3 5人目の聖剣士
「これでいくらになる?」
日が暮れかけた頃に俺は魔物狩りを切り上げ、町に戻って手に入れた魔物の素材を、散策している時に見つけた小太りのおっさんの店に持って行った。あの後俺は、兎と角の生えた狼を何匹か仕留めた。その時もダメージは受けたが、傷を負う事も血を流す事もなかった。
まぁ、それについては後で考えるか。
「兎が8羽、ホーンウルフの角が4本と毛皮、更には危険度がかなり高いレッドタイガー。兎の毛皮は、1羽で銅貨3枚。ホーンウルフの角は1本で銅貨30枚、毛皮は1匹で銅貨10枚。レッドタイガーの毛皮は高級品だから、これは1頭で銀貨10枚。合計で、銀貨31枚と銅貨84枚です」
「肉は駄目か?」
「肉ならそこの飲食店のオーナーさんに売ってください。ホーンウルフは駄目ですけど、兎とレッドタイガーは喜ばれます」
「分かった」
とりあえず俺は、小太りのおっさんから銀貨と銅貨が入った布袋を受け取った。その後、おっさんが薦めた飲食店へと行き、そこのオーナーさんに兎と虎の肉を売った。合計で、銀貨10枚と銅貨60枚であった。
ついでに俺は、この店で夕食を食べることにした。ちょっとだけ贅沢をして、俺は自分で狩った虎の肉のステーキとトマトサラダとパンを注文した。銅貨80枚と少し高かったが、自分で狩った虎の肉が意外にも美味しかったので良しとした。自分で狩ったからかな。
飲食店を後にした俺は、オーナーから聞いた宿に向かって歩いていった。辿り着いたそこは、オーナーさんが薦めるだけあってなかなかに雰囲気の良い宿であった。
「とりあえず1泊したい。また泊まるようだったら、その時にまた来ます」
「うちは一泊で銀貨1枚になります」
俺は銀貨を1枚支払い、名簿に名前を書いた。こっちに召喚されたばかりだから、こっちの文字なんて分からない。なんて思っていたが、見た事もない文字の筈なのに何故か読む事も書く事も出来たのだ。
だけど、それを表に出しては怪しまれると思い、俺は何食わぬ顔で名簿に名前を書いた。
部屋の鍵を受け取った俺は、すぐに部屋へと入って今日起こった不思議な出来事をベッドで寝転がりながら頭の中でまとめた。
(何であの時俺は、自分に害意を向けている敵の存在と数と大きさを察知する事が出来たんだ?)
当然の事ながら、日本でのんびりと過ごしてきた俺にそんなスキルなんて持っている筈がない。流石に後ろに立たれたり、視線を送られたりしたら分かるが、姿の見えない敵の気配を察知するなんて普通は出来る筈がない。
なのに、あの時の俺はそれが出来た。一体何故、目に見えない程遠くにいる敵の気配を察知する事が出来たのだ。
(他にも、何でこの世界の文字を読む事も書く事が出来たんだ?)
これも当たり前なのだが、俺は今日の昼まで日本にいたのだからこの世界の文字を習う機会なんてある訳がない。町に出た時は、この先どのようにして生きていけば良いのかという事ばかり考えていた為、間抜けにも文字の事については頭から抜けていた。
だけど、俺は何故かこの世界の文字を読み書きする事が出来た。習った事もなければ、見た事もなかったのに。
(他にも、敵の動きがやたらと遅く見えたな)
確かに、剣道で相手の動きを予測して攻撃を防ぎ、こちらがどう動いたら良いのかという判断を養う事が出来た。だけど、あそこまで敵の動きが遅く見える事なんて無かった。というか、普通はそんな事はあり得ない。俺の動体視力は、そこまで万能ではないのだから。
(そして、何よりの疑問が、相手の攻撃をもろに食らったのに傷一つ付いていなかった)
傷が付いていなかったのだから、当然出血もしていなかった。こんな事はあり得ない。俺の身に起こった不思議な出来事の中で一番あり得ない事であった。
2頭の虎に噛み付かれたら、常人なら無事でいる筈がない。むしろ、首に噛み付かれたら死んでいる。これでノーダメージだったら、これは夢の世界なのか、はたまたゲームの世界に紛れ込んでしまったのかのどちらかと考える事が出来る。
だけど、傷は受けていなかったのにそれと同等の痛みはしっかりと受けていた。身体に何かが貫通するような感覚も、首が圧迫される様な息苦しさも全て感じた。ハッキリ言って、ちゃんと傷ついていたら間違いなく死んでいただろう。
なのに俺は、こうしてピンピンしている。その理由がどうしても分からなかった。
「まさか、ファインザーの影響?な訳ないよな」
これも、ファインザーが起こした奇跡の一つなのかと一瞬頭の中を過ぎったが、すぐにその可能性を振り払った。何故なら俺は、今回ファインザーを抜いていなかったのだから。
そういう奇跡というのは、剣を抜いてからじゃないと発動しないものだというのは手に持った瞬間にすぐに分かった。あの時ファインザーは、鞘に収まっている状態で何となく大人しくしているように感じた。そもそも、そんな奇跡なんて普通に起こる訳がない。
あの武器屋で持っていた時、ファインザーには手に吸い付くような感覚があり、同時にこの剣をどう使えば奇跡を起こす事が出来るのかが、剣を持っている手を通して伝わって来たのだ。だけど、鞘に収まっている状態のファインザーからはそれが感じられなかった。
なので、あれはファインザーの起こした奇跡ではない。
「あぁもう。考えれば考える程訳が分かんねぇ。面倒臭い」
これ以上考えても答えが出ないと思った俺は、その疑問を頭の中に留めつつ明日に備えて眠る事にした。これ以上考えても、答えなんて出てきそうにないから。
「徹夜しても答えなんて見つかりそうもない。魔物狩りをしながら、ゆっくりと答えを探っていくか」
どうせ元の世界に帰れないのだから、考える時間はいくらでもある。
今日起こった事をまとめた後、俺はベッドの中で深い眠りについた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その頃。
「なんとか運良く4人だけを召喚する事が出来たな」
王と王女は、誰もいない応接間で2人だけで話をしていた。
「えぇ。これで、我が国は歴史に残る偉大な大国へと成長を遂げられるわ」
「手元にある聖剣は4本だけ。残り1本は未だに向こう側にある」
「必要ないでしょ。アイツだけは」
「そうだな。あの聖剣に選ばれた者は、我等の邪魔をする存在になるからな」
「だから今は、4人だけの幸運を喜ぶべきよ。お父様」
「そうだな。だが念には念を入れて、もし見つかったら祖奴は即刻殺さねばならない」
「そうね。わたくし達の、この国の秘密がバレる前に何としても」
怪しげな笑みを浮かべながら、2人は応接間を後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「…………夢じゃない。俺達は、本当に異世界に来てしまったのか」
不思議な体験をした昨日から一夜明け、俺は見慣れた自分の部屋ではない宿のベッドの上で目を覚ました。
「起こってしまった事はどうする事も出来ない、よな」
ここでジッと考えても時間の無駄だと判断した俺は、自分自身に起こっている出来事を頭の中に留めつつ、宿で朝食を取った後また昨日と同じ森の中へと入っていった。
「目印をつけておいて正解だったな。あのおっさんから貰った在庫処分品なんだけど」
それでも、こういう時に凄く役に立つ。昨日と違って、迷うことなく森の奥へと進む事が出来た。
「とりあえず、昨日と同じ様に兎でも探すか」
昨日のようなあの痛みを味わうのは嫌なので、俺は比較的狩りやすい兎だけを狙う事にした。
「……ん?誰かいるのか」
そんな時、更に奥の方で聞き覚えのある声が聞こえたので、藪をかき分けながら進んでいった。
藪を抜けると、学校のグラウンドくらいの広さはある開けた草原に出て、そこでそれぞれ違う鎧を装着し、聖剣を腰に提げた石澤と上代、犬坂と秋野の4人とそれぞれ違う武器を持った若い男女が十数人いた。一緒にいた男女は、胡散臭い王女様以外は見たことが無かった。
「お前等」
「ん?楠木君じゃない」
「武器を持っているって事は、お前も魔物狩りをしているのか?」
最初に話しかけてきたのは、同じクラスの犬坂と同じ部に所属していた上代であった。
秋野は無関心と言った感じで、目の前にいる兎の群れを狩っていった。
石澤は俺の事を一瞥した後、王女様や他の女の子達に見せつける様に魔物狩りに戻って集中した。まるで、いや、完全に俺の事を蔑んでいるな。
「まぁ、他に金を稼ぐ方法がなかったから。字も読めなければ、書く事も出来ないから」
適当な事を言って誤魔化した事は悪いとは思うが、昨日体験した不思議な出来事はあまり口にして良い事ではない為、適当にでっち上げつつ魔物狩りを行う経緯を2人に話した。
「やっぱり、選ばれた聖剣士じゃないと字も読めないし書く事も出来ないのかな?」
「悪く言えば、俺達だけズルをしている事になるがな」
「どういう事だ?」
なんか聞き捨てならないワードが飛び出てきたぞ。
「ふふぅん。聞いて驚け楠木君。実はね、あたし達聖剣士には文字の補正があってね、こっちの世界の文字を認識する事が出来て、字も書く事が出来るようになっているの。そう王様と王女様が言っていたわ」
「逆に、召喚に巻き込まれてしまった他の生徒にはその補正がなく、皆今城で読み書きの練習をしているところだ」
「へぇ、スゲェな」
わざと知らんふりをして俺は、犬坂と上代の言う事に感心した。
でもそれ、本当に聖剣だけが得られる特別な恩恵なのか怪しい所がある。だって、俺にもお前達と同じ恩恵が与えられているのだ、王と王女の言う事が益々怪しくなってきた。もしその話が本当なら、俺はこの世界の文字を読む事が出来ないし、書く事も出来ないのだから。
「相変わらず抑揚のない喋り方ね」
「それが楠木だから、気にするな」
それが俺だからって、それは一体どういうことなのだろうか、上代翔太朗君。
「そんな訳だから、文字で苦労することがないあたし達は、実力をつける為にこうして魔物狩りに出かけているの」
「当たり前だが、しっかり鍛錬を積まないと聖剣に秘められた力を引き出す事が出来ないからな」
「力?」
「俺達の聖剣には、それぞれ違った不思議な力が宿っていて、それは剣だけでなく俺達自身にも反映されるみたいなんだ」
「ふぅん」
詳しく聞くと、4本の聖剣には特有の力が宿っている事が分かり、それが持ち主にも宿る事を知った。
上代が持っている獅子の聖剣には、他を圧倒するパワーが秘められていて、上代曰く物凄く大きな岩を片手で持ち上げる事が出来たそうだ。
犬坂が持っているユニコーンの聖剣には、目で捕らえる事が出来ない程のスピードが秘められていて、犬坂も足が速くなっていた驚いていたそうだ。
秋野が持っている亀の聖剣には、どんな攻撃からでも味方を守る事が出来る防御の力が宿っているそうだ。秋野の戦いを見ると、兎相手に見えない壁を展開しているみたいだが、兎相手に必要なくねぇと思ってしまった。
最後に、石澤が持っているドラゴンの聖剣には、どんな物でも燃やし、破壊してしまう高火力の炎を出す力が宿っているそうだ。よく見ると、掌から火の玉を出して得意げな表情をする石澤の姿が見えた。何であいつだけ身体強化系の能力じゃないのだ?偶然か。
「でもそれ、初歩の初歩だからみっちり訓練しないとダメなんだって。面倒臭いね」
「楽して強くなる方法なんてないって事だ」
その通りです、上代君(棒読み)。
「そんな訳だら、俺達は早速森に出て魔物狩りをしながら実力を上げていっているって訳なんだ」
「ふぅん…………ん?」
拳を胸の前に持っていく犬坂の手の甲を見て、俺はまた違和感を覚えた。
「どうしたの?」
「いや、犬坂の紋様が黒く」
そう、犬坂の手の甲に浮かび上がった紋様が金色だったのが黒く変色していたのだ。
「あぁこれ?なんかね、他の人達に力の一部を与えるとね、黒く染まるんだって。パートナー契約なんだって」
もうちょっと詳しく説明して欲しいぞ、犬坂愛美さん。
「つまり、俺達聖剣士はパートナーを作る事でより力を増す事が出来るらしんだ。聖剣士は自分でパートナーを決める事が出来て、共に戦うと誓い合った相手に、自分の力の一部を分け与える事で契約が成立するんだって。それが、パートナーの契約なんだって」
なるほど。要は自分で一緒に戦うパートナーを決める為の契約なのだな。ただし、代償として紋様が黒く染まる事があるというのか。疑い過ぎも良くないのかもしれないが、その契約がなんだか怪しすぎるんだけど。だって、パートナーとなる相手が多すぎやしないか?数が多いとその分力を増すのか?数で押せば、強くなるのは当たり前だと思うのは俺だけか。
となると、一緒にいる十数人の男女は4人とパートナーの契約を結んだって事になるか。どんな奴がいるのかは、相手の顔を覚えるのが苦手な俺に説明を求めないでもらいたい。
そんな事を考えていると、突然ズシンという地響きが鳴り響き、物凄く大きな何かがこちらに近づいてきているのが分かった。
「ねぇ、これヤバくない?」
「これも聖剣士だけが持つ特別なスキルで、こちらに害意を持つものの気配を察知し、更に相手の大きさまでも分かってしまうらしいんだよな」
「へぇ」
そのスキル、俺も使えるから聖剣士だけのスキルではないかもしれないぞ。というか、何で聖剣士だけが持つ不思議な力が俺にも宿っているのだ?
「さぁ、敵さんのお出ましだ」
やる気に満ちた表情を浮かべ、得意げに肩を回す石澤。というかこれ、初心者の俺達多相手にするにはあまりにも大きすぎるぞ。
姿を現したの、全身がバキバキの筋肉という名の鎧を全身に纏った牛顔の鬼であった。
「おっしゃあ!速攻で倒すぞ!」
何を血迷ったのか、女の子に良い所でも見せようと石澤が聖剣を抜いて突っ込んでいった。そのとき、石澤は剣に炎を纏わせていた。
「ちょっと!あたしも行くわよ!」
「あぁもう!」
自分も行くと言わんばかりに、犬坂と上代も聖剣を抜いて石澤の後に続いた。秋野も、無言ではあったが同じく聖剣を抜いて牛顔の鬼に突っ込んでいった。
だが、いくら聖剣士と言っても所詮は素人集団。特別な力があるからと言って、まだ聖剣士Lv、1のあの4人が適う相手ではない。
当たり前だけど、最初に吹っ飛ばされたのは炎を剣に纏わせただけの石澤であった。幸いにも聖剣でガード出来たものの、10メートル以上吹っ飛ばされてしまった。
そんな牛顔の鬼の周りを、犬坂が走って牽制しているが俺には普通に走っているように見えた。だけど、鬼はそんな犬坂を捕らえる事が出来ないでいた。普通に走っているように見えるのは俺だけか。
と思ったら、鬼は犬坂が走っている方向とは逆方向に回り蹴りを入れて、先程の石澤と同じ様に同じ方向へと吹っ飛ばされた。向こうだってバカじゃないから、それくらい学習するって。
そんな鬼に対して、上代は正面から力勝負を挑んできた。攻撃を食らいそうになると、近くに待機していた秋野が前に出て攻撃をガードしていた。
その間に石澤と犬坂の仲間が、倒れている2人を抱えて森の方へと避難した。
「よし、逃げるぞ!素人の俺達が戦って適う相手ではない!」
「同感。昨日今日聖剣士になった私達では、倒すのは絶対に無理」
最初から不利を悟っていた2人は、石澤と犬坂が避難したのを確認したらすぐに踵を返して逃げ出した。今の自分達の実力を冷静に分析した結果、戦わずに逃げる方が良いと判断した身だろう。正しい判断だ。
だけど、鬼は攻撃された事に腹を立てたのか、逃げる4人とそのパートナーたちを追いかけ始めた。鬼は、そのデカい図体に見合わず陸上選手顔負けの俊足であっという間に皆の目の前に回りこんだ。聖剣を持つ4人で何とか応戦しているが、正直言っていつまでもつのか分からなかった。
と言うか、パートナーたちは一緒に戦わないのかよ。何の為に武器を持っているんだ?何もしないのなら一緒に行動しないで欲しいし、そもそもパートナー契約なんて結ぶなっての。
お陰で俺から注意を逸らす事が出来たとも言えるし、そもそもまだ勝ち目がなかったのに無謀な戦いを挑んだ石澤と犬坂が悪い。
聖剣士でもない俺には関係ない事だし、今突っ込んで行ったら俺が抱えている不可思議な出来事が知られてしまう。それだけは何としても避けなければならない。
非情な判断かもしれないが、鬼の注意がこちらから逸れたのだからこのまま見送るのが賢明だ。そもそも俺は聖剣士ではないのだから、そこまで無理をしていく必要なんてない。
でも、それでも。
「クソ!」
助ける義理なんてないのに、どうしても見捨てる事が出来ない俺は、自分の身が危うくなるのを覚悟してファインザーを抜いて鬼に突っ込んで行き、鬼の右腕を切り落としていった。
「「楠木!?」」
「「楠木君!?」」
いきなり鬼の前に出てきた俺に、4人は声を綺麗に揃えて俺の名前を叫んだ。
「バカ、逃げろ!」
「聖剣士じゃない楠木君では、ソイツには絶対に勝てないわよ!」
上代と犬坂の言う通り。
俺は聖剣士ではないのだから、こんな化け物に敵う訳がない。腕を切り落とせたのだって、ファインザーに宿っていた奇跡が起こしたものであって、俺自身の実力で切り落としたのではない。そこは昨日1日で習得したと言って強引に誤魔化すが、流石に死なない今のこの身体を見られる訳にはいかない。
「確かに、こんな化け物に勝てる訳がねぇよな」
なのに、俺はどうしても4人を見捨てる事が出来ずに前に出てきてしまった。
「それでも俺は、誰かが危ない目に遭っているのに自分だけ助かるなんて事が我慢できねぇんだよ」
その直後、鬼は俺に向けて残った左腕の拳を振り下ろしてきた。俺は何とかファインザーで防ぐが、腕が破裂したような強烈な痛みが両腕を襲った。
腕は健在だし、血も出ていない。だけど、痛みはそのまま伝わる。いくら死なない身体になっていても、痛みがそのまま伝わっては世話ない。
出来る事なら、こんな痛みは二度と味わいたくないと思ったのに、何でこんなバカな事をしているのだろう。
「確かにバカだよな。お前等を助ける為に、俺は俺自身を犠牲にして前に出てんだもんな。でもな、仕方ねぇんだよ」
皆を危険にさらし、自分だけ安全な所にいるなんて我慢できない。危険な目に遭っているのなら、自分で出来る最低限の事をして助けてあげたいと思ってしまう。
「それが、俺の性分なんだよ」
例え自分が損する事になっても、危ない目に遭っている人を見捨てるなんて俺には出来ない。だからこうして、皆の前に出て鬼から守っているのだ。
そんな時、身体の奥底から暖かい何かが沸き上がり俺の全身を金色の光が覆いだした。その光りは徐々に右の手の甲へと引き寄せられ、そこに羽を広げた金の鳥の紋様が浮かび上がった。選ばれた聖剣士だけが持つ紋様が、何故俺の右手にも浮かび上がったのだろうか。
鳥の紋様が浮かび上がった瞬間、俺の力は飛躍的に向上し、鬼の左腕を押し返すと同時にファインザーで粉々に粉砕させた。
鬼が悲鳴を上げる前に、俺は垂直に軽くジャンプをして鬼の首を切り落として仕留めた。
「うそ、でしょ……」
「楠木の手の甲にも、聖剣士の証の紋様が浮かび上がった」
「どうなってんだ!」
「あれが普通の鳥とは考えられない。鳳凰、もしくは」
「フェニックス」
俺の紋様を見た瞬間、王女が醜いものを見る様な目で俺の事を見ていた。
そういえば、この国ではフェニックスは邪悪な鳥として忌み嫌われているのだったな。
王女だけじゃなく、4人を除く他の皆まで俺に懐疑的な眼差しを向けていた。
そして
「この者は魔人の使者として紛れ込んだ異端児。言い伝えでは、魔人の王となる者も、聖剣士たちに紛れて召喚されると聞いたわ」
王女の言葉に、上代以外の全員が納得したように首を縦に振った。何で俺が、倒すべき敵の王にならなきゃいけないんだ。てか、俺の身体に起こっている不可思議な現象は全部そのせいなのか。
「邪悪の化身であるこの男を即刻殺すべきだわ!」
王女の命令で、上代以外の全員が一斉に武器を抜いて俺に向けてきた。
「結局こうなるのかよ」
このまま殺される訳にもいかず、いや、死なないのだけど痛い思いをするのは御免被る為、俺はファインザーを一旦鞘に納めてから皆から逃れる為に森の中へと逃げて行った。
「逃がさないで!アイツは必ず我が国に、いいえ、この世界に災いを呼ぶわ!」
「ああ。任せておけ!」
王女の指示に俄然やる気を出す石澤。あの中で一番気合が入っているように感じた。
「何でこうなるんだよ」
どうしようもない理不尽を感じながら、俺はひたすら逃げた。
死に物狂いで走り、そして逃げた。