表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/90

33 ヤマト王国

明けましておめでとうございます。

今年も本作品をご愛読お願いします。

 翌朝、俺とシルヴィとリーゼロッテ様は椿様とヤマト国王と兵士達とともに、ヤマト王国へと転移しようと集まっていた。なぜこの3人なのかというと、ダンテと宮脇はイルミドで俺達が戻ってくるのを待っていると言っていた。


「実は俺、ヤマトで指名手配されていてね、一緒に行ったらそのまま捕まって投獄されてしまうんだ」

「いったい何をしたっていうのよ……」


 そんな訳で、ダンテは一緒には行けず、宮脇は付き添いで残ることになった。ちなみにやらかしたことというのは、食い逃げであった。なんでも、お金を払う直前にスリに遭ってしまい、仕方なく逃げることになったそうだ。いや、そこはきちんと事情を説明したほうがよかったと思うぞ。逃げたら指名手配されてしまうのは当たり前だろ。何で逃げるのだ。

 そしてマリアはというと


「あなたにはやらなければいけない仕事があるのよ。この戦いの事後報告と、書類の作成及び提出、更に国民に報告する義務があるし、とにかくやらなくてはいけない事がたくさんあるから一度一緒に帰ってもらうわよ」

「お、お母様、どうかお手柔らかに」

「こっちはあなたの我儘を聞いてあげているのだから、その分のお仕事はキッチリこなしてもらわないと困るのよ」

「もう、お母様のいけず……」


 という訳で、マリアは女王陛下によって強制送還される事となった。2週間ほどはフェリスフィア王国で国務に励む事になり、イルミド王国にて合流する事になった。その時のマリア、半泣き状態であった。お気の毒。

 その間、ゾーマと馬車はイルミド国王が預かってくれるそうだ。


「それにしても、リーゼロッテ様は本当に大丈夫だったのか?」

「リーゼでいいよ。いちいち呼びにくいでしょ。ま、私には王位継承権はないし、国のお仕事にも関われないからどうってこともないんだ」

「そういうもんなのか?」

「そういうもん」


 なんて開き直った感じで返すリーゼ。ま、本人が大丈夫だって言ってるんだし大丈夫だろう。それにしても、なんで頬を赤くしてもじもじしているのだろうか?そんな俺とリーゼの間にシルヴィが割って入ってきて、何故かリーゼの方を向いて「フーフー!」と言って威嚇している。お前等親友じゃないのか。


「ちょっとシルヴィ、邪魔なんだけど」

「あぁら、人の男を横取りしようとするなんて許せないわね」

「うちの国では、一夫多妻だから私も、っていうのもありなんだけど」

「フェリスフィア王国は一夫一妻制だから、諦めてもらいたいわね」


 幼馴染同士の2人が、互いに睨み合いながらわけのわからないことを言い合っている。あと、シルヴィの母国はもう無くなっちゃっているけどエルディア王国でしょ。そのエルディアも、確か一夫一妻制だったな。いくら先代の聖剣士の影響があるといっても、国によって何でこんなに違うのだろうか。

 とは言え、このままではヤマトの人達を待たせる事になるから、とりあえず2人を宥めて早く転移させてもらう事にした。


「じゃ、早速ヤマトに行くわよ。レイリィ」


 シルヴィが使役魔物であるレイリィに指示を出してすぐ、俺達の足元に光の粒子が漂い、収まると同時に周りの景色が一瞬で変わった。やっぱり慣れないな、これ。

 最初に俺達は、開けた草原のど真ん中に転移した。そこからすぐ近くに、街らしきものが見えた。そんなに距離が離れていなかったので、15分ほどで街に着いた。


「ここが」

「ここが、拙者達の故郷、ヤマト王国でござる」


 誇らしげに紹介する椿様の後ろには、着物を着た多くの人達と、時代劇で見たことがある木造建築の長屋があった。ここまでは古き日本の風景とよく似ていた。

 ただ、中には西方の服を着た人達もいた。町の警備を担当している兵士達の服装も、フェリスフィア騎士団の着ている服と酷似している。分かりやすく言うと、街の人達が西洋かぶれしちゃっていた。


(江戸時代後期あたりかと思ったら、雰囲気としては明治初期か大正あたりかな)


 そこまで詳しいわけではないが、こういう異世界もので日本文化が登場する時の時代設定って大体が江戸時代あたりの筈。こっちの世界では、明治維新が起こった後の時代設定になっているのだろうな。設定って言ったらおかしいのだけど。


「最近の武装兵は西洋かぶれしすぎているでござるが、拙者はあぁ言った服はどうも苦手でござる」


 西洋かぶれってハッキリと言っちゃっているし。やっぱり、長年フェリスフィアと同盟を結んでいると、フェリスフィアの文化と風習も取り入れていくのだろう。その結果、時代背景が明治初期から大正あたりになってしまったのだな。あ、また時代背景って言ってしまった。


「そういえば、パーティーの時でも頑なにドレスを着たがらないわよね、椿様は。桜様はあんなに可愛らしいドレスを着るのに」

「拙者にはあぁ言った服は性に合わぬでござる!シルヴィア殿とは違うでござる!」


 恥ずかしそうにそっぽを向きながら、椿様は俺達を城まで先導していった。その間、王様は俺達の後ろでただただ空気のごとく黙っていた。王様なのにお気の毒に。


(それにしても、ドレス姿の椿様もすごく綺麗だろうな)


 椿様は、大和撫子という言葉がしっくりくるくらいに凛とした美しさを持っている。可愛いというよりも、美しいという言葉がしっくりくる美人。和服がすごく似合っているから、ドレスもすごく似合うだろうな。だからどうという訳ではないけど、ちょっと興味はあるな。好奇心で。


「着いたでござる。ここが拙者達の生家、ヤマト城でござる」

「へぇ」


 テレビでしか見たことがないが皇居みたいな所かと思ったが、お城は普通に日本の城なんだな。城だけは江戸時代なんだな。


『おかえりなさいませ、陛下、椿様』


 と思ったのも束の間。城に入ると、普通に執事服やメイド服を着た人達がお出迎えをしていた。江戸時代のお城に近代風のメイドと執事、違和感がありまくりだ。


(今の地球もそうだけど、こっちの世界でも日本という感じがあまりしないな)←失礼


 城に入った俺達は、客間に通されてそこで椿様達が着替えてくるのを待つことになった。シルヴィとリーゼは、この雰囲気に慣れているのかソファーに座って話をしていた。俺がこんなにも戸惑っているというのに。


「そんなに固くならなくてよいでござる。今回楠木殿を呼んだのは、単に我が国にも来てほしかっただけでござるから」

「はぁ」


 そう言った後、椿様は客間を後にした。

 まぁ、気分としては観光旅行みたいな感じかもしれないが、招待した相手がその国の王女様なんだから固くなるなというのが無理な話だ。

 それと、日本の城にメイドと執事が働いているというのがなんだかおかしかったから、ちょっとギャップを感じてしまった。

 それに、よく見たら窓は洋式のガラス窓だったし、客間には西洋風のソファーと椅子と机が置かれていた。明治初期化と思っていたが、こうして実際に見ると明治後期、もしかしたら大正時代に移る一歩手前という所だろうな。それでも、椿様みたいな侍が滅んでいないのは奇跡であった。


(まぁ、魔物がいるこの世界だから、日本みたいに廃刀令が発令されることはないのかもしれないな)


 となると、近い将来洋服を着た侍が登場するかもしれないな。スーツを着た髷頭(まげあたま)の男性が帯刀して町を歩く、想像しただけでも変な感じであった。どうかそれだけは勘弁してほしい。


「お待たせしたでござる」


 30分ほどで、家族を連れた椿様が客間に入ってきた。


「改めて自己紹介させてもらう。ヤマト王国国王、大和(やまと)幸四郎(こうしろう)と申す」


 父親である国王陛下は、時代劇に出てくる城のお偉いさんが着ていそうな着物を着ていた。日本かぶれの国の王様なのに、(まげ)ではなくオールバックなんて邪道だ(偏見)。


大和(やまと)(くれない)と申します。お初にお目にかかり光栄です」


 その隣では、黄緑色の洋風のドレスを着た40代くらいの黒髪黒目の女性が立っていた。顔立ちがどことなく、椿様に似ていたためすぐに王妃殿下であることが分かった。


「お姉様、お姉様!この方がフェニックスの聖剣士様ですか!」


 俺の姿を見た直後に、ピンク色のドレスを着た女の子が興味津々に俺に近づいてきた。パッと見は10歳前後の幼い女の子といった感じで、長い黒髪を揺らしていた。椿様を幼くさせると、こんな感じかな?


「桜様も、元気そうですね」

「元気ありすぎだ」

「シルヴィア様とリーゼロッテ様も、お久しぶりです」


 俺から一旦離れた少女は、優雅にスカートの端を少し上げて挨拶をした。というか今、2人は少女のことを桜様と呼ばなかったか。


「紹介するでござる。拙者の妹の桜だ」

大和(やまと)(さくら)です。楠木様のご活躍は、ここ大和にまで伝わっております。会えてとても嬉しいです」


 やっぱりこの幼く見える少女が、椿様の3つ下の妹の桜様であった。というか、桜様って確か13歳、中学1年生くらいだったよな。どう見ても小学校4年生くらいの女の子にしか見えないのだけど。


「ねぇねぇ、楠木様はいつまでここにおられるのですか!婚約者はおられるのですか!剣の腕はどうなのですか!」

「桜姉様、ちょっとはしゃぎすぎです」


 そんな桜様を宥めたのは、桜様よりも少し年上っぽく見える男の子であった。桜姉様と呼んだということは、この子が椿様と桜様の弟なのか。


「初めまして、大和(やまと)幸太郎(こうたろう)といいます。楠木竜次様、お会いできて大変光栄です」


 幸太郎様の方は、桜様と違って落ち着いた感じで挨拶をしてくれた。なんだか、幸太郎様の方がお兄さんに見える。だけど服は洋服であった。

 まとめると、国王陛下と椿様以外の3人は洋服を着ていた。これも時代なのだろうか。

 ちなみに椿様は、紺色の着物と黒色の袴姿をしていて、腰には刀一振りと脇差一本を腰に差していた。長い黒髪も、藍色のリボンでポニーテールにまとめていた。


「このたびは、何のおもてなしも出来ず申し訳ないですが、どうかおくつろぎください」

「拙者としては、楠木殿にもっと我が国に関心を持ってほしいから招待したのでござる。政治的思惑がないことは、今ここで拙者が保証するでござるから是非とも旅行気分でくつろいでください」

「お心遣いありがとうございます」


 ま、明治か大正辺りにタイムスリップしたと考えればいいか。ただ、電気や蒸気機関車がないのが残念だ。


「でしたら、私が町をご案内いたします!」

「待て、それは拙者がやるから桜は留守番をするでござる」

「嫌です!お姉様ばかりズルいです!」

「桜は落ち着きが無さすぎるでござるから、楠木殿達に迷惑をかけないか心配でござる」

「ブゥー!私にだって町の案内くらいできます!」


 あらら、椿様と桜様の2人が口論を始めた。口論というよりも、駄々をこねる娘を宥める母親という図だろう。見ていてちょっと和む。


「なんか今失礼なことを考えられた気がしたでござる。拙者はまだピチピチの16歳でござる」


 なんで俺の思考が伝わっているんだ。そんなにわかりやすいのか、俺って?

 というか、誰よりも侍っぽい恰好をしているあんたが、ピチピチなんて言葉を使うのではありません。

 結局、椿様と桜様の2人が町を案内することになった。椿様はまだ良いが、桜様はドレスのまま町に出ちゃっているけど。


「というか桜様、何でこんなにもテンションが高いのだ」

「桜様は無邪気というか、天真爛漫というか、とても明るい性格をしているの。まぁ、パッと見が10歳くらいにしか見えないから全然違和感がないのだけど」

「桜様自身は全然気にしていないけど、国王陛下や王妃様は桜様の将来を心配していたな」

「確かに、心配になるのも頷けるな」


 だって、100人に桜様の年齢を聞かれたら100人全員が10歳前後と答えるだろうな。誰もあの子が13歳だなんて思わないぞ。その上あの性格だから、あと2年で成人して大人になるとは誰も思わないぞ。このまま成人したらと思うと、ご両親が心配しないわけがない。


「ま、あんなんでも剣の腕は椿様やマリア様にも匹敵するんだ。弟の幸太郎君も、11歳とは思えないくらいに剣術に優れているの」

「姉弟そろって剣術を極めているのか」


 何とか口に出さずに済んだが、本音では姉弟そろって剣術馬鹿なのだなって思っていました。はい。


「ただ、2人ともまだ幼いということで椿様みたいに頻繁に実戦に参加しているわけではないみたいなんだ」

「そりゃ当たり前か」


 リーゼの言うように、桜様も幸太郎様もこの世界の基準でも子供なのだから、子供を実戦投入させるわけにはいかないわな。まぁ、俺的には椿様も子供の部類に入るのだけど。16歳とは思えないくらいの飛びぬけた美貌ではあるけど。

 改めて椿様の後姿を見ると、170センチ弱の長身と艶のある長い黒髪、整った顔立ちにバランスの取れたプロポーション、されど胸囲は大きい方。そして何より、ここまで着物姿が似合う女の子はそうそういない。大和撫子という言葉が、椿様の為にある言葉の様に感じるくらいに。


「ちょっと竜次、さっきから椿様ばかり見てない?」

「気のせいだ」


 ジト目で俺を見るシルヴィに、俺はあっけらかんとした態度で誤魔化した。確かに見ていたけど、別に下心があった訳ではないぞ。綺麗だなとは思ったけど、やましい気持ちなんて一切ございません。


「楠木様!この店のクレープがすごく美味しいので、一緒に食べてみませんか!」

「ヤマトに来てまで何でクレープなんだ……」


 というか、クレープならフェリスフィアでシルヴィと一緒食べましたから、もうちょっとヤマトらしい食べ物ってないのか。


「あの店のクレープなら私も食べたことがあるぞ!すごく美味しかった!」


 リーゼが目をキラキラさせながら、桜様が勧めた店を見た。ちょっと、よだれが垂れているぞ。


「桜は相変わらずでござるな。拙者は向かいのイチゴタルトを勧めるでござる」

「あんたもござる口調でイチゴタルトって……」

「私はイチゴタルトに一票!」

「シルヴィもかい!」


 何で日本かぶれした国まで来て、西方でも食べられるクレープやイチゴタルトを食べなくてはいけないのだ。


(先々代の獅子の聖剣士様、この国は大分西洋かぶれして明治維新が起こってしまいました。そして今また、時代は明治から大正に移り変わろうとしています)


 大正を超えて昭和になると、日常生活で着物を着ている人はもう1人もいなくなってしまう。どうしよう。

 結局、クレープとイチゴタルトの両方を食べることになった。シルヴィとリーゼは喜んだけど、俺はもう少しヤマトらしい食べ物を食べてみたかったぞ。みたらし団子とか、饅頭とか、牛丼とか、って牛丼はもっと先になるか。牛鍋ならあるのかもしれないけど。

 ま、美味しかったからいいけど。


「しかしまぁ、ここまで西方の文化が入っていたなんて思わなかったぞ」

「フェリスフィア王国と貿易を交わすうちに、向こうの食文化や装飾品、服装などに興味をもって持ち帰ったらあっという間に広まっていったの」

「フェリスフィアも、ヤマトの着物やみたらしなどに興味をもって持ち帰ったらあっという間に広まったの」

「ははぁ……」


 要は無いものねだりか。予想していたこととはいえ、なんだか肩透かしを食らった気分であった。そうしていくうちに、今のような状態になっていったのか。戦いなんて野蛮な方法ではなく、平和的な方法で良かったと思うべきなのだろうか。


「その代わり、ヤマトの人達はみたらしとかをあまり食べなくなってしまったんだけどね」

「あれも美味しんだけどな」

「拙者はみたらし団子は大好きなんだが、最近の民達はあまり食べないでござるな」

「えぇ~!私はお団子よりもケーキが好き!」

「おい」


 おたく等の国の伝統的なお菓子だろ。それを食べなくなったってどういうことだ。どうやら、食文化までもが完全に欧米化しつつあるみたいだ。


(ま、美味しかったんだし良しとするか)


 それに、椿様はみたらし団子が好きみたいだから食べる機会はいくらでもあるだろう。


「そうそう。楠木殿は夕食何がよろしいでござるか?せっかくなので、楠木殿の希望を聞いておこうと思うのだが」


 ふと何かを思い出したかのように椿様が、俺に夕食の希望を聞いてきた。そんな、作る人に申し訳ないから何でもいいんだけど。


「あら、わざわざ聞くという事は、今晩はお姉様が料理を作られるのですか!やったぁ!」

「ええっ!?」


 ちょっと待て。今日の晩ご飯は、椿様が作るのか!?一国のお姫様が直々に!?


「お姉様の料理はとても美味しくて、お城に仕えている料理人の人達がへこんでしまうくらいなのです!楠木様も是非!」

「お、おう」


 分かった。ちゃんと希望は考えるから、そんな抱き着きそうな勢いで近づいて来ないでほしいぞ、桜様。まぁ、小さいから仮に飛び付かれても楽に受け止められるとは思うけど。


「そうだな……できれば、ヤマトの伝統的な料理がいいかな」

「伝統的って、竜次はお寿司やお浸しとかが食べたいの?」

「へ、お寿司があるのか!?」


 これはうれしい誤算だ。まさか異世界に来てお寿司が食べられるなんて、思ってもみなかったぞ!


「さすがに寿司は握れないでござるから、それは明日城に仕えている職人にお願いするという事で」

「あぁ、はい」


 残念。だけど、お寿司があるというのは大きいな収穫だ。それに、城には寿司職人さんがいるみたいだから、寿司は明日の楽しみに取っておくか。


「まぁ、握りは無理でござるが、ちらしや五目なら作れるでござ」

「じゃ、ちらしで」


 ちらし寿司でも五目飯でも大歓迎。とにかく米が食べたい。という訳で、今日の気分でちらし寿司を希望した。


「だったら私は、すき焼きを希望するわ」

「私は天ぷらを希望する」

「お前達まで……」

「まぁ良いでござる。ちらし寿司とすき焼きと天ぷらという事で」


 シルヴィとリーゼの希望も聞いて、なんだか豪華な夕食になっちゃっているけど、椿様は快く聞き入れてくれた。それに、俺もすき焼きと天ぷらは食べたかったからちょうど良かった。

 それから俺達は、椿様と桜様に魚市場や着物を売っている店等を紹介された。買い物は、城に帰る途中で行う事になった。

 その道中、俺は気になる物を見つけて足を止めた。


「これは……」


 そのあるものというのは、公園らしき所のど真ん中にドンと展示された漆黒のドラゴンの生首であった。否、展示ではなく置かれていたと言うべきであった。

 あのドラゴンには見覚えがあった。ファルビエ王国で、このドラゴンの別個体と戦った事があった。


「あれは、2週間前にこの国に襲いに来たファフニールの亡骸でござる。まだ完全に処理しきれていないみたいでござる。早い所処理しないと、伝染病が蔓延してしまうでござるのに」

「やっぱり、ファフニールの」


 強い悪の気を持つ人間を大好物としている、闇色の身体をした厄竜の一種。

 だが、ファフニールがいるのは西方であって、こんな東の果てにある島国にどうしてファフニールが来たのだろうか。


「他にも、2ヶ月ほど前にリバイアサンが近海に現れて大変だったでござる」

「ファイヤードレイクなら時々この国にも現れるのですが、西方にしか生息していないファフニールや、南方にしか生息していないリバイアサンが現れたのは初めてでした。いずれも、お姉様が1人で倒しました」

「へぇ……」


 危険な厄竜を1人で倒してしまうなんて、あんた本当に人間なのでしょうか?通常は百単位で人手が必要だぞ。

 けれど、本来西方にしか生息していないファフニールと、南方にしか生息していないリバイアサンが何故東方に現れたのだろうか。ファルビエ王国の様な出来事が、他の国でも起こっていると言うのか。


「イルミド国王から聞いたけど、同じような現象が世界各地で起こっているって」

「噂では、魔人の力が影響して厄竜達の縄張り意識が変わったのではないかって言われている。ま、あくまで憶測だから断定は出来ないけど」


 それでも、十分な情報であった。西方の大半を占めるキリュシュラインでは、厄竜のファフニールが姿を現さないというのを聞いた為、住処を失ったファフニールが他の地方へと移り住んでいき、結果他の厄竜の住処を脅かしてしまったとも考えられる。

 おそらくそれが、噂で聞いている魔人が影響している所なのだろう。新たな住処を探しに出たファフニールが、他の厄竜の住処へと踏み込んでいき、それによって住処を失った他の厄竜がまた違う地方へと流れていった。完全に悪循環であった。


「でも、それでもまだニーズヘッグがこっちに来ていないだけでもまだマシといえるでござる」

「そうね。ニーズヘッグまで来たら、ヤマトは今頃滅んでいるでしょうね」

「そんなに危険なのか?」


 地球の神話では、「怒りに燃えてうずくまる者」という意味があって、死体を貪り、世界の秩序を壊すドラゴンとして恐れられていた。

 はたして、こっちの世界でのニーズヘッグとはどういう存在なのだろうか。


「ニーズヘッグは、厄竜の中でも最も危険なドラゴンと言われていて、ニーズヘッグが現れた国は必ず滅びると言われている程に恐れられているの」

「事実、ニーズヘッグによって滅んだ国は過去にたくさん存在していて、その数は100を超えていると言われているでござる」

「マジかよ」


 そんなに危険なドラゴンが、この世界の北方に縄張りを持っていると言うのかよ。


「唯一救いがあるとしたら、ニーズヘッグの個体数がかなり少なく、世界中にたった3体しかいないの」

「その3体全てが、北方で胡坐をかいているのか」


 北方の国々は、何時自分の国が滅ぼされるのか気が気じゃないだろうな。となると、北方はかなりギスギスしているのだろうな。治安も悪そう。


「でも、何で3体だけなんだ?繁殖とかしないのか?」

「先代のフェニックスの聖剣士が唯一の雄を討伐して以来、ニーズヘッグは繁殖が出来なくなってしまい、絶滅目前と言われているわ」

「へぇ。雄は1体しかいなかったんだ」


 先代のフェニックスの聖剣士という事は、フェリスフィア王国を建国した聖剣の事だろうな。ただ1体の雄を倒したという事は、現存している3体のニーズヘッグは全て雌という事か。


(雄がいなかったら繁殖をして子孫を残す事が出来ないから、あとはもう滅びるのみだろうな)


 とは言え、寿命という概念が存在しないドラゴンは討伐をしない限りは死ぬことがない。結局は討伐しないといけないみたいだ。


「それゆえに、ニーズヘッグを討伐した時に与えられる報酬は他の厄竜の3倍の金額なのでござる」

「3、倍!?」


 それだけ高い金を手に入れたら、この先働かなくても暮らしていけるらしいが、討伐に向かったハンター達は皆死んだのだそうだ。


「だからと言って、放って置いてはは世界が滅んでしまうから駆除が推進されているんだ。そのお陰で、何とか3体まで減らす事が出来たらしい。魔人騒動前までは、南方では無縁な話だなと思っていたのに……」

「こら」


 自国さえ無事ならいいという感じで言うリーゼを、俺は呆れた感じで窘めた。北方の国々の人達が聞いたら激怒しそうな話だな。

 それでも、何百年もかけてようやく3体まで減らす事が出来たのだから、本当によく頑張ったよ。


「でも、そんなニーズヘッグは保護すべきだとほざく頭のおかしい連中がいるのは事実で、毎年のように各地でデモや集会が行われていて、最悪の場合は暴動やテロにまで発展している組織があるわ」


 そんな補足情報を、シルヴィが口にした。いるんだよな、その生き物の生態もよく知らずに保護すべきだとか、自然に返すべきだという人って。保護はまぁ良いとして、この場合の自然に返すべきというのは海外から輸入した生き物をその場に放すという行為のことを言う。

 そんな事をすれば、逆にその国の自然を破壊する行為に繋がるに、それが分からない連中はそれを行おうとするんだよな。


「尤も、それを行っているのは北方以外の3つの地方の国々の住民であって、北方に住んでいる人達は非常に迷惑がっているでござる」

「当たり前か」


 そりゃ、現れたら絶対に国が滅びると言われている最悪なドラゴンを保護しようなんて、被害を受けている地方に住んでいる人達からすれば迷惑な話だよな。こういうのって、自分が当事者じゃないからそんなバカな事を言うのだよな。実際に被害に遭えば、そんな世迷言は絶対に言わないと思う。


「ストーップ!そんな暗い話は無しです!」


 深刻な話を、桜様が頬を風船のように膨らませながら無理矢理止めた。


「今はこの国の事を知ってもらう為に町に出ているのに、そんな話をしたら楽しくなくなるではありませんか!」

「あ、ああ。ごめんね」

「そうね。私も久しぶりのヤマトの町を楽しみたいし」

「私も」


 桜様に気を使って、俺達は強引に気持ちを切り替えてヤマトの町の散策を再開した。再びルンルン気分で先頭を歩く桜様を眺めながら、俺達はいろんなお店や施設を案内された。


「申し訳ないでござる、桜が駄々をこねて。後で叱っておきますゆえ」

「気にしないでください。ニーズヘッグの事なら、後でシルヴィに聞いておきますので、叱らないであげてください」


 小声で申し訳なさそうに謝罪する椿様だが、せっかくヤマトの町を案内してもらっているのだから、暗い話をされては困るのも分からなくもない。なので、なるべく叱らないように言ったが、おそらく叱るだろうな。

 その後、俺達は日が暮れる前までヤマトの町を散策し、空がオレンジ色に染まり始めた頃に城に戻った。

 城に戻ってすぐ、椿様は食材を持って厨房の方へと歩いて行った。入れ替わりに、肩を落とした料理人の人達がトボトボと出てきた。仕事を取られたらその分給料も減るから、椿様に厨房を占拠されたら泣きたくなるのも当然である。

 桜様は、国王陛下と王妃様と楽しそうにお話をしていたので、俺はシルヴィとリーゼから改めてニーズヘッグについて話を聞いた。


「ヤマトに来てまで話す事じゃないかもしれないけど、知っていて損はないと思うから話そうと思うの」

「まぁ、知ったからどうこうできるもんじゃないかもしれないけど、一応知っておいた方がいいから」


 確かに、何時か北方を訪れた時の事を考えると知っておいた方が良いのかもしれない。それに、2人が真剣な面持ちで話そうとするという事はかなり重要な事だと思うから、俺はしっかり話を聞く事にした。


「あの時言った、討伐に向かったハンターが全員死んだという話だけど、あれはニーズヘッグに食い殺されて死んだのでも、ブレスに焼かれて死んだでもないの。そもそもニーズヘッグは、食事を必要としていないから歯の大きさが不揃いで、とても細長いの」

「これは、小さい時にシルヴィから貰ったニーズヘッグの牙だ」


 そう言ってリーゼは、上着のポケットからとても細長い牙を出して見せた。長さは目測で20センチくらい、だけど鉛筆の様にとても細かった。見るからに脆く折れやすそうで、獲物の肉を食い千切れそうには見えなかった。実際に手に取ってみても重量は感じられず、紙を細長く巻いた物を持っている様な感じであった。

 だけど、持った感触が骨っぽいので本物の牙である事は間違いなかった。


「こんな牙で、一体どうやって獲物の肉を引きちぎるというのだ」


 一応強く握っただけでは粉々にはならないし、人間を突き刺すくらいの強度はありそうだが、それでも他の魔物に噛み付いたら半数以上が折れてしまいそうなくらいに脆い牙に見えた。


「食事の必要がないからよ。水や空気があれば普通に生きていく事が出来るから、牙はドラゴンの中でも非常に脆く、歯並びも悪く、長さもバラバラなの」

「国が滅ぼされたという記録はたくさんあっても、ニーズヘッグが人を捕食したという記録は何処にも存在しないんだ。事実、運良く生き延びた人の目撃証言によると、ニーズヘッグは草でさえも捕食しないらしんだ」


 シルヴィの言う様に、水や空気だけで生きていく事が出来るから、歯が退化していって脆くなってしまったのだろう。


「更に、実際に倒して解剖をした事があるマリア様が言うには」

「ちょっと待て。マリアも戦った事があるのか?」

「えぇ。単独で戦いに挑みに行って、1体倒す事が出来たみたいなの」

「マジか……」


 椿様といい、マリアといい、この2人は人外ですか。単独で厄竜を倒すなんて普通は無理だろ。ファルビエ王国で遭遇した、怪獣クラスまでに巨大化したファフニールは例外として。

 ちなみに、シルヴィがリーゼにあげたというこの牙は、シルヴィがマリアから貰った物の内の1本なのだそうだ。小さい頃から単独でドラゴンと戦ってきただなんて、恐ろしいお姫様だ。


「そのマリア様が言うには、ニーズヘッグにはブレスを吐く事は出来るけど力が弱く、常人でも1発くらいなら耐えられるって」

「それ、本当にブレスなの?」


 牙は脆くて弱く、ブレスの威力も弱い。こんなドラゴンが、どうして最も危険な厄竜として恐れられているのだろうか。現れたら必ず国が滅ぶと言われているのに。


「その代りに、身体が非常に頑丈で筋肉質な体系をしているんだ。ブレスよりも肉弾戦を得意としているみたいなんだ」

「でも、それが国の壊滅に直接関与していた訳ではないみたいなの」

「だよな」


 肉弾戦のみで国を滅ぼすなんて不可能だし、小さな村は滅ぼせても国を滅ぼすなんて考えられなかった。言ってみれば、戦闘能力はドラゴンの中でも最弱レベルと言っても過言ではない。


「でもね、ニーズヘッグの怖いところは力の強さではないの」

「どういう事だ?」

「最初の話に戻るけど、討伐に向かったハンターはニーズヘッグにではなく、人間同士の争いによって命を落としたの」

「人間同士って、どういうことだ?」


 だって、そのハンター達はニーズヘッグを討伐しに向かったのだろ。なのに何で、ニーズヘッグにではなく人間によって命を落としたのだ。


「実はニーズヘッグには、相手が最も見たくないものを幻として見せて正気ではなくさせる能力を持っているらしんだ」

「詳しく言うと、相手が心に負った傷を抉り出し、幻にして相手に見せる事で更に傷つけて、そこから憎しみを増長させるという能力なの」

「相手の憎しみを増長させる、か」


 更に聞くと、それによって強い憎しみを抱いた人間が互いを殺し合う事で国が疲弊していき、最後には戦争にまで発展してしまうというらしい。つまり、ニーズヘッグが起こす災厄は人間の憎しみを増長させて、戦争を起こさせるというものだという。

 ニーズヘッグによって滅ぼされた国全てが、ニーズヘッグによって憎しみを増長させられた人間が起こした戦争によるものだという。人間同士の争いが、100にも及ぶ国を滅ぼしてしまったのか。


「実際に体験したマリア様が言うには、あれは洗脳ではないからどの人間も例外なくニーズヘッグの術中にはまり、大規模な争いが起こってしまうらしいの」

「マリア様は、持ち前の強靭な精神で何とか持ち堪えたみたいだけど、かなり危なかったって言っていた。あの力は、心に深い傷を負った人間ほどニーズヘッグの力にかかりやすいって言っていた」

「心に深い傷……」


 それが、最も危険な厄竜と呼ばれている理由か。確かに、人間同士の争い程醜いものはないし、戦争以上の世界の脅威はこの世に存在しないもんな。

 ニーズヘッグは、それを刺激して誘発させる能力を有しているのだな。だから、長い間北方で最も恐れられている厄竜として君臨しているのだな。


「一応は警戒した方がいいかもしれないわね。ファフニールやリバイアサンのケースがあったのだから、ニーズヘッグが何時私達の前に姿を現しても不思議ではないわ」

「そうだな」


 だけど、知識がっても実際にちゃんと対応できるかどうか不安だ。マリアも危なかったらしいし、半人前の聖剣士の俺に倒せるのかどうか。

 それから俺達は、椿様の作った夕食を皆で食べた。俺にとっては、久しぶりの米だったから、すごく嬉しかった。


「それにしてもシルヴィア様、また胸が大きくなりましたでしょうか」

「コラ桜。人前で言う事ではないでござる」

「確かに、先月より2センチほど大きくなったわね」

「何故俺を見ながら言う」

「そりゃ、竜次さんが大きいのが好きだからでしょ」


 ちょっと待てリーゼ。どうして俺が大きい胸が好きという事にされているんだ。そりゃ、好きか嫌いかで聞かれたら好きだけど。


「ふむふむ、楠木様は大きいのが好きですか。でしたらお姉様はどうですか?」

「ちょっと、何で椿様を進めるの!」

「シルヴィだけでも手強いのに、その上椿様まで加わったら私に勝ち目がないじゃん!」

「拙者としてはあまり大きすぎても困るゆえ、さらしで潰しているのでござる」

「ちょっと待て、何でこんな話になるんだ」


 気付けば王妃様までもが聞き耳を立て、幸太郎様は国王陛下に耳を塞がれていて戸惑っているし。もう何がどうしてこうなってしまったのだろうか。

 そんな話しが続いている中、俺は4人の会話に恥ずかしい思いをしながらも、久しぶりに食べたちらし寿司とすき焼きと天ぷらに舌鼓をうっていた。とても美味しかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ