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30 海上戦と厄竜の乱入


「……もうすぐこっちに来る」


 鳳凰の鏡を見ながら、俺はイルミド王国が用意した軍船の上から目の前に広がる海を睨んでいた。

 出航してから2日目の早朝、俺達はいよいよ初の海上での大襲撃に備えていた。配置としては、俺とシルヴィが乗っている船が最前線にいて、そのすぐ後ろに各国の兵士達が待機していた。

 大事な大戦と言う事で、俺はいつもの青色の服から赤色の戦装束へと着替え、銀色の軽装の鎧を装備して、赤色のマントを身に着けていた。俺の隣に立つシルヴィも、俺と同じ赤い戦装束とマントと、銀色の軽装の鎧を身に着けていた。


「海面には出てこないだろうな」

「海にいる怪物どもならそうだけど、空を飛ぶ怪物どもなら見えるわ」


 やっぱり翼竜タイプの怪物も、今回の大襲撃にも現れるのだな。となると、海の怪物達はその真下にいるという事になるだろう。


「海上戦なんて初めてですね」

「拙者もでござる」

「ねぇ、どっちが多く怪物どもを狩れるか競いませんか?」

「乗ったでござる」


 俺とシルヴィの前、船首付近には戦装束と鎧を身に着けたマリアと椿様が待機していた。

 前回と同様に、赤色の戦装束にやや豪奢な鎧を見に纏うマリアと、青色の戦装束と甲冑を身に着けた椿様。共に長い金髪と黒髪をなびかせながら、もう直始まる大戦にわくわくした様子であった。


「まったく。お姫様2人は不謹慎すぎます」

「仕方ねぇだろ。あの2人も怪物なんだし」

「その言い方は流石に失礼だぞ」


 そんなワクワクしている2人を、宮脇とダンテとリーゼロッテ様が俺の横で呆れていた。この3人はいつも通りの格好で挑むつもりのようだ。

 そして、俺達のすぐ後ろでは上代達4人とクソ王女が待機していた。


「まだ見えねぇな」

「そんな早く来る訳がないだろ」


 初めての海上戦と言う事で、4人は少し緊張した様子であった。クソ王女は剣を装備しているが、戦いが始まるといの一番で安全な所に隠れるだろうな。だって、クソ王女だけがドアの近くに立っていたから。


「そんなカリカリしたって始まんねぇし、お前等で順番に1枚引いてみろ」


 そう言ってダンテは、懐から何やらカードの束を取り出して扇状に広げた。


「こんな時にタロット占いしてどうするの。って言うか、それ私が前にあげたのじゃん」

「良いじゃねぇじか。こんな時だからだよ」


 どうやら、ただのタロット占いみたいだ。宮脇の言う通り、こんな時に何を占うというのだと言いたいが、このまま何もせずに待っていても変に力が入るだけなので1枚引いた。俺の後に、シルヴィ、リーゼロッテ様、宮脇、上代、秋野、犬坂、石澤の順番で引いた。

 結果を言うと、俺が引いたカードには女性とライオンが描かれていた。しかも正位置であった。


「竜次は力の正位置か」

「力の正位置って確か……」

「勇気、理性、知恵、頑固な意思等の意味が込められている。力量の大きさを示すカードだ」

「ふぅん」


 勇気と理性と、知恵と頑固な意思か。しかも正位置だからなかなかに良い結果だ。前の3つは俺に合っていない気がするが。


「私は女帝の正位置ね」


 シルヴィが引いたのは、女帝の正位置。母性と包容力など、女性的な魅力を現すカードの正位置であった。まさにシルヴィにピッタリのカードであった。


「私は何だか嫌だ」


 リーゼロッテ様が引いたのは、恋人の逆位置であった。正位置だったら、結婚や絆など男女の関係の発展に繋がる。しかし彼女が引いたのは逆位置であって、失恋や空回りの意味になってしまうので非常に残念。近い将来、リーゼロッテ様の恋が成就せずに失恋する事を意味している。

 お気の毒に。

 他のメンバーは言うと、宮脇は吊るされた男の正位置、上代は正義の正位置、秋野は教皇の逆位置、犬坂は戦車の逆位置であった。そんな中で、最後に石澤の引いたカードに皆が言葉を失った。


「これは一体……」

「うわぁ、アンタは最悪なのを引いたな。悪魔、その正位置だなんて」


 悪魔の正位置。憎悪や堕落、裏切り等を意味していて、死神や塔程ではないがかなり不吉な前兆であった。


「つまり、このままだとアンタは、将来誰かから裏切られて堕落していく事になるぞ」

「冗談じゃねぇ」


 機嫌悪そうにカードをダンテに返す石澤。そりゃ、誰だってそんな縁起の悪いカードを引けば嫌にもなるよな。それでも、死神や塔を引くよりはマシだと思う。


「皆、そろそろ気を引き締めた方が良いですぞ。来る」


 舵の前で腕を組んで立っていたレイトの声を聴き、全員が気を引き締めて前方を見た。鳳凰の鏡を見ても、もうあと500メートルという所にまで迫っていた。確かに、よく目を凝らすと空を埋め尽くさんばかりの鳥の群れの様なものが見えた。いや、鳥ではなく翼竜タイプの怪物達であった。


「これ以上近くなる前に何としても手を打っておきたい。シルヴィア様」

「分かった」


 レイトの指示を受けて、シルヴィは一歩前に出て両手を前に出した。次の瞬間、軍船の目の前に巨大な召喚陣が浮かび上がった。


「出て来い、海の悪魔。クラーケン」


 シルヴィの呼びかけに答え、召喚陣から8本の足をうねらせながらあの時のクラーケンが召喚された。


「ちょっと!クラーケンとも契約していたの!?」

「あんな厄介な魔物まで、スゲェな……」


 召喚されたクラーケンを見て、秋野と石澤が唖然とした顔をしていた。無理もない、俺もまさかクラーケンと契約するなんて思っても見なかったから。


「初陣だクラーケン!食い散らかせ!」


 シルヴィの命令を受けて、クラーケンは前方にいる怪物達の所へと向かっていった。クラーケンは、この世界においては海の生態系の頂点に君臨している。例外はいるが、基本的には海に住んでいる殆どの生き物はクラーケンには勝てない。上手く行けば、クラーケンだけで半数くらいは潰す事が出来るそうだ。

 同時に、俺達に気付いた怪物達がこちらに襲い掛かってくるという事にもなる。海面に半魚人に似た怪物達が、俺達の船に上がってこようと近づいてきた。


「よし。爆弾投下!」


 次にレイトの指示で、紐の付いた手のひらサイズの球体を持った兵士達が、紐に火をつけてから一斉に海に投げた。その瞬間、物凄い爆音と共に大きな水しぶきが舞った。


「何だ、今のは!?」

「宮脇が作った黒色火薬に、レイトが魔法をかけて爆発力を加えて作らせた、この世界オリジナルのダイナマイトだ」

「黒色火薬って、火薬って確か国家資格が必要なんじゃ」

「さぁね」


 上代の指摘に、宮脇は目を逸らしてシレッと答えるだけであった。材料だけなら、今のこのご時世だからググればすぐに知る事が出来るが、作るには国家資格が必要な上に勝手に作れない。なので、宮脇がどうやって作り方を知ったのかは不明である。



 ※違法ですので絶対に作ろうとしないでください。絶対にダメ。




「エレナ様」

「はい!」


 レイトの隣にいたエレナ様が、広範囲にいる味方全員に身体強化と保護魔法をかけてくれた。これで、一般の兵士でも怪物どもと交戦になってもある程度まともに戦う事が出来る。あとは、本人の力量次第だ。


「では、上空にいる怪物どもは拙者が駆逐するでござる!」


 何処から取り寄せたのか、重しの付いたロープを使って頭上から襲い掛かってきた翼竜タイプの怪物の首に巻き付けた。ロープを巻かれた翼竜は、椿様を連れて上昇したが、椿様はその勢いを利用して高く飛び上がり、その翼竜の背中に飛び乗った。


「はあぁっ!」


 すかさず椿様は、愛刀の影正を抜いて翼竜の首を跳ね飛ばした。そして、落ちる前に近くにいる翼竜の背中に飛び乗り、次から次へと首を切り落としていった。


「あ、ズル!だったら私は半魚人どもを!」


 出遅れてしまったマリアは、爆発で気絶した半魚人を足場にして前に進みつつ、半魚人と大きな首長竜を倒していった。

 それにしても、あんな状況であるにも拘らず2人ともよく落ちないで前に進めるな。


「私達も行きましょう」

「ああ」

「出て来い、聖獣ファングレオ!」


 久しぶりに呼んだファングレオの背中に、シルヴィは軽快な動作で飛び乗った。そのすぐ後にシルヴィは、俺の方に手を伸ばしてきた。


「乗って、竜次」

「ああ」


 シルヴィの手を取り、彼女の後ろに飛び乗った。


「しっかり捕まって」

「お、おう」


 俺はシルヴィの身体に腕を回してしがみ付いた。ヤバイ、よくよく考えたら俺からこんなにシルヴィに密着するのは久しぶりかもしれない。しかも、鎧が装着されていない部分に触れているから柔らかさが伝わってくる。いかんいかん!今は意識しては駄目だ!


「今楠木君、凄くエッチな事を考えていたでしょ」

「顔見てバレバレ」

「やっぱりそういう感情を持ってたのか!」

「いや、男ならあぁいう状況で考えるなというのが無理な話だ」


 後方から、犬坂、秋野、石澤の順番で辛辣な言葉を貰った。上代だけは、不可抗力だと言わんばかりに弁護してくれた。仕方がないだろ、男の悲しいサガなんだから。

 俺が頭の中で葛藤している間にシルヴィは、ファングレオの脇腹を軽く蹴って飛び上がらせた。この体勢だから聖剣は抜けないが、普通の剣を抜いて襲い掛かってくる翼竜をシルヴィと共に応戦していき、マリアと椿様の後を追う様に前に進んだ。


「私だっているぞ!」

「そういう事だ!竜次達は先に進め」

「こっちは心配しないで!」


 尚も襲い掛かってくる怪物達に、リーゼロッテ様とダンテと宮脇がそれぞれ魔法と鎌で対処した。そんな中、上代達は完全に出遅れてしまい、何も出来ないでいた。


「何をモタモタしている。部下がボートを用意しているから、それに乗ってアナタ方も早く進んでください」

「チッ!」


 執事のレイトに指摘されて腹が立った石澤は、舌打ちをしながら他の3人と一緒に船からボートに飛び乗って後に続いた。その間、半魚人タイプを倒すのも忘れていないみたいであった。

それにしても、物凄い数であった。地上の大襲撃の比ではなかった。


「確かに、あの数で攻められたらとんでもない被害が出るよな」

「しかも、マリア様や椿様みたいな芸当が出来る人なんて普通いないから、大抵が後ろで立ち往生してしまうことが多いの」


 確かに、後ろでは未だに襲い掛かってくる半魚人と首長竜に対して、船の上から対処する事しか出来ずあまり進めていない。船でしか海上を移動できないというデメリットが、ここに来て出てしまった。

 それに、上で翼竜を次々に斬っていく椿様みたいに飛んでいる怪物を足場にして移動する事も、下で半魚人と首長竜を倒しつつ半魚人の頭を足場にして移動するマリア。あの2人みたいな攻撃方法は、普通の人では絶対に出来ない方法である。というか2人とも、重そうな鎧を身に着けておいてよくもまぁあんなに身軽に動けるな。


「というか、マリアだって魔法が使えるのに何で使わないんだ」

「たぶん、椿様と競っているからだと思うわ。椿様は魔法があまり得意ではないから、魔法を使ってたくさん倒してしまうとズルになってしまうからよ」


 いやいやいや、今は大襲撃の対処をしているんだぞ。そんな事を気にしている場合ではないんだけど。つか、それでも2人とも3秒に1体というペースでどんどん倒していっているからとんでもない。

 しかも今は、シルヴィが召喚したクラーケンもいるからその数はどんどん減らしていった。それでも、数が減っている様には全然見えなかった。


「ようやく海上戦がどんだけ危険なのか分かった気がする」

「敵は自由に海中を移動できるのに対して、私達は船の上でしか攻撃が出来ないから、前に進もうと思ったら用意した軍船を殆ど沈める事にもなるわ」

「被害だけじゃなく、損失もかなり大きいな」


 そう言えばレイトも、海上戦だと怪物どもを全滅させるのは不可能だと言っていたが、そういう事だったのだと理解した。正直言って、海上戦を嘗めていた。


「そんな訳だから、私達はレイトの指示通りどんどん前に進んで、最後尾で待機している魔人を倒すわよ」

「ああ」


 下では上代と石澤、犬坂と秋野の4人も怪物どもを倒しながらボートで前に進んでいた。不安定なボートの上だから戦いにくそうだったが、4人ともしっかりと前に進んでいた。ボートを漕いでいるイルミド兵は、何時襲われるのか気が気でないだろうけど。

 そんな時、海の色が突然赤色に染まり、その色を嫌がって怪物達がどんどん左右へと分かれていった。さながらモーゼの十戒の様であった。

 よく見ると、俺達が乗っていた船から赤色の液体が流れていて、それをサガットさんが乗ったボートで前へと流していき、更にサガットさんの魔法で4人を通す道標を作ってくれていた。


「どうやら、効いたみたいだな」

「えぇ。海の魔物が嫌う匂いを含んだ特殊な液体が」


 何でも、その液体は海で漁をするときに魔物除けに使う事があるみたいで、植物由来で環境に優しい素材で出来ている為すぐに海に溶け込んで消えていくようにできている。しかも、海の生き物には何の害もなく、刺身にして食べてもお腹を壊さないという優れもの。レイトの指示で大急ぎで大量に仕入れたのだ。

 魔物除けの液体が怪物どもにも通じるかどうかは賭けだったが、どうやらうまくいったみたいだ。

 なら最初に使えば良いのではと思うがそうもいかない。序盤で使ってしまうと、確かにこちらは避けてくれるかもしれないが、代わりに避けた怪物達が真っ直ぐビーチに向かってしまい、被害が出てしまうからである。その為、最初にある程度数を減らしてから使用して、残りを魔法と爆弾で地道に減らしていこうという事になった。

 だが、先程も言った様にすぐに溶けて無くなってしまう為大急ぎで進めないといけない。

 しかし、そんな大事な時に限って面倒事というのは起こるものであった。


「シルヴィ、この気配ってまさか……」

「えぇ。何でこんな時にこっちに来るのよ!」


 俺とシルヴィの視線の先に、物凄く巨大で細長い何かがこちらに向かって泳いできているのが見えた。しかも、この気配には身に覚えがあった。種類は違うが、同系統の魔物である事は間違いない。

 その魔物は、大きく口を開いて半魚人たちを次々に飲み込んで行った。青色の身体に水かきが付いた両手と両脚、そして魚の尾鰭のような形をした尻尾の先をしていた。


「あれが」

「そう。あれが南方の厄竜、リバイアサン」

「リバイアサン」


 この前戦ったファフニールと同じ、この世界に最悪をもたらす危険なドラゴン。その中でも、南方を中心に暴れているのがこのリバイアサンだ。南の海では、クラーケンをも超える海の絶対王者。


「海を回遊しているイメージだけど、時々陸に上がる事があるわ」

「こっちの世界のリバイアサンって、陸に上がるんだ」


 地球の伝説では、こちらから何かしてこない限りは襲って来ないような怪物だったのだが、こっちでは厄竜と呼ばれているくらいに凶暴で危険な魔物みたいだ。

 なんて考えている場合ではない。この厄介な海竜を何とかしないと、大襲撃以上の損害や被害を出しかねないぞ。実際、リバイアサンは視界に移っている生き物は人間だろうと怪物どもだろうと関係なく襲っている。


「クソ!」


 襲い掛かってくるリバイアサンに、石澤は聖剣から何十発もの火球を放つが、リバイアサンには全く効果が無かった。あの4人の中で遠距離攻撃が可能なのは石澤だけだが、あとの3人は石澤の攻撃の余波で振り落とされない様にボートにしがみ付くのが精一杯の様子であった。


「ならばこれはどうだ!」


 そう言って今度は、レーザー砲に似た赤色の炎を聖剣の切っ先から放った。これも命中はするも、爆発は起こったが傷一つ付けることが出来なかった。

 攻撃されて怒ったのか、リバイアサンが長い尻尾を使って石澤達が乗っているボートを叩きつけようとした。

「させるか!」

「竜次!」


 攻撃が当たる前に俺は、ファングレオから飛び降りて尻尾の先に着地し、普通の剣を納めて聖剣を抜いた。


「はあぁっ!」


 攻撃がボートに当たる前に、俺は聖剣を尻尾の先、鰭の付け根の辺りに聖剣を深く突き刺した。

 グガァアアアアアアアアアアアアアア!

 攻撃を食らったリバイアサンは、大きく吠えて尻尾を引っ込めた。その代り、尻尾ごと俺を海面に叩き付けた。


「クッ!」


 全身が焼けるように痛い!まるでコンクリートの上に激しく叩き付けられたみたいだ!身体がバラバラにされる様だ!


(ならば!)


 せめてもの抵抗と言わんばかりに、突き刺している聖剣を通してリバイアサンに電流を流した。突然の電流攻撃に、リバイアサンは更に深く潜っていった。


(クソ!息が続かねぇ!しかも、全身がプレスされるみたいな強い圧迫感も感じる!)


 当たり前だが、肺呼吸の人間がそんなに長く潜っていられる訳もなく、俺は息苦しさを感じると同時に激しい水圧による圧迫感も感じた。全身が潰れてしまいそうだ。


(不老不死じゃなかったらとっくに死んでいるぞ!)


 だけど苦しみだけは普通に感じる為、その事に関しては未だに理不尽さを感じざるえなかった。

 それでも攻撃をやめない俺に、今度は海面へと上昇していき、再び尻尾を海面に強く叩き付けた。


(っ!これ以上は限界だ!)


 意識が飛びそうになる中、痛みに必死に堪えて俺は聖剣を引き抜いて一旦離れた。


「ぷはっ!」

「竜次!」


 海面から顔を出した俺に、ファングレオに乗ったシルヴィが近づき、差し伸べられた手を取った。上昇してリバイアサンから離れると同時に、再びシルヴィの後ろに跨った。


「まったく!また無茶をして!」

「ワリィ」


 うわぁ、滅茶苦茶怒っている。覚悟はしてたけど、やっぱり怒らせてしまって悪いなと思ってしまう。

 だけど、お陰でリバイアサンの注意を引く事が出来た。

 さて、怪物どもと戦いながらリバイアサンと戦うのは正直言ってキツイが、どうしたもんかな。


「楠木殿とシルヴィア様は、リバイアサンをお願いします!」


 そんな時、後方からマイクを使ったみたいな声が聞こえ(声の主はレイト)、俺は条件反射で後ろを振り返りそうになった。

 敵が目の前にいる際は、その敵から目を離してはいけないというのはマリアから教わっている。戦いの最中に指示が出た際は、目の前の敵に集中しなければいけない為決して振り返らず、されど耳はしっかりと将の言葉を一言一句聞き逃さないようにしなければいけないと。無茶苦茶であった。


「現状ではリバイアサンの方が怪物どもよりも厄介だ!楠木殿とシルヴィア様で何とかして欲しい!魔人共は彼等に任せて、お2人はリバイアサンを!」

「シルヴィ」

「えぇ。行きましょう」


 俺とシルヴィは、剣を持っている右手を上げてから暴れているリバイアサンの方へと向かった。ちなみにこの時も、返事は手を挙げるだけに留めた方が良いそうだ。


「クラーケンはそのまま怪物どもの相手を!」


 主を守ろうと近づいてきたクラーケンに指示を出し、怪物達の方へと向かわせたシルヴィ。いかに特大サイズのクラーケンでも、厄竜のリバイアサンには敵わない為怪物どもに集中させる事にしたみたいだ。


「では拙者も助太刀いたす!」


 その言葉の直後、上空から椿様が死んでいる首長竜の背中に着地した。なんかニヤケているけど。


「俺も手伝うぜ!」


 今度はサガットさんを乗せているボートから、大きな鎌を持ったダンテが魔法を使って、椿様の近くで死んでいた別の首長竜の上に着地した。


「確かに助かるが、2人とも大丈夫なのか?」

「これだけ足場があれば問題ないでござる」


 まぁ、翼竜相手に空中無双したくらいだから、椿様に関しては全然心配していない。


「俺も、こいつを使えば問題ない」


 そう言ってダンテは、懐からお札を一枚取り出して、それから鎧と大きな矛を持った人型、もとい霊魂が出てきた。霊魂が出てきた瞬間、シルヴィが小さく悲鳴を上げて俺に抱き着いてきた。クソ、鎧が邪魔だ。


「憑依」


 球体となった霊魂を胸に押し込めて、同時に発生した白い靄が晴れると同時に姿が変化した。紀元前のローマの戦士が着ていそうな鎧と、人が持つにはあまりにも大きすぎる矛を持っていた。


「これならいけるかもしれないわね」

「ああ。とっととこの化け物を倒すぞ」


 リバイアサンが顔を出すと同時に、下にいた椿様とダンテは怪物の死骸を足場にして左右へと移動し、俺とシルヴィを乗せたファングレオはリバイアサンの背後に回った。


「まずはさっきのお返しだ!」


 俺は一旦シルヴィを離し、左手から青色の炎を光線のようにしてリバイアサンの後頭部に向けて放った。

 グガァアアアアアアアアアアアアアア!

 後頭部に攻撃を食らったリバイアサンは、辺り構わずに暴れ回り、大きな波を起こした。そんな中、ダンテはリバイアサンの首に矛を突き刺していて、椿様は大きな波が起ころうと関係ないと言わんばかりに、軽やかな身のこなしで躱していた。

 攻撃を受けた後頭部は、表面が焼け爛れていて、鱗も剥がれて下の皮膚がむき出しの状態になっていた。


「次は私ね!」


 そう言ってシルヴィは、左手を前に出して召喚陣を浮かび上がらせた。先程俺が攻撃した、リバイアサンの後頭部の上に。


「私が使役している魔物の中で一番危険だから、普段はあまり使わないけど!」


 あぁ、そういえば最初に会った時に使役している4体の中にそういう魔物がいたのだったな。一番危険って、一体どんな魔物なんだ?


「出て来い、冷徹な捕食者!ガラバカイ!」


 その瞬間、リバイアサンの後頭部の上に派手な色をした2メートルちょっともある大きな巻貝が現れた。見るからに毒々しい派手な色をしていて、その形が日本でも物凄く危険な猛毒の貝のイモガイに酷似していた。


「ガラバカイは非常に貪食な肉食貝で、青酸カリの1万倍と言われている猛毒の針を相手に打ち付けて仕留め、それを捕食する人食いの貝。南方ではサメやクラーケンよりも危険な殺人貝と言われているの」

「へぇ」


 青酸カリの1万倍の猛毒って、しかも人間も捕食するって滅茶苦茶危険じゃないか!というか、この世界にも青酸カリが存在するのかよ!

 リバイアサンの上に召喚されたガラバカイは、長い管の様なものを先程俺が傷付けた箇所へと伸ばし、そこに長さ1メートル程の半透明の針が飛び出してきた。シルヴィ曰く、あれが毒針で刺さると人間なら1分もしないうちに命を落とすのだそうだ。しかも、何発も連射できるらしい。


(シルヴィが一番危険だというのが分かった気がする)


 だが、リバイアサンの場合はその身体の大きさから毒の周りが遅いのか、毒針を刺されても尚暴れていた。

 しかも、ガラバカイはその危険性から召喚時間はたったの3分だけにしたそうで、リバイアサンが潜ると同時に召喚陣を通して住処へと帰って行った。


「心配しないで!毒の周りが遅いと言っても、おそらく5分で全身に回ってまともに動けなくなり、6分後には死ぬと思うわ!」

「だからと言って、6分も呑気に待っていられねぇぞ」


 その間に、津波などで味方の船に被害が及んでしまう。ボートなんて簡単に転覆してしまうし、乗っている人達を危険に晒してしまう。


「だったら、たくさん傷つけて体力を削って毒の周りを早くさせるでござる!」


 その言葉の後、椿様の愛刀の影正に青色の光が包み込み、それが数メートルにも及ぶ長い刃を形成した。おそらく、魔力で長い刃を作ったのだろう。


「はあぁっ!」


 掛け声と共にリバイアサンの背中に飛び乗り、魔力の刃を背中に刺して下に向かって走って行った。

 グガァアアアアアアアアアアアアアア!

 背中を切られたリバイアサンが、椿様を振り落とそうと暴れるが、今度はダンテが持っていた矛でリバイアサンの喉を深く切った。

 それによって体力が落ちたリバイアサンは、徐々に動きが鈍くなっていき息も荒くなった。更に、流れ出る血も赤から紫色に変わっていった。抵抗力が落ちて、毒が全身に回り始めたみたいだ。


「竜次!」

「ああ!トドメだ!」


 俺とシルヴィはそれぞれ、聖剣とファインザーに魔力を注ぎ込ませて、刀身に風の渦を纏わせた。同時に、右手の紋様が光り輝いた。


「椿様!ダンテ!離れろ!」


 俺が声を掛けると、2人は即座に武器を引き抜いてリバイアサンから離れた。


「行くぞ!」

「えぇ!」


 俺とシルヴィが聖剣とファインザーを下から斜めに振り上げると、剣から2つの竜巻が発生し、リバイアサンの全身を包み込んで行った。しかもこの竜巻、中に入ると見えない刃で全身を切り刻む事が出来る。なので、中にいるリバイアサンは見えない刃によって全身がボロボロにされ、毒により抵抗する力を失った為何も出来ずにいた。

 竜巻が治まった頃には、リバイアサンは全身を海面に叩き付けてそのまま息絶えた。

 そんなリバイアサンの亡骸の上に、俺達は着地した。


「何か、腐敗臭が凄いな」

「確かに、これでは素材が使い物にならないでござるな」

「仕方ないでしょ。他の厄竜ならともかく、海に潜るリバイアサンの素材を傷つけずに倒すなんて無理よ」


 何てあっけらかんとした態度で返すシルヴィ。全く悪びれた様子がない。

 確かに、椿様の言う通りこれではせっかくの素材が台無しになる。辛うじて角と牙、骨と鱗だけが何となるのだが、それ以外の素材はガラバカイの毒の影響で腐っていて使い物にならなかった。肉も毒が完全に回っていて、食用には適さなくなっていた。なんて勿体ない。


「ま、今回に限らずリバイアサンの討伐はだいたいこんな感じさ。やっぱり海に潜るというのがネックになるんだ」


 どうやら、過去に行われた討伐も似たような感じで素材がダメになったみたいだ。

 そんな時、周囲にいた怪物達の足元に魔法陣の様なものが浮かび上がり、その中に吸い寄せられるかのように消えていった。どうやら、あの4人は無事に魔人を倒す事が出来たみたいだ。


「だけど……」


 青蘭の遺跡で聞いた、魔人の正体を知ってしまった後だとどうしてもやるせない気持ちになってしまう。

 今回倒された魔人は、元はどんな人間だったのだろうか、魔人にされる前はどんなふうに暮らしていたのだろうか。普通に暮らしていただけなのに、ある日突然魔人へと姿を変えられてどう思ったのだろうか。いや、魔人にされた瞬間に人間だった頃の記憶は完全に無くなるから、おそらく何も感じないのだろう。


(奇跡が聞いて呆れるぜ。魔人にされた人達を元に戻せないなんて)


 そもそも、恩恵の「奇跡」とあり得ない事が起こる「奇跡」は全くの別物である為、俺が強くそれを願わない限りは叶わないし、仮に強く願っても力が働かない場合もある。もしかしたら俺は、魔人にされた人達の事をどうでも良いと考えてしまっているのではないかと、時々自分自身が恐ろしくなってしまう。

 そんな俺の拳を、シルヴィがそっと包み込むようにして握って来た。


「気にしても仕方がないわ。仮に元に戻せたとしても、彼等が元の人格に戻れるとも限らないし、それに大きな力を使うには必ずそれ相応の代償が付いて来る。そんな物を支払って得た平和なんて、私からすればクソくらえよ。そんな代償が、自分が不幸になる程度の生易しい物の筈がない」

「シルヴィ」

「だから、絶対に願っては駄目。そんな代償を支払う事なんて誰も望んではいないし、誰も幸せに離れない」


 当事者ではないからそういうものなのかと思うが、実際にシルヴィも家族を失う代わりに自分を縛る枷が無くなり、キリュシュライン城から逃げ出す事が出来た。でも、だからと言って家族が犠牲になって良かったなんて思っていないだろうし、そんな事をされてもシルヴィは喜んだりはしない。

 だからシルヴィは、俺に魔人にされた人達を元に戻さないで欲しいと願っている。もうこれ以上、大切な人を失いたくないから。


(それにしても、一体誰がシルヴィの家族を殺したというのだろうか?)


 話を聞く限りでは、シルヴィの両親はかなりの人格者で民からの信頼も厚い。彼女の兄と姉達も同様で、国民から高い支持を得ていた。誰かに恨まれるような事は、ゼロじゃないにしろ考えられなかった。キリュシュライン王も、エルリエッタ王女も殺すつもりはなかったみたいだし、勝手に処刑されたと聞いて激怒したと聞いた。

 結果的に、そのお陰でシルヴィを縛るものは何もなくなり、エルの救助もあってこうして俺と出会う事が出来た訳だが、それでもこんな事をした奴を俺も許せる訳がなかった。


「いやはや、お見事でした。流石は、フェニックスの聖剣士様です」


 そんな俺達に、ボートから魔物除けの赤い液体を広げてくれたサガットさんが合流した。どういう訳か、一緒にいる筈の兵士達の姿が見当たらなかった。


(何で、兵士達がいないんだ?)


 不信感を抱いた俺は、握手を求めて差し伸べてきたサガットさんの手を握る事が出来なかった。


「そっちも倒したみてぇだな」

「今回の魔人はかなり手強かったわぁ」

「今までとは違っていた」

「弱い奴ばかりではないという事だ」


 その次に、あの4人が空気も読まずにリバイアサンの亡骸の上に上がった。


「何しに来たんだ?」

「何って、リバイアサンの素材の回収に来たに決まってんじゃん」

「テメェ等は何もしていないのに、勝手な事を言うな!」


 明らかに警戒心剥き出しのダンテに、石澤は当たり前の様にリバイアサンの鱗に手を付けようとした。

 そんな時、何だか背筋が凍り付くような感覚に陥り、俺は反射的に後ろ腰に提げてあった剣の柄を握った。


「竜次!」

「2人も感じたでござるか」

「チッ!」


 シルヴィと椿様とダンテも感じたらしく、すぐに戦えるように態勢を整えた。そんな俺達を見て、上代と秋野も辺りの警戒をし始めた。

 対して、石澤と犬坂は訳が分からず混乱した様子であった。でも、すぐに状況を察して顔を引き締めた。

 戦いは、まだ終わっていなかった。




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