ」
これは本当。幼稚園の時は確かに嫌いだったが、現在は克服済みなのであしからず。
強いて言うのなら、ゴーヤが嫌い。あの苦みが美味しいだなんて、絶対に間違っている。
「他に苦い物と言ったら、ゴーヤやコーヒーが該当するでござるな」
「あるんだ、ゴーヤ。えぇそうですとも。ゴーヤもコーヒーもどっちも嫌いです」
「そう言えば竜次ってば、喫茶店で食事をしている時でもコーヒーは絶対に頼まないわよね」
断っておくが、コーヒーは過去にチャレンジしてみた事はあるが、結局は牛乳を入れても駄目だったんだよな。あんな物を好む人の気が知れない。
「他にも竜次って、唐辛子がたくさん入った料理も駄目だよね。ちょっとなら大丈夫でも」
「分かる!辛い物の良さなんて理解できませんよね!」
「意外と子供舌なのでござるな、竜次殿って」
「ほっとけ」
確かに、甘いお菓子が好きだというとこと、変に気取った料理よりもハンバーグやオムライス等と言った子供も好きな料理が好きなのは確かだ。
辛い物だと、カレーの2辛以上が食べられないってくらいだし、辛い担々麺が食べられないって程度だぞ。ちなみにカレーの辛さの基準は、全国チェーンのカレー屋さんの10段階ある辛さの度合いを基準にしました。
「でも竜次、お寿司に付けられている山葵は平気だったでしょ」
「あのくらいの山葵なら問題ない。多すぎるのは嫌だけど」
なんて言っているが、実はただの強がりであって実際お寿司はサビ抜きを頼みます。
「あぁ、分かるでござる。山葵は風味付けには良いでござるが、多すぎると鼻にツンと来すぎてキツイでござるよな」
「えぇ~、私は山葵嫌いです!」
日本人の血を引いててそれはどうかと思うけど、山葵は好みが分かれるからそこは仕方がないと割り切る事にした。ちなみに、お前が言うなという反論は受け付けない。
「まぁ、ピーマンが食べられるのだから完全な子供舌という訳でもないと思うわ」
「そう言うけど、シルヴィだってピーマンは嫌いじゃない」
「ギクッ!」
「へぇ、シルヴィア様もピーマンはお嫌いなのですか!私と同じですね!」
「あんなのは食べ物じゃない!そもそも触った時の感触からして食べ物じゃないじゃない!それにすごく苦いし!」
開き直って桜様に同意するシルヴィ。ちなみにシルヴィは、意外にも好き嫌いな食べ物が多く、ピーマンの他にも人参と蒟蒻とトマト、生の魚と生の玉葱等がある。
「ま、人の好き嫌いに関して拙者は何も言う事は無いでござるから気にしないで」
「お姉様だって、レイシン王国の料理があまりお好きではないではありませんか!」
「仕方が無かろう!蛾の幼虫や虫から生えたキノコなど食べられないでござる!」
あらら、レイシン王国では蛾の幼虫を食べる習慣があるみたいか。虫から生えたキノコって、もしかして冬虫夏草の事だろうか?漢方にもなっているあの高級食材の。
「椿様は、とにかく虫が大嫌いなのです。生きている虫や、虫型の魔物だったら平気なんだけど、料理として出されるのが嫌なんだよね」
「普通嫌でござろう!」
まぁ、確かに虫を料理して出されたら俺だってドン引きするし、食べたくない。食べている人達に申し訳ないけど。
「虫は意外に高たんぱくで栄養が高いぞ。特に冬虫夏草は、薬の材料になる程豊富な栄養素が含まれているんだぞ」
「「「っ!?」」」
「え!?」
突然後ろから聞き覚えのある声が聞こえ、俺達はすぐに剣を抜ける体制を取ってから振り返った。そこに立っていたのは、腕を組んで呆れ顔をしていた上代であった。石澤は、いないみたいだ。
「何時から拙者達の後を」
「お前達が俺と石澤を見つけて静かに立ち去ろうとした時から。小さい子供が騒ぐ声が聞こえたから何となしに振り返ったら、楠木達がいたから後をつけてきた」
小さな子供という所を、桜様を見ながら言う上代。その小さな子供が自分の事だと気付いた桜様は、顔を真っ赤にして睨み付けた。
「私はこれでも13歳です!」
「それにしては小さいな。明らかに発育不良だ。ちゃんと好き嫌いをせずに、野菜をしっかり食べないと駄目だろ。それと、毎日牛乳をコップ一杯飲め」
発育不良の原因を指摘されて、悔しそうに頬を膨らませて俯く桜様。
「そんなに警戒しなくても、俺1人だけだ。石澤なら城の方へと向かっている。追い返されるだろうがな」
「そうか」
上代1人なら特に警戒する必要はない為、俺はすぐに剣を抜く姿勢を解いた。そんな俺にシルヴィが続いたが、椿は未だに警戒していた。
「貴様は一体何の目的でここヤマトに来たのでござるか」
人目も憚らず、鋭い眼光を向ける椿様。上代自身は悪い事は何もしていないのに、石澤のせいで酷い風評被害を受ける事になるとは。
「そんなに警戒しなくても、何もしない。ただの観光だ。ヤマトは俺達が住んでいた国の200年前の風景にそっくりだから。江戸後期かと思ったら、明治後期か大正辺りだったのは驚きだが」
嘘は言っていないだろう。上代はあの中では1番の常識人だから、そこまで警戒する必要はない。嘘探知の魔法でも、それは確認済みだ。
「上代ならそんなに警戒する必要はない。とりあえずここは引いてくれ」
俺の言葉に椿は、渋々刀から手を離した。それでも警戒心は解かなかった。それはシルヴィも同じで、さっきから俺の手をずっと握っていた。
「これだけは言っておくでござる。桜には触れるな」
「分かった」
聖剣士のパートナーとなる事が決まっている桜様だが、残った2人が信用にたる人物ではないと思っている椿にとっては迷惑な話である。釘を刺すのは仕方ない。上代も素直に応じる。
「だけど、何で石澤と一緒に来たんだ?」
「最初は何ヶ月かけてでも行こうと思ったんだが、出発する直前になって石澤がまたイルミドに来て、俺も行きたいから一緒に行こうと言いだして転移石を渡してきたから、早く着けるのならその方が良いと思ったんだ」
どうやら、石澤の提案に乗る形で来たみたいだ。この町の外れにある森にある神社に、九尾の狐の石造が建てられている為転移する事が出来たそうだ。そこが転移石の便利な所で、行きたい所に特徴的な目印があれば場所が分からなくても転移が出来る。
石澤が来た目的は、上手く椿を口説き落とそうと考えていたみたいであった。クソ王女からは反対されているみたいだが、1回だけ行ってダメだったら諦めるという条件で許可したそうだ。クソ王女は、絶対に行きたくないと言って犬坂と一緒に帰ったそうだ。世界最強の武人を相手に、今の石澤と上代の2人では不安があったから揉め事から逃れる為に逃げたな。
そんな上代と一緒に俺達は、近くにあった飲食店で上代の話を聞きながら昼食を取る事にした。
「ま、俺もあんな最低で怪しさ満載なお姫様とは一緒にいたくなかったからな」
「だったら何故、キリュシュラインから離反しないんだ?」
シルヴィの言う様に、そんな信用できない国に何故何時までも居続けようとするのだろうか?
「石澤1人だけだったら離反したかもしれんが、他にもたくさんの同級生があの国にいるんだ。当時はまだ彼等を見捨てて離れる事が出来なかったんだ。せめてこの世界でも普通に働いていけるくらいにはなってから離反するつもりだったから」
「もう大丈夫なのか?」
「ああ。だからもうあんな国とはおさらばだ」
不安要素さえ無くなれば、これ以上キリュシュラインに居続ける理由はなく、心置きなく離反できると宣言した。
「それに、俺と同じ意見を持った生徒と結託して、あの国の事を調べていたらそれはもう反吐が出る程の事実が分かってな、だからもうあんな国には要は無いんだよ。俺の下に就いた生徒達は皆自分の力で生きていけるから、何時でもキリュシュラインを出る事が出来るようになった」
「ま、キリュシュラインが最低な国だって言う事は皆知っている事だし」
「コラ」
いくらそう思っていても、それを口に出すものではない。元とは言えお姫様なら尚更だ。
「良いんだ、事実だし。というか、あんな王国とは名ばかりの独裁国家がよく今まで存続できたな」
上代は気にした様子を見せず、あの国が抱えている秘密を全て話した。
たくさんの国を攻め滅ぼし、更には上手い事言いくるめて乗っ取って潰していっている事、っと、この話なら聞いた事がある。
だが、その後に聞いた話には興味が惹かれた。
国王と王女は定期的に、城の地下にある薄暗い所で誰かと話しているという事だ。そして、その相手に対して国王と王女は膝を付いて頭を下げる程だという。
「流石に相手の顔までは分からなかったらしいが、おそらくソイツがあの国を裏から操っている本当の敵なんだと思う」
「シルヴィ」
「予想でしかないけど、おそらく悪魔族の生き残りだと思うわ」
悪魔族。イルミド王国の海底遺跡で分かった、大襲撃の切っ掛けを作った滅びた種族。
上代にも、俺とシルヴィが海底遺跡で青蘭のホログラムから聞いた事を離した。
悪魔族の事も、大襲撃で使われている怪物どもがどうやって生み出されているのか、魔人がどのようにして生み出されているのかを話した。魔人の正体が、魔剣によって姿を変えられた人間だという事に驚きを隠せないでいる様子であった。
「まさか、魔人の正体が人間だなんて」
「俺とシルヴィも最初は信じられなかった」
「そんな事があったとは。という事は、魔剣はキリュシュライン城の何処かにあると言うのか?」
「もしくは、国王自身が保有しているかだ」
そうでなければ、魔人が生み出されている事実に納得がいかない。というか、一番有力なのは王と王女が秘密裏に手を組んでいるその相手が所持しているという説だが。
だが、憶測で判断して突き進むのは危険だ。しっかり調べたうえで行動しないと、取り返しのつかない事になる。
「証拠集めには俺も協力させてもらうぞ。あの国はいろいろと怪しすぎるからな」
「信じて良いのか?」
「それは楠木の自由だ。信じられないならそれでも構わない。だが、俺はそれでも調べるがな」
「分かった」
上代は話が分かるから本当に助かる。あとの3人とは大違いだ。
そんな時、店の外がやけに騒がしくなった。外敵の侵入を知らせる金が鳴り響き、人々が何かに怯えるように逃げて行った。
「何が起こったんだ」
気になった俺は、テーブルに代金を置いて慌てて外に出て様子を窺った。
わあぁあああああああああああああ!
突然襲い掛かってきた狼の魔物を、聖剣で腹から真っ二つに切った。
「いきなり何だ!」
狼が走ってきた方向を見ると、紫色の大きなドラゴンが翼を広げて町を見下ろしていた。その瞳は血の様に赤黒く、やたらと細長く不揃いな牙が不気味さを醸し出していた。
そして、そのドラゴンの足元には多種多様の魔物達が大群で襲い掛かっていた。
「気を付けて竜次!あれはニーズヘッグよ!」
「とうとうニーズヘッグまで我が国に来たでござるか」
遅れてシルヴィたちも店の外に出てきて言った。あれが、史上最悪の厄竜・ニーズヘッグなのか。という事は、魔物達はニーズヘッグから逃げる為に
「おそらく、ニーズヘッグが魔物達に幻覚を見せて凶暴にさせているのでござろう」
「魔物にまで幻覚を見せてより凶暴にさせるのだから、本当に厄介ね」
ではなかった。
「となると、ニーズヘッグを倒しても魔物どもの暴走は止まらないって事か」
「えぇ。あれは洗脳ではないから」
「でも、それがかえって厄介なのです」
桜様の言う通り。
人間は誰しも、心に深い傷を負っていたり、心に深い闇を抱えていたり、絶対に許せない相手や見たくないものと言うのは存在するもの。ニーズヘッグは、相手の心の闇を幻影として見せて憎悪を刺激している為、ニーズヘッグが洗脳を行っている訳ではない。
けれど、だからこそ厄介なのである。
「ニーズヘッグ甘く見ないでね。身体能力やブレスの威力は並のドラゴンと同じだから」
「まずは魔物どもを地道に片付けるか」
噛み千切る力はないが、腕っぷしはかなり強いから幻覚を見ている最中に攻撃されたら一巻の終わり。一番何とかしたいけど、ミイラ取りがミイラになっては意味がない。
だけど、これはちょっと厳しいかもしれない。こんな街中では、ド派手な魔法なんて使えないし、シルヴィの召喚魔法を使って魔物を呼んでは更にパニックを招く可能性だってある。剣で1体ずつ地道に倒していくしかないのか。
「でした、私が魔物達を一気に減らしましょう」
手をポキポキ鳴らすジェスチャーをしながら、俺達の前に出てきた桜様。一体何をしようというのだ。
「おそらくあの魔法を使うのね」
「桜だけが使える、あの魔法でござるな」
「魔法?」
「桜様って、魔法が使えたんだ」
だけど、桜様だけが使える特別な魔法という事なので何か凄い魔法でも使ってくるのだろうかと思った。シルヴィは召喚術を、ダンテは憑依術を使うけど。
「風の精霊よ、私の声にこたえて」
桜様の呼びかけに応じる様に、たくさんの小さな旋風が隊列を組む様に桜様の前に現れ、その旋風の中から羽の生えた人型の小さな妖精が姿を現した。
「これは?」
「精霊よ。この世界のあらゆる所に住んでいて、自然を豊かにしてくれている目に見えない妖精の様なものよ」
「ただし、熟練の魔法使いでもその姿を見る事が出来ぬから、桜が精霊魔法に目覚める前まではおとぎ話の中だけの存在だったのでござる」
「精霊魔法、か」
それが、桜様だけが使える特別な魔法か。名前の通り、精霊と心を通わせて使役する魔法の様だ。というか、この世界には精霊が存在していたなんて驚きだ。
(まぁ、桜様が精霊魔法を使わなかったら存在自体がおとぎ話みたいだから、普段は見る事は無いか)
「風の聖霊よ、町になだれ込んだ魔物達を倒してきて」
桜様が指示を出すと、風の精霊達は啓礼のポーズを取って町に入った魔物達の対処に回る為に散会した。
「私達も行きましょう。一応たくさん呼んだけど、精霊さんにだって限界はあります」
「分かった」
「俺も協力する」
上代も聖剣を抜いて、俺達と同じ方向へと走った。目指すは、ニーズヘッグだ。その道中で魔物達を倒していく。
「それにしても、狼や猪クラスの魔物ばかりだな!」
「虎や獅子クラスの魔物は、ヤマトには生息していないからこの中にはいないわ!その代り、熊ならいるけど!」
「だけど、我が国で一番危険な魔物は蜂型の魔物でござる!大きい上に、人を殺す程の猛毒があるから!」
「その辺は日本と同じだな!」
「ああ!だが、蜂を甘く見ない方が良いぞ!」
「分かってる!」
日本でも蜂が一番危険で、サメや熊や毒蛇とは比べ物にならないくらいの多くの被害を出している。その為、蜂の怖さは十分に理解しているつもりだ。
それに、よく見ると蜂型の魔物の方が圧倒的に多かった。俺と上代が知っているスズメバチに酷似しているが、人間の顔くらいの大きな体をしていた。
(そりゃあんなのに刺されたら死ぬだろう)
しかも、剣の刃がなかなか通らない為1匹倒すだけでもかなり苦労した。上代が、恩恵によって与えられたパワーで強引に切っている中、
「やああっ!」
椿は刀一振りだけで蜂の魔物を次々と斬っていった。
「椿の刀って、一体どうなってんだ!?」
「椿様が愛用している影正は、金剛魔鉄と呼ばれている世界一硬い鉄で出来ていて、それに魔力を込めて鍛える事で絶対に折れず、絶対に刃こぼれのしない刀にしているの。アイアンドラゴンだって、殆ど力を入れずに切る事が出来るわ」
まさに、椿の為に用意されている様な刀だな。というか、金剛ってダイヤモンドって意味で、ダイヤは鉄じゃなくて石なんだけど。
そんな俺達の前に、突如氷の槍が物凄い勢いで横切り、狼と蜂の魔物を串刺しにしていった。こんな事が出来る奴は一人しかいない。
「まったく、何なんだよこの魔物の大群は!」
「リーゼ!」
「っ!竜次さん!?」
王城にいたリーゼも、ニーズヘッグが引き連れた魔物の群れに対処する為に出てきたみたいだ。
「楠木!それに上代まで!」
「あぁ……」
「いると思った」
ついでに現れた石澤に、俺と上代はあからさまに嫌そうな顔をした。俺と上代だけじゃなく、シルヴィと椿と桜様も嫌そうな顔をしていた。
「いろいろ言いたい事はあるが、今は後だ!まずはあの化け物を倒すぞ!そうすれば、魔物どもの洗脳も解ける筈だ」
「あの馬鹿」
石澤は、魔物達がニーズヘッグによって操られていると思っているが、実際は見たくない物を幻覚として見せられて、憎悪のままに暴れているだけだ。なので、ニーズヘッグを倒しても正気に戻る訳ではない。
「よっしゃ行くぜ!」
「コラ!」
それが分からない石澤は、建物への被害も顧みずにバンバン火球を放っている。これには椿と桜様は怒りを露わにしていた。
「アイツ、本当に成績が優秀なのか!?」
「所詮は勉強が出来るってだけだ!悪知恵はあっても、知恵がある訳でも、状況を判断する能力がある訳ではない!魔物さえ倒せばいいという考えだけで戦っている!」
要は、ゲーム感覚で魔物やニーズヘッグに挑みに行っているという訳か。その証拠に、石澤は何処か楽しそうに笑っていた。こんな奴を、本当に何故ドラゴンの聖剣は選んだのだ。
「すまない!止めたんだが言う事を聞かなくて!」
「いい!それよりも追うぞ!」
あんな奴にこれ以上任せていられない。本人は善意のつもりで戦っているのかもしれないが、周りを顧みない石澤の攻撃は魔物やニーズヘッグ以上の被害を出しかねない。しかも、倒し方も大雑把で殆ど取りこぼしている。
「本当に面倒な奴が来たもんだ!」
そんな石澤の後を追う形ではあるが、俺達も魔物を倒していきながらニーズヘッグの方へと走って行った。




