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34 突然の求婚


「ちらし寿司も、天ぷらも、すき焼きも久しぶりで美味かった」

「竜次の住んでいた世界でも、その3つはあったの?」

「ああ」


 夕食を食べ終えた俺とシルヴィは、風呂に入った後で今回泊めてもらう部屋でゆっくりしていた。ふかふかの布団が用意されていた。


「この世界に来てまさか食べられるとは思っていなかったぞ。今回のはかなり美味しかったぞ」

「悪かったわね、私にはあのレベルの料理は作れないわよ」


 悔しそうにシルヴィが、ふくれっ面でそっぽを向いた。

 シルヴィも最初に比べれば料理の腕は上達しているが、それでも椿様には遠く及ばない。というか、椿様の料理の腕はプロ顔負けの腕前であった。お城に仕えている料理人が嘆くのも分かる。


「というか、あそこまでスペックが高いのに婚約者がいないのが信じられないな」

「自分より強い相手とじゃなきゃ結婚しないってもう公言しちゃってるし、椿様もなかなかに意志が固いから」

「だからこそ勿体ないって思うんだがな」


 それじゃ、美人でスタイルも良くて、しかも料理上手であってもなかなか結婚できない訳だ。というか、そんな事を公言する人って初めて見たのだけど

 マリアの場合は、見栄を張ったがばかりに引っ込みがつかなくなってしまい、今でも理想が高すぎるという理由で男達に逃げられている。実際はそこまで理想は高くないのに。

 だが、椿様の場合は完全に無理難題な条件を突き付けて男達を遠退かせている。世界最強の武人と呼ばれている椿様より強い人なんて、漫画ではあるまいし絶対に見つからない。


(そういえば、天才と呼ばれているレイシン王国のシン王子でさえ椿様には勝てなかったらしいな。まだ会った事は無いけど)


 南方最強の剣士でも、西方最強と呼ばれているマリアでさえ敵わないのだから、そんな男なんて絶対に見つからない。世の中そんな都合よく出来ていないのだから。


「何か、国王陛下と王妃様が不憫だ」

「そうね。三大王女の一人になれば、婚約者の1人や2人は見つかるだろうという王妃様の願いも、あんな理不尽な条件を出したおかげで結局は叶わなかったのだから。このままじゃ、私と竜次の結婚式や、幸太郎君の結婚式に独身のまま出席する羽目になるわ」


 今さり気なく自分の結婚式も入れただろ。しかも、お相手は俺だ。嬉しいけど、今は魔人共が世界を脅かしている時期である為、結婚式は魔人共を倒してからになるだろう。


「そう言えば、幸太郎様って婚約者がいたんだったな」

「えぇ。確か、フェリスフィア王国出身の子爵家の令嬢で、ステファニーちゃんという10歳の女の子と婚約していたわ」


 まだ11歳だというのに、もう結婚する相手が決まっているだなんて、日本から来た俺にとっては考えられない事だが、こっちの世界の王族では一般的な事だろうか?


「でも、椿様はまだ16歳なんだろ。マリアだってまだ18歳なんだし、どうして王妃様や女王陛下はそんなに焦るんだ?」

「あら、竜次は二十歳を過ぎた女と結婚できるの?」

「いや、俺にはもう相手がいるからそんな事考えた事なんて」

「もしもの話よ。本当にそんな事を考えたらぶん殴るけど」

「お手柔らかに」


 こういう所があるんだよな、シルヴィって。女性との付き合いに関してはそこまで縛りは強くないが、交際するかどうかになると物凄い剣幕で怒るんだよな。怒って当たり前なんだろうけど、とにかく独占欲が強いんだよな。その上、物凄いヤキモチ焼き。


「実際に付き合うかどうかは別にして、俺の住んでいた世界では30過ぎで結婚する人がかなり多いな」

「30過ぎって、マジで!?」

「ああ。中には40や50で結婚なんてもあるし、滅多にないけど60過ぎで若い女性と結婚という話も聞くな」

「嘘ぉ!?」


 ま、60過ぎで結婚だなんて、相手はほぼ財産目当てだから注意はした方が良いだろう。偏見が過ぎるというのは理解しているし、その場合相手がかなり若い人の時だったりする。


「まぁ、極端な例を挙げただけだから、一般的には20歳超えてからの結婚が常識で、10代で結婚なんてあり得なかったな」


 もちろんゼロという訳ではないから、絶対とは言い切れない。世間から冷たい目で見られるし、相手の親御さんからも物凄く恨まれる事は避けられない為ほぼ無いに等しいが。


「信じられない!竜次の住んでいた世界ではそんな超晩婚が一般的だなんて!」

「何をもって晩婚なんだ?」

「だって、この世界では20歳を超えた女はもう崖っぷちに立たされているし、30なんてもう絶望的だし、40になって独身のままだと未来永劫結婚は無理だし!特に女性は!特に女性は!」

「何故2回言う……」

「それ以前に、30超えるともう高齢扱いされるわ!それが王侯貴族だったら尚更なのよ!」

「マジかよ……」


 何時の時代の価値観なんだ。

 確かに、200年位前までだったら10代で結婚もあったかもしれないし、そういう価値観があったのかもしれない。

 だが、生憎俺の住んでいた地球ではそういう考えはもはや時代遅れ。非常識なんだよ。


「でも、その感覚だとシルヴィはもう大丈夫じゃない」

「そうね。それでも、お母様よりも遅いのは事実ね。お母様は12歳でお父様と婚約して、15歳で結婚したって」

「マジで……」

「ちなみに、お母様が17歳の時にお兄様を産んだそうよ」


 これだから異世界は!

 確かに、日本でも法律上では男は18歳、女は16歳で結婚が出来るが、それでも10代で出産なんてゼロではないが考えられないぞ。


「竜次だって、あと1年でおじさんと呼ばれるわよ」

「マジ!?」


 冗談じゃない。たかが20歳でおじさん呼ばわりされるなんて。その理屈だとレイトもおじさんの部類に入るかもしれないが、レイトの場合はエレナ様から熱烈なアプローチを受けているのだからまだ救いはあるな。


「そんな訳だから、フェリスフィア女王陛下も、ヤマトの王妃様も一番上の娘の結婚に物凄く焦っているのよね。特にマリア様なんて、あと2年で崖っぷちに立たされるから」

「残酷な事を言わないであげて」


 まぁ、怪物クラスに強い2人とどうしても結婚がしたいという男なんてそうそういる訳がないわなぁ。それこそ、ラノベやギャルゲーではあるまいし。神様も、残酷な事をする。


「ところで、竜次は魔人騒動が治まった後はフェリスフィアに腰を下ろすの?」

「そうだな。順当に考えれば、フェリスフィアに永住になるだろうな。マリアが許可してくれるかどうかは別だが」


 いくら俺がフェニックスの聖剣士でも、永住させてくれるかどうかは別の話。国を出てきちんと自立しろと言われれば、フェリスフィアでの永住は諦めないといけない。


「良かったわ。実はヤマトも一夫多妻制だから、このままヤマトに残るなんて言ったらどうしようって不安に思ったの」

「へぇ、ヤマトも一夫多妻なんだ。意外。昔の聖剣士が建国した国だって聞いたから」


 日本人が建国した国だから、てっきり一夫一妻制だと思っていたが、江戸時代かそこ等だったら妾や側室を娶る事はあったかもしれないな。当時の獅子の聖剣士が、その時代の人間だったらあり得るかもしれないな。


「あぁ、2つ前までの聖剣士は側室や妾を娶る事に寛容だったんだけど、竜次の1つ前の聖剣士は側室や妾を娶る事に否定的な考えを持っていたんだ。それが、聖剣士が建国した国は一夫一妻制なんだという考えを広めるきっかけになの」


 1つ前の代って事は、フェリスフィア王国を建国した人と、エルディアを建国した人がそういう人だったから、それが広まって大きくなってしまったのか。


「でもまぁ、ヤマトは一夫多妻制と言っても1つ前の聖剣士がこの世界に来てからは、側室や妾を娶る事が無くなったから実質一夫一妻制になったと言っても過言ではないけど」


 制度そのものは残っていても、王様をはじめ誰も側室や妾を娶らなくなってしまった事で、ヤマトも一夫一妻制になったのだと思われてしまったのだな。とんだとばっちりだな。

 とりあえず、制度がまだ残っているヤマトに残らない事に安心したシルヴィが、俺に身を寄せて甘えてきた。

 今のシルヴィを見ると、ずっと男を羽虫の様に扱って罵倒してきたとは思えないな。実際にその現場を見た訳ではないから何とも言えないけど。


(どうか離れないで欲しい。シルヴィにまで裏切られたら、俺はもう……)


 梶原やエル等、たくさんの人に裏切られ続けた。もうこれ以上は絶えられそうにない。

 そのまま俺は、シルヴィに抱き締められたまま意識が遠退いていった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「眠っちゃったか。まるで子供みたいだね」


 でも、そんな所まで愛おしく感じる。私と一緒にいると安心してくれる竜次を見ると、とても嬉しい。


「本当は、とても純粋で人の良い性格をしているんだね。でも、度重なる裏切りによって閉鎖的に、尚且つ疑り深い性格になってしまったんだね」


 そんな竜次を救ってあげたい。竜次が受けた痛みと、苦しみを少しでも和らげてあげたい。

 最初はただの夢かと思ったが、何度も見るうちに自分がこの人のパートナーに選ばれた事に気付き、今はこうして私の胸の中にいる。あの時から私は、ずっと竜次に恋い焦がれていたのだ。

 聖剣士だの、パートナーだの、そんなのはもうどうでも良くなっていた。それくらい私は、竜次に夢中になっていた。

 なのに、何でそんな竜次がたくさん傷つかないといけないのだ。


「キリュシュラインの暴君や王女だけじゃなく、仲間の筈の他の聖剣士まで。竜次が何をしたって言うのよ」


 特にドラゴンの聖剣士。

 あの男の行動は、誰がどう見ても犯罪行為に等しい。竜次に自分が犯した罪を擦り付けて、そのくせ自分はまるで犯人を追い詰めた英雄の様に誘導している。一種の洗脳とも言える。

 それなのにあの男は、自分が犯したことを悪だとはまるで思っていない。ハッキリ言って異常であった。

 その上、あんな男に崇拝にも似た異常な恋愛感情を抱く女がいるくらいであった。


「犬坂愛美。何故あんな男なんかに」


 いくら容姿と才能と能力に惹かれたからって、あれはハッキリ言って異常であった。

 でも、あれで気の色が常に赤色をしているのはちょっとおかしかった。確かに、自分を偽っているという点では常に嘘を付いていることになるのだが、それであんな淡い色になるとは思えない。あの場合、気の色はもっと濃い赤色になる筈。


「そもそも淡い赤は、好きな人に可愛く見せたいと思った時と、自分の今の地位を守る為に見栄を張った人に出る色なんだけど」


 もちろん、その2つだけではないのだけど、あんな異常な感情を抱く人の色ではない。

 犬坂愛美みたいな人間の場合、気の色は赤ではなく黒、悪意に染まる傾向が強い。あぁいうタイプの人は、盲目になり過ぎる傾向が強い為に物事の善悪の判断が付かずに暴走する事が多い為である。ゆえに、気の色も悪意の黒に染まる事がある。あのキリュシュライン国王の様に。


「それでも、お陰で貴重な情報を得る事が出来たわ」


 全員が全員、黒い方に怯えて言いなりになっていないという事が分かった。犬坂愛美の様に、完璧な容姿と能力を持つ黒い方に心酔するあまりに、アイツのやる事全てを何の疑問を抱かずに正しい事だと決めつけている狂信者の存在。

 そんな彼女達がアイツ以上に酷い事して、竜次を追い詰めて貶していっているのだろう。黒い方が過去に犯した罪を正義だと信じ込み、竜次の心を抉る行為をしてきたのだろう。

 小さい情報だけど、黒い方を追い詰めるには貴重な情報であった。


「実際に見た訳ではないから何とも言えないが、犬坂愛美のあの異常な思想を見るとそうとしか思えない」


 そして、あの女と同じ思想を持っている女は他にも必ずいる。あの女だけというのは絶対にありえない。

 その女達の特定もしていき、黒い方と同様の裁きを受けさせないといけない。同時に、黒い方の本性を目の当たりにさせて彼女達の目を覚まさせる必要もある。


「道のりは長そうだけど、それでもやらないといけない」


 竜次の汚名を晴らす為に、黒い方に正当な裁きを下させる為にも。

 決意を新たに私は、胸の中で震えている竜次を強く抱きしめながら就寝した。


「私が竜次を助けてあげるから」




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「はっ!」

「へぇ、太刀筋も様になっているでござるな」

「本当に毎日欠かしたことが無いんだから」


 朝食前に俺達は、兵士達の訓練場にて毎日の日課である剣の稽古を行っていた。マリアは厳しいから、日々俺がどのくらい上達しているのか常にチェックをしている為、剣の稽古は毎日欠かさず行っている。まぁ、すっかり習慣になっているからやらないと気持ちが落ち着かないというのもあるが。

 そんな俺を、まるで我が事の様に誇らしげに胸を張るシルヴィ。

 それからしばらくして、兵士達が俺に次々と模擬戦を申し込んできたので、俺は全員と一対一の模擬戦を行う羽目になった。

 内容は中略させていただきます。結果は、俺の全勝です。


「へぇ、兵士長にまで勝つなんてすごいですね」

「楠木様すごいです!」


 落ち着いた雰囲気で訓練場に現れたのは、着物姿に刀を腰に差した幸太郎様であった。桜様は言うまでも無く、朝からハイテンションであった。


(本当にこうして見ると、姉弟が逆転して見えるな)


 ちなみに、桜様は動きやすそうな洋服?を着ていた。西方の服を着ているのだから、間違いなく洋服なのだろう。

「桜、その格好で訓練を行うつもりなのでござるか?」

「ドレスではありませんので問題ありません!」

「刀はどうした?」

「お洋服に刀は合いませんよ!」

「まったく……またサボる気でござるか」


 あらら、桜様は剣の稽古を最初から行うつもりはなかったみたいか。というか「また」という事は、桜様は剣の稽古をよくサボっているのだな。

 そうこうしているうちに、桜様がまた駄々をこね始めた。どうやら桜様は、姉みたいな剣術一筋という訳ではないみたいだ。


「桜姉様を許してください。代わりに私がお相手をいたしますので」

「おう」


 歳の割にはしっかりとした弟君が、近くにいた兵士から木刀を受け取り、俺の前に立った。

 とは言え、相手はまだ11歳の男の子。あまり本気を出すのは気が引けるし、勝ってしまっては大人げないだろうし。

 そんな俺に、シルヴィとリーゼが近づいてきた。


「本気を出してあげて。そうじゃないと幸太郎君は気が済まないし、本気を出さないとまともに戦えないわよ」

「幸太郎様、11歳とは思えないくらいに強いぞ」

「マジかよ」


 流石は、世界最強の武人の弟。一筋縄にはいかないか。

 とりあえず、本気で相手をしてみる事に決めた俺は木刀を構えた。


「では、参ります!」


 俺が構えると同時に、幸太郎様は物凄い勢いで俺の前に飛び込み、上段から木刀を勢いよく振り下ろしてきた。


「クッ!」


 俺はその攻撃を防いだが、その一太刀に俺は驚愕した。


(嘘だろ!?あの小さな体の何処にこんな馬鹿力があるんだ!?)


 幸太郎様の攻撃は非常に重く、以前戦ったファフニールに相当する力であった。魔法による強化が無かったら、最初の一撃で木刀は粉々に粉砕されていただろう。

 それでいて動きも素早く、聖剣士としての補正があってもかなり早く見える程であった。


(流石は先々代の獅子の聖剣士の子孫!とんでもないパワーだ!)


 恩恵は無くなっても、驚異的なパワーは純粋な身体能力となって今も受け継がれていた。何百年、もしくは千年以上経ってもその血と力が薄れる事もなく。


(だが、俺だって易々とやられる訳にはいかない!)


 幸太郎様の実力が分かった俺は、守りをやめて攻めに転じた。マリアに鍛えられているお陰で、俺は幸太郎様の動きに付いて来ることが出来た。

 そして、幸太郎様の木刀と俺の木刀が再び交わった直後に俺は、幸太郎様の胸倉を掴んで引き寄せて、背負い投げの要領で地面に叩きつけた。最後に、木刀の先端を幸太郎様の喉元に向けた。


「失礼しました」

「いえ。参りました」


 相手が負けを認めた所で、俺は幸太郎様から一旦離れて、手を差し伸べて起こしてあげた。


「流石は、マリア王女様から剣の指南を受けているだけはあります。戦い方がマリア様とよく似ています」

「確かに、剣術と格闘術を組み合わせた戦い方は、マリア殿が5年もかけて作り出した、フェリスフィア流の剣術でござる」


 まぁ、剣術だけじゃなく、格闘術や馬術などあらゆる武芸に優れたマリアから教わっているのだから、それを組み合わせたオリジナルの剣術を編み出して今の型が出来上がったのだろう。

 そんなマリアから戦い方を教わっているのだから、戦い方も自然とマリアに似てくるのかもしれない。

 それにしても、負けたというのに幸太郎様は凄く満足そうな顔をしているな。


「いや、楠木様の剣の腕もあっぱれです。流石は、聖剣士様です。他の4人とは比べ物になりません」


 そんな事を言われると、他の4人が弱いみたいに聞こえるのだが、ダンテと石澤の戦いを見ると幸太郎様みたいに感じるのも無理もない。すっかり弱いというレッテルを張られているな。まぁ、半分は石澤と犬坂と秋野のせいなのだろうけど。いや、4人中3人だから……9割?


「いやはや、楠木殿と幸太郎の模擬戦を見ると、拙者も楠木殿と戦ってみたくなったでござる。楠木殿、拙者とも手合わせをお願いするでござる」

「世界最強の武人と名高い椿様から手合わせを願われるとは、光栄の極みです」


 もちろんこれはただの社交辞令であって、本心ではマリアよりも強い椿様と戦うなんて冗談じゃないと思っているのであります、はい。

 11歳の幸太郎様であの強さなのだから、姉の椿様はもっと凄いだろうというのが容易に想像つく。ぶっちゃけ言うと、戦いたくありません。顔には決して出さないけど、やっぱり嫌だ。

 とは言え、世界最強の武人である以前に椿様は一国のお姫様。そんな椿様からのお誘いを断る訳も行かず、俺はリーゼに体力回復の魔法をかけてもらってから椿様と対面した。

 構えもどっしりとしていて、全く隙が無かった。


(さて、動いた瞬間に相手が一気に俺の目の前まで来て一太刀浴びせるのは分かり切っている。かと言って、何時までも相手の出方を窺っていてもいずれは向こうから強烈な一撃が来る)


 どう攻めたら良いのかと考えていると、城でマリアと訓練していた時の事を思い出した。その時のマリアの言葉を思い出した。



「迷うな、躊躇うな。こうと決めたら最後まで突き進め。強い意志を持って戦え」



 そうだ。フェニックスの聖剣士の強さは、意思の強さによって決まる。その意志の強さが、マリアの強さに繋がっているのだろう。流石は、先代のフェニックスの聖剣士の血を引いているだけの事はある。

 強い意志が力になる。それが、フェニックスの聖剣士だ!

 意を決した俺は、地面を強く蹴って椿様の前に出た。椿様はすぐに避けようと身体を左に移動させたが、すぐに俺は身体を半回転させて椿様の頬に蹴りを入れようとした。


「なっ!?っ!」


 蹴りが入る直前、椿様は腕でガードをしたが苦しそうな表情を浮かべて踏ん張っているのが分かった。

 そこで俺は一旦足を離したが、それで攻撃が一旦終わる訳がない。

 足を引っ込めると同時に、下段から木刀を救いあげる様に攻撃を加えようとした。その攻撃も、椿様は木刀でガードして、直後に俺の鳩尾に蹴りを入れて、3メートル程蹴飛ばして強引に距離を取らせた。

 そして、互いに木刀を構えると同時に前に出て木刀で打ち合った。


(やはり、幸太郎様とは比べ物にならないくらいの馬鹿力だ!あの華奢な身体の何処にそんな力があるんだ!)


 打ち合いをする度に、腕が破裂しそうな程の強烈な一撃が俺を襲ってきた。しかも、攻撃の速さもマリアに匹敵している。その上身体も柔らかく、反射神経も優れていて、打ち合いをしていない時は俺の攻撃を紙一重でいなしていた。

 更に、ただ力任せに打ち込むのではなく、時にいなし、時に滑らせて反撃に転じる等状況に応じて攻め方を変える柔軟性まで兼ね備えていた。


(力とスピードと柔軟性、そして熱く戦いつつも常に冷静な判断を持って対応する)


 まさに、世界最強の武人の名に相応しい戦い方であった。

 しかし、だからと言ってやられる訳にはいかない!


「はああっ!」


 木刀同時を交えた直後、俺は身体を左側に反転させて椿様の真横について、椿様の木刀を下に提げさせた。その直後に俺は、椿様の左腕を掴んで力一杯に持ち上げて背中から地面に投げつけた。

 しかし椿様は、苦悶の表情を浮かべつつもすぐに俺の顎下に蹴りを入れてパッと起き上がった。

 そして、身体の向きを変えると同時に俺の首に木刀を叩きつけた。防御が間に合わず、直撃を食らってしまった。


「くはっ!」


 まともに攻撃を食らった俺は、呼吸をするだけでも襲い掛かってくる激しい痛みによってその場にしゃがみこんでしまった。これが実戦だったら、首を跳ね飛ばされていただろう。恩恵のお陰でそれはないが、それと同等の痛みは感じる。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 大量の脂汗を流し、大きく肩で息をしつつも木刀の切っ先を俺の喉に向ける椿様。全力を出して戦って体が温まったせいか、顔がほんのり紅潮していた。

 勝負はついた。


「参り、ました……」


 さっきの一撃を食らった時点で既に勝敗は決していた為、これ以上の闘いは不要であった。

 決着がついたと同時に、周りから歓声が沸き上がった。そんな大げさな。


「ありがとうございました」


 兵士達の歓声を浴びながら、椿様は木刀を引っ込めて頭を下げてお辞儀をした。何時もの凛とした感じではなく、若干可愛らしい声を上げていた。

 その後、俺に背中を向けると若干早足気味に去って行った。一体どうしたというのだろうか?


「竜次、凄いわ!」


 歓喜に湧く兵士達をかき分け、シルヴィが俺の背中に勢いよく抱き着いてきた。


「シルヴィ?」

「椿様を相手にあそこまで善戦したのは、マリア様以外では竜次が初めてよ!しかも、椿様に一撃を与えたのも竜次とマリア様だけよ!」

「マジか……」


 でも、分からなくもない。

 あの馬鹿力とスピードの前では、大抵の人はなす術もなくやられてしまうだろうな。マリアでさえ敵わないのも頷ける。

 そんなマリアに勝ったことが無い俺が、椿様に勝てる訳が無いのは火を見るより明らかだったが、それでもあの規格外2人といい勝負が出来るようにはなった。恩恵による底上げがあったとしても、それを活かせるように毎日稽古を行ってきた甲斐があった。


「凄いです楠木様!マリア様以外であのお姉様と互角に戦えるなんて、今まで無かった事です!」

「確かに、私や桜姉様でも椿姉様とあそこまで戦うことは出来ません。お見事でした」


 桜様や幸太郎様からもお褒めの言葉を頂き、兵士達の歓喜は最高潮に達した。そんなに喜ぶことなのだろうか?


「凄いです!本当に凄いです!」

「ちょっ、桜姉様!?」


 テンションが上がり過ぎた桜様が、幸太郎様の制止を振り切って俺に抱き着こうとダイブしてきた。巻き込まれない様にシルヴィは、パッと俺から離れた。相手が子供の桜様なら問題ないみたいだ。



 ところが



「きゃあっ!?」

「っ!?」


 桜様が俺に抱き着こうとした瞬間、俺と桜様の間に強い反発の様なものを感じ、俺と桜様はそれぞれ反対方向へと弾き飛ばされてしまった。

 この感覚には覚えがあった。


「竜次!」

「竜次さん!」

『桜様!』


 シルヴィとリーゼは俺の方へ、兵士達は桜様の方へと慌てて駆けつけてきた。そして、兵士達の態度が一変して、俺に対して強い敵意を向けて刀を抜いてきた。おそらく、俺が突き飛ばしたと思ったのだろう。


「どういうつもりだ!我が国の姫様に乱暴を働くなんて!」

「誤解だ。俺は何もしていない」

「何もしないであそこまで吹っ飛ばされるものか!見苦しいぞ!」


 向こうの怒りは御尤もだ。大切な自国のお姫様を模擬戦でもないのに吹っ飛ばし、その上怪我まで負わせたのだから。そんな兵士達に、シルヴィとリーゼが今にも怒りだしそうになっていた。


「剣を下ろせ!魔人共の脅威から世界を守っている楠木殿に対して、無礼が過ぎるぞ!それでも貴様等は、誇り高いヤマトの戦士か!」


 そんな兵士達を宥める為に、丁寧な口調から命令口調に切り替えた幸太郎様が俺達と兵士達の間に入って来た。2人がキレる前に間に割って入って来た為本当に助かった。


「そうもいきません!桜様に乱暴を働いたこの者の罪を許す訳には!」

「楠木様は桜姉様に触れてなどいない!それでどうやって桜姉様に乱暴をする!」

「恐れながら、それなら一体どうやって桜様を吹っ飛ばしたとおっしゃるのですか!」


 普通に考えれば、相手に触れてもいないのにあんな事が起こるなんてあり得ないだろうけど、俺が聖剣士だという事を考えるとあり得ない事でもない。

 そんな兵士達の疑問に、幸太郎様は堂々とした態度で答えた。


「桜姉様が楠木様に触れる事が許されないからだ」

「どういう事ですか!?」

「聖剣士とパートナーは互いに手を触れあう事で、パートナーの契約が自動的に成立する。それによりパートナーは、聖剣士に自由に触れる事が出来る」


 だから何だと言わんばかりに兵士達が俺を見ているが、幸太郎様の次の言葉を聞いて一斉に気を飲んだ。


「だが逆に、聖剣士は他の聖剣士のパートナーに触れる事が出来ない。そしてそれは、パートナー側も同様。先程の様に触れようとすると、互いに反発し合ってあのような事が起こるのだ」


 聖剣士が他の聖剣士のパートナーに触れられない。その逆も同様。

 それを聞いた瞬間、兵士達は何故桜様が吹っ飛ばされたのかをようやく理解し、桜様もそれを理解したみたいで俯いた。

 あの磁石の同じ極同士が触れあおうとする感覚は、聖剣士のパートナーとなる者が、組むべきではない聖剣士に触れようとした時に起こる現象で、それを俺は2度経験した。だからすぐに分かった。


「私も驚きだ。まさか桜姉様が、聖剣士のパートナーとなる事が運命付けられていただなんて」


 それを聞いた兵士達が、喜んで良いのか悲しんで良いのか分からず複雑そうにしていた。

 無理もない。だって、残りの男の聖剣士、石澤と上代のどちらかのパートナーとなるのが決定しているのだから。上代なら良いが、もしも石澤のパートナーなんかになったら桜様が不幸になるのは確実。

 同時に、既にパートナーが決まっている俺には触れる事が出来ないという現実も突き付けられた。人懐っこい桜様にとっては、とても悲しい出来事だろうな。

 だが、これであの4人のうち3人の正式なパートナーが誰なのか分かった。

 シャギナと桜様の2人が、上代と石澤のどちらかのパートナーとなり、ダンテが犬坂のパートナーとなった。これだけでも大きな収穫になった。これであと正規のパートナーが分かっていないのは、秋野だけとなった。

 その後俺は、兵士達に謝罪された。幸太郎様からも物凄く怒られて、兵士達はかなり落ち込んでいた。まぁ、誤解も解けて良かったよ。

 その事が国王陛下の耳にも入り、全員が減給処分を食らい、刀を抜いた兵士に至っては1週間投獄される羽目になった。そこまでしなくてもと思ったが、ヤマトでは罪もない人に剣を向けるという行為は万死に値する行為らしい。1週間の投獄は、実はまだ軽い罪だというのだから驚きだ。

 俺達が今いる朝食の席でも、その事が話題に上がった。


「まさか、桜が聖剣士のパートナーになるなんて」

「誇らしい事なのかもしれないけど、どうにも喜べません」


 国王と王妃が複雑そうにするのも分かる。もしも石澤のパートナーだったら困るだろうし、何より桜様はまだ子供。そんな桜様を魔王戦に巻き込みたくないのだろう。


「それにしても、何故桜なんだ!」

「しかも、他のパートナーは最悪の殺し屋・シャギナと、我が国で指名手配されている死神・ダンテ。何で今回の聖剣士とパートナーは、ろくでもない奴ばかりが選ばれるんですか!」


 シャギナはともかく、ダンテまでろくでもない奴として扱われるとは。パートナーだけだったらまだ良いが、今回は聖剣士までもがろくでもない奴が召喚されたという事になっている。両親が思い悩むのも当然であった。


「どうせなら楠木殿が良かったのだが」

「楠木様には、既にシルヴィア様がいますから」


 俺だって、桜様を石澤みたいな男に渡したくない。でも、まだ石澤だと決まった訳ではない。上代という可能性だってある。

 だが、その場合シャギナが自動的に石澤のパートナーだという事が決まってしまう。最悪な女たらしの石澤に、最悪な殺し屋のシャギナが組むなんて二重に最悪な事である。


「はぁ……この事は、我々だけの秘密にしておこう」

「えぇ。桜の幸せを考えると他の聖剣士、特にドラゴンの聖剣士なんかには絶対に渡せません」

「分かりました」


 桜様の身の安全の為に、俺達は今朝の事は秘密にする事にした。この時俺は心から思った。


(どうか上代であって欲しい。石澤みたいな男に、桜様を渡したくない)


 あんなに明るくて純真な桜様を、石澤によって汚されたくないと思うのは俺も同じであった。


「………………」

「あの、椿様。さっきから何ですか?」


 朝食が始まってから俺はずっと椿様に見られていた。というか、あの模擬戦の後からずっと様子が変なんだよな。ボォーとしているというか、上の空というか、俺の方ばかり見て何だかぼんやりしているのだよな。頬もほんのり赤くなっているし、何だか様子がおかしい。熱でもあるのかな?


「どうしたの、椿?」

「いや、その……」


 なんだか歯切れが悪いな。第一印象の凛としたカッコいい感じから、何だかふわっとした感じになっていて可愛らしさが際立っていた。


「楠木殿の剣の腕、マリア殿に鍛えられているだけあってとても素晴らしかったでござる」

「そうね。聞いたわ」


 いつもと様子の違う椿様に、王妃様が心配そうにしていた。俺の事を評価してくれたのは嬉しいが、それが何であんな風になるのだ?


「楠木殿は筋が良いでござる!」


 何を思い立ったのか、急に立ち上がって王様と王妃様の方を向いて言った。


「楠木殿は、将来的に拙者よりも強くなるでござる!」

「それほどなのですね!」


 ちょっと、何か急に王妃様の声が弾んでいるぞ。何だか嬉しそうだな。

 そして椿様は、俺の方を向いた。


「楠木殿、いや、竜次殿!拙者をそなたの妻にしてください!」

「はへ!?」


 何を言ってんのこのお姫様は!?いきなり妻にしてくださいってどういうつもりなんだ!


「な、なぜ?」

「拙者は常に剣術一筋であった。なので、添い遂げる殿方も拙者より強い相手と心に決めていたのでござる」

「でも俺は、今朝の模擬戦では負けましたけど」

「しかし、竜次殿は将来的に拙者より強くなるでござる。実際に戦ってみてそれが分かったでござる。流石は、マリア殿から剣術指南を受けているだけはある」

「いや、でも、俺にはシルヴィがいます。彼女以外の女性と結婚するつもりはありません」


 こういう事はハッキリ言わないと、後で面倒な事になる。椿様の気持ちは嬉しいが、俺はシルヴィだけが好きだからその気持ちには答えられない。

 俺の答えを聞いて、シルヴィは嬉しそうに微笑み、椿様は寂しそうな顔をしていた。


「何も正妻にしろとは言いません。国を継ぐのは幸太郎ですから、椿は側室でも構いません。よって、椿と楠木殿の婚約を認めます」

「私も妻と同じく、椿との婚約を認めます」

「ちょっと!」


 王妃様と王様が、物凄く必死な顔で迫っているのだけど!ようやく長女に婚約のチャンスが訪れたのだから、そのチャンスを逃すまいとしている様だな!というか、王族が側室として嫁ぐというのは世間体的に良くないだろ、普通!

 そこを曲げてまで婚約を認めるなんて、どんだけ両親を悩ませているんだこの親不孝娘は!


「何を言ってるんですか!竜次はハッキリと、私としか結婚しないと言っているじゃないですか!」

「ははは、シルヴィだけでも厄介なのに、その上椿様まで加わったら私に勝ち目なんてないじゃん。ふざけるじゃねぇぞ、コノヤロウ」


 相手の身分と立場も忘れて、王様と王妃様に食い掛るシルヴィ。

 表情に影を落とし、何だか訳の分からない事を呟くリーゼ。


「正妻の座は譲るのですから、うちの椿も楠木殿の妻にして頂きたいのです。こんなチャンスを、逃す訳にはいきません」


 うわぁ、凄く必死だ。どんだけ思い悩んでいたのだ。


「母上のおっしゃったように、拙者は側室でも構いません。拙者も竜次殿の妻になりたいのでござる」

「竜次が腰を下ろしているフェリスフィア王国は一夫一妻制!側室や妾を娶るのは、王族や貴族であっても禁止されているの!」

「なら他所に移れば万事解決でござる!」

「バカ言うんじゃないわよ、この剣術馬鹿の親不孝娘!」


 うわぁ、何だか収拾がつかなくなっちゃっているんだけど。


「ちょっと待って!だったら私も婚約したい!側室でも良いから、竜次さんと結婚したい!」

「おい!」


 って、今度はリーゼまで立ち上がってとんでもない事を言い出したぞ!


「あんたもいい加減に諦めろ!竜次は私だけのものなんだから!」

「独り占めは許さない!」

「拙者だって諦めたくないでござる!」


 しまいには収拾がつかなくなってしまったぞ。というか、俺の意思はハッキリと伝えた筈なのに、どうしてこんな事になってしまうのだろうか。

 桜様と幸太郎様は、さっきから黙ったままでこちらの援護をしてくれない。この2人も、椿様が婚約しない事をかなり思い悩んでいたのか。


(何でこうなるんだ……)


とんだ朝食の席となった。




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