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32 犬坂愛美の本性

 大襲撃を無事に凌いで撤収した俺達は、すぐに王城の方へと行って翌日には国王陛下から報奨金が渡される事になった。

 今日の夜は、全員で戦勝の宴を行う事になった。その前に俺達は、聖なる泉で身を清める為の水浴びを行う事になった。


「にしても、何でアイツ等は来ないんだ」

「放っとけいいじゃない。嫌がるアイツ等を無理やり連れてこさせるわけにもいかないし」


 泉に浸かりながら、俺は背中に抱き着くシルヴィと話をしていた。

 今泉には、俺とシルヴィも含めて、マリア、エレナ様、レイト、ダンテ、宮脇、椿様の8人がそれぞれ泉に浸かっていた。国王達は先に済ませた為、その次に俺達が入っている。


「良いのか、ダンテと宮脇まで」

「良いのよ。火薬というものを提供してくれたのは明里だし、ダンテだってリバイアサン退治に貢献してくれたじゃない」

「それなのに、聖剣士が入らないのはおかしいだろ」


 今回の水浴びには、石澤と上代、犬坂と秋野とクソ王女も行うように言われたのだが、クソ王女が断固としてそれを拒んだので上代は渋々それを了承した。石澤と犬坂と秋野の3人は、俺と一緒に入るのが嫌だという事で拒否された。石澤は意外だったが、犬坂と秋野の2人は俺に水着姿を見せて変な目で見られたくないからと言っていた。だったら後からはいればいいだろと言いたくなった。


「まったく、アイツ等は大襲撃が終わった後の水浴びはしないのか?」

「やらないんじゃないの。だって、キリュシュラインの聖なる泉はあの暴君によって埋め立てられたんだから」

「罰当たりが」


 ま、フェニックスを迫害しているあの国にとって、先代のフェニックスの聖剣士が作った聖なる泉なんて邪悪な泉に見えるだろうな。埋め立てて新しい町を作っていても不思議ではない。


(まさか。あの王都の下に元々泉があったんじゃないだろうな)


 そんな邪推をしてしまう俺であった。


「それはそうと、シャギナとの戦いの時に気になった事があるんだが」

「奇遇ね。私も気になった事があるの」


 俺とシルヴィが気になっていた事、それは俺がシャギナに触れようとした時に起こったあの拒絶反応である。

 あの時俺は、シャギナに触れようとした瞬間に物凄い反発の力を感じた。それは、シャギナから俺に触れようとした時でも起こった。

 あの現象には覚えがあった。

 それは、石澤がシルヴィの手を握ろうとした時にも起こった。


「まさか、シャギナも」

「間違いないと思うわ。シャギナも、私と同じ聖剣士のパートナーとなる為に選ばれ、この世に生を受けたのだわ」

「道理で強かったわけか」


 あの現象が、パートナーが正式に手を組むべき聖剣士以外が触れようとした時に起こるものだ。あの感覚は、磁石の同じ極同士を無理矢理くっ付けようとした時と同じ反発力であった。絶対に触れることが無い。

 けれど、攻撃を加えたり、髪の毛を引っ張ったりするのに関しては反応しないみたいだったから、戦う事は出来るみたいだった。身体に触れられなくても、髪の毛だったら触れる事は出来るみたいだ。おそらく、服にも触れる事が出来るだろう。


(となると、シャギナは上代と石澤のどちらかの正式なパートナーとなる事が運命付けられている事になる)


 それにしても、あの最悪な殺し屋が2人のうちのどちらかのパートナーだなんて、これ程酷な話はない。


「聖剣士のパートナーが、金貨800枚もの懸賞金が掛けられた国際指名手配犯だなんて」

「まったくよ。一体何の冗談かと思ったわ」


 シルヴィにとっては、大切な家族を奪った憎むべき仇。そんな相手が、聖剣士の正式なパートナーだったなんてとてもじゃないが受け入れる事が出来ないし、俺もあの女が上代か石澤のどちらかのパートナーだなんて認めたくない。


「アイツ、何か仕掛けてこないだろうか」

「それは断言できないわ。今までシャギナが、陰謀を行ったという話は聞いたことが無いから、おそらくあの暴君みたいなことはしないと思うわ。でも、全く無いとも言い切れない」

「そうだな」


 一応警戒はした方がいいかもしれない。アイツみたいに裏社会と深いコネを持っている奴は、何処から情報を得ているのか分かったもんじゃないからな。


「だが、相手が誰かのパートナーだったとしても関係ない。仇討ちをしてはダメだなんて綺麗事なんて言わない。親の仇を討ちたいというんなら、俺は協力する」

「うん。でも、正直言って迷っているの。シャギナは許せないけど、聖剣士のパートナーを失わせる訳にはいかない。私はどうすれ良いのか」

「だったら、生け捕りにして奴隷に落とせばいい」

「奴隷に……そうか、鉱山島に送るのね」

「ああ」


 生け捕りにして、犯罪奴隷として鉱山島に送る刑は死刑よりも酷い刑罰とも言われている。シャギナには丁度良い罰だし、親の仇討ちにもなる。今殺すことができないのなら、せめて魔人どもを全て倒してから奴隷商に身柄を引き渡し、鉱山島に送るのがいいのだろう。

 だが、俺が最も優先すべきはシルヴィを幸せにしてあげる事だ。それが、亡くなった家族が一番望んでいる事だろうと思うし、一番の復讐にもなる。

 あの時シルヴィは、海に落ちた俺を助ける為に飛び込んできた。シャギナがまだ目の前にいたにもかかわらず、俺を優先して飛び込んできてくれた。

 決して復讐に囚われている訳ではない。本当に大事な事を、あんな状況の中でもしっかり分かっていた。


(本当に強いな、シルヴィは。俺なんかとは比べものにはならないな)


 俺の背中に抱き着くシルヴィを見ながら、俺は改めてシルヴィを守っていきたいと思った。




 水浴びを終えた俺達は、着替えて城に戻り、宴が始まるまで各々自由に過ごした。

 そして、日が落ちて夜になった頃に宴は行われた。


「こっちは大人しくていいな」


 綺麗な音楽が鳴り響き、各国の兵士達が互いの健闘を祝っていた。そんな様子を眺めながら、俺はグラスに入ったワインを飲んだ。


「あら、20歳未満の楠木君は何時からお酒が飲めるようになったのかしら?」

「別にいいだろ。地球では未成年でも、この世界ではとっくに成人しているんだ。何ら問題はない」


 宮脇に咎められたが、この世界では15歳で大人になり、お酒も飲む事が許されている。なので、俺がここでお酒を飲んでも罪に問われる事は無い。地球ではもろにアウトだし、確実に警察に捕まるのだけど。


「宮脇もどうだ?意外に良いぞ」

「そうね。こっちの世界では大人なんだし」


 俺に進められる形で、宮脇もワインが入ったグラスを手に取り、恐る恐る口に含んだ。その瞬間、顔を思い切り引きつらせた。


「楠木君は、よくこんなのが飲めるわね」

「こっちの世界に来てから何度か飲んだ事があるから、慣れた」


 しかも俺は、いくら飲んでも酔わない体質らしく、フェリスフィアで度数の高いお酒を飲んでも平気であった。


「お前、宮脇さんに何をする気なんだ」

「さては、彼女を酔わせて何か良からぬことをするつもりですね」


 酒を進めた俺に、石澤とクソ王女が掴みかからん勢いで抗議してきた。よく見ると、2人の手にもグラスが握られていて、顔もほんのり赤かった。お前等だって飲んでんじゃん。てか、酔ってるし。


「最低ね。宮脇さんにまで手を出すなんて」

「出さねぇよ」


 そんな2人に便乗するかのように、犬坂も俺に抗議してきた。こっちはワインではなく水が入っていた。


「そのくらいにしろ。何も悪い事はしてないだろ」

「それに、こっちの世界ではもうお酒を飲める歳になっているのだし、罵倒するのは間違っているわ」


 そんな3人を、上代と秋野が間に入って止めに来た。この2人も、ワインの入ったグラスを持っていた。


「石澤とお姫様は少し引っ込んでろ。この酔っ払いが」

「うっせぇな!」

「わらひらちは(私達は)、ころあぐあに(この悪魔に)!」

「引っ込んで休んでろ。あと、お姫様は呂律が回ってないぞ」


 どうやら、この2人に関してはただ酔った勢いで絡んできただけの様だ。というかクソ王女、ワインを飲み切ったタイミングで急に呂律が悪くなるなんて、実はお酒に弱いんじゃないのか。

 そんな酔っ払い2人を、上代が広場の端っこへと連れて行った。


「ごめん。私も気分が悪くなったから」


 初めて飲んだお酒で体調を悪くした宮脇も、宴会場の隅へと移動して座り込んだ。俺の前に残ったのは、犬坂と秋野の2人だけであった。


「でももし、本当に酔った勢いで楠木君が襲いに来たらどうするのよ!」

「楠木君の様子を見る限り、酔っている様には見えない。もし酔っているのなら、石澤君や王女様みたいになる」

「でも!」

「やれやれ」


 それでも不安を口にする犬坂を安心させる為に、俺は何故ここに来たのかを答える事にした。石澤達がいるここへ。


「言っておくが、俺は酔っ払いの相手なんて御免だし、例え素面でも犬坂には興味ないから手を出さねぇよ」

「何よそれ!あたしに女としての魅力がないって言いたいの!」


 どっちなんだよ、面倒臭いな!


「あんなのの相手なんて御免だからな」


 そう言って俺は、さっきまでいたスペースに目を向けた。そこにいたのは、シルヴィ、椿様、エレナ様、マリア、リーゼロッテ様のお姫様5人であった。

 そして、その5人は今………………。


「ぷはあぁっ!やっらりやあおのざげはよいがあやい(やっぱりヤマトの酒は酔いが早い)!」

「うわあぁん!なんれ(何で)れいどは(レイトは)わだひに(私に)めおめおになっれ(メロメロになって)くれないのぉ(くれないのぉ)!」

「あんらにみおくなんれあっらあいら(あんたに魅力なんてあったかしら)!」

「アハハハハハ!たらりあわヴぃんもいいれごじゃるな(たまにはワインも良いでござるな)!」

「うわあぁん!なんれわらひらげぇ(何で私だけぇ)!」


 カオスだ。あいつ等、呂律が全然回らないくらいに酷く泥酔している。エレナ様とリーゼロッテ様なんて泣き上戸だし、椿様は笑い上戸だし。マリアなんてすごく絡んで来るし、シルヴィに至っては一升瓶一本分の酒が入った大きな器を一気飲みしているし。何なんだ、これ。

 そんな泥酔お姫様達から逃げる為に、俺はこうしてここにいる訳である。


「酷い」

「というかあれ、何で楠木君は止めないのよ!」

「無理。あんなのに絡まれても面倒なだけだし、第一に止めたって聞いてはくれないし」

「楠木君が逃げたくなる気持ち、分かる」

「前に泥酔したシルヴィに襲われかけた事があったから、それ以来酔ったあいつには近づかないようにしてんだ」

「ちょっと待って、襲われかけたって楠木君が!?」

「ああ。危うく貞操が奪われるところだったよ」


 俺としては、結婚前の男女がそういう関係に至るのは良くないと思っている訳だ。

 対してシルヴィは、今すぐにでも俺とそういう関係になりたがっている所があるから、日々煩悩との戦いが繰り広げられているのである。

 そんな俺を見て、秋野は数秒呆けた後、何故かあっけらかんとした態度で答えた。


「良いんじゃない、抱いてあげれば」

「おい!?」

「沙耶ちゃん!?」


 その内容は、とんでもないものだったが。


「楠木君が無理矢理襲ったのならすぐにでも捕らえたいけど、向こうが楠木君との関係を望んで襲おうとしているのなら私は止めない。楠木君も、少しは男としての甲斐性を見せてあげたら。女というのは、言葉ではなく行動で愛情を示して欲しいものだから」

「秋野、テメェ何簡単に」

「それに」


 次の言葉を発する前に、それまで無表情だった秋野の顔が優しい笑顔で俺の方を見た。


「あのお姫様と一緒にいる時の楠木君、凄く活き活きとしていて楽しそう。何か、以前よりもカッコよくなった」

「……買い被りだ」


 予想外の人からの予想外の言葉に、俺は思わず素っ気なく返してその場を後にした。

 だが、その場所が悪かった。


「竜次いぃ~もう、#*+$&%+&$#@~!+@#$%+*@%#&~!」


 俺が向かった先には、ベロベロに酔っぱらったシルヴィが一升瓶を片手に立っていた。どんだけ飲んだのか、もはや何を言っているのか分からないくらいに呂律が回っていない。なのに、俺の名前だけはハッキリと言えていた。


「もう!&%#$+*P!」

「あの、せめて日本語で話してくれない!この世界で日本語というのはおかしいかもしれないけど!というか滅茶苦茶酒臭いんだけど、どんだけ飲んだんだこの酔っ払いが!」


 見た目によらず、シルヴィは物凄い量の酒を飲んでも全然二日酔いにならず、翌日に体調を崩す等の症状は出ないから意外にお酒には強いのだと思った。その代り、飲んだその日の酔っぱらい具合がかなり酷い。

 ゆえに、絡まれると物凄く面倒な上に何時貞操を奪いに来るのかも分からない。正直言って、この状態のシルヴィとは一緒にいたくない。

 背に腹は代えられない為、秋野と犬坂に助けを求めようと顔を向けたが、犬坂はあからさまに目を逸らしていた。秋野に至っては、何だか温かい視線を送られた。

 そして、2人揃って俺の前から去った。ってちょっと、見捨てないでくれよ!

 その後、ベロベロに酔っぱらったシルヴィに拉致、もとい連れて行かれて俺は来客用の部屋へと戻った。直前で失神させたので何とか事なきを得たが、マジで危なかった。いやぁ、本当に危なかった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「あぁあぁ、捕まっちゃった」

「あんなに酔っぱらっちゃって、お姫様大丈夫かな?」


 竜次が離れてすぐ、泥酔したシルヴィに捕まる所を沙耶と愛美は見ていた。


「何でお姫様の方の心配を?」

「だって、あの楠木君と一緒だよ!襲われないか心配だよ!」

「大丈夫でしょう。逆ならあり得るけど、あえて放って置きましょう」

「沙耶ちゃん!?」


 淡泊に返す沙耶に対し、心配そうにする愛美。そんな2人に竜次が視線を向けたが、沙耶が愛美の手を引いてその場を離れていった。


「ちょっと!?」

「カップルのイチャイチャを邪魔しちゃ駄目」

「ねぇ、どうして?」


 沙耶が何故こんな行動をとったのか分からず、愛美は混乱するばかりであった。


「こんな事して、もしお姫様が襲われたらどうするの!?」

「良いんじゃない。向こうが望んでいるのなら、私達があぁだこうだって言うのは間違い」

「でも、楠木君は町の女性達に性的暴行を加えた上に、元の世界では梶原さんも被害にあったのよ!」

「本当にそうかしら」

「え?」


 予想外の言葉に、愛美は訳が分からずにいた。


「確かに、この宴が始まる前までは犬坂さんと同じ事を考えていたけど、今の楠木君を見ていると本当にそんな事をしたのかどうかって、石澤君や王女様の言う事に疑問を抱くようになったわ」


 沙耶の知っている竜次は、陰気で無気力でやる気の欠片も感じられない典型的な陰キャだった。その上、町中に広まっていたあの事件の事もあった為、直接見た訳ではないが実は見境なく女性に手を出しているのだと思い込んでいた。

 そんな竜次が、シルヴィアと出会ってからは何だか感情が豊かになり、活き活きとしているように感じた。不覚にも、そんな竜次を見てときめいてしまった自分もいた。シルヴィアの方も、竜次の事をとても大切にしているように感じた。

 そんな今の竜次が、半年前に行ったような犯罪に手を染めたと沙耶は思えなかった。思えなくなったと言った方が正しいのかもしれない。


「でも、もしかしたらあたし達の前だけあぁいう風にするように脅された可能性だって」

「あり得ない。あの楠木君に、そんな演技が出来るとは思えない。私はむしろ、石澤君と王女様の方が疑わしく思う」

「沙耶ちゃん……」


 今思えば、もう少し竜次と向き合うべきだったと、竜次の言葉をしっかり聞いてあげるべきだったと反省する沙耶であった。


「楠木君には、悪い事しちゃったかもしれないわね」

「簡単に信用し過ぎだよ!」

「そう言われればそれまでかもしれないけど、お姫様と一緒に旅をして変わった楠木君を見るとそんな風には思えない」


 逆に、石澤と王女の言葉に疑問を抱き始めた沙耶は、愛美から離れ翔太朗の所へと歩み寄った。


「認めない。こんなの、認めないから」


 沙耶が竜次に対する考えを改め始めたのに対し、愛美だけは頑なにそれを受け入れようとはしなかった。


「石澤君が嘘を付く筈がない。皆どうかしているよ」


 その表情は、何時も見せる明るい表情ではなく、憎悪に狂っている様な顔をしていた。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 翌朝、俺達は城の謁見の間に来ていて、イルミド国王をはじめ今回の大襲撃に対抗した国の代表を前に膝を付いていた。よく見ると、どいつもこいつも気分が悪そうにしているな。対して、泥酔していたお姫様達は何事もなかったかのように俺達の前に立っていた。シルヴィだけは俺の隣だけど。

 今行われているのは、今回の大襲撃の防衛に対する謝礼金の受け渡しだ。各国を代表して、イルミド国王が前に出た。


「先日の大襲撃の防衛には感謝する。今回は、聖剣士様の皆様に謝礼金を渡したい」


 国王陛下が言う様に、俺やシルヴィの他にも、石澤や上代、犬坂や秋野の4人も膝を付いていた。更にその後ろには、国王達の好意でダンテと宮脇も膝を付いていた。クソ王女は、椿様達の近くでそれを見守っていた。そのくらいの節度はあるみたいだ。


「ではまず、石澤殿、上代殿、犬坂殿、秋野殿には金貨100枚を与える」


 その後イルミド国王自らが、4人に金貨の入った布袋を与えた。その次に国王は、俺達の後ろで膝を付いているダンテと宮脇の方に目を向けた。


「次に、火薬を提供してくれた宮脇殿には金貨30枚を与えよう」


 後ろにいる宮脇には、国王の代わりに家臣の人が金貨の入った布袋を与えた。


「次に、楠木殿と共にリバイアサンの討伐に向かわれたダンテ殿には金貨50枚を与えよう」


 リバイアサンと戦ったという事で、ダンテには宮脇よりも多い金貨50枚が与えられた。


「最後に、今回の大襲撃を知らせ、尽力してくれただけでなく、リバイアサンを討伐してくれた楠木殿とシルヴィア王女殿下には金貨180枚を与えよう」


 その後、国王は俺とシルヴィに大きめの布袋を与えた。これには石澤と犬坂とクソ王女が、あからさまに不機嫌そうな態度を見せた。それでも口に出さないようにしているだけ、きちんと場を弁えてはいるみたいだ。それでも、反論したそうな顔をしていた。

 そんな3人を見た国王が、溜息をついた後でこんな補足情報を口にした。


「本当なら、厄竜の討伐と素材の買い取りで金貨2万枚を与えたいところだが、その金は我が国の復興と軍備の増強の役立てて欲しいという楠木殿の意思によって、厄竜討伐の謝礼金だけを受け取る事になったのだ」


 それを聞いた3人は、目が点になって呆然としてしまった。まぁ、普通金貨2万枚、200億円を自ら手放すなんて考えられないからそんな反応もするよな。

 だが、そんな大金があっても今後の旅に困るだけだし、そもそも180枚でも多すぎると思うくらいだから。

 そのお陰かどうか分からないが、何か言いたそうにしていた3人が下を向いてそれ以上何も喋る気にならなくなった。


「ではこれにて、謝礼金の受け渡しを終了する」

「その前に、少し待ってくれないでござるか」


 国王が最後の締めくくりを言おうとした時、椿様が手を挙げて一歩前に出て言ってきた。


「何だね、椿王女殿下」

「いや、拙者から楠木殿に頼みがあるでござる」


 そう言って椿様は、俺の方を向いて言ってきた。


「今回のリバイアサン討伐は、実に見事でござった。そこで、楠木殿を我が国、ヤマト王国へと招待したいのでござる。無論、シルヴィア殿もご一緒に」

「ヤマト王国にですか?」

「さよう。桜や孝太郎にも、楠木殿を紹介したいでござる」


 まさかの招待に、俺は思わずシルヴィの方を向いた。シルヴィは軽く肩を上げて頷いた。

 椿様も、父であるヤマト国王の方を向いて確認を取った。ヤマト国王も、椿様の突然の提案に笑顔で頷いてくれた。


「分かりました。その招待、お受けいたしましょう」

「では明朝、我等を祖国に送り届ける時に是非ご一緒に」

「はい」


 椿様からのお誘いを受けた後、俺達は一斉に謁見の間を後にした。その道中、ちょっと意外な人物からの反発が起こった。


「もう!何であたし達が招待されないのよ!せめて石澤君だけでも招待されるべきなのに!」

「うるさい」

「無視しましょう」


 後ろでギャーギャー騒ぐ犬坂を無視して、俺達は黙々と進んだ。


「醜いな」

「見苦しすぎるわ」


 俺の隣を歩くダンテと宮脇は、騒ぐ犬坂に対して少々棘のある言葉を漏らした。国王陛下達の前ではないだけ、よく我慢したと思うのだけど。まぁ、この程度の愚痴なら俺だって言うのだからその辺は大目に見てあげてもいいと思うぞ(興味なし)。


「諦めなさい。どうしても行きたいなら勝手に行きなさい。私は反対です」


 おや?クソ王女は意外にも、石澤達をヤマト王国へと行かせたくないみたいだ。フェリスフィア王国と長年同盟を結んでいる敵対国に、大切な聖剣士様を送りたくないのだろうか。


「私はもう少しこの国に残りたい。国に残したパートナーたちには悪いけど」

「俺は自力でヤマトに行ってみようと思う。少し興味もあるから」


 秋野と上代は、完全にキリュシュラインから離れて別行動を行う事に決めた様だ。


「それでは困ります!パートナーの契約は、互いに離れている期間が長すぎると自動的に解除されてしまうのです」

「じゃあ、それで」

「俺もそれでも構わない。ただ寄生するだけのパートナーなんて不要だ」


 パートナー契約の欠点を知っても動じることなく、秋野も上代も別行動をする事を決めた。クソ王女は苦しそうな表情を浮かべていたが、これ以上は何を言っても無駄だと判断して諦めた様子で石澤の手を引いて行った。


「え、エル!?」

「もう放って置きましょう。謝礼金も受け取ったのだし、私達は国に帰りましょう」

「お、おう」


 何時になく強引なクソ王女に、石澤は若干戸惑った様子であった。

 ちなみに、クソ王女の言っていたパートナー契約の欠点については、呪いの場合はそうであって正式なパートナーとの契約だったらそんな事は無いそうだ。それ以前に聖剣士とパートナーは、契約後は常に傍にいるようになっている為、別行動を取る事はほぼ無いに等しい。互いにいがみ合っていれば別だが。


「もう!上代君も、沙耶ちゃんもどうかしているよ!」


 2人の言う事が未だに信じられず、犬坂は駆け足で廊下を走り抜けていった。上代と秋野は、そんな犬坂をただ見ていただけであった。


「丁度良いからちょっと付いて来い。あの女の本性が見られると思うから」

「お、おい!」


 囁くような声でダンテが、俺達を連れて犬坂の後を追った。無論、犬坂に気付かれないようにして。

 だけど、犬坂の本性と言われてもイマイチピンとせず、ただただ漠然と犬坂の後を追っただけであった。どういう訳か、シルヴィと宮脇は興味津々の様子だったが。

 しばらくすると、犬坂は人目の付かない城の裏庭の茂みの奥へと入っていった。


「おい。やっぱよした方が良いんじゃないか」

「安心しろ。いざという時は俺の魔法で姿は見えなくさせてやるから」


 いや、そういう問題じゃないんだけどな。

 でも、すぐにやめるように言おうとした直後に犬坂が突然目の前にあった木を思い切り蹴り始めた。あの犬坂からは考えられない行動に、俺だけじゃなくシルヴィや宮脇も息を殺してみていた。


「何なんだよ!何でもどいつもこいつも、あのクソ野郎の言う事ばかり信じやがるんだ!」


 その口調から、いつもの明るくて無邪気な犬坂愛美からは想像もつかない程乱暴な喋り方であった。


「大体、何で石澤君の方を疑うのよ!石澤君は完璧な容姿と、完璧な才能と能力と、完璧な権力まで持った理想的な男子なのに!そんな石澤君に疑いを向けるなんてどうかしているよ!」


 もはや言っている意味すら理解できず、脳内整理が追い付いていない状態であった。

 対してシルヴィと宮脇は、真剣な面持ちで犬坂の言葉を聞き洩らさない様にしていて、シルヴィに至っては何やらメモまで取り始めていた。


「石澤君が間違った事を言う訳がない。そんな石澤君が言うのだから、楠木君が悪者なのは100パーセント間違いない筈なのに、どうして上代君も沙耶ちゃんも完璧ヒーローの石澤君を疑うのよ!」


 一体どう言う事なのだろうか。

 何故犬坂は、あそこまで石澤に固執しているのだろうか?

 何故、石澤の印象がここまで美化されているのだろうか?

 何故、石澤の言う事全てが正しいと思い込んでいるのだろうか?


「一時的に姿を見えなくさせてやる。だが、この魔法は30分しか持たねぇから、切れそうになったらその場から離れろ」


 その次の瞬間、ダンテは俺達に魔法をかけて姿を見えなくさせた後、わざと物音を立てた。


「誰!」

「おやおや。こんな所で何やってんだ」


 飄々とした態度で姿を見せたダンテに、犬坂が今にも切りかかりそうな雰囲気を纏って睨んでいた。その目付きは、まるで素行の悪いヤンキーみたいであった。


「それがアンタの本性か」

「見てたの?」

「ドラゴンの聖剣士に心酔し、異常なまでの好意と執着と依存心を抱いた、言うなればドラゴンの聖剣士の信者。狂信者といっても過言ではないな」

「っ!」

「狂信的な思考と好意を持っているから、あの男の言う事全てに何の疑いを持たず、あの男が言うのだから全てが正しく、反発する奴が皆悪だと決めつけている。竜次に着せられた汚名も、あの男が言ったのだから絶対に間違いがない。そう思っているから、アンタは竜次を一方的に悪者扱いしている」

「っ!?」


 信じられなかった。まさか犬坂が、石澤に恋心を抱いていただなんて。ただ、その恋心がかなり異常なものになっていて、もはや好意が崇拝に変わっている様な気がした。ダンテの言う通り、あれでは完全に狂信者だ。


「だから何だってんの。石澤君が言うのだから、楠木君が犯罪まがいのことをしてきたに決まってるでしょ」

「あの男の言うことに何の疑問も抱かねぇのか?」

「石澤君が私達に嘘を言うわけがないでしょ!あそこまで神様に愛された完璧超人は世界中どこを探しても絶対にいない!そんな石澤君が嘘を言うなんて絶対にありえないわ!そんな石澤君が望むことなら、私はなんだってしてあげられる!悪魔に魂を売ることになっても!」

「好きが強すぎるあまり、あの男の言うこと全てを何の疑問も持たずに信じ込み、あの男のやる事全てを肯定して全てを受け入れる。やっぱり完全に狂信者だな」


 呆れるように首を横に振るダンテ。確かに、犬坂の言っていることは完全に支離滅裂であった。


「おそらく、最初は遠くらか眺めているだけだったのが、積もりに積もってそれがやがて崇拝になっていったんだろうね」

「されど、石澤君や他の皆に気付かれないように今まで猫を被ってきたのね」


 シルヴィと宮脇の予想通りだと思う。

 おそらく、高校に入学してすぐに石澤に一目惚れをしてしまった犬坂は、その想いを告げることもなく3年間を過ごしてきたのだろう。だから常に気の色が赤色をしていたのだな。皆や石澤の前では、明るくて活発で元気な子を演じて本性を隠していたから。

 だけど、何で犬坂は石澤に告白しようと思わなかったのだろう?


「告白できなかったのは、おそらく梶原さんが常に近くにいたからだと思うわ。石澤君、学校では梶原さんと付き合っているということになっていたから」

「だから想いと告げる事が出来ず、好きという想いだけが大きく膨らんで今のような狂信的な思考を持つようになってしまったのね」

「うわぁ……」


 なんて言ったっけ、犬坂みたいなやつの事を?ヤンデレ?だったっけ。なんにせよ、あの思考は異常だ。だから、俺の冤罪にも何の疑問も抱かず石澤の言うこと全てを真実だと思い込み、石澤と同じように俺を陥れようとするのか。


(クソ!下手をしたら石澤やクソ王女よりも面倒だぞ!)


 こんな異常な思考を持った奴が、よく今まで日本で普通に生活できたもんだな。いや、地球の自室ではとんでもないことになっているのかもしれないな。壁一面どころか、天井や床にまで石澤の写真が印刷された紙が所狭しに貼られていたり、石澤の音声を編集して君が好きだと言わせて聞いていたり、石澤の等身大の抱き枕が作られていたりと、一歩間違えればストーカーになりそうなくらいにすごい事になっていそう。気持ち悪い。想像するんじゃなかった。

 そのまま2人の話を聞いていると、俺が想像した行為以外にも石澤の使用済みのストローやティッシュペーパーを回収したり、石澤が捨てたボロボロのシャツをごみ袋から回収して大事にしていたりしていたそうだ。ストーカー行為が完全にやばい領域に達していた。


「はぁ。こんな本性を、あの男が知ったらどう思うか。あの男の狂信者で、危険域に達した危ないストーカーだって事を」

「言ったらぶっ殺す。石澤君のことを悪く言うやつはもちろん、あたしの正体を知ってタダで済むと思ってんの」

「だろうな。でも、そんなの俺には知った事じゃねぇ。俺は死神って呼ばれているんだ。俺の悪い噂を流したところでどうとも思わねぇし、その時はきっちりお返しをさせてもらうまでさ。アンタの命でね」


 全く怯んだ様子を見せないダンテに、犬坂はドスドスという音を立てる勢いでダンテに近づいてきた。


「これでもそんなことが言えるかしら」


 そう言って犬坂は、ダンテの手を握ってきた。

 だが、次の瞬間犬坂の右手の甲からユニコーンの文様が浮かび上がり、ダンテの右の手の甲にも銀色のユニコーンの文様が浮かび上がった。

 聖剣士とパートナーは、手と手が触れ合った瞬間に互いの文様が光って契約が自動的に成立するものだ。その時、聖剣士は金色の、パートナーは銀色の文様が浮かび上がる。


「おいおい、嘘だろ」


 まさか、ダンテが犬坂の正式なパートナーだったなんて驚きだぞ。しかも、犬坂はすでに呪いを使ってパートナー複数作っているから金色ではなく黒色に光っていた。あんな状態でも契約は成立するのだって驚いた。

 だけど、犬坂はまったく気にした様子を見せず、ダンテの手を自分の胸に触れさせた。


「これでアンタも、楠木と同じね。あたしの胸に触ってきたのだから、痴漢や性的暴行を加えたことになるわ」

「小せぇな。おそらくBもないな。俺はもっと大きい方が好みだな」


 犬坂の卑劣な行為に対してもあっけらかんとした態度で、犬坂の胸の感想を口にするダンテ。その態度から、だから何だというのが感じられた。

 そんな態度が癇に障った犬坂は、勢いよくダンテの手を投げ捨てる感じで払いのけて睨み付けた。


「なんにせよ、あたしの胸を触ったんだからアンタもただじゃすまないわよ。あと、あたしはちゃんとBカップだから」

「向こうに言いふらしたかったら好きにしろ。俺の悪い噂なんて一つや二つじゃないし、今更どうということもない。ま、実際に俺は何もしてないんだけど、死神様はそんな冤罪なんて何とも思わないから」

「ダメな開き直り方ね。そんな奴とパートナー契約してしまうなんて、最悪」

「俺もお前みたいな危ない思考のストーカー狂信女なんてお断りだ」

「最低な男」


 そう吐き捨てた犬坂は、ズカズカとその場を後にした。


「ちぇ!顔はいいのに、あんな性格じゃ台無しだし、絶対にあれBカップもないな。柔らかったからいいけど、下着が邪魔だったな」

「随分と最低な感想だな」

「ないわぁ」

「そういう奴だから、ダンテは」


 犬坂か去った後で透明化の魔法が解けたので、俺達はダンテの前に出た。犬坂に痴漢の容疑がかけられているというのに、全く気にしたそぶりを見せず、犬坂の胸の感想を呑気に述べる始末。同じ男の俺でも、あの感想は酷いと思うぞ。


「ま、そういう悪名はあった方がいいだろうし、それを流しているのは殆どキリュシュラインとジオルグだから全然気にしてねぇんだ」

「いったい何をしたら、そんな悪い噂が広がるんだ?」


 それでもまったく気にしないダンテ。その図太い神経、俺にはとても真似できないぞ。するつもりもないけど。


「そんなことよりも、街に出ないか。この後暇だし」

「俺は騎士団の訓練に参加するから後でいい。そこでマリアと椿様が、俺を鍛えるって言ってたから」

「私も参加するわ。竜次だけに苦労はさせないわ」

「そうね。私もちゃんと剣の稽古を積まないとね。遊びたかったら1人で行ってらっしゃい」

「って、おい!そりゃないだろ!」


 結局4人全員で、騎士団の訓練場に向かって稽古をした俺達。俺はというと、マリアにみっちり鍛えられた。師匠は厳しいですな。




大変申し訳ありませんが、年末年始は投降をお休みさせていただきたいと思います。

来年の6日から投降を再開いたします。

それでは皆さん、良いお年を。

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