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29 馬鹿な決闘

 翌朝。

 俺はマリアとリーゼロッテ様、ダンテと宮脇の4人とフェリスフィア軍とイルミド軍と共にビーチ付近の草原で待機した。シルヴィはその間に、アルバト、ファルビエ、ヤマトへと転移していき、それぞれの代表と軍をここまで転移させるそうだ。

 どの国も昨日のうちに準備を終えていて、シルヴィが転移してきた時点ですぐにこちらに転移できた。わずか1時間後に、シルヴィが3ヶ国全ての軍と代表を連れて戻って来た。


「マリア殿、久しぶりでござる」

「あなたも久しぶりです、椿様」


 到着と同時に、青色の着物と紺色の袴を穿いて、腰には2振りの刀を差した、長い黒髪をポニーテールに結った和風美人の少女がマリアの元へと駆け寄って来た。若干釣り上がった目をしているが、清楚でお淑やかな雰囲気を醸し出した大和撫子タイプの少女であった。

 その少女は、マリアの所へと駆け寄ると握手を交わしてきた。


「竜次様、こちらへ。椿様を紹介したいです」

「ああ」


 早足で俺はマリアの所に向かい、その少女の正面に立った。


「其方が、楠木竜次殿でござるか。フェニックスの聖剣士様の」

「遠く離れたヤマト王国にも伝わっているんだな」

「聞いているでござる。エララメの町を救い、マンイーターの群れからアルバトの王都を救い、更には悪竜ファフニールを討伐もされているそうでござる」

「そんな風に言われると、少し照れるな……」


 悪い噂ばかりでもないみたいだ。流石は、フェリスフィア王国と付き合いの長い同盟国のお姫様だ。


「拙者はヤマト王国第一王女、大和(やまと)椿(つばき)でござる」

「シルヴィやマリアからいろいろと聞きました。お目にかかれて光栄です。椿様」


 自己紹介を終えた俺と椿様は、互いに握手を交わした。

 彼女が、ヤマト王国の第一王女にして世界最強の武人、更にはシルヴィやエレナ様と同じ三大王女の一人に選ばれている程の超絶美人。


(確かに、和風美人という感じがしてとても綺麗が、シルヴィの方が断然綺麗)


 贔屓目なのかもしれないが、シルヴィより劣って見えてしまう。


「挨拶は終わった?」

「シルヴィも、お疲れ様」


 各国の代表と挨拶を終えたシルヴィが、駆け足で俺の方へと近づいてきた。


「シルヴィア殿も、ご苦労でござる」

「椿様も、竜次と挨拶を済ませたみたいですね」

「あのシルヴィア殿が、まさか楠木殿のパートナーになるとは」

「生まれる前から決まっていた事ですし、私は竜次のパートナーになれて嬉しいです」


 椿様とも会話を弾ませるシルヴィ。エレナ様もそうだけど、三大王女3人はとても仲が良いみたいだ。


「そう言えば、桜様や幸太郎様は来ていないのですね」

「幸太郎様?」

「拙者と桜の弟で、ヤマト王国の跡継ぎでござる」

「へぇ、弟さんもいらっしゃったんだ」


 妹がいると言うのは聞いたが、まさか弟までいたとは思わなかったぞ。


「幸太郎殿も椿様に負けず劣らず剣に優れているのです」


 姉弟3人揃って怪物クラスに強いって事か!?いや、弟の方は大事に育てられすぎて姉よりかなり劣っているという考えも。


「幸太郎様もかなり強くて、11歳にして単独で危険なドラゴンを退治する程なんだ」


 そうでもなかった。

 弟君が11歳と言う事は、長女椿(16)、次女桜(13)、長男幸太郎(11)、という順番か。


「とは言え、桜も幸太郎もまだ子供ゆえ参加させる訳にはいかぬ。特に今回は、最も危険な海上戦でござるから」


 こっちの世界では15歳で成人らしいけど、俺からすれば椿様も十分に子供の部類に入る。


「けれど、ちゃんと未来の王様らしく幸太郎殿には既に婚約者がいますからね」

「え?幸太郎様には婚約者がいるの?」

「はい。我が国の子爵家の令嬢と婚約されています」

「仲が良くて、拙者は嬉しい限りでござる」

「はぁ……」


 だけど、姉2人が未だに婚約者なしと言うのもマズイ気がする。それを言ったら、次期女王のマリアにも婚約者はいないし、エレナ様はレイトにアプローチを行っているが成果が無い。お嬢さん方はまず自分の結婚相手を見つけることが先決ですぞ。


「まぁ、そう簡単にいい相手なんて見つからないもんだよね」

「コラ」


 そんな上から目線で言うもんじゃないぞ、シルヴィ。ちなみに、シルヴィのお相手は俺です。


「その話は聞きたくありません。お母様からも口を酸っぱくして言われています……」


 表情に陰りを落として視線を逸らすマリア。そりゃ、マリアはフェリスフィア王国の次期女王でもあるから、そんなマリアが何時までも独身と言うのは良くない。女王陛下も大変だろうな。


「拙者は自分より強い殿方でないと祝言を上げないでござる」

「それ、両親が悲しむぞ」


 俺達が召喚される前までは、三大王女3人のうち2人は結婚願望が希薄の様ですね。

 俺と出会うまでは、男を羽虫のように扱う為に男嫌いではないかと思われたシルヴィ。

 自分より強い男でないと結婚しないという、限りなく実現不可能な事を言う椿様。

 唯一結婚願望があるが、そのお相手が城で働いている執事だと言うマリア様。

 いずれも両親が泣いているぞ。


「そもそも椿様、三大王女の座を辞退したかったんじゃなかったの?」

「やっぱりそうか」


 そもそも、マリアが辞退して妹にその座を譲ったくらいだから、椿様もそうしそうな感じがするのだけど。


「辞退したかったのでござるが、母上の剣幕に負けて流されるがままに……」


 あらら、母親の圧力があったからなんだな。大方、三大王女になれば脳筋な娘にも婚約者が出来るだろうと思ったのだろう。実際には、自分より強い相手じゃないと結婚しないなんてほざくのだから、お母様は胃に穴が開いてないだろうか。


「まぁ、精々晩婚にならない事を祈ります」

「何か上から目線でムカつくでござる」

「自分だけ婚約者が出来たからって、生意気言うなです」

「というか、フェニックスの聖剣士様のパートナーになられたからと言って生意気でござる」

「惚気ですか。惚気ですか」


 案の定、マリアと椿様に睨まれている。シルヴィは全然気にせず、豊かな双丘を揺らしながら胸を張っている。今鎧を付けていないから本当に揺れる。


「失礼します」

「お」


 そんな時、イルミド王国の鎧を着たスキンヘッドの40代くらいの男性が俺達に声を掛けてきた。その男性の姿を見た瞬間、シルヴィとマリアと椿様の表情がグッと引き締まった。かなり偉い人なんだろうな。


「私は、イルミドの軍務局長を務めております。サガットと申します」

「存じています。かつて南方は剣の腕で右に出る者はいないと言われた御方、サガット・ドライアロ様の事は我が国でも有名です」

「お会いできて光栄でござる」


 マリアと椿に釣られて、俺も頭を下げた。この人って、そんなに有名な人だったんだな。サガットさんって言うのか。


「5年前まで、南方の剣神様と呼ばれる程の剣の達人でしたけど。アレンが南方で最強になってからは、あまり表立った活躍は控えているみたい」

「ふぅん」


 また聞き覚えのない名前が出てきたけど、旅をしていけばその内会うだろう。名前から察するに、男性だと思う。


「こちらこそ、お目にかかれて光栄です。それはそうと、国王陛下達がお待ちです。こちらへ」


 サガットさんに案内されて、俺達は今回の大襲撃に挑む国の王様達が集まるテントへと来た。王様達は前線に出る訳ではないが、今回の戦いを見守りに来てくれた。当然ながら、ぶっちぎりにルータオが若かった。ファルビエ新国王も若いが、それでも27歳くらいであった。


「楠木様、お待ちしておりました。早速、楠木様が見つけられたという鳳凰の鏡を見せてください」

「はい」


 フェリスフィア女王に言われ、俺は各国の代表達の前に鳳凰の鏡を見せた。鏡には、この地に到達するまでの時間と、怪物軍が何処から現れるのか、そして俺達聖剣士の現在地が事細かに表示されていた。


「大襲撃まであと3日。やはり海から攻め込んで来るか」

「海上では行動が制限されるから、我々の方が圧倒的に不利です」

「なに、狼狽える必要はありません。その為に準備をしてきたのでござ、準備してきたのですから」


 不安を口にするファルビエ、アルバトの国王だが、ヤマトの国王が臆した様子も見せずに強気でいるみたいだ。と言うか今、ヤマト国王はござると言いかけたな。と言う事は、椿様のあの口調は父親譲りなんだな。


「3日か。長いようで短いですな。しかも、時間を見ると3日後の夜中にこのビーチに到達する計算です」

「はい」


 でも、ただでさえ危険な海上戦を夜に行うのは更に危険と言う事で、俺達は明後日船に乗って会場へ向かい、そこで大襲撃に備えるの事になっている。


「その前に、のんびりこっちに向かっている馬鹿4人を迎えに行かないといけないな」


 アイツ等の手を借りるのは癪だけど、前回のように黙って対処していちゃもんを付けられては面倒だ。それに、いずれは協力しなければいけないのだから逃げてばかりもいられない。


「本当に大丈夫なのですか?キリュシュラインの思想に染まって、理不尽な要求をしてきたらどうするのですか?金を要求されるのであればまだ良いです。ただ、今回の戦いに参戦した騎士や貴族達の娘達を全てよこせなんて言われたらどうするのですか?私にも一人娘がいますので、少々不安です。特にドラゴンの聖剣士。一夫多妻を駄目だと言うつもりはありませんが、1000人と言う数は流石にどうかしていると思います」


 サガットさんの不安は尤もだ。いくら一夫多妻が認められているといっても、何事にも限度というものがある。親としては不安しかないよな。

 石澤も、1000人全員をきちんと養えると本気で思っているのだろうか?更に、その女性達との間に生まれた子供までも養わないといけないのだぞ。子供は一番お金が掛かる。1000人全てを、責任もって面倒を見られる訳がないだろ。自己破産必須だろ。


「でも、だからと言って何時までも避け続ける訳にはいきません。俺が何とか説得してみせます」

「僭越ながら、あなたでどうにか出来るとは思えないのですか」

「分かってる。それでも説得するしかありません」


 やるだけの事はやる。シルヴィと過ごすこの世界を守ると決めた以上、逃げる訳にはいかない。俺には、この世界とシルヴィを守る責任があるから。


「楠木様がそこまでおっしゃるなら止めません。ですが、陛下達に会わせる前にまず私の所へ連れて来てください。本当に役に立つのかどうかを、見極めなければなりません」


 かなり警戒しているが、サガットさんの言う事は尤もだ。聖剣士と言っても、必ずしも強いとは限らない。本人が毎日地道に努力を積み重ねていかないと、せっかく貰った恩恵も力を発揮する事が出来ない。当然の事だと思う。


「分かりました。シルヴィ、一緒に来てくれ」

「何処までも一緒に行くわ」


 シルヴィの手を握った後、まだ傍にいた契約魔物のレイリィと共に転移した。急に景色が変わっていくこの感覚も、少し離れてきた。尤も、向こうはいきなり目の前に現れた俺達にビックリした様子であった。メンバーは、石澤、上代、犬坂、秋野、クソ王女の5人であった。


「チッ!何で目の前にお前等が突然現れるんだ」

「せっかくのバカンス気分が台無しです」


 あからさまに嫌そうな顔をする石澤とクソ王女。と言うかお前等、この国にはバカンスをしに来たのか。

 だが、ここで無駄話をしている訳にはいかない。


「お前等に頼むのは癪だが、状況が状況だから手段を選んではいられない」

「俺達に頼み事ってなんだ?」

「場合によっては断らせてもらう」

「そうよ、あたし達はこの先のビーチでバカンスをしに来たのよ」


 上代は話を聞いてくれるみたいだが、秋野と犬坂は少し嫌そうにしていたが一応は聞いてくれるみたいだ。


「その先のビーチで3日後に大襲撃が起ころうとしているんだ。同盟国が集って対処しているが、それでもやはりお前達の力が必要なんだ。それに、いずれは一緒に戦わなくてはいけな……」

「はっ!バカ言ってんじゃねぇぞ。何で海から怪物どもが攻め込んで来るってんだぁ?」

「そんな話聞いたことが無い」

「それにあたし達は、今まで海で戦ったことが無いだよ。全部地上で起こったのよ」

「でも、だからって無いとも言い切れないだろ。今まで経験したことが無かっただけで」


 案の定、石澤と秋野と犬坂の3人はそんな事は無いだろうと小馬鹿にした感じであった。上代はその可能性を疑っていて、俺が言っている事が嘘だとは思っていない様子であった。


「なぁ、エル。あの怪物どもが海から来るなんてないだろ、そんな馬鹿な事が」


 何処かで聞いた事がある呼び名だが、あの王女の名前も確かエルリエッタだったから愛称もエルになるのか。忌々しい。


「いいえ。1件だけですが、海から魔人率いる怪物軍が攻め込んできた事があるのですから、海上で大襲撃が起こる可能性は十分にあります」

「マジで!?」

「そんな……!?」

「本当に海から来る事ってあるの!?」

「はい。しかも、地上戦の3倍以上もの死傷者を出したという事ですから、今までの大襲撃の中では群を抜いて危険だと思います」


 その説明を聞いた4人は呆然としていた。

 てっきり否定してくるもんだと思っていたが、意外にも王女は海からの大襲撃を肯定してくれた。それとも、ここで否定して本国で海からの大襲撃があった時に言い訳が出来ないから、あえて正直に言う事にしたのかもしれないな。


「やはり船の上からの攻撃になるから、動きも制限される上に剣での近接戦も困難になるからか?」

「それもありますが、海からくる大襲撃の場合、怪物どもの数が地上の3倍もの数で攻め込んでくる事があるからです」

「「「「3倍!?」」」」


 4人は驚いているが、俺は事前に聞いていた為驚きはしなかった。聞いた当初は驚いたが。

 そう。海からの大襲撃では、怪物どもの数が通常の3倍近くの数で攻め込んでくるのだ。その為、被害も地上の3倍近くにもなったそうだ。だから今回イルミドだけでなく、フィリスフィア、アルバト、ファルビエ、ヤマトの4ヶ国も参加すると言う大掛かりなものとなったのだ。


「なるほど。だから俺達にも、協力を要請してきたのか」

「ああ。まさかこの国に来ていたとは思わなかったが」


 鳳凰の鏡が無かったら、俺とシルヴィだけで最後尾にいる魔人の所まで行かなければいけなかったところだ。その間、怪物どもを皆に任せてしまう事になってしまう。正直言って酷だ。


「俺は参加すべきだと思う。もうキリュシュラインだけの問題ではなくなっているし、海上戦も経験した方がいいと思う」


 上代は参加を承諾してくれたが、女子3人はかなり渋っていた。


「冗談じゃありません。何で犯罪者からの要請に国の代表たる私達が請け負わなければいけないのですか!」

「そうだよ。むしろ楠木君が引っ込んで身柄を引き渡せって言いたいんだよ!」

「それが飲めないのなら、私達は参加しない」


 やっぱり俺の指図を受けるのが嫌なんだろう。そして、俺の身柄の引き渡しまで要求してくるなんて、何処まで勝手なんだ。


「そんな事言って、自分達では無理だから逃げたいだけじゃないの。所詮は名ばかりの聖剣士って事かしら。大襲撃を前にして聖剣士が逃げ出すなんて」


 ちょっとシルヴィ、あまり挑発しないで欲しいぞ。こっちは頼んでいる立場なんだから、そういう態度は取らないでくれ。


「アナタも、何時までも楠木君の肩を持っても良い事なんてないわよ!」

「それには同意する」

「そんな事言って、本当は逃げたいだけでしょ。臆病者が」


 そうこうしているうちに、女子達が言い争いを始めた。それに対して、俺と上代はただただ黙って見ている事しか出来なかった。こんな時、男は無力だ。

 そんな時、意外な人物から救いの手が差し伸べられた。


「分かった。無条件で俺達も参加しよう」

「って、玲人様!?」


 意外な事に、石澤が俺達に協力すると言ってきたのだ。しかも無条件で。その厚意はありがたいが、念の為釘を打っておかないといけない。後から面倒な要求をされては、困るのは参戦した国の代表なのだから。


「先に言っておくが、そっちの要求は呑まないからな。悪いと思っているが、国の代表が決めた事だから俺やシルヴィの一存ではどうする事も出来ない。無論、報奨金は出すし、倒した後の戦勝パーティーの参加も認められると思うが、それ以上の要求は受けられない」

「分かった。それでも構わない」

「よろしいのですか!?」

「ああ。本当に大襲撃が起ころうとしているなら、俺達聖剣士が逃げる訳にはいかないだろ。イルミドはフェリスフィアと同盟を結んでいるし、下手な事をしてキリュシュラインの立場を悪くさせたくないから」


 意外にもまともな内容に、俺とシルヴィは呆然としたまま石澤を二度見てしまった。


「勘違いするな。とりあえず今は棚に上げてやっているだけだ。海上戦は地上戦とは比べ物にならないくらい危険らしいし、魔人共は俺達聖剣士でないと魔人は倒せないからな」

「それで構わない」


 石澤が参加を同意した事で、渋っていた女子3人も参加する事を決めた。

 早速シルヴィは、レイリィに命令して俺と5人を軍の駐屯地まで転移させた。目の前には、サガットさんが率いるイルミド軍が待機していた。いきなり国の代表達の前に出ないのは、サガットさんとの約束があるからである。


「よく来てくれました。正直言って、来るとは全く思っていませんでした」


 サガットさんの辛辣な言葉に、4人は若干カチンと来たみたいだが、さっきまでのやり取りを思い出すととても言い訳が出来るものではなかった。それを理解しているのか、4人は黙っていた。王女だけが物申そうとしたが、石澤に制止させられて押し黙った。制止させた石澤も、爆発寸前であった。

 そんな4人の意思なんてどこ吹く風と言った感じで、サガットさんは4人を値踏みするかの如く見ていた。


「ふむ。通常の魔物相手なら問題なく倒せるでしょうが、こんな格好だけ決まっていて大して強そうでもない奴等に魔人はおろか、海の怪物軍を倒せるとは到底思えません。こんな連中に聖剣士を名乗る資格は無いです」

「何だと!」


 流石にこれには頭に来たらしく、とうとう我慢の限界を迎えた石澤が噛み付いてきた。


「我々は部下達の命を預かる身なのです。部下達にだって帰るべき家がありますし、守るべき愛する人だっているのです。そんな彼等を戦場で無駄死にさせる訳にはいきませんので、生半可な実力で戦場に立たれても迷惑ですし、アナタ方自身も命を落とす事にもなるのです」


 それを聞いた5人は、さっきまでの怒りを引っ込めて下を向いた。サガットさんも、皆の命を預かっている身としてしっかりと言っておかないといけない。気を引き締めてもらわないと困るのは自分だし、それで命を落としてはもうやり直しもきかない。


(それにしても、サガットさんの「アナタ方」と言う言葉に何だか敵意の様なものを感じた気がしたが、確かめる訳にもいかないし、嘘探知の魔法でも嘘を言っている訳でもないのでとりあえず大丈夫だろうと思う)


 なのになんで、こんなにも嫌な予感がするのだろうか。とりあえず俺とシルヴィは、5人を連れて即席の訓練場へと向かった。そこには既に、ダンテと宮脇が各国の騎士達と一緒に訓練を行っていた。


「宮脇、ダンテ」

「おおぉ、竜次。戻って来たか」

「おかえり、楠木君、シルヴィアさん」


 戻った俺とシルヴィの所に、2人が駆け寄って来た。だが、後ろにいた5人を見てあからさまに嫌そうな顔をした。特にダンテ。そしてそれはクソ王女も同じであった。


「チッ!何で死神がここにいるのですか!」

「いくら全身黒尽くめで、大きな鎌を持っているからってそんな呼び方はないだろ」


 あ、上代と同じ事は昨日俺も言った。


「いえ。この男、ダンテ・カラーミラはその風貌と鎌を使った戦術、更には自分と契約を結んだ幽霊を自分の身体に憑依させて戦う事から、死神と言う異名が付いているのです」

「うえぇ、幽霊を憑依させて戦うの」

「縁起が悪い異名」


 犬坂と秋野が、ダンテの戦い方とあだ名に少し嫌そうにしていた。確かに、死神なんて呼ばれている人と一緒に戦うなんて縁起が悪すぎるよな。タロットカードでも、死神は死を連想させるらしいから余計に不吉だよな。


「こんな所で宮脇さんに会えるなんて」

「私は会いたくなかったわよ」


 石澤は宮脇と再会できて喜んでいるが、宮脇は物凄く嫌そうな態度で返した。石澤の本性を知っていれば、そういう態度にもなるよな。


「まぁ、それは置いておいて。今まで大丈夫だったのか」

「それは問題ないわ。ダンテと一緒に旅をしているから、何不自由なく過ごせているわ」


 そう言って宮脇は、わざとらしくダンテと腕を組んできた。いきなり腕を組んできた宮脇に、ダンテは訳が分からないという顔をして宮脇を見た。

 そんなダンテを、石澤は敵意剥き出しの目で睨み付けた。


「そんな訳だから、残念だったな」


 状況を理解したダンテは、その場の雰囲気に合わせて宮脇を抱き寄せた。先に言っておくが、この2人は決して付き合っている訳ではない。ダンテは少々軟派な所はあるが、意外にも女性には固い所がある。宮脇も、そんな軟派なダンテを恋愛対象として全く見ていない。

 そのせいか、宮脇を抱き締めているダンテの顔が、澄ましているように見えて実は思い切り引きつっていた。失礼だぞ。


「そんな事より」


 一旦宮脇を話して、ダンテは4人に近づいて顔をじっくり始めた。


「何だ?」

「いや。やっぱお前等は信用できねぇなって思って」

「クッ!」


 挑発的な喋り方で言うダンテに4人ともカチンと来ていて、怒りに満ちた表情を浮かべた石澤は手袋を外して、それをダンテに向けて投げた。この行為が何を意味しているのかは、俺でも理解できた。


「ほぉ。この俺と決闘を申し込もうってのか」

「ああ。アンタみたいな男に、宮脇さんを任せられないし、さっきの値踏みするような見方も気に入らなかったからな」

「良いだろう。その代り、戦闘不能状態に追い込んだら勝ちというルールでやろう。明日には船に乗って、3日後の海上での大襲撃に備えないといけねぇから」

「それでいい」


 突如発生した決闘イベントに、訓練を行っていた兵士達の腕が止まり、皆がダンテと石澤に注目した。俺達も一旦離れて、2人の決闘を見守った。


「本来なら止めるべきなんだろうけど」

「アイツに身の程を思い知らせる為だ、構いやしない」

「そうね。ダンテはかなり強いから」


 俺とシルヴィと宮脇は、最初から勝敗が決まっている決闘を冷めた目で見物していた。

 一方で、向かい側にいる犬坂と秋野と王女は石澤を応援していた。

 ダンテと石澤は距離を取って、お互いに武器を構えた。この時、石澤は聖剣を抜いていた。魔物や怪物どもと戦う訳でもないのに、こんな決闘に聖剣を使うとはやはり馬鹿だ。

 一方のダンテは、ローブの懐に手を入れて何か探っていた。


「そうだな。今回はこいつを使うか」


 そう言ってダンテは、懐から1枚の長方形の紙を取り出した。よく見ると、日本のお札によく似ていた。その紙を持った手を、掲げる様に上へ上げた。


「出て来い、神速の格闘戦士」


 その呼び掛けに応える様に、紙から半透明の霧状の何かが出てきて、それがやがて人の形を成した。その間にダンテは紙をしまい、右の掌をその人型の霧へと向けた。


「あのお札には、ダンテと契約を交わした霊が封印されているの。戦いの際は封印を解除して、その霊を自身に憑依させる事でその霊の生前の戦い方を再現する事が出来るの」

「つまりあれは霊魂なんだ」

「ヒィ!?お化け!」


 お化けや幽霊が苦手なシルヴィが、顔を真っ青にさせて俺の背中に素早く隠れた。後ろにいて見えないが、膝がガクガク震えているのがよく分かる。

 宮脇の説明の後、人型になった霊魂は瞬く間に球状へと変化し、ダンテの掌の上に収まった。


「憑依」


 そう叫んだ後、ダンテは霊魂を自分の胸の前に持って行き、身体の中に押し込む様に入れた。すると、ダンテの全身を真っ白い靄が覆った。

 その靄は、3秒程ダンテの全身を覆い隠し、靄が消えて姿を現したダンテの姿が変化していた。いや、正しくは服装と武器が変わっていただけで顔と髪型は変わっていなかった。だが、表情がかなり険しくなっていて、軟派だった雰囲気がガラリと一変して物々しくなっていた。

 黒一色の服装とローブも、茶色の道着に変わり、鎌も黒色の棍棒へと変わった。


「あの服と鎌は特注品でね。憑依させた霊に合わせて変化できるようになっているの」


 なるほど。鎌で戦うのは何も憑依させていない時だけで、憑依している状態だと鎌もその霊が生前得意としていた武器に変化するのだな。


「じゃあ、始めるか」

「ああ!」


 ダンテの準備が整ったタイミングで、石澤は聖剣に大玉の火球を生成し、振り下ろすと同時にその火球を放った。

 しかしダンテは、澄ました顔でその火球を裏拳で弾いた。


「何!?」

「何だ、今の緩い攻撃は」


 憑依させたことで、喋り方も憑依させた霊のものになっているのか、いつものダンテとは違っていた。


「クソ!」

「遅い」


 石澤が次の攻撃に移る前に、ダンテは物凄い速さで石澤の目の前まで移動し、棍棒で攻撃してきた。石澤は何とか聖剣で防いでいるが、正直言ってかなり苦しそうであった。


「どうした。噂の聖剣士もその程度なのか。竜次の足元にも及ばねぇな」

「っ!俺が楠木に劣っているというのか!」


 俺に劣っているのが気に食わず、石澤は聖剣に炎を纏わせて反撃に転じてきた。だが、そんな石澤の猛攻をダンテは表情を変える事無く棍棒で防いでいった。


「斬撃も滅茶苦茶でキレがなく、腰が引けていて背中も猫背」

「黙れ!」

「力任せに振っているせいで動きが単調で大きく、一度の攻撃で体制が崩れる。何より、相手の挑発に乗っている時点でお前の負けだ」

「黙れ!黙れ!黙れえぇ!」


 ダンテの指摘も聞かず、ただただ感情のままに攻撃を繰り出す石澤。もうこの時点で勝負は決しているも同然であった。


「つまらない。弱すぎて話にならない」

「んだとぉ!」

「喋るな」


 最後に冷たい言葉を放った直後、ダンテは棍棒を石澤の脳天に直撃させた。物凄いいい音と共に石澤は白目をむき、脳震盪を起こしてバタンと倒れて気を失った。


「サガットさんが不安がるのも頷ける。こんな聖剣士ではな」


 最後にそう吐き捨てた後、ダンテは石澤に背を向けて俺達の方へと歩み寄った。歩きながら自分の胸に手を当てて、離すと同時に身体から憑依させた霊魂を取り出した。その直後、ダンテの全身をまた白い靄が覆い、2秒後に靄が晴れて元の黒一色の格好に戻った。


「あぁあぁ、つまらない決闘だった」


 いつもの調子に戻ったダンテは、懐からお札を取り出して霊魂をその中に入れた。


「玲人様!」

「石澤君!」

「大丈夫!?」


 倒れた石澤の元には、王女と犬坂と秋野が掛け寄った。そんな石澤を、上代はやれやれと言わんばかりに首を横に振り、ひょいと抱えてその場を後にした。その後を女子3人が付いて行った。


「良いのかよ。瞬殺しちゃって」

「構いやしない。あんな欲望まみれの強欲男には良い末路だ」

「良い末路って、別に死んだわけじゃないだろ」


 プライドはズタボロにされたかもしれないけど。


「それに、あんな嘘つき3人とこれ以上一緒にいたくなかったというのがあるな」

「3人?黒い方と王女なら分かるけど、もう1人って誰なの?」

「私も気になる」


 ダンテの言う3人目の嘘つきが誰なのか気になり、シルヴィと宮脇がダンテに聞いてきた。俺は嘘探知の魔法で前々から知っていたけど、特に気にするレベルでもなかったし、人間誰しも嘘はつくものだと思っていたので流していた。

 ちなみにその3人目の嘘つきと言うのは


「ユニコーンの聖剣士。茶髪ショートのあの女だ」


 ダンテの言う通り、犬坂(いぬさか)(まな)()であった。


「犬坂さんが!?どういう事!」

「確かに気に食わない感じだったけど、そんなに酷いのかしら?」

「ああ。さっき戦ったアイツと同じくらいに信用できないと俺は睨んだ」


 2人はそれ程酷い奴とは思っていなかったらしく、首を傾けて疑問に思った。俺もまた、2人と同じくそこまで酷いとは思っていなかった。信用できるかどうかは別として。

 確かに、犬坂の気も常に赤に染まっていたが、石澤やクソ王女の様な真っ赤ではなく、ほんのり淡い感じの赤だった為特に気にしていなかった。意外にも嘘つきだったんだなぁ程度に考えていたし、マリアもあの程度の嘘つきなら何処にでもいるし、相手を陥れる程の酷い嘘つきではないって言っていた。

 例えるなら、好きな男の前にだけ可愛い子ぶろうとする時や、自分の印象を守る為に見栄を張る時に出る色だという事だ。その程度の嘘つきなので、俺もシルヴィや宮脇と同様に全く警戒していなかった。

 けれどダンテは、犬坂に対して強い不信感を露わにしていた。無論、石澤みたいに相手を陥れたり、いずれ寝首を噛むだろうと考えていたりしていない。

 だけど、ダンテはそんな犬坂が石澤と同じくらいに信用できないというのだ。

 だが、あの頭が悪くて身体を動かす事が大好きで、常に明るく振る舞っているクラスの中心的人物である犬坂が、石澤と同レベルで信用に足らない人物だなんてにわかに信じ難かった。

 確かに、俺に掛けられた冤罪や、石澤の言う戯言を何の疑いもなく信じ切っているから俺は嫌っているが、それでもそんなに悪い奴だとは思えなかった。


「確かに、あの女は馬鹿で愛嬌を振る舞っているぶりっ子に見えるかもしれねぇが、俺の見立てではアイツは相当な腹黒で卑怯で滅茶苦茶危険な女だと思うぞ」

「腹黒で卑怯で滅茶苦茶危険、か」


 やっぱりあの犬坂のイメージとは程遠かった為、イマイチピンとこなかった。

 あの時ダンテは、犬坂から何を感じ取ったというのだろうか。

 そんな疑問を抱いたまま、俺達はそれぞれのテントへと戻って明日の船出の準備をした。




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