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35 色気勝負と料理勝負


 遡る事1時間前。




 城の浴場で、椿は1人湯船に浸かりながらボォーと天井を眺めていた。


「拙者を相手に一歩も引く事もなく、尚且つあそこまで善戦したのは、マリア殿以外だと楠木殿が初めてであった……」


 ゾフィル王国出身にして南方最強の剣士のアレン、レイシン王国出身で天才と称されたシン王子、共にその国では最強と呼ばれる程の飛び抜けた実力を有しているが、いずれも椿が相手では手も足も出せなかった。強かったのは間違いないが、椿よりも強くなる可能性は無かった。


「けれど、楠木殿は違った……」


 マリアの剣術を短期間で習得し、あのマリアに匹敵する程の実力を着実に身に着けていた。戦い方も、マリアと寸分も違わずに似ていた。奇声は上げていなかったけど。

 その後も稽古を怠らず、恩恵の力もきちんと活かしていた。恩恵の力は、本人の努力が無ければ完全に活かし切る事が出来ない。恩恵に依存しきり、努力を怠るとせっかくの与えられた力も半分も出し切る事が出来ない。

 竜次は、恩恵の力に頼り切る事無く自らも努力を怠っていなかった。その結果、あの模擬戦の様な善戦が出来たのだ。

 そんな竜次の今後に可能性を見出した椿は、あの模擬戦の後からずっと胸の高鳴りが抑えきれないでいた。


「拙者が求めていた、強い殿方……」


 将来的に竜次が、自分より強くなるのは確実。それを確信した椿は、左手で胸を押さえ、右手で自身の唇をなどった。


「やっと、見つけた……拙者の旦那様に相応しい殿方……」


 それを自覚したらもう止まらない。

 椿は竜次に恋い焦がれるようになり、竜次と結婚したいと強く願うようになった。

 けれど、それには2つの課題がある。

 一つは、竜次の抱えている心の傷と闇である。

 竜次はこの世界に召喚される前に、悪い男によって貶められ、汚されてきた。

 更に、自身が信じていた女もその男の側に就いて一緒に陥れるという最悪な裏切りを行った。

 これだけでも十分に心に深い傷が出来たのに、その上周りも竜次の事を一方的に悪者呼ばわりして酷い差別を行ってきた。それによって竜次には、あまりにも深い心の傷が出来てしまった。そんな傷を抱えたままの竜次を、どんな時があっても献身的に支える気持ちと覚悟が必要となる。


(夫を支えるのは、妻の務め)


 その点に関しては問題ないが、万が一にもニーズヘッグみたいな厄竜と遭遇したらまともに戦う事が出来るか不安になるが、そこは椿が上手くカバーして代わりに剣を取ればよい。

 だが、頭で理解できてもそれを実践するのは難しい。

 それでも椿は、竜次を支える事を強く決意した。

 そしてもう一つが、シルヴィアであった。

 小さい頃から交流が深かった為、彼女がどういう性格をしているのかは椿もよく知っていた。


(シルヴィア殿も芯が強いから、楠木殿を支えるという覚悟も既にできているだろう)


 何よりシルヴィアは、嘘を付く事が苦手で人を陥れたり裏切ったりするのが大嫌い。更に、こうと決めたらとことん突っ走る所がある。

 その為、心の傷を抱える竜次にはピッタリの伴侶と言える。

 だが、今の椿にとってシルヴィアは最大の弊害となっている。知っている人はいないに等しいが、実はかなり独占欲が強い所があり、竜次が自分と婚約をした事を理由に側室や妾を娶る事を許す訳がない。母国であるエルディアが、側室や妾を禁止している為それを良く思わないという考えが出来ても仕方がない。

 しかしそれが、竜次との結婚を願う椿にとっては何よりの弊害となる。


「せっかく見つけた理想の殿方だ。諦めたくないでござる」


 こればかりは、シルヴィアと戦う事となっても何としても認めさせるしかない。勢いよく立ち上がった椿は、胸の前で拳を握って決意を固めた。

 シルヴィアに、自分も竜次との婚姻を認めさせる為の戦いをすると。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 朝食から3時間後……。


「…………ねぇ、どうしてこうなるの?」

「ねぇ竜次、私の方が可愛いわよね」

「せ、拙者とて、お、女としての色香はあると思うでござ、思うにょでしゅ」

「膨らみかけの魅力を私が教えてあげる」


 時刻は午前10時。

 俺は朝食の後、借りている部屋で本を読もうとした訳だが、何故かシルヴィと椿様の2人がやたらと露出の多い服を着て入ってきて、俺に身体を密着させてきた。リーゼに関しては、ちょっとコメントを控えさせてもらう。


「大きいのが好きな竜次なら、当然私を選ぶよね」


 そう言ってシルヴィは、大きな胸元をやたら強調し、魅惑的なポーズを取って深すぎる谷間を見せた。シルヴィが着ているのは、薄手のワンピースに似た白のドレスで、胸元は鳩尾の所までV字に深く露出させていた。角度によっては見えてしまいそうだが、シルヴィの胸が大きすぎる為前方に思い切り引っ張っていた。


(分かっていたが、このエロ女め、とんでもないものを着てきて!?)


「こ、このような服はあまり好まないが、竜次殿が気に入ってくださるのであれば……」


 だったら無理をしなくてもいいと思うぞ。

 椿様が着ているのは、胸の部分以外が完全に透けているネグリジェであった。和服や着物を着ている椿様の、意外な格好に思わず視線がいってしまいそうになる。それに、さらしを解くと意外に大きかった。しかも、雌豹のポーズもするから更に強調されていた。


(おそらく、王妃様の入れ知恵だろうな。どんだけ気合入ってるんだ。母親が)


 通常、王族が側室でも良いなんて事は許されないのだが、王妃様はそれでも椿と俺を結婚させたいみたいだ。そこまで追い詰められていたのか?


「竜次さん、私は……」

「リーゼは方向性を改めた方が良いぞ」

「何で!?」


 何でって、リーゼの格好が最初のセリフとまったく一致していないからである。その服装では、最初に言っていた膨らみかけの胸を強調出来ないぞ。

 そんなリーゼが着ていた服は、ぶかぶかのデフォメチックな兎の着ぐるみであった。声を聴かなかったら誰なのか分からなかったぞ。第一印象は、デフォメが逆に怖い着ぐるみお化け。


(頭が良いのに、何でこう斜め上方向にズレた発想をするんだ)


「だから言ったじゃない、私の勝ちは決定的だって」

「そもそも、そんな格好で出てきても誰もドキドキしてくれぬでござ、くれません」

「むしろ子供が泣きそうな格好だぞ」

「竜次さんまで酷い!?」


 いや、この被り物を被った状態で言われても全然説得力が無いぞ。むしろ怖い。


「色気の欠片もないリーゼなんて放って置いて」

「失礼よシルヴィ!」

「竜次も無理しないで、私とこのまま熱い夜を過ごしましょう」

「いやシルヴィよ、今はまだ朝の10時だぞ」

「拙者だって、色香では負けておらぬでござる」

「いつもの口調に戻っているぞ」


 悔しがるリーゼを他所に、シルヴィと椿様が身体を密着させてきた。シルヴィが大きくて柔らかいのは知っていたけど、椿様も凄かった。


「あの、離れてくれないかな」

「無理しないで。竜次の気の色、ずっとピンク色をしているわよ」


 見ないで、俺の気の色を。

 俺とて健全な男子だから、可愛い女の子がこんな魅惑的な格好をして身体を密着させてきて、エロい事を考えない男なんてこの世には存在しない。


「せっ、拙者にも、そ、そのような感情を……!?」


 恥ずかしいのなら離れても良いけど、今の俺が言っても全然説得力が無いだろうな。ギャップがあったから、ドキドキしてしまったのは事実だし。

 手応えを感じたシルヴィと椿様は、益々俺に身体を密着させてきた。世の一般男性なら、この状況に喜ばない筈がないだろう。

 だが、今は夏。この状況は興奮する反面


「なぁ、すまんがそろそろ離れてくれない。マジで熱いんだけど」


 体感ではあるが、本日の気温は35度。ただでさえ暑いのに、こんな風に密着されると非常に熱いのです。彼女達が頑張っているのは伝わっているが、暑さで参りそうです。


「な、なら、城の裏にあるプールにでも行くでござるか」

「そうね、今度は水着勝負といきましょう」

「ここで挽回してやる」


 自分達も暑さに参りそうになったのか、今度はプールで水着勝負をする事になった。これ、俺も行かないとダメなのだろうか?あ、行かないとダメですか。

 着替えてくると言って3人は、一旦俺の部屋を出て行った。部屋に残った俺を、王妃様が嬉しそうに城の裏手にあるプールへと案内してくれた。嬉しそうになんて言ったが、その笑顔からは何としても俺と椿様をくっ付けようという強い意志が感じられた。


(王妃様にここまでさせるなんて、椿様は一体どれだけの求婚を断って来たのだろうか)


 そんな椿様に頭を抱える王妃様の姿が、容易に頭の中に浮かんだ。地球なら大した問題ではなくても、この世界の、それも王族だったらかなりの大問題になるだろうな。でなきゃ王妃様が、ここまで必死にならないだろうな。

 そんな王妃様の案内で、俺は城の裏手にある屋内プールへと案内された。内装が何で古代ギリシャ風なのだ。


「なんて思ってもみたが、もう驚かねぇよ」


 明治後期か大正辺りだと考えれば、特に不思議に思わない。待っている間に、俺も水着に着替えるか。

 待つ事30分。水着に着替えた3人が、プールにやって来た。


「お待たせ。待った?」


 得意げにモデルポーズをするシルヴィは、薄い水色の縞模様のビキニを着ていて、胸の布面積がいつも着ているビキニよりも小さかった。その大きな双丘に、そんな小さめのビキニは破壊力抜群であった。


「うぅ、こういうのはあまり着ないから、恥ずかしいでござる」


 恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めて、自分の身体を抱き締めながらもじもじとする椿様。着ている水着は藤色のビキニであったが、何時も凛としている椿様が恥ずかしそうにしている姿がとても色っぽく見えた。これはポイントが高かった。


「竜次さん、私はどうだ?」


 リーゼが着ている水着は、オレンジ色のワンピースで腰のフリルが可愛らしかった。本人は貧相だと思っているのかもしれないが、キュッと引き締まった体付きはモデルみたいでとても魅力的であって、今着ている水着は彼女のボディラインをこれでもかと強調していた。


「そ、そうだな……3人ともすごく可愛いし、凄く魅力的だと思うぞ」

「ありがとう」

「そ、その、気に入ってもらえたなら、良かったで、ござる」

「ようやく私を見てくれたみたいだな」


 とりあえず当たり障りのない回答ではあったが、3人とも嬉しそうにしていた。

 だが、ホッとしたのも束の間であった。


「じゃあ、私達の中で誰の水着が1番気に入った?」

「は?」

「せ、拙者も頑張ったでござる。どうか拙者に清き一票を」

「へ?」

「竜次さんなら、当然私を選ぶよな」

「え?」


 ちょっと待て。そんなのありかよ!?


「うぅ……」


 何となく3人の水着を見てみた。

 シルヴィの水着は、自慢の大きな胸をアピールしたいつも以上に大胆で攻めたものとなっていた。

 椿様の水着は、スタンダードなビキニだったが恥ずかしそうにしている姿が何とも可愛らしかった。

 リーゼの水着は、ボディラインを強調させた攻めの水着であった。

 とは言え、こんな状況で選べるわけもなくここはさり気なく退散した方が賢明かと。


「竜次なら当然、私を選ぶよね」

「せ、拙者だって、負けないでござる」

「私だって負けないんだから」

「分かったから。きちんと選ぶから離せ」


 逃げられなかった。

 とは言え、俺が選ぶ相手なんてもう決まっているけど。


「まぁ、確かに3人ともそれぞれ違った魅力があるし、3人ともすごく似合って手可愛い。だけど、俺の意思はもう固まっている。というか、朝食の席で公言したが」



「俺は誰が何と言おうとシルヴィを選ぶ!」



 朝食の席でも言った様に、俺は最初からシルヴィ以外の女性と添い遂げるつもりはない。側室でも良いと言うが、俺もシルヴィと同じ価値観を持っている為貰えません。


「ちょっ、何で!?」

「拙者には、女としての魅力に欠けると!?」

「ふふん!やっぱり私の勝ちね。ほら、邪魔邪魔」


 納得いかない感じで詰め寄るリーゼと椿様を退けて、勝ち誇った感満載で俺の手を引いて一緒にプールへと飛び込むシルヴィ。


「おい」

「でも分かっていたわ。竜次なら絶対に私を選んでくれるって」

「そりゃそうだろ」


 改めて選んでくれて嬉しいのか、いつも以上に身体を密着させて、自慢の胸をこれでもかというくらいに押し付けてきた。


「竜次ったら、ドキドキしすぎ♪」

「む、無茶言うな!仕方ないだろ!」


 今まで以上に大胆な水着を着たシルヴィを前に、平常心でいる事なんて出来ないのだから!


「むぅ!拙者だって、竜次殿とくっ付きたいでござる!」

「私も!」

「ちょっと待った!」


 悔しそうに頬を膨らませた椿様とリーゼが、堪らず俺のいる所に向かって飛び込んでいき、シルヴィに対抗するかのようにくっ付いてきた。というか、またこの状況なのかよ!


「コラ!潔く諦めなさいよ!」

「嫌でござる!」

「私だって諦めたくない!」

「いや、そこはシルヴィの言う通り潔く引いてくれ!」


 何でこいつ等、こんなにも必死になっているんだ!?2人とも王族なんだから、貴族にも王族にもならない予定の俺なんかの側室に拘る必要なんてないだろ!

 結局、俺達は夕方までじゃれ合いと水泳勝負を行ってからプールを後にした。正直言って疲れました。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「あぁ、何だか疲れた」

「お疲れ様」


 その日の夜、プールから戻った俺はシルヴィに膝枕をしてもらいながら部屋でのんびりとしていた。

 あの後、よく分からない色気勝負を繰り広げていて、その度に俺は誰が一番いいのかを決めさせられる羽目になった。結果だけ言うと、シルヴィの全勝であった。贔屓だと言われるかもしれないが、俺が心に決めた相手はシルヴィだけなので、色気勝負はもはや出来レースと言っても過言ではなかった。


「でも、何で2人ともあんなに必死になってたんだ」

「そりゃもちろん、私に1回でも勝った人が竜次の側室になるという条件があったから」

「……何で?」


 何でそう言う話が女子3人の間でまとまっているんだ!


「そんな大事な事を俺抜きで決めたんだ」

「無茶言わないで。王妃様が決めた事なんだから、いくら私でもどうする事も出来ないわ」

「あの王妃様の仕業か」


 ようやく見つけた椿様の婚約者候補をみすみす逃したくないらしく、勝負の前にそういう条件を突き付けてきたのだそうだ。色気勝負なら、シルヴィが相手であっても椿なら引けを取らないと判断した為に起こったのだそうだ。


「じゃあ、今日1日シルヴィが全勝したから側室の話は無かった事に」

「いいえ。明日も行うみたいだよ」

「マジかよ……」


 もう勘弁してくれ。あんな風に色気全開で攻められたら、俺の精神が持たないぞ。

 ま、幸いなのは明日さえ堪えれば側室の話は今度こそ完全に無くなるというので、多少依怙贔屓になっても全部シルヴィの勝ちという事にさせればいいか。そもそも、色気勝負でシルヴィに勝とうなんて無謀も良いところだ。というか、いくら椿様が綺麗な人でもシルヴィに勝てる訳がない。


「だけど、椿様があそこまで必死になって男を誘惑したのは初めてだから、私としては全く油断が出来ないんだけど」

「別に心配しなくても、俺が絶えればいいだけだろ」


 何てこの時、楽観的に考えてしまった事を翌日後悔する羽目になってしまうのであった。




 翌朝。

 日課の朝稽古を終えた俺は、朝食の席から早速椿様とリーゼの誘惑を受けていた。ヤマトの王妃様は、かなり期待した眼差しで俺を見ていたが、俺がシルヴィばかりと仲良くしているの見せればその内引いてくれるだろうと信じ、この日もシルヴィに勝ち星を与えていた。


「ぐぬぬ!やはりシルヴィア殿は手強いでござる!」

「シルヴィが本気になったら私達に勝ち目あるの!?」


 シルヴィの本気を目の当たりにし、流石の椿様とリーゼも本気で悔しそうにしていた。

 だが、これも側室を取らないようにする為だ。

 生憎俺はシルヴィだけが好きだから、側室を取るつもりなんてこれっぽっちもない。


「楠木殿は、結婚に関して随分とお堅い考えをお持ちなのですね」

「そりゃ、この先の人生をずっと一緒に過す生涯のパートナーなんだから、相手選びは慎重になります。それ以前に、既に相手を決めているのならその人以外を選ぶわけにもいきません」


 この世界の人達にとって、ある程度の高い地位を持っている男は2人以上の奥さんを娶るのが普通かもしれないが、フェリスフィアと同じ一夫一妻制の国から来た俺にとっては非常に大問題な事なのである。

 それ以前に、俺は戦いが終わった後も貴族や王族になる気は全くありませんので、身分の低い俺が2人以上娶る事は許されない。もちろん、新しい国を建国するつもりもございません。面倒臭い。


「ふむ。やはりフェリスフィア国民と同じ考えをしているみたいですね。これは思っていた以上に手強いですね」


 顎に手を添えて何やら考え込んでいる王妃様。一体何を企んでいるというのだ。


「まぁ、そんなに気を張ってばかりいても疲れるでしょう。どうでしょう、昼食は彼女達3人の手料理でも頂いて気持ちを少しリフレッシュされては?」


 一体何を考えているのか、急にそんな事を提案しだした王妃様。気の色も、濃い目の赤色をしていた。この場合、先程言った言葉に何か良からぬ裏がある事を指している色だ。


(同じ嘘を示す赤でも、色の濃淡で違った特徴が出るな)


 とは言え、その内容までは知る由もないし、これなら実害が無い嘘だからそこまで身構えなくても大丈夫だろう。


「はぁ、じゃあ、ご厚意に甘えて」


 確かに、ここの所彼女達の誘惑に耐えてきているのだから、精神的に疲れているのは確かだ。


「さ、そういう事だからお色気勝負は一時中断。椿は楠木殿のお世話をしてあげなさい。お客人なのだから」

「んん、分かったでござる」


 何処か納得しきれていない様子の椿様であったが、とりあえず俺の接待をする為に借りている部屋まで一緒に付いて来た。


「私は町に出て食材を買ってくる」


 そう言ってリーゼは1人で町へと買い出しに行った。継承権を放棄したとはいえ、お姫様が1人で外に出るのはどうかと思ったが、リーゼにとっては普通の事である為護衛はいらないと言った。

 さて、俺とシルヴィは今部屋でのんびりお茶をしていた。そんな中、椿様はというと割烹着姿で部屋の掃除をしていた。最初は手伝おうかと言ったが、椿様が手伝いは不要だと言った為シルヴィと共にお茶をする事になった。


「何か逆に落ち着かない」

「そうね。何か椿様一人を働かせているみたい」

「気にしなくていいでござる。拙者が好きでやっている事でござる」

「ふぅん」


 お姫様だから、てっきりこういう家事や掃除が苦手なものかと思っていた。事実、シルヴィは料理も掃除も苦手。料理についてはある程度上達はしたが、不得意なのは変わりない。

 対して椿様は、料理はプロ顔負けの腕前、掃除もそつなくこなす事が出来る。美人でスタイルが良くて、それでいて料理も掃除も出来る完璧女子はそうそう存在しない。これで婚約者がいないのが今でも信じられない。いや、無茶な条件さえ無くせば問題解決なんだけど。


「だけど、掃除とかはメイドに任せれば良いんじゃない?」

「母上の教えで、自分の身の回りの事は自分で出来るようになりなさいとの事でござる」

「妃殿下は元々は剣術道場の娘で、貴族でもなければ王族の血を引いている訳でもないの」

「へぇ」


 じゃあ、王妃様は元一般人という事か。剣術道場の娘という事は、王妃様も剣術を得意としているのか。そんなお堅い剣術道場出身の王妃様が、実の娘に色気勝負をさせるなんて、世も末だな。


「まぁ、剣術はもちろん得意なのでござるが、今では拙者に女らしく振る舞えだの、料理や掃除などの家事は出来るようにならないと女の名折れだの、勉学は怠るな等やたら口煩くて困るでござる」

「ははは」


 今では教育熱心な教育ママになっているのか。そんな教育ママだからこそ、何時までも婚約者を持たない椿様に頭を抱えているのだろう。


「母上は、拙者には普通に嫁いで欲しいと願っているみたいで、拙者の反対をスルーして強引に三大王女にさせたのでござる」


(ござる口調のくせに、ちょくちょく横文字や和製英語が出てくるな。もしかしたら、現代風の喋り方を無理矢理ござる口調にしているだけなのか?)


 恨みがましくブツブツ文句を言い出す椿様だが、おそらくそれだけではないと思うぞ。きっと、剣術ばかりではなくきちんと嫁いで幸せになって欲しかったのだと思うぞ。

 それなのに、実現不可に等しい条件を出してくるんだから本当に親不孝者だな。一般人なら何も言われなかったかもしれなかったが、王族に生まれてしまったせいで……。


「それはそうと、椿様が三大王女の抜擢を断っていたら一体誰が選ばれていたって言うんだ?」

「気になるの?」

「ただの興味本位だけど、まぁな」


 エレナ様が選ばれたのも、元々選ばれる予定だったマリアが辞退して譲ったからというのがあるから、椿様がもし辞退していたら誰が選ばれるのか気になった。


「そうね……おそらくだけど、アバシア王国のエミリア・メアリー・フォン・アバシア王女が選ばれていたかもしれないわね」

「あぁ、エミリア殿ならあり得たでござる。ただ……」

「何か問題でもあるのか?」

「実はエミリアって、レイシン王国のシン王子と婚約しているのよね」

「見ているこっちが恥ずかしい程のバカップルでござる」

「ははぁ……」


 シン王子とラブラブな婚約者って、そのアバシア王国のお姫様だったのか。人目も憚らず、いつもイチャイチャラブラブしているという超絶バカップルの。実際に見た訳ではないから分からないけど。

 だけど、既に婚約者がいてしかもラブラブなのだったら選ばれる可能性がかなり低くなるな。


「拙者の予想では、ナサト王国のアリエッタ王女ではないかと思うでござる。北方の国の中ではまともな国の王女でもあるし」

「そうね。アリエッタ王女もありね。いかにも聖女って感じで、いろんな国の王子からたくさん求婚されてきたし」

「アリエッタ王女?」

「北方の、と言ってもほぼ中央寄りにあるナサト王国の第一王女で、アリエッタ・カリナ・フォン・ナサトっていうの」

「これまた長い名前だな」

「でも、もしかしたら……」

「まだいるのかよ……」


 それぞれ思い当たる相手がまだいるのか。

 そんな中で、シルヴィとエレナ様と椿様が選ばれたのか。実はこの3人、とても凄かったのだな。間違っても、キリュシュラインのあのクズ王女が選ばれる事は無かった様だ。シルヴィから王位を奪った後、その後釜に自分を強引に入れたみたいだけど。

 もう一度言おう、今でもシルヴィが三大王女の一人と言うのが全世界の共通認識である。


「だけど、代わりの王女が選ばれたとしても、シルヴィや椿様以上の美人なんてそうそういないと思うぞ」

「「ふぇっ!?」」


 俺の言葉に顔を一瞬で真っ赤にして、頭から煙を発たせた。俺、何か変なこと言ったか?

 だって、今でこそエレナ様が選ばれているけど、俺としてはマリアの方が適任だと思うし、マリア以上の王女もそう相違ないと思うから言っただけなのだが。


「ま、まぁ、そんな私に選ばれるんだから、竜次はかなり幸せ者ね」

「せ、拙者以上の女は、いな……」


 何を思っているのか、2人ともその後真っ赤になった頬を手で押さえながら厨房の方へと行った。というか、これから行くという前振りも無しにさり気なくスゥッと行っちゃったんだけど。

そんな2人を見送ってから40分後に、昼食の用意が出来たという事で俺は早速食卓へと通された。部屋には既に、割烹着姿の椿様と、可愛らしいピンクとシンプルなオレンジのエプロンを着たシルヴィとリーゼが待機していた。詳しく言うと、ピンクのフリルが付いたエプロンをシルヴィが、シンプルなデザインのオレンジのエプロンをリーゼが着ていた。

 それはそうと、何で王様と桜様と幸太郎様がいないのだ?王妃様はいるのに。


「ささ楠木様、どうぞ座ってください」

「お、おう」


 座るのは構わないが、目の前に並べられている料理の落差が酷くて思わず言葉を失いかけた。


「竜次様は、ヤマトの料理に興味がおありという事なので、こちらを作ったでござる」


 椿様が作ったのは、日本でもおなじみの家庭料理の定番の肉じゃがであった。この世界に来てお目にかかれるなんて、思ってもみなかった。ヤバイ、美味しそう。キラキラしている。


「私の料理だって自信あるぞ」


 リーゼが作った料理は、大皿サイズでしかも分厚い特大ハンバーグであった。これはある意味凄いし、美味しそうではあるが、1人で食べるには無理がある大きさと厚さであった。頭がいい筈なのに、何でこんなズレた発想に走るのだろうか?

 そして問題なのが、俺が言葉を失った酷い方の料理。


「や、焼きそば……になる予定でした……」

「…………」


 シルヴィが作った料理は、いや、料理と呼んでもいい見た目なのかどうかすら危うかった。だって、お皿に盛られているのは大小さまざまな石炭の様に真っ黒な物体であった。


(野菜とお肉と麺を炒めるだけの料理なのに、一体どうやったらこんな酷い有様になるのだ!?)


「水で蒸し焼きにする筈が、間違えて油をいっぱい入れてこうなったのでござる」

「普通間違えんだろ、水と油を」

「ごめんなさい……」


 椿様とリーゼの2人に指摘され、シュンとなるシルヴィ。なんだか小さくなっている。

 シルヴィの名誉の為に言っておくが、本当に最初に比べると上達はしている。確かに、こういうアホみたいな間違いは未だにやるけど。


「ささ、料理が冷める前に召し上がってください」

「そ、そうよ。早く召し上がって」

「いや、お前のは無理」

「ですよね……」


 食べる前から脱落が決定したシルヴィの料理。落ち込みながら自分の料理を持ち、奥へと引っ込むシルヴィ。背中から哀愁が漂っている。


「じゃあ、気を取り直して」


 俺はまず、リーゼの特大ハンバーグを一口サイズに箸で切って、それを口の中に入れた。


「ふ……!?」


 信じられない。肉質がとても柔らかく、口に入った瞬間に肉汁と旨味が広がり、溶けるようにあっという間になくなった。


「美味い」

「でしょ。市場に行って、銀貨12枚で買った高級の牛肉を使ったんだ」


 なるほど。地球で言う所の黒毛和牛と言ったところか。地球ではお金の関係で食べられない和牛だ、しっかり味わわないと。

 確かに美味しいし、リーゼが胸を張って自慢するのも分からなくもない。このまま間食してしまいたいと思うくらいに。戻って来たシルヴィが、後ろで悔しそうな顔をしている。

 だが、それはこのハンバーグだけが出されていたらの話であって、俺にとっては次に控えている肉じゃがの方が魅力的に見える。小さめに作っていれば、おそらく完食は可能だったのだが、何でこんなに大きく作ってしまったのだろうか。


「箸が止まらないと言った感じだな。これならこの後に控えている椿の料理が食べられないだろな」


 あぁ、リーゼの狙いが分かった。このハンバーグ1個でお腹が一杯にさせて、椿様の肉じゃがが食べられないようにさせるのが狙いなのだな。それで自分の一人勝ちをするのが目的か。


(錬金術を得意としているから、頭がいい筈なのに何でこんな馬鹿な発想をするのだろうか?)


 いや、頭良すぎるゆえに斜め横の方向へと発想がいってしまうのかもしれないのかもしれない?


「じゃあ、次は椿様の」

「あの、竜次さん。まだ私の料理が残って」

「こんなに大きいハンバーグ、竜次じゃなくても完食は難しいわよ」

「策士策に溺れる、でござるな」


 椿様の言う通り、リーゼは自分の立てた作戦に溺れて失敗してしまったのだ。そもそもデカすぎるんだよ。せめて取り皿サイズにして欲しかったぞ。

 結局、残ったハンバーグは椿様とシルヴィ王妃様で分けて食べることになった。もちろん、リーゼ自身も食べる。


「次は、椿様の肉じゃがを」


 次に俺は、椿様の作った肉じゃがに箸をつけた。あえて大きめに切ったジャガイモと、出汁がよく染みた糸こんにゃく、柔らかそうなお肉等、俺の知っている肉じゃがそのままであった。

 最初に、出汁がよく染みたジャガイモを口の中に入れて、懐かしい味付けを堪能しながら咀嚼した。


「……美味い」


 懐かしい味、自然と安心感を思えるこの感覚。味付けが俺の母さんの作る肉じゃがに似ている。少し甘めに味付けされた出汁も、あえて大きめにジャガイモをカットする所もよく似ていた。

 懐かしい味に、箸が止まらないでいた。気が付いたら、肉じゃがは完食されていた。


「随分とお箸が進みましたね、楠木様」

「実は、母が作っていた味によく似ていましたので」

「せ、拙者の肉じゃがが、竜次殿の母上の味に」


 頬赤く染めて、恥ずかしそうにしながらも嬉しそうにする椿様。


「つまり、楠木様にとって椿の手料理は故郷の母を思い出す味なのですね」

「味付けが完全に似ていましたので」


 今頃どんな思いでいるのだろうか?

 俺が急にいなくなった事で、悲しんでいないだろうか?

 アイツ等のせいで、元の世界に帰る事が出来なくなってしまったが、本当に申し訳ない。

 椿様の肉じゃがは、そんな母を思い出す事が出来、自然と安心感を覚えた。


「安心してください。これからはずっと、その懐かしい味を堪能する事が出来るのです」

「何を」

「だって、完食されているという事は、うちの椿の勝ちという事で間違いないでしょう」

「は、母上!?」

「っ!?」


 懐かしさに浸っていた事で油断していたが、そういえば王妃様の気の色は濃い赤をしていた。それに、どうして王様と桜様と幸太郎様がこの場にいないのか、冷静に考えれば分かった事なのに。


「あの王妃様、一体どう言う事なのでしょうか!?」


 納得がいかないシルヴィが、声を荒げて王妃様に詰め寄って来た。そんなシルヴィに対し、王妃様はあっけらかんとした態度で答えた。


「だって、このまま色気勝負を続けてもシルヴィア殿が勝ち続けるのは目に見えています。でしたら、きちんと対等な勝負が出来るようにと思い料理勝負を思いついたのです。まさか、シルヴィア様が最初に脱落されるとは思いませんでしたが」

「ちょっと待て。という事は……」


 嫌な予感がしながら俺は、王妃様に聞いた。回答の内容は、予想通りのものであった。


「これにより、椿と楠木殿の婚約をここに認めます。シルヴィア殿が正妻となる為椿は側室となりますが、こちらは何の問題もありません」

「いやいやいや、こっちが問題ですよ!」

「フェリスフィア王国では、側室を取るのは禁止されているっておっしゃった筈です!」


 シルヴィも納得がいかず、相手が王妃様であっても掴み掛らん勢いで迫って来た。けれど王妃様は、平然とした態度で言い放った。


「フェリスフィア王国に永住すると正式に決まった訳ではなりませんし、何より楠木様のこの先の事を考えると椿とも婚約した方が後々面倒な事は起きないと思います。それはシルヴィア殿とて理解しているのでは?」

「どういう事ですか?」

「よもや、元王族であるシルヴィア殿ともあろうお方が、その可能性を考えていなかったと申すのですか?貴族や王族にはならないと言っても、聖剣士というだけで多くの貴族が自分の娘との結婚を進めてきます。王族としての権威を失われたシルヴィア様では、それを食い止めることは不可能です。ですから、うちの椿とも結婚すればある程度は収まると思われます」

「うぅ……」

「その顔だとシルヴィ、本当にそういう可能性を考えていなかったとでも言うのか?」

「…………」


 たぶん、リーゼの指摘通りその可能性を考えていなかったと思うぞ。元々一夫一妻制の国で育ったせいなのか、そういう可能性を危惧する事なく育ってしまったのだろう。随分お気楽なお国柄ですこと。

 そもそも、今回召喚された聖剣士の評判があまりよろしくなかったから、求婚を迫られる可能性はないだろうと考えていたのかもしれない。俺も考えていなかったから。

 もしそんな状況に追い込まれたら、王族ではなくなった今のシルヴィに止める力なんてない。だからこそ、王妃様は椿様との結婚を推し進めたのだろう。無論、私情が9割以上を占めているとは思うけど。


「ま、すぐに椿を受け入れろとは言いません。ですが、椿との結婚も視野に入れて頂きたいと思います。よろしいですね?」

「「は、はい」」


 王妃様の謎の圧に、俺とシルヴィは頷く事しか出来なかった。「母は強し」って本当だね。

一方の椿様は、嬉恥ずかしいと言った感じで頬に手を当ててもじもじとしていた。

 料理勝負によって、椿様との婚約がほぼ強引に決定してしまった。




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