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31 最悪な女と家族の仇

 突然雰囲気が変わり、俺はすぐに嘘探知の魔法を使って周りにいる人達の気の色を確認した。

 シルヴィはもちろん、椿様もダンテも白色をしていて、サガットさんと上代と秋野も白色をしていた。石澤と犬坂の2人は赤色をしていたが、この2人は元から赤だから流す事にした。

だけど、この近くにそれらしい相手はおらず、気配で探ってもここには俺達以外に誰もいない。


「シルヴィ」

「いいえ。海中には怪物どもがうじゃうじゃいたし、リバイアサンの近くでのうのうと泳ぐ命知らずなんてまずいない。第一、リバイアサンの血の匂いに惹き付けられて大量のサメが寄ってくるから、そんな中で海の中でジッとするなんて不可能よ」


 確かに、怪物どもがいる中でこちらに近づくなんて不可能だし、そもそも泳いでいるリバイアサンに近づくのは自殺行為。サガットさんの付き添いの兵士が海中にいるのかと思ったが、死肉を求めて群がって来たサメが死体の下にいる。興奮しているサメがいる中で、海中でジッと待機できるとは考えられない。

 となると、一体何処に…………。


「いやはや。リバイアサンに勇敢に立ち向かい、そして倒す事が出来た楠木殿は流石ですね。それなのに、そんな楠木殿が倒したリバイアサンの素材を図々しくも回収しようだなんて、かなり甘やかされていますね。正直言って期待外れです」


 警戒している俺達なんて気にする事無く、サガットさんは俺の事を評価しつつ4人に対して酷評を言いながらゆっくり近づいて行った。そんなサガットさんに、犬坂が怒って近づいてきた。


「ちょっと!あたし達が魔人を倒したから皆助かったんだよ!」

「ですが、リバイアサン相手に何も出来ませんでした。そんなアナタ方に、リバイアサンの素材を手にする資格なんてありませんし、怪物どもよりも厄竜のリバイアサンの方が危険なんは明白の筈」

「でも、あたし達がいたお陰で!」


 尚も食い下がる犬坂に、サガットさんは何処からか刃渡り30センチほどの脇差を抜き、犬坂の右腕を掠めた。咄嗟に避けた為掠めただけで済んだが、突然の攻撃にこの場にいた全員が武器をサガットへと向けた。


「どういうつもりだ!事と次第によって、国際問題だぞ!」


 石澤の意見に同調するのは不本意だが、俺も同じ事を考えていた。いくら敵対国が抱えているからと言って、今聖剣士を攻撃するなんて人類全てを敵に回す様なものだ。

 にも拘らず、サガットさんの気の色は依然と白のままである。これは一体どういうことなのだろうか。


「知らないな。私には関係ない事だ」

「っ!?」

「声が!?」


 サガットさんの声が、「私には」の辺りから突然女性の声に変わった事に全員が驚いた。どうやら、ここにいるサガットさんは偽物の様だ。


「お前、何者だ!」


 女性の声に変わった偽サガットに向けて、上代が普通の剣を上段から振り下ろして攻撃をした。偽サガットはマントを切らせたが、明らかにマントだけではない他の布切れまでもが鎧と共に舞った。

 そして、その大量に舞う布切れの中から髪の長い人影が後ろへと下がった。


「はぁ、危ない危ない。今の攻撃、まともに食らってたら危なかったよ」


 後ろに下がった人物はゆっくりと立ち上がり、その全体像を俺達に晒した。

 腰まである長い銀髪に、黒よりも更に深い闇色の瞳と切れ長の目をした美しいがしっくりくる女性で、シルヴィや椿様にも引けを取らない美貌を有していた。

 そして、この顔の女には見覚えがあった。実物を見たのは初めてだけど、間違いなかった。


「綺麗だ」


 なんて口にしているが、石澤の表情は険しく、今にも切りかかってきそうな感じであった。


「お初にお目にかかり光栄です、5人の聖剣士様。私の名は、シャギナ・ウェルッシュハートと申します。以後お見知りおきを」


 わざとらしく恭しく自己紹介をするシャギナ。

 そう。見覚えがあるというのは、手配書でという事だ。


「アンタが、シャギナ・ウェルッシュハート。国際指名手配されている、史上最悪の殺し屋」

「あら、私の事を知っているという事は、これを見た事があるのですね」


 そう言ってシャギナは、自慢げに自分も手配書をピラピラと見せびらかした。手配書の方が凶悪そうに書かれているけど、間違いなく本人であった。

 だがおかしい。もし変装をしているのであれば、石澤や犬坂の様に気の色が常に赤色に染まっている筈。それに、椿様やダンテの様に相手の仕草や目の動きなどで嘘を見破れる奴も近くにいるのに、どうして誰も見破る事が出来なかったのだ。


「驚いているけど、私は目の動きや仕草でヘマするような変装はしないし、自分の気の色を自由にコントロールできるようになれなきゃ殺し屋家業はやってられないね」

「あり得ない!気の色を自由にコントロールできるなんて、どんな人でも絶対に不可能よ!」

「気の色をコントロールするなんて、拙者やマリア殿でさえ出来ないでござるよ!」

「想像以上の変装スキルだ。どうりで捕まんねぇわけだ」


 シルヴィも椿様もダンテも、シャギナの常識外れの神業に驚きを隠せないでいた。自分の気の色を自在に変えて、その上目の動きや仕草まで完璧にコントロールするなんて反則だろ。


「金貨800枚、8億円もの懸賞金が掛けられているなんてどんだけヤバイ悪党なのよ!」

「相当な悪者みたいだな。楠木の40倍じゃねぇか」


 日本円にして8億円という、あまりにも常識外れの懸賞金の額に秋野と石澤が絶句した様子を見せた。というか俺、キリュシュラインでは金貨20枚の懸賞金が掛けられているのかよ。


「貴様、本物のサガット殿はどうしたでござるか!」

「あの男もなかなかの実力者だったが、私の敵ではなかったよ。当然ながら、本物は殺したさ」


 まったく悪びれた様子もなく、シャギナは誇らしげな感じで本物のサガットさんを殺したと言った。


「ついでに言うと、遺体はリバイアサンをこちらに引き寄せる為の餌として使わせてもらった。今頃はコイツの胃袋の中だよ」


 そう言ってシャギナは、リバイアサンの亡骸を足でコンコンとさせた。


「魔物を引き寄せるなんて事は可能か?」


 俺は小声でシルヴィの耳元に聞いた。


「可能よ。そういう媚薬に似た薬品があって、その魔物やドラゴンの好みに合わせて作るから、対象が遥か遠方にいても効力はあるわ」


 という事は、リバイアサンをここに呼んだのはシャギナの仕業だったという事か。という事は、サガットさんの遺体にその薬品をかけてから海に入れて、遠方にいたリバイアサンをこちらへと呼び寄せたというのか。


「でも、その薬品の取引どころか、製造そのものが違法になっているから、買ったら最後。死ぬまで獄中で生活する羽目になるわ」

「そりゃそうだよな」

「それに、そんな薬品を今も製造している所って言ったら、私の知る限りではスルトだけよ」


 やはりスルトが関係しているのか。

 そもそも、そんな薬品を作っても自分の身が危なくなるだけだから、普通は製造がストップするもんだよな。

 だが、闇組織であるスルトにとっては関係ない事だし、シャギナがそのスルトから薬品をいろいろ購入していても不思議ではない。


「何でこんな事を!」

「何でって、そりゃもちろん金の為さ。依頼主の名は言えないが、聖剣士の一人に大切な婚約者を奪われたからどうか殺して欲しいと。依頼料として、金貨50枚も貰ったさ」


 という事は、誰かが俺達の殺害を依頼したから、俺達を殺す為にリバイアサンを呼んだというのか。俺達5人のうち誰かを殺す為だけに、大勢の人も巻き添えにしたのか。


「ま、その聖剣士は弱いからリバイアサンを倒す事が出来ないそうだからそうさせた」


 そう言ってシャギナは、俺の方を向いて言った。


「そんな訳だから、リバイアサンを倒したお前は殺さない。私とて、こんな状況の中で聖剣士に死なれては困るから、最低でも強い奴1人が残ってくれればいいやと思ったわけさ。ついさっき」


 取ってつけた様な態度に、俺は物凄い怒りを感じた。というかそれ、今思いついた事だろ。本心では、5人まとめて殺すつもりだっただろ。


「まぁ、本心で言えばリバイアサンの攻撃をまともに受けても死なないフェニックスの聖剣士は、私でも殺しきれないと思って諦めた。ま、強かったからというのもあるけど」

「ようは、俺が死なないから殺すのを断念したってだけか」

「殺せないならどうする事も出来ないし、そもそも殺す様に依頼された聖剣士は1人だけだし。残りは元々ついでだったし、ぶっちゃけアナタもついでのうちの一つだったよ」


 ついでで殺そうとするなんて、この女どうかしているぞ!本来殺すべき相手は本来1人だけなのに、ついでで他の聖剣士まで殺そうとするなんて!

 そんな俺の怒りなんて流して、シャギナはゆっくりと石澤の方へと身体を向けた。


「何だよ」

「私が殺す様に依頼された相手は、アンタだよ」



「ドラゴンの聖剣士、石澤玲人」



「俺、だと!?」

「そう。アンタに婚約者の女性を奪われたという事で、殺害を依頼された」


 石澤も、まさか自分が名指しで殺しのターゲットにされていたとは思ってもみなかったみたいで、少し震えていた。


「奪ったなんて誤解だ!俺はただ、相手に酷い目に遭わされた彼女達を助けただけで、悪いのは全部相手の男の方なんだよ!」

「関係ない」


 石澤の言い訳にも耳を貸さず、シャギナは一言返しただけであった。


「私はただ、金さえ貰えれば相手が聖剣士だろうが、自分の親兄弟だろうが、貴族だろうが、王様だろうが喜んで殺す。金さえ手に入れば、その国が後に混乱しようが、人類に仇をなす行為に繋がろうが私にはどうでも良いのよ」


 イカレている!頭がどうかしているぞ!


「考え直してくれ!君には良心というものが無いのか!」

「そんな物、初めて武器を手にした瞬間に捨てたよ。世の中金さ。金さえあれば、私は悪魔にこの魂を捧げてもいいと思っている」

「完全に金の亡者だな」


 もはや何を言っても無駄だと判断した石澤は、一度は引っ込めた剣をシャギナに向けた。


「戦うなら私も協力する」

「ああ。この女マジでヤバイぞ」

「あたしも協力す……あっ、ああ……」


 最後まで言い切る前に、犬坂が突然膝を付いて苦しみだした。そして、俯くと同時に口から大量の血を吐き出した。


「犬坂!」


 丁度俺の近くにいたという事もあって、俺とシルヴィと椿様とダンテが掛け寄って様子を見に行った。


「おい、どうした!」

「く、苦しい……身体が……焼ける……」

「アハハハハハハハハハ!」


 その様子を見たシャギナが、急に狂ったように笑い出した。


「ようやく効いたみたいだね!言い忘れたけど、私の脇差の刃にはガラバカイの毒から作った猛毒が塗られているの!本来なら切られた瞬間に死んでいたが、曲がりなりにも聖剣士という事もあって毒が回るのがかなり遅かったみたいだね!」

「何!?」


 そうか。あの時腕を掠めた時に、そこから毒が体内に入ったのだな。しかも、この世界で最も危険なガラバカイの毒ときた。よく見ると、犬坂の血が紫色に変色しだした。


(このままでは、犬坂が死ぬ)


 でも、この女は石澤の言う事に何の疑いも持たずに俺を糾弾し、追い詰めたムカつく女だ。

 そんな女がどうなろうと知った事ではない。


「許さない!例え美人でも悪い女なら、俺は容赦しないぞ!」


 石澤がいかにもそれっぽい事を言っているが、どうせ自分の評価を上げる為の戯言。

 そんな男の言う事なんて聞くに堪えないし、それを聞いたからって犬坂を助けようなんて思わない。知った事ではない。


「気を付けて!掠っても危険みたいだから!」

「分かってる!」


 どうでも良い。

 こんな連中がここで殺されようが、俺にはどうでも良い事だ。犬坂を助けた所で、俺にはデメリットしか存在しない。どうせ助けても、コイツ等は屁理屈ばかり言って俺を追い詰める。

 助ける必要なんてない。

 馬鹿げている。


「だけど」


 気が付いたら俺は、もがく犬坂に右手をかざし、恩恵の力を使って解毒させて治していた。


「竜次、本当に良いの?」

「俺には、見殺しなんて出来ない。どんな相手であろうと」


 俺は、弱くて覚悟の足りない男だ。

 死んでも構わない相手であっても、見殺しにしたくないという自己満足で助けた。どうでも良いと思いつつも、苦しむ犬坂を見捨てる事が出来なかった。

 どんなに嫌っていても。

 どんなに憎んでいても。

 これが石澤やあのクソ王女だったら、間違いなく何もせずに見捨てていただろう。なのに、同じくらい嫌っている犬坂の事を見捨てる事が出来なかった。

 助けなくては、と思った。


(俺は、全然強くない。敵に情けを掛けて、いざという時に非情になる勇気が持てない、弱くて甘ったるい男だ!)


 完全に毒が抜けた犬坂は、そのまま気を失って倒れた。血の色も、元の赤に戻っていた。その姿を見てホッとしている自分がいる。

 こんな俺が、聖剣士である資格なんて…………。

 そんな自分を惨めに思い、拳を強く握りしめると、傍にいたシルヴィが両手でそっと包み込むように握った。


「そんなに自分を卑下しないで。それは決して甘さではないわ。学友を助けたいと思うのは、当たり前の事よ」

「そんな、俺はそんな奴では……」

「それに、助けたいと思っているのは、彼女の事を心の底から憎み嫌っている訳ではないからよ。本当に憎んで、嫌っているような人だったら絶対に助けたりはしないでしょ」

「…………」


 シルヴィの言う通りなのかもしれない。

 先程も思った様に、苦しんでいる相手が石澤やクソ王女だったら容赦なく見捨てていた。俺はそこまで人間が出来ていないし、聖人君子でもない。そんな奴まで助けようなんて思わない。

 という事は、俺は本心では犬坂の事を死んでもいいと思う程嫌っていないという事なのだろうか。


(やっぱり甘いな、俺は)


 石澤の言う事に疑いを持たず、心無い罵倒をたくさんしてきた筈なのに。


「2人とも、今はそんな事をしている場合ではないでござる」

「そうだな。残り3人の聖剣士様が、シャギナに追い詰められているみたいだぞ」

「チッ!」


 確かによく見ると、石澤と秋野の2人は戦っているというよりは遊ばれているに近く、シャギナに何度も蹴られては海に落とされていた。


「弱すぎるぞ。それでよく、聖剣士なんて名乗れるな」

「黙れ!俺達はこれまでたくさんの人達を助けてきたんだ!」

「誑かしたの間違いじゃないのか」

「アンタの攻撃は通らないわよ!」

「剣は切る為にあるもの。防御に特化したからと言って、攻撃しなくていい理由にはならない」


 敵だというのに呑気にアドバイスまでしている。完全に嘗められているな。そうこうしているうちに、何度目かもう分からないがまた海に落とされていた。サメに襲われなくて良かったな。


「はあぁっ!やあっ!」

「貴様は少し腕が立つみたいだな。あの2人よりは楽しめそうだな。それでも私の敵ではないがな」

「黙れ犯罪者!」

「その言葉は私にとっては名誉だね」


 対する上代は、日頃から訓練を怠っていなかったのかシャギナ相手にも善戦しているものの、決め手となる攻撃を繰り出す事が出来ず、ずっと押されてばかりであった。

 シャギナも、上代の実力は認めつつも自分の敵ではないと言って見下している。あの3人とシャギナとの間には、それだけの実力差があるというのか。

 幸いな事に、3人とも毒が塗られている脇差の斬撃を受けていない。


「ッタク!仕方ねぇな!」

「私も行くわ!」

「ダンテは待機してくれ!」

「大丈夫か?」

「ああ。椿様はこの事をレイトに伝えてくれ!」」

「承知するでござる」


 これ以上あの3人に任せていられないと判断し、俺とシルヴィもシャギナと戦う事にした。

 ダンテには、俺とシルヴィに何かあった時の為に待機してもらった。椿様はレイトにこの事を伝えてもらう為、ボートに乗って一旦船に戻ってもらった。強いのは分かっているけど、一国のお姫様を国際指名手配犯と戦わせる訳にはいかないし、猛毒が塗られた脇差が万が一にも掠めでもしたら大変だから。

 シャギナが上代を蹴飛ばしたと同時に、俺とシルヴィが同時に剣で攻撃を行った。シャギナは、後ろ腰からもう一振りの脇差を抜いて俺とシルヴィの斬撃を防いだ。


「へぇ、さっきの3人よりかなり重い一撃だね」

「パワーなら上代の方が、獅子の聖剣士の方が上だと思うがな」

「力が強い弱いじゃない。攻撃の練度の良し悪しさ。アンタは相当鍛えているな」

「貴様に評価されてもちっとも嬉しくねぇぞ」

「酷いねぇ。こんな美少女に対して酷くない?」

「生憎、俺は一途なんでな」


 俺とシルヴィは一旦引いて、シャギナの左右で挟み込むようにして立った。


「2対1なんて感心しないね。それでも聖剣士様と、そのパートナー様か?」

「生憎、貴様に正々堂々と挑むつもりなんてない」

「決闘じゃないんだし、当然の対処だと思うわ」

「へぇ」


 まったく態度を変えないシャギナ。しかも笑っている。


「さっきの3人よりは楽しめそうね」

「何処まで余裕でいられるのかな」


 ずっと余裕でいるシャギナに、俺は再び切りかかりに行った。シャギナは柔軟な身体を屈指して、俺の攻撃を巧みに躱していった。自分の柔らかい身体を自慢するかのように、シャギナは笑いながら俺を見ていた。


「油断は大敵だ!」


 シャギナが俺の斬撃を避ける為に、身体をのけ反らせた瞬間に足払いをする要領でシャギナの左足を蹴り、態勢が崩れた瞬間に今度は左頬に回し蹴りを入れようとした。腕で防がれてしまったが、シャギナを蹴り飛ばす事が出来た。


「体術だって、マリアからみっちり鍛えられているからな」

「乙女の顔を蹴ろうとするなんて、感心しないわね!」


 顔を攻撃されそうになって激怒したシャギナが、俺に何度も切りかかろうと攻撃を仕掛けてきた。さっきとは比べ物にならないくらいに、攻撃の練度が上がっていた。本気になって攻撃してきているのが分かった。


「私だっているんだぞ!」


 俺に攻撃をしている間に、シルヴィが背後からシャギナを攻撃していった。当然、シャギナはシルヴィの攻撃も防いでいるが、俺とシルヴィの2人の攻撃を防がなくてはいけないのだから、とても苦しそうにしているのが見て分かった。

 俺はシャギナの斬撃を剣で防ぎつつ、マリア仕込みの体術でシャギナに応戦した。頭に血が上っているとは思えないくらいに、冷静に俺の攻撃の軌道を呼んで防いでいるが、俺は攻撃を当てる前に違う攻撃を加えて確実にダメージを与えていった。

 マリアの体術は、相手が防ごうとする瞬間に攻撃を切り替えて行うという高難度な技。その為、常に相手の行動を注意深く観察し、次にどんな行動をとるのかを瞬時に読んでそれに対処しなくてはいけない。正直言って、滅茶苦茶神経を使う上に息継ぎもなかなかできない。相手をしっかり観察して、それに対処して攻撃するというものだから。


「クソ!」


 2対1だと分が悪いと判断したシャギナは、一旦俺から距離を取る為に後方へと下がった。海に落ちるギリギリとの所まで。


「今だシルヴィ!」

「クラーケン!」


 シルヴィが呼んだ瞬間、シャギナの背後からクラーケンが8本の足を上げて海面に姿を現した。それを見た瞬間、シャギナは自分の失態を悟った。


「捕らえろ!」

「クソ!」


 自分を捕まえようと襲ってくるクラーケンの足を、シャギナは苦しそうな表情を浮かべながら躱していった。


「ああっ!」


 だが、それも長くは続かずシャギナはすぐにクラーケンに捕まった。捕まえたシャギナを、クラーケンは海に引きずり込む為に潜ろうとした。


「クソ!」


 そうなる前にシャギナは、自分の身体に巻き付いているクラーケンの足に脇差を一振り刺し、もう一振りをクラーケンの胴体目掛けて投げた。この世界で最も強力な、ガラバカイの毒が塗られた脇差を。

 投げた脇差が胴に刺さった瞬間、クラーケンが苦しみだし、リバイアサンに身体をもたれかけた直後にシャギナを空中で離した。身体の大きいクラーケンでさえ、たった二刺しでこんなに早く毒が回るなんて。


「クラーケン!」

「俺が解毒させる!シルヴィはシャギナを!」


 毒で苦しむクラーケンの胴と足に刺さった脇差を引き抜き、俺はすぐにクラーケンの身体に入った毒を恩恵の力を使って解毒させた。解毒させた瞬間、クラーケンは足下に現れた召喚陣から住処へと帰って行った。

 その間にシルヴィが、武器を失って丸腰になったシャギナに攻撃を加えていった。と思ったら、シャギナは懐から匕首(あいくち)を取り出して反撃に入った。丸腰ではなかった。


「クッ!」


 シャギナの匕首がシルヴィの首に到達する前に、シルヴィは素早く後ろに下がって距離を取った。


「へぇ、なかなかやるじゃない。召喚術だけだと思っていたが、そうでもなかったみたいだな」

「私だって日々鍛えているのよ。馬鹿にするな」


 剣を構えてシャギナを睨むシルヴィ。そんなシルヴィを見てシャギナは、何か思い出したかのように不敵な笑みを浮かべていった。


「召喚術師……ああぁ、思い出したよ。貴様のその顔立ち、その青と緑のオッドアイとその目付き。よく見たら、半年くらい前に処刑させたエルディア王妃に似ているね」

「え?」


 シャギナの言葉に、シルヴィは思わず間の抜けた声を出して呆けてしまったが、俺は聞き逃さなかった。

 エルディア王妃と顔が似ている?半年前に処刑させた?


「まさか貴様が!」


 その先の展開を予想したシルヴィが、震えた声でシャギナに尋ねた。


「ああ!私がシルヴィア王女の家族を殺した!」


 まるで自慢するかのように話すシャギナに、俺はどうしようもない怒りを感じた。おそらくシルヴィは、俺以上の怒りを抱いているだろう。


「何で、シルヴィの家族を!」

「何でって、依頼されたからに決まってるだろ」


 俺の質問に対し、シャギナはあっけらかんとした態度で返した。


「誰に依頼されてだ!」

「王女様の家族からだよ」


 最初は言っている意味が理解できなかったが、話を聞いてようやく理解が追い付いた。

 シルヴィの家族は、自分達のせいでシルヴィまでもが捕まり、キリュシュラインがシルヴィの力を悪用しようと企んでいた事を知った。

 その事に負い目を感じたシルヴィの家族は、シルヴィを解放させる為にキリュシュライン王に反発していた1人の兵を捕まえて、裏ルートを使ってシャギナを呼ばせた。やはり兵士の中にも、あの暴君とクズ王女に反感を抱いていた人が少数ながら存在したみたいだ。

 呼び出しを受けたシャギナに、自分達を殺してシルヴィに掛けられた枷を無くさせて欲しいと依頼した。金は、城の地下にあった金庫の中にあった非常用の金を与えさせた。その金は元々、国に大きな災害が起こった時の為の支援用に貯めていた物だそうだ。

 その金を受け取ったシャギナは、兵士達に洗脳魔法を使って操り、王と王女の目を盗んで大々的に処刑させたのだそうだ。

 更に、裏ルートの露呈を避ける為にシルヴィの家族と密かに手を組んでいた兵士も毒殺したそうだ。


「貴様が……!」


 声を震わせながらシルヴィは、剣を構えながらじりじりとシャギナとの距離を詰めていった。


「私も今までたくさんの殺しの依頼を受けてきたが、自分自身を殺して欲しいなんて依頼はあの時が最初で最後だったね。私とした事が、王女の顔をしっかり見るまで思い出せなかった。ま、殺した相手の顔と名前と依頼内容なんていちいち覚えていないけど」

「わああぁ!」


 涙を流し、怒りに満ちた顔でシャギナを攻撃するシルヴィ。シャギナはそんなシルヴィを軽くあしらう感じで避けていた。


「おいおい。私のお陰でアンタを縛る枷は無くなったんだから、むしろ感謝して欲しいくらいだよ」

「黙れえぇ!」


 全く悪ぶれないシャギナに、シルヴィの怒りは更に強くなっていった。そしてそれは、俺も同じであった。


「何処まで命を弄ぶ気だ!」


 この女が、シルヴィの大切な家族を殺した!俺の大切な人の大切な人を!それがどうしても許せなかった!

 気付けば俺は、シャギナを捕まえようと動き出した。ちょうどよくシャギナが俺の近くに来たので、俺は剣でシャギナの左太ももを傷つけて動きを一瞬だけ止めた。だが、一瞬だけで構わなかった。


「クッ!」

「動くんじゃねぇ!」


 シャギナの動きを止める為に、俺はシャギナの腕を取ろうとした。

 しかし、触れようとした瞬間に俺は不思議な力によってシャギナから弾かれてしまった。


「何だってんだ!?」


 何とか海に落ちずに着地できたが、シャギナに触れた瞬間のあれには覚えがあった。だけど、その事実を俺は受け入れる事が出来なかった。


「冗談じゃねぇ!何であんな女なんだ!」


 直に触れられないのならばと思い、足を切られて動きがさっきよりも鈍っているシャギナの背後に回り、長い銀色の髪を掴んで引っ張り上げた。どうやら、髪の毛なら触れても大丈夫の様だ。


「貴様!乙女の髪を引っ張るなんて!」

「動くんじゃねぇ!大人しくシルヴィに斬り殺されろ!」


 更に動きを封じる為に、俺は剣の切っ先をシャギナの喉元に当てた。


「やれ、シルヴィ!」

「やああぁ!」


 動きを封じられたシャギナに、シルヴィは鬼の様な形相で近づき、上段に構えた剣で切り殺そうと振り下ろしてきた。


「クソ!」


 剣がシャギナに触れる前に、シャギナは左手で俺の肩を強く掴み、後頭部を俺の額に当ててきて、身体が平行になる様に宙に浮かせた。そして、その態勢から振り下ろされた剣を両膝で挟んで止めた。


「なっ!?」

「嘘!?」


 シャギナは、俺の頭を支えにして身体を垂直に浮かせ、その状態でシルヴィの剣を膝で挟んで止めるという信じられない行動をとった。普通、こんな態勢で剣を止められる訳がないのに。一体どんな鍛え方をしているというのだ!

 だが、俺の肩に触れている手と、額に触れている後頭部から電気の様なものが走り、物凄い力で引き離そうとする力が伝わった。まるで、磁石の同じ極同士で無理矢理付けようとしている感覚であった。

 そんな状態が長く持つわけがなく、俺とシャギナは思い切り弾き飛ばされた。シャギナの正面にいたシルヴィは咄嗟に避けたが、俺はそのまま海に落ちてしまった。


「竜次!」


 海に落ちた俺を、シルヴィが剣を鞘に納めてから飛び込んで助けに向かった。沈みそうになった俺に、シルヴィが抱き寄せる様に海面まで浮上した。


「何で!まだシャギナは!」


 シルヴィの家族を殺した仇がいるのに、シルヴィは海に落ちた俺を助ける為に迷うことなく向かった。そんなシルヴィの行動が理解できず、俺は思わず声を荒げてしまった。

 そしたらシルヴィは、ギュッと抱き締めてきた。


「確かに、お父様やお母様、お兄様やお姉様達を殺したあの女は憎いわよ」

「だったら」

「でも、今は竜次の方が大事だから。家族を失った今、私にはもう竜次しかいないから」

「シルヴィ……」


 すがるように抱き着くシルヴィを、俺はそっと抱きした。

 一方、まだリバイアサンの亡骸の上にいたシャギナは、待機していたダンテを交戦していた。


「クソ!」


 しかし、匕首ではダンテの鎌には対応できないと判断し、懐から転移石を取り出して匕首で砕いた。その瞬間、眩い光がシャギナを包み込み、その光が治まると同時にシャギナは姿を消した。別の所に転移して逃げたみたいであった。


「すまない。取り押さえる筈が、逆に邪魔してしまって」

「ううん。あれは私も予想外だったし、竜次がやろうとしていた事は分かっていたから」

「うん」


 その後俺達は、レイトが乗っている船の乗組員によって救助された。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 





「はぁ……何とか逃げ切れた」


 転移石を使って、命からがらジオルグ王国に転移したシャギナは、雪がまだ残っている草原の上に倒れ込んでぐったりした。


「石澤玲人の抹殺、不覚にも失敗してしまったな」


 あの男を殺すこと自体は簡単だったが、邪魔に入った竜次がシャギナの予想を超えて強かった為、計画がおじゃんになってしまった。


「いや、遊んでしまった私も悪いな」


 石澤の実力が、噂で聞いていたよりもずっと弱かった為ついつい弄んでしまった事を悔やんでいた。


「とは言え、私の顔を蹴ろうとしたり、髪を引っ張ったりした恨みはしっかりと晴らさないと気が済まない!次に会った時は、完膚なきまでに叩きのめしてやる」


 シャギナは殺し屋。仕事はあくまで、要人をいろんな手を使って抹殺であって相手を陥れる事ではない。キリュシュラインで流れている噂を利用すれば、竜次を精神的に追い詰めるのは簡単な筈なのに、シャギナはあえてその方法を取らなかった。その方法は、シャギナの流儀に反するからである。

 竜次に顔を蹴られそうになったり、髪を引っ張られたりした事に激しい怒りを感じた。殺し屋に身を置いても、シャギナとて1人の女。顔を蹴られたり、髪の毛を引っ張られたりしたらその男に対する印象が悪くなるのも無理からぬ事。

 キリュシュラインが行ったような手は使わないが、それでも仕返しをしないと気が済まないと思うシャギナであった。


「ま、それは後で考えるとするか。それに、あの男の抹殺は何時でもできるし、もうしばらく様子を見るか。こっちにも、抹殺しなくてはいけない奴はいるし」


 石澤の殺害を一旦後にして、シャギナは近くの町に住んでいる抹殺対象の所へと向かった。





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