28 新しい仲間
海底遺跡で鳳凰の鏡を手に入れた俺は、シルヴィと共にビーチに戻り、急いで着替えた後はレイリィの力で王都へと転移した。フェリスフィア王国と同盟を結んでいたお陰で、俺達はすんなりと城に入れてもらいイルミド国王に会う事が出来た。セミロングの銀髪をオールバックにまとめ、少し厳つい感じの40代後半の男性であった。
イルミド国王に海底遺跡の事と、鳳凰の鏡のことを話すと難しそうな表情を浮かべて腕を組んでいた。
「とても信じられないな。2000年前のフェニックスの聖剣士様が、新しく召喚される聖剣士の為にそのような魔法道具を残していただなんて。しかも、再び我が国で大襲撃が起こるなんて」
「俺もビックリしましたが、事は急を要します。鳳凰の鏡の情報が誠なら、あと4日で怪物たちがビーチを襲います」
そして、そのビーチでバカンスを楽しんでいる大勢の人達が犠牲になってしまう。
「分かった。我々も楠木殿と共に戦いましょう」
「ありがとうございます」
余計な揉め事もなく、国王はすんなりと俺と共に戦う事を宣言してくれた。すぐに国王は、家臣達に客や住民の避難とビーチの閉鎖、更に軍船の手配等を急がせた。
その間に俺とシルヴィは、一度フェリスフィア王国へと戻ってこの事を女王陛下に報告した。丁度良い事に、国務の為に一度戻っていたマリアとも合流した。更に、リーゼロッテ様も今フェリスフィア王国に来ていて、王城で再会した。
「事情は分かりました。すぐに軍を編成いたします。レイト、指揮は任せます」
「かしこまりました」
「エレナは、レイトのサポートをお願い」
「分かりました」
フェリスフィア女王はテキパキと指示を出し、全員がその指示に従い準備に入った。シルヴィは明日、フェリスフィア、アルバト、ファルビエ軍を引き連れてイルミド王国へと転移して準備に取り掛かる予定だ。当日はいろんな所に転移しなくてはいけないから、レイリィが大活躍するな。更に、今回はヤマト王国も一緒に戦う事を表明し、シルヴィが迎えに行く事になった。
指揮官はレイトが務め、マリアが先頭に立つといういつものスタイルだ。
話がまとまった後、俺はシルヴィと一緒に町に出て予備の武器の調達をしに行った。
「なぁ。前に海から来た時、どんな怪物が襲ってきたか覚えているか?」
「そうね。王道の半魚人型と、首の長いシーサーペントに似た怪物。だけど、胴体はずんぐりしていたわ。他にも、鯨に似た怪物もいたわ」
「そうか」
となると、矢で倒せそうなのは半魚人タイプだけか。となると、やはり爆薬系の武器が必要になる。
それに、面倒な事はもう一つある。
「当日は、あの4人と共闘になりそうだな」
「気が乗らないけど、この際だから仕方ないわね」
「ああ」
正直に言えば、話の通じない石澤と共闘するのは俺も嫌だ。上代はもとより、犬坂と秋野ならまだ話は通じる。だが、石澤は共闘する代わりに何か理不尽な要求をしてきそうでなんだか嫌だ。流石にそこまで分別が付かない奴とは思えないが、あのクソ王女まで一緒にいたら益々ややこしい方向へと話が進んでしまいそうだ。
「ねぇ竜次。せっかくフェリスフィアの王都に戻ったんだから、何か美味しい物でも食べない?予備の武器の補充はその後でも大丈夫だと思うから」
「いや、お前な」
「そんなにピリピリしていたって事態は好転しないわよ。甘い物でも食べて気持ちを落ち着けましょう」
「……分かった」
シルヴィに押されて、俺は近くの喫茶店で軽く食事をする事になった。確かにシルヴィの言う通り、ピリピリしても仕方ない為少し気持ちを落ち着かせる必要があった。それに、脳に糖分を補充したいと思っていたので丁度良かった。
でも、中に入ってからが大変であった。俺の心臓が。
「竜次、あーんして」
「おお、お前なぁ!?」
こんな感じで、運ばれてきたケーキをシルヴィが何度も食べさせようとしてきたのだ。それも、甘い声を出して。正直言って、滅茶苦茶恥ずかしい。
「お前な、こんな事して恥ずかしくないのか?」
「全然」
キッパリと答えないで欲しいぞ。
「ちょっと周りの目を気にして欲しいわね」
「チッ!イチャイチャしやがって、バカップルが!」
「お熱いねぇ~」
うわぁ、滅茶苦茶注目されている。2人目なんかバカップルなんて言っているし。
「いいのかよ」
「私は全然気にしないわ。バカップル上等」
「ッタク」
諦めて俺は、シルヴィから差し出されたケーキをパクッと口に入れた。完全に開き直っている。
「竜次も食べさせて」
「へ!?」
ちょっと待て。俺のパンケーキも、シルヴィに食べさせるのか。食べさせるのは構わないが、あーんして食べさせるのはちょっと恥ずかしい。とは言え、隣で上目遣いをされて見られたら断れないじゃない。
周りの視線は痛いが、俺はパンケーキをシルヴィに食べさせた。ヤバイ、想像以上に恥ずかしい。
その直後、ガタンと言う音が入り口から聞こえ、そこからこちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。
「ちょっ!やっぱり楠木君じゃない!」
「へ?」
「ん?」
聞き覚えのある声がしたので振り向くと、そこに立っていたのはプラチナブロンドの長い髪と、大きな藍色の瞳をした綺麗がしっくりくる女性であった。
この女性の事は俺も知っていた。
「宮脇!?」
「よかった、元気そうで!」
着ている服はこの世界の物で、革製の胸を覆うタイプの鎧と剣を身に着けてはいたが、間違いなく宮脇明里であった。上代と同じ特進クラスの同級生で、剣道部のマネージャーを務めていた顔見知りであった。
「竜次の知り合い?」
「ああ。俺の学校の同級生だ」
「初めまして、宮脇明里と言います」
恭しく頭を下げて自己紹介をする宮脇。流石は、元の世界では剣道部の女神様と呼ばれていただけはあるな。動作の一つ一つに品があり、何処かの大企業のお嬢様を思わせる無駄のない動作であった。実際には、花火職人の娘だったりするのだから、世の中分からないな。
「あなたの事も存じております。楠木君の見方になってくれているただ一人の女の子」
「シルヴィア・フォン・エルディアと言います。竜次とは婚約をしています」
「ちょっ」
何を張り合っているのか知らないが、俺の婚約者である事を強く主張した直後に俺の腕にしがみ付いてきた。
「ふふ。良かったじゃない、この世界でこんなに可愛い子を奥さんが出来て」
「……まぁ、な」
改めて言われると何だか照れ臭いな。と言うか何で、この国に宮脇がいるんだ?確か、他の皆と一緒にキリュシュラインの王城にいた筈だが。
「明里、急にどうしたんだ!?」
そんな宮脇を追って、上から下まで真っ黒な服と黒色のローブを纏った男性が小走りで店の中に入り、俺達の前に立った。顔も東洋系の顔立ちをしていて、髪と目の色も黒色で一見すると東方系の人間に見える。背中には、布で包んであるが大きな鎌を背負っていて、パッと見は死神みたいであった。けど、体格はがっしりとした筋肉質である事が服の上からでも分かった。
「あら、死神まで」
「コラ。こういう見た目をしているからって死神はないだろ」
「ううん。この人は世間からそう呼ばれているの。実力もかなりのもので、とても珍しい降霊術を得意としているとこから『死神』というあだ名がつけられているの」
「マジで……」
本当に死神って呼ばれているのかよ、この人は。シルヴィが知っているという事は、この男相当な有名人なのか?
頭に疑問符を浮かべる俺を他所に、男性と宮脇は俺とシルヴィの向かいの席に座った。しかも、チーズケーキとロールケーキまで注文して。
「挨拶が遅れたな」
「名乗らなくても知っているわ。ダンテ・カラーミラ。特に何処かの国に属している訳でもなく、大陸中を旅してまわっている流れの魔物狩り。その見た目と、鎌と憑依術を使った戦術から『死神』のあだ名をつけられている」
「へぇ、俺の事を知っているんだ」
面白そうに笑うダンテに、俺は嘘探知の魔法を使ってダンテを見た。警戒するに越した事は無い。
「という訳で、次はあんたの名前も教えてくれよ」
「……楠木竜次だ」
「へぇ、あんたがあのフェニックスの聖剣士か。キリュシュラインがお前を殺したがっていたぞ」
「恨まれるような事は何もしてない」
と言うかこいつ、俺がフェニックスの聖剣士だと知ってわざとそんな反応をしたな。俺が噂通りの人間なのかどうか、確かめようとしているな。
「で、あんたはキリュシュラインで出回っている様な罪を犯したのか?」
「んな訳あるか」
「でも、そこのお嬢ちゃんとはかなりベタベタしていた気がするが」
誰がベタベタしてただぁ。ベタベタしてきているのはシルヴィの方だろ。
「俺からはベタベタしていないぞ。やったとしてもシルヴィだけだ。他の女には指一本触れていない。向こうから触れてくる事は確かにあったが」
今思い返しても、シルヴィ以外の女には触れたことが無い。触れられる事はあるが。マリアやリーゼロッテ様がそうだ。
(いや、シルヴィの前にエルの手に触れた事があったな)
だが、それ以降女性に触れる事に忌避感を抱く様になってしまった。シルヴィでだいぶ緩和出来たが、それもシルヴィだけに限った事だ。
俺の回答を聞いたダンテは、険しい表情で俺の顔を見てジッと見た。
「ふむ。嘘は言っていないようだ。そこのお嬢ちゃんの様子から察するに、お嬢ちゃんの方は彼に触れられる事に嫌悪感の欠片は存在しない様子だな」
「私が竜次を拒む訳がない」
「へぇ、あんちゃんって結構愛されているんだな」
「…………!?」
途端に恥ずかしくなった俺は、思わずダンテから目を逸らしていしまった。何もやましい事はしていないのに、恥ずかしさのあまりつい目を逸らしてしまった。
「顔を真っ赤にして思わず視線を外す、か。性に対して関心はありつつも、シャイな一面もあるからなかなか自分から触れる事が出来ない。それにもう一つ、お嬢ちゃんで少し緩和出来たが、お嬢ちゃん以外の異性に対しては未だに不信感や抵抗が強い」
「っ!」
不信感や抵抗が強いと言われて、俺は心の中を見透かされるような感覚に陥り、反射的にダンテを睨んでしまった。
「その様子だと、全員ではないが女性その物に対してあまり信用が出来ていないと言ったところか。何か嫌な思いでもあったみたいだな」
「だから何だって言うんだ」
確かにダンテの言う通り。
俺は女性に対してとても強い警戒心と、懐疑心を抱いている。無論、シルヴィに対してそんな気持ちは抱いていないし、マリアとリーゼロッテ様の事は信用できると思っている。その気持ちに嘘はない。
だが、それでも未だに女性の事が信用できないと思っているのもまた事実。キリュシュラインのクソ王女や、シャギナに殺されたミエラ、そして、俺を裏切った梶原やエル。この4人の事は特に嫌っていて、俺を人間不信にさせた連中でもある。そんな奴等を信用しろと言うのが無理な話だ。
「で、貴様は俺をキリュシュラインに引き渡す気か?」
ここまで掘り下げて置いて、冗談でしたなんて済ませる訳がないだろうし、打倒に考えるのならそれだろう。
しかしダンテは、すぐに笑みを浮かべて自分の椅子に座って大きく息を吐いた。
「いや。確かめる様な事をして悪いとは思ったが、あんちゃんがキリュシュラインで聞いた通りの人間なのかどうか確かめさせてもらった。元々キリュシュラインのクソ王の戯言なんて信用しちゃいないが、それでも確かめておきたいと思った」
「で?」
その結果について、ダンテはニッコリと笑いながら答えた。
「あんちゃんは噂のような事をする人間じゃない。そもそも、女性で嫌な思いをしたあんちゃんが、手当たり次第に女性に手を出すなんて考えられない。お嬢ちゃんは大丈夫だけど、それ以外は触れる事が出来ない。そんな所だ」
「……ふん」
一応信じてもらえたみたいだが、それでもあんな事を聞かれた方は全然いい気分に離れない。
「だから言ったでしょ。楠木君はあんな事をするような人じゃないって」
「ワリィ。でも、どうしても自分の目でも確かめておきたかったから、つい」
「つい、じゃないわよ。まったく」
宮脇からある程度聞いていても、そこはどうしても自分で確かめておきたかったからか。凄く迷惑だ。
「それで、宮脇さんだっけ」
「明里で良いわよ」
「そう。じゃあ、明里。何であなたがこんな所に?竜次の話だと、竜次以外は全員キリュシュライン城に残っているって聞いたわ。特に女子は、9割以上が黒い方に就いているって」
シルヴィもまた、キリュシュライン城にいる筈の宮脇がどうしてフェリスフィアにいるのかが気になっていたみたいで、警戒心剥き出しで聞いてきた。
「黒い方って、シルヴィアさんは石澤君の事を相当嫌っているみたいだね。まっ、無理もないか。石澤君は確かに最低な女の敵だものね。特に、この世界に来てからもっと酷くなったもん」
ん?宮脇も石澤の本性に気付いているのか。嘘はついていないみたいだけど、一体どうやって知ったんだ?石澤の面の皮の厚さは天下一で、特に女子の前では爽やか系男子を完璧に演じていて、大抵の女子はその本性を知らない筈だ。だから、9割以上も石澤の方に就いたんだけど。
「石澤君の本性については上代君から聞いていたし、私も何となくこの人は怪しいなって思っていたわ。女子全員が騙されていると思ったら大間違いよ」
「でしょうね。流石に全員が騙されるなんて考えられないし、むしろ女はそういう男には強い警戒心を抱いているものだから」
宮脇とシルヴィの話を聞いて、女ってつくづく恐ろしいなって思った。
「そもそも、あんな男の本性に気付けない女って絶対に男を顔だけで判断しているでしょ」
「その言い方だと、同級生の約9割が顔だけ男を好きになっているみたいに聞こえるんだけど。まぁ、事実だったから何とも言えないけど」
「それよりも、質問に答えて」
「そうね。ザックリ言うと、あの王様と王女様が怪しすぎるから、侍女として働いてお金を稼ぎつつ文字の勉強と剣の稽古を積んでいったわ。ある程度納得のいく実力が身に付き、尚且つお金が溜まった所でお城を出て魔物狩りをやっていく事にしたわ」
「その道中で、魔物どもに取り囲まれている所を俺が颯爽と助けに向かったって訳」
「カッコよく言っているけど、実際は熊の魔物に盗まれた荷物を取り返そうと追いかけていた所に、偶然私と会っただけでしょ」
宮脇に指摘されて、ダンテが額から大粒の脂汗を流して硬直した。この2人が出会ったのは単なる偶然で、その後は成り行きで一緒に旅をしているのだそうだ。ちなみに魔法はダンテから学んだそうだ。
「あの王様とお姫様って、本当に嘘ばっかり言っていたわ。聖剣士は4人だって言っていたけど、本当は5人だったし。魔法に関してもそう、聖剣士のパートナーとなる事が運命付けられた選ばれた人しか使えないと言っておきながら、実際には向き不向きはあるものの誰でも使えるし。やってられないわよ」
あらら、相当溜まっていらっしゃるな。
「まぁ、いろいろと理由があってこれ以上あの城にいたくないという事で、周りの反対を押し切って旅に出たって訳さ」
「私が説明しているのに、勝手に話をまとめないで!」
無理矢理話を切り上げさせたダンテの両頬を、宮脇が思い切り引っ張って抗議してきた。何にせよ、2人とも嘘は言っていないみたいであった。
「ところで、どうして楠木君がここにいるの?確か、南に向かって旅をしているって聞いたけど」
「あぁ、実はな」
話しても問題ないだろうと思い、俺とシルヴィは大陸の最南端にあるイルミド王国まで行き、そこの海底遺跡で大襲撃を予知する鳳凰の鏡を手に入れ、イルミドの海から大襲撃が起こる事を伝えた。
「ダンテ、海から怪物たちが襲ってくる事ってあるの?」
「ある。まだ1例だけだが、海から襲い掛かってきたという報告はある。けど、陸地で戦うよりもずっと危険らしいぞ」
ダンテの言う通り、海上戦は陸上戦よりもかなり厳しい戦いになる。魚雷などの武器はこの世界には存在しないし、更に船の上からの攻撃だと範囲も動きも制限される。ハッキリ言って、滅茶苦茶不利だ。
「で、この事をイルミド国王に報告した後、この国に転移して女王にも知らせたって訳」
「お陰で今回は、イルミド、フェリスフィア、アルバト、ファルビエ、ヤマトの5ヶ国が共同で対処する事が出来るようになったわ」
今までは、その国の騎士や兵士だけで対処していた為、被害と損害もかなり大きかった。
だが、今回はフェリスフィアと同盟を結んでいる国のうち4ヶ国が一緒に対処する為、大きな被害を抑える事が出来ると予想できる。更に、レイトが指揮を取ればこちらの犠牲者は出なくて済む。
「今回はスゲェな」
「それは俺も思った」
女王も言っていた、今回は今まで一番大規模だと。他の同盟国、ゾフィル王国は国で起こった問題の対処に追われている為、今回の大襲撃戦には参戦しないそうだ。確か、凶作だったな。
そんな時、ダンテがニヤリと不敵な笑みを浮かべて言ってきた。
「だったらさ、俺達も今回の大襲撃に参戦させてもらってもいいか」
「「は?」」
ちょっとこの人、一体何を言っているのだ?もちろん、強い人が入ってくれるのはありがたいが、今日会ったばかりの人も連れて行けと言われても無理がある。
「ちょっとダンテ。今『俺達も』って言わなかった?」
「そうだよ」
「それってもしかして、私も含まれているのかしら?」
「当然だろ。と言うか、明里としか一緒に旅をしていないんだから、明里以外に誰がいるって言うんだ」
シレッと答えるダンテに、宮脇がガタンと椅子を倒す程の勢いで立ち上がり、ダンテの胸倉をつかみ上げた。物凄い気迫に、ダンテの顔から血の気が引いて真っ青になった。
「あんたね!何勝手に決めてんの!私の意思は無視なの!」
「いいじゃねぇか。学友を助けると思って」
「私はただの一般人なのよ!あんな怖い怪物たちと戦うなんて冗談じゃないわよ!しかも、最も危険な海上戦で!」
そりゃそうだ。聖剣士でもない宮脇が、危険な大襲撃に挑むなんて普通に嫌に決まっている。しかも相談も無しだと尚更。
「ははは……」
「当然の反応ね」
俺とシルヴィは、そんな2人を呆れ顔で見ながら残ったケーキを黙々と食べた。
「そこを何とか。こんな楽しそうなイベントを逃すなんて勿体ない事出来ないだろ」
「生きるか死ぬかの戦いなのよ!子供のお遊戯じゃないんだよ!」
「頼むよ!あんなにたくさんの怪物たちの素材なら大儲け間違いなしだぞ!」
「口を挟んで悪いけど、怪物どもの素材は全て王家に献上して、売上金を町の復興やボランティアの資金等に使われるらしいぞ」
「マジで!?」
残念ながら事実です。一応報酬は貰えるけど、襲われた町の復興と、住民の支援を優先しなくてはいけないのでそこは我慢して欲しい。とは言え、高額な報酬を貰えるから悪い事ばかりでもない。俺は銀貨でもらったが。
言おうと思ったが、嫌がる宮脇を前にして言う訳にはいかない。
「で、でも、報酬くらいは貰えるだろ!な!な!」
「あぁ……」
「貰えるって!だから一緒に行こう!」
「楠木君は少しポーカーフェイスを身に着けた方がいいわよ!」
うわぁ、こっちにまで火の粉が掛かった。てか、そんなに俺って分かりやすいのか?
「死神は相手の息遣い、目の動きや瞳孔の変化などを見て相手が嘘を付いているのかどうかを知る事が出来るみたいよ」
「マジ!?」
「ちなみに、同じ方法なら椿様も出来るわ」
「うぅ……」
そんな方法で俺の考えを読まないで欲しいぞ。そういえば、今回の大襲撃には椿様も来るみたいで、マリアと共に最前線に出るらしい。
考えを見透かされて少し落ち込んでいる俺を見て、突然宮脇の動きが止まった。
「どうした、明里?」
「まぁ、楠木君1人に負担を掛ける訳にはいかないし、戦いが激化する前に経験しておくのも悪くないかもしれないわね」
「じゃあ、お前も一緒に来てくれるのか!」
「仕方ないわね」
「よし!」
一体どういう心境の変化なのだろうか、さっきまで嫌がっていた宮脇が一変して参加すると言い出した。何故?
「良いんじゃない。強い人は多い方が被害もより少なくて済むでしょうし」
「良いのか?」
「女王陛下もレイトも、きっと反対しないでしょう」
「ん……そういうもんか?」
まぁ、通り名が付くくらいだから強いだろうからダンテの参戦は問題ないだろうけど、宮脇は大丈夫なのだろうか?
「それなら早速、火薬の原料でも買いに行きましょう。父が花火職人だったから、火薬の扱いは慣れているし、作り方も知っているわ」
「おおぉ、あの魔法も使わずに爆発を起こせる不思議な黒い粉、火薬を作るのか」
おいおい。すっかり乗り気になっちゃっているよ。もうどうなっているのだ。
「とりあえず信じても大丈夫と思うわ。2人とも私達を騙そうと思っていないみたいだし、もしそういう状況になったら私やマリア様や椿様が何とかしてくれるわ」
「まぁ、シルヴィが言うのなら信じるか」
腑に落ちない点はあるが、宮脇が火薬の作り方を知っていると言うので俺達は早速材料の調達の為に店を出た。もちろん、代金は支払いました。
「でも、この世界にあるものでも作れるのか?」
「問題ないわ。地球と同じ材料なら世界で普通に売られているし、それくらいあれば黒色火薬が作れるわ」
「今更ながら、一体どうやって火薬の作り方を学んだんだ?確か国家資格が必要じゃなかったっけ」
「そこは知らぬが仏、ですよ楠木君」
いやいやいや、それじゃアカンでしょ。そもそも、一般人の宮脇が知っている事自体がおかしいだろ。一体どんな手段を使って知ったというのだ。日本でこの事が露呈したら、間違いなく警察沙汰になるぞ。と言うか絶対に違法だぞ。
※火薬の製造は違法です。絶対に真似をしてはいけません。
「ダイナマイトは無理でも、焙烙火矢という手榴弾くらいなら作れるわ」
「こんな一面の宮脇、知りたくなかった」
女神様と呼ばれていた宮脇の意外な一面を知って、俺は3人の後をトボトボと付いて歩いた。本当にこれで良かったのだろうか?確かに、爆弾が必要だと思ったがこんな形で手に入るとは思ってもみなかったぞ。
その後、火薬の材料を購入した俺とシルヴィは、ダンテと宮脇も連れて城へと戻って早速手榴弾作りを始めた。ダンテと宮脇の参戦を女王に報告したら、アッサリと承諾された。
宮脇の指導の下、俺達は火薬作りを手伝わされ、日が落ちる頃には大量の焙烙火矢という手榴弾が出来上がった。忘れよう。こんな知識、後にも先にも必要ない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うぅ、焦げ臭い臭いがなかなか取れないぃ~!」
「きちんと洗えば気にならなくなるし、数日もすれば完全に消えるわよ」
火薬作りを終えた私達は、髪と肌に付いた焦げ臭い臭いを取る為にお風呂に入った。お風呂から上がったら、女王陛下や竜次と一緒に夕食を食べなくちゃいけないので念入りにしないといけない。
「それにしてもシルヴィアさん、おっぱい大きいわね」
「ん?あぁ、11歳の時から急に大きくなったの」
「軽く私の倍くらいあるわね。何カップあるの?」
「Hだよ」
「凄い!これがHの大きさ!」
隣でまじまじと胸を見る明里に、私は気恥ずかしさを感じでお湯を頭から被ってタオルで前を隠した。と言うか、明里だって十分に大きいでしょう!倍くらいあるって大袈裟過ぎるよ!
「もしかして、楠木君に揉んでもらった?」
「なっ!?」
予想外の発言に私は全身が熱くなり、ポロッとタオルを落としてしまった。
「ま、まだそういう事は!」
「まだ、って事は揉んでもらう予定はあるのね」
「ううぅ……」
改めて指摘されると恥ずかしい!何でいきなりそんな事を聞いて来るの!?
「ごめんなさい。ただ、楠木君とどこまで進んだのか気になって」
「何で気になるの?」
「だって、楠木君とあなたの左手の薬指に指輪がはめられていたから」
「…………」
何時見たの?いや、お風呂の時や大事な戦いの時以外は何時も付けていたから誰の目にもつくか。
「婚約したって言ったでしょ」
「そうだったね。喫茶店であんなにイチャイチャしていたから、相当ラブラブなんだね」
「いいでしょう!見せつけてるんだから」
「そうね。本当に好きだって言うのが、見ているだけでも伝わったわ」
話の意図が見えない!一体何の為にこんな事を聞いているの!?
「だからこそ、楠木君を変わらせる事が出来たのでしょうね」
「え?」
竜次が変わったって、一体どう言う事なのか私には分からなかった。確かに、少し感情が顔に出るようにはなったし、私に対して余所余所しい態度も完全に取らなくなった。けど、それとどう関係があると言うのだろうか?
「あなたは知らないのかもしれないけど、地球での楠木君って誰も寄せ付けようとしない拗ねた目付きをしていて、他人の輪の中に入ろうともせず、部活の時以外はとにかく無気力無関心でいることが多かったの。あんな風に、誰かに照れたり動揺したりするなんて無かったわ」
「…………」
それなら知っている。あの時見た、竜次の心の傷と苦しみは今でも忘れない。きっと、竜次の痛みと苦しみを知りたいという私の強い想いが、竜次の過去を見せたのだと思う。
明里が言っていた事は、おそらく誰も信じられなくなって、信じる事そのものに恐れを抱いていたからだと思う。そんな竜次の変化を、明里は感じ取ったのかもしれない。
「でも、まだ完全に心の傷が癒えた訳ではない。人を信じる事への恐怖はまだ解消しきれていないわ」
「そりゃ、たった半年で解消される訳がないわよね。でも、あなたの前だけではそんな事は無かった。楠木君が、あなたを必要としているのがよく伝わったわ」
「っ!……」
一瞬ドキッとなった。普段そんな態度を見せないのに、明里から見たら私を必要としているのが伝わっているなんて。確かに、出会った当初に比べればかなり軟化していて、私に対して気を許せるようになった。
「やっぱりあなたは、楠木君の傍にいるべきだわ。石澤君みたいなクズなんかにはふさわしくない」
険しい表情になって、拳を強く握る明里。何か嫌な事でもあったのだろうか?
「詳しく聞かせて。石澤玲人と言う男がどんな奴か」
「聞いてどうするの?」
「あの男を、死刑台に送る為の材料にする」
「石澤君を、死刑にさせたいの?」
「えぇ」
ハッキリ言って、あんなクズのプライベートなんてどうでも良かったのだが、竜次の汚名を返上させる為には必要な情報だと思う。その為にも、知っておかなければいけない。噂話ではない、真実味の高い確かな情報を。
「そうね。死刑にするって言うのはともかく、いや、石澤君は死刑になるべきでしょうね。分かった。楠木君の汚名返上させる為にも、私が知っている今の石澤君を教えるわ」
「ありがとう」
何時になるか分からないけど、あの男を裁く為にはこういった情報収集は欠かせない。後は証拠があれば、確実に黒い方を死刑にさせる事が出来る。私は、明里の言葉を一期一句聞き逃さないようしっかりと耳を向けた。
「この世界に召喚されてからの石澤君は、本当に最低なクズへと成り下がっていったわ。前から自分の容姿と能力を鼻にかけていたけど、それが更に顕著になっていったわ」
詳しく聞くと、聖剣士としての実績を積む一方で美人の女性には目が無く、その女性に婚約者がいようが、人妻であろうが見境なく自分とパートナー契約(呪い)を行い、相手の男性を陥れて、無実の罪を着せているのだと言う。
おそらく、あの王女がそう仕向けるように女性を洗脳していっているのだと思う。外に出る時は大抵あの王女と一緒にいるって言っていたし、おそらく間違いないと思う。
(そうする事で、黒い方を全ての女性を救う英雄へと祭り上げていく事で、自分の思い通りにさせやすくしているのでしょう)
そこへ、元々全ての女性は自分の物と考えている黒い方が付け上がって今の様なクズになってしまったのか。王女に利用されているとも知らずに、本当にお気楽で自分勝手で、それでいて傲慢は男だ。
「殆どのクラスメイトは、完全に石澤君の言いなりになっているわ。あの王女が何かしたのかもしれないけど」
「間違いなく洗脳しているわ。前に竜次が恩恵を使って解いた事があったけど、あの女の口から黒い靄の様なものが出ていて、それが相手の気に紛れると洗脳されると思うわ」
「卑劣だわ。散々楠木君には洗脳する力があるなんて大法螺を吹いていたくせに、まさかアイツ等の方が洗脳を行っていただなんて」
「あなたは大丈夫だったの?」
「私は上代君の側に就いていたから、あの王女と接点が無かったから大丈夫だった」
「それは良かった」
疑っている訳ではないけど、念の為気の色が変化していないかチェックもした。どうやら、嘘はついていないみたいだ。
その後、剣の稽古と文字の勉強を人一倍頑張り、3ヶ月後に城を出て魔物狩りとして生計を立てる生き方を選んだ。言うまでも無く、黒い方は強く引き止めて自分の側に来ないかと何度も言ってきたが、無視して城を出たそうだ。
「じゃあ次の質問、噂では1000人を超える婚約者がいるって聞いたけど、実際はどうなの?」
「正確な数までは分からないけど、そのくらいいてもおかしくないくらいにたくさんいたわ。彼女達と過ごす為の豪邸を与えられた程よ。豪邸というよりも、あれはもはやお城なんだけど」
「最低だね」
一夫一妻制の国で生まれ育った私からしたら、2人でも考えられないのに1000人も娶ろうとするなんて異常であった。逆に言えば、1000人もの女を奪って不幸にしている事になる。同時に、同じ数くらいの男も不幸にしているという事にもなる。
(やはり許せない。いくらあの王女の洗脳があったとしても、彼女達を全員娶ろうという考えに至るなんて馬鹿げている)
石澤玲人、やはりこの男は死刑になるべきだと私は強く思った。
その後、数分湯船に浸かってから大浴場を後にした。




