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27 海水浴と海底遺跡


「ようやくイルミド王国だな」

「えぇ。国の最南端がビーチになっていて、毎年多くの海水浴客が訪れるの」

「ふぅん」


 ファルビエ王国を出て今日で1ヶ月半。

 3つの国を跨いで、俺とシルヴィは大陸の最南端に位置している国、イルミド王国へとやって来た。

 シルヴィ曰く、最南端と言うだけあってこの大陸でもっとも暑い国と言われていて、夏になると最高気温が40度を超えると言われている。

 だが、ビーチには年間で5千万人に及ぶ海水浴客が訪れる程人気が高い。真冬であっても、日本の真夏日に匹敵する熱さである為、避寒目的で多くの海水浴客が訪れるのだそうだ。

 今は8月。夏真っ盛りのこの時期のビーチは、多くの海水浴客であふれているだろう。


「イルミド王国は、跨いで通った3つの国よりはマシなんだろうな」

「確かに、あの3つは酷かったもんね」

「まぁ、キリュシュライン王女が先に訪れて同盟を結んだみたいだから、俺に対する風当たりがかなり酷かったもんな」


 ファルビエ王国を出てから訪れた3つの国は、キリュシュラインに丸め込まれたのか、国の代表が王女によって洗脳されたのかは知らないが、そこでは俺が指名手配されていた。しかも、かなり高額の懸賞金付きで。滞在中は身分を隠して何とかやり過ごしたが、もう二度と訪れたくないと思った。

 これに対して、フェリスフィア王国を筆頭に、アルバト王国、ファルビエ王国、ヤマト王国など、フェリスフィア王国と同盟を結んでいる国が激しく抗議しているみたいだ。その関係で、マリアの合流が更に遅れるとの事が予想される。

 だが、キリュシュライン王国は全く効く耳を持たなかった。

 その講義をした国の中に、俺達が今訪れているイルミド王国も含まれていた。


「心配しなくても、イルミド王国は竜次に酷い事しないから」

「そう祈っているよ」


 シルヴィの事は信用しているが、同盟国全てが俺に対して友好的だとは限らない。考え過ぎだと言われたらその通りなのだが。


「それに、実はこの国も大襲撃の被害に会った事があるのよ。だから、フェリスフィアと同盟を結んで、魔人対策にも積極的なのよ」

「なるほど」


 確かに、入国する前にそんな事を聞いた事があったが、同時に危機感を抱くのが遅いと思った。実際に被害に遭ってからでないと、事の重大さに気が付かないなんてどうかしている。被害に遭う前に対策に乗り出していたのは、フェリスフィア王国とヤマト王国の2ヶ国だけだったそうだ。ちなみにその共通点は、どちらも聖剣士が建国した国だそうだ。


「確か、フェリスフィア王国は先代のフェニックスの聖剣士が、ヤマト王国は先々代の獅子の聖剣士が建国したんだったな」

「えぇ。ちなみに、先代の獅子の聖剣士が建国した国が、私の元祖国のエルディア王国ね」


 それは聞いた。他にも、先々代の聖剣士が建国した国はあるが、いずれもキリュシュラインが攻め滅ぼしたのだそうだ。


(と言うか、何で先々代の獅子の聖剣士だけが東方で国を築き上げたんだ?そいつだけが日本人だからなのか?)


 そう考えると、今回召喚された聖剣士は非常に手抜きが過ぎるなと思った。全員が日本人で、しかも全員学生だから。


(まぁ、外人さんが選ばれても緊張するだけだし別に良いけど)


 秋野と犬坂はまだ話し合いが出来るだけマシだし、上代も俺の話をよく聞いてくれる。だが、何で石澤みたいな奴がドラゴンの聖剣士に選ばれてしまったのか。当初は妥当だなと思ったが、中学の頃を思い出してやっぱり間違っているなと思い直すようになった。


「竜次!早くこっち!」

「ちょっ!そんなに引っ張るなよ」


 突然俺の手を引いて走り出したシルヴィ。魔法で俺達の周りの空気を冷たくしているけど、この強い日差しと気温のせいで殆ど意味をなしていない状態にある為、走るのは正直言ってキツイ。

 しばらくすると、進行方向上から潮の香りがした。しばらく走ると、丘の下から青い海と白い砂浜のビーチが広がっていた。よく見ると、海水浴に来た人でいっぱいであった。


「スゲェ……」

「この美しいビーチを、どうしても竜次に見せたかったの。それと、竜次と一緒に泳ぎたかったから」

「そうだな。ずっと気を張ってばかりいたから、たまには息抜きをしないとな」

「そうこなくっちゃ!」


 ビーチを前にはしゃぐシルヴィに手を引かれ、俺達はすぐにビーチに併設されている売店で水着を買いに行った。お店の雰囲気が、日本の海の家とどことなく似ていたので、不思議と安心感が湧いてきた。

 それから1時間後。

 荷物を預けた俺は、砂浜にシートを敷いてそこに座っていた。売店で買った膝上丈の水着を履いて、上にパーカーを着て。ちなみに聖剣は、ストラップサイズにまで小さくさせてパーカーのポケットに入れてある。


「まさか、あんなに小さく出来るなんて思わなかったぞ」


 実は、水着に着替える際に聖剣を置いていこうと思ったが、聖剣は常に聖剣士の傍を離れない為正直どうしようと困っていた所であった。

 そんな時、聖剣が徐々に小さくなっていき、最終的には掌に収まるまでに小さくなったのを見た時は本当に驚いた。

 その後いろいろ試してみたが、どうやら自分の意志で自由に大きさを変えることが出来る事が分かった。流石に、元のサイズよりも大きくは出来なかったみたいだけど。と言うか、そんな便利な機能があったのなら風呂に入る時困らなくて済んだのに、何でこの世界に来て半年後になってようやく発覚するんだ。


「竜次、お待たせ!」

「いや、そんなに待っては……」


 着替え終えたシルヴィが、早足で俺の元に駆け寄って来た。今回彼女が来ている水着は、赤と白のボーダーのビキニで水浴びの度に着ていた水色のビキニよりも露出が多く、凄く色っぽかった。しかも、大きすぎる双丘がこれでもかと言わんばかりに自己主張していて、走ったら零れてしまいそうであった。


「どうかな?この水着」

「あ、ああ!凄く、似合っているぞ!」


 そんなシルヴィが、俺の目の前まで来て前屈みになって水着を見せてきた。それにより、シルヴィの深すぎる谷間が視界に入った。


(ヤバイ!ガン見してはいけないと思いつつも、どうしても目が離せない!)


 悲しかな、それが男のサガというものなのだ。無気力無関心に生きてきた俺でも、人並みに性への関心はある。


「今、エロい事考えてたでしょ」

「ななな、何故!?」

「だって、竜次の気の色がピンクになっているから」

「っ!?」


 ニヤリと笑うシルヴィに言われ、俺は心の底から思った。穴があったら入りたい、と。

 気の色は、その人の感情や状況によって色が変化するもの。平時だと白色だけど、嘘を付くと赤色に染まり、悲しい気持ちになると青色に、強い怒りを感じるとオレンジ色に、幸せな気持ちになると黄色に染まる。そして、ピンク色に染まるのはその人が誰かに対してエロい事を考えていると染まる。

 はい。確かに欲情いたしました。


「ふふっ!私でドキドキしてくれたのなら嬉しい」


 満足そうにシルヴィは、俺の隣に腰を下ろして肩に頭を乗せてきた。この気温で引っ付かれると熱いのだが、今はその熱さが心地良く感じてしまう。

 ついでに言うと、現在シルヴィの気の色は黄色に染まっていました。


「何でそんなに嬉しそうなんだよ」


 なるべく本心を悟られない様に平常心を保とうとするが、心臓は今にでも破裂しそうなくらいに早く脈打っていた。


「だって、この調子なら私を押し倒してくれる日が近くなるんじゃないかって思うから」

「女の子の口からそんな事を言うのではありません」

「何で急に敬語なの?」

「気のせいです」


 そう言えば忘れていたが、こいつ実はムッツリだった。そんな事を言ってくるシルヴィに、俺は思わず敬語になってしまった。


「エロい目で私を見ていた事は全然気にしていないわよ。だって竜次、水浴びの時だって私を見る度に気の色がピンク色になっていたじゃん」

「マジ!?」


 それは流石に予想外であった。

 いや、むしろ心当たりありまくりだ。初めてシルヴィの水着姿を見た時、俺は柄にもなくドキドキしてしまった。しかも、それ以降俺に抱き着いて来るようになったから尚更だ。


「……まさか、俺の気がピンクに染まるのが面白いから、水浴びの度に抱き着いてきているのか?」

「そうよ」


 あっさり認めやがった。


「だって、私だけを見てくれた事が、私でドキドキしてくれた事が嬉しくてつい」


 てへぺろ何てしているが、その顔からは悪戯っぽさが伺えた。気の色も、金に近い黄色になっていた。

 こんな子に迫られて、果たして俺の理性は保たれるのだろうか。そういえばこの1ヶ月半、やたらと積極的だったな。マリアと言うストッパーがいない今だからこそなのかもしれないが。


「そんな事より、泳ごう」

「お、おう」


 シルヴィに手を引かれ、俺は波打ち際まで走った。水を掛け合ったり、泳いだり、ぷかぷか浮かんで空を眺めたりした。他愛もない事だったが、何故かシルヴィと一緒にいると楽しく感じた。

 考えてみれば、こうして誰かと一緒に遊んだのもかなり久しぶりであった。梶原と決別する前は、彼女やクラスの友達ともよく一緒に遊んだ。

 あの日を境に、俺の人生はどん底に落ちる事になり、それ以来誰とも遊びに行く事も無くなり、部屋に籠りきりの生活を送るようになった。


「楽しそうね」

「そうだな。こんなに誰かと一緒に遊んだこと自体が久しぶりだ」

「ふふっ。なら、もっと楽しい事をしましょう」

「ん?」

「実は、以前から目をつけていた場所があるの」

「何処だ?」


 悪戯っぽく笑うシルヴィが、正面から抱き着いて鼻と鼻が触れるくらいに顔を近づけてきた。正直言って、ここまでの美女に抱き着かれて、その上好き好きオーラ全開で迫られたらドキドキしない訳がない。しかも今は、いつもよりも大胆な水着を着ている為余計に落ち着かない。

 落ち着け、俺の心臓よ!

 鎮まれ、俺の本能よ!


「ドキドキしてる♪」

「この状況でドキドキするなって、無理だろ……」

「ふふっ!」


 嬉しそうに笑うシルヴィが、そっと一瞬だけキスをしてきた。


「お、おまっ!?」

「この海の底。そこに私が以前から目をつけていた遺跡があるの。竜次にも見せてあげる」




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 




 シルヴィに薦められて、俺は彼女と一緒にイルミド王国の海の底にあると言う海底遺跡へと向かう事にした。シルヴィに、海の中でも普通に呼吸が出来るように魔法もかけてもらって。海の中で息が出来るなんて、魔法ってすごいな。


「それにしても、よくそんな遺跡を見つけたな」

「10歳の時にお父様達と遊びに行った時に、こっそり抜けて海底探索した事があってね、その時見つけたの」

「ふぅん」


 なんだか想像がつく。

 シルヴィに誘導されて、俺はどんどん深い所まで歩いて行った。海底を歩くなんて変は感じだが。


「にしてもいろんな生き物がいるな」


 見た事もないような生き物から、日本でもおなじみの魚やサメなども泳いでいた。

 ………………ってちょっと待て!


「おい!サメも普通に泳いでるけど、大丈夫なのか!?」

「大丈夫よ。こっちのサメたちがビーチに来たという報告は無し、それに浜から3キロ圏内には来ない様に魔法も掛けられているし」

「いやいや、俺が心配しているのはこっちに襲い掛かって来ないかってんだよ!」

「大丈夫。ただのサメなら魔法で何とか出来るし、クラーケンが出ても自分で対処できるわ。捕まるかもしれないけど」

「おい」


 って事は何か?この海にはクラーケンもいると言うのかよ。ビーチには魔法が掛けられているから安心だけど、俺達は今魔法が掛かっている範囲の外にいるのだぞ。クラーケンって、大きなタコの魔物なんだろ。


「まぁ、ばたばた騒がなければサメはこっちに襲い掛かって来ないし、クラーケンなら私に任せておけば大丈夫よ」

「お前の楽観的な考え方が時々羨ましく思うぞ」


 そんな危険地帯に行って、10歳のシルヴィはよく無事に帰って来られたな。

 とは言え、サメやクラーケンがいるみたいだから警戒はしておかないとな。事実、サメ共は既に俺達の周りを普通に泳いでいる。

 ん?なんか頭上をとてつもなく大きな生き物が横切り、長い首をしならせてサメたちを捕食していっているぞ。見た目が完全に、子供の事に図鑑で見た事がある首長竜に酷似していた。胴はずんぐりしておらず、細長かったが。


「あれはシーサーペントよ。暖かい海ならどこにでもいる魔物で、サメが大好物なの。あ、人間には襲い掛かって来ないから安心して」

「まぁ、確かに害意は感じられないが……」


 それでも、あんなに大きな魔物が普通に頭上を泳いでいると言うだけで何だか落ち着かない。サメたちを追い払ってくれているという点はありがたいが、やはりどうにも落ち着かない。と言うか、ビーチにサメが現れないのはこのシーサーペントから逃げる為なんじゃないのか。


「そんな事より、手を繋ぎましょう。ここから徐々に薄暗くなるから」

「ああ」


 楽しそうにするシルヴィに手を握られ、俺は光さえも届きにくい深い海の底へと向かった。それでもまだ、周りの状況が確認出来た。

 しばらく歩くと、石で出来た紀元前のローマの遺跡に似た建物が見えた。古い建物とは思えないくらいに造りはしっかりしていて、何よりも凄く綺麗であった。


「あれよ!」

「お、おい!」


 シルヴィに手を引かれ、俺はその遺跡の中へと入っていった。どうやらこれが、目的の遺跡みたいだ。まぁ、目的地に着いても薄暗かったらあまり意味が無いのだけど。


「よく見てて。絶対に驚くから」


 はやる気持ちを抑えて、シルヴィは掌からソフトボールサイズの光の玉を出した。そしてそれを天井に向けて放つと、その光の玉が天井に吸収されて、瞬く間に遺跡全体が黄金色の輝きを放って周囲を明るく照らした。


「なんだ、これは!?」

「驚いたでしょ♪先々代のフェニックスの聖剣士が建てたと言われている、黄金の神殿なの」

「黄金の神殿」


 まさか、こんな所でフェニックスの聖剣士関係の遺跡が見つかるなんて思わなかった。


「私も最初に来た時には驚いたけど、2000年も経っているとは思えないくらいに綺麗で、劣化が全く見られなかったからいろいろ探検して分かったの。今のフェニックスの聖剣士の竜次に、どうしても見て欲しかったの」

「凄い。本当に凄い」


 他に言う事もあるだろうと言いたいけど、実際に目にすると「凄い」しか言葉に出てこなかった。と言うか、2000年も経っているというのにどうしてここまでしっかりと残っているのだ。経年劣化も無ければ、コケや藻も付いていない。まさに、恩恵「奇跡」にしか出来ない事であった。シルヴィは、これを俺に見せたくてここまで連れてきたのか。


「竜次には辛いことが多すぎるから、楽しい思い出や、良い思い出も作ってあげたくて連れてきたの」

「ありがとう」


 シルヴィと出会っていなかったら、こんなに綺麗な遺跡をこの目で見る事なんて無かった。


「竜次」

「何だ」


 繋いでいた手を強く握り、シルヴィは俺の前に立った。


「私は、竜次の事が好き。キスだけじゃなく、竜次にいっぱいくっ付きたいし、それ以上の事もしたい」

「俺も、シルヴィが好きだ」


 改めて好きだと言われて、俺も好きだという気持ちを伝えた。その直後、シルヴィは真剣な面持ちで俺に言った。


「だからこそ、私も強くなる。竜次に守られてばかりではなく、私も竜次を守ってあげられる様に」

「シルヴィ」

「竜次に掛けられた冤罪の内容は理解しているけど、私は竜次に手を出してもらえないなんて絶対に嫌だし、私が我慢できないから」


 おいおい。そこは我慢して欲しいぞ。と言うか、真剣な顔をして言う事でもない気がするが、本人にとっては真剣な事なんだろう。


「もちろん、竜次の意思を無視したりはしないから、竜次から私を抱きたくなるように仕向けてみせる。抱かれても、竜次を追い詰めたり、見捨てたりしない事はここで約束する。黒い方に何を言われても、私は全然平気だから竜次が気にする事じゃないわ」

「シルヴィ」

「それと約束する。竜次に掛けられた汚名は、私が絶対に晴らして見せる。これ以上あの男に竜次を穢させない。黒い方を、石澤玲人を死刑にさせる」


 しっかりとした口調で、シルヴィは宣言した。俺の汚名を晴らし、石澤を死刑にさせると。その瞬間、シルヴィを包み込んでいた気が黄金色に輝いた。黄色ではなく金。

 金色に染まった時は、その人が心に強い想いを秘めた時に染まる。シルヴィの強い意志の現れである何よりの証拠。

 シルヴィは、俺の為に何時も何かしてくれる。そんなシルヴィの為に、俺も何かしてあげたい。こんなにも、こんな俺の事を愛してくれる人は他にいない。


「俺も、シルヴィの為に何かしたい。シルヴィが望む事なら何でもしてあげたい」

「私も、絶対に竜次を助けてあげる。竜次の過去を見て、その思いが強くなったし、あの男に対する怒りも強くなった。竜次が許しても、私が絶対に許さないから。だから竜次も、あんな奴を絶対に許しては駄目。許せば必ず、あの男は付け上がるから」

「分かった」


 シルヴィにそこまで言われれば、俺も石澤を許すつもりなんてないし、そもそも石澤の奴はこの世界に来てからやりたい放題にやっている。やっている事は正しい事かもしれないけど、更に深く掘り下げるとあまりにも自分勝手で卑劣だ。元から最低だったが、この世界に召喚されてから益々最低になっていった。

 そんな男を、もはや許すことは出来ない。許してしまうと、シルヴィの言う通り石澤は付け上がるだけで全く反省しない。

 絶対に離さない。ようやく会えた、俺の事を信じて、傍で支えてくれる信頼できる相手に。この子を守る事が、俺がこの世界に召喚された意味だと確信した。

 シルヴィの為に戦う。それが、俺が全力でなすべき事だから。

 そんな時、俺とシルヴィの紋様が突然光り出した。


「何だ」

「私の紋様まで光り出した」


 何が起こったのか分からず、俺もシルヴィも右の手の甲に浮かび上がった紋様を眺めた。


「え?」

「シルヴィも感じたか」

「えぇ。私と竜次を呼んでいる」


 声がしたわけではない。だけど、誰かが俺とシルヴィを呼んでいる気がしたので、俺達は神殿の中心部に向かって歩いて行った。そこにあったのは、青銅器に似た丸い鏡であった。

 俺はその鏡を手に取って見てみた、鏡の部分以外は青銅で出来ていた。裏には、大きく翼を広げる鳥が描かれていた。

 俺がその鏡をじっくり見ていると、鏡が置かれていた台座から一人の黒髪黒目の女性がホログラムの立体映像となって表れた。


「これは……」

「おそらく、俺の前の前のフェニックスの聖剣士だろう」


 どうやら、先々代のフェニックスの聖剣士は女性だった様だ。


『私の名は、張青蘭』


 名前の感じから、中国人みたいだ。言葉が通じるのは、全ての聖剣士に与えられた共通の恩恵のお陰だろう。俺達を呼んだのはこの人で間違いないだろう。


『私が聖剣士としてこの世界に召喚された時、この世界には人間以外にも悪魔が存在していた』

「悪魔どもか」


 シルヴィは空想の産物だと言っていたが、2000年以上前には存在していて、人間に仇をなしていたのだな。


『悪魔どもは、この世界と人間を支配する為に別の世界から生き物を連れ去り、その遺伝子を基に怪物どもをたくさん生み出して町や村を襲撃していった』

「あの怪物どもは、そうやって作り出されていたのか」


 恐竜に似た姿をしていたのは、おそらく白亜紀の地球から何頭か恐竜を連れ去ってその遺伝子を基に作り出されたからなのだな。


「でも妙ね。それだと当時の大襲撃を起こしたのは、魔人ではなく悪魔と言う事になるわね。だったら魔人共は、一体どうやって怪物を生み出す術を身に着けたのかしら?」


 シルヴィの疑問は俺も抱いていた。

 今の世の中、悪魔は空想の産物となっていて、この世には存在しないものとなっている。魔人共がどうやって悪魔から怪物の作り方を教わったのだ。

 そんな俺とシルヴィの疑問を他所に、ホログラムの青蘭は淡々と当時の事を話した。記録だから当たり前だけど。


『私達5人の聖剣士は、何とか悪魔どもを駆逐する事に成功し、悪魔の王であるサタンを撃った。大勢の人が犠牲になったが』


 苦悶の表情を浮かべる青蘭。2000年前も、今と同じ様に5人全員を召喚させていたのか。

 だが、悪魔どもを全て倒したからと言ってそれで終わりではなかった。


『しかし、他の悪魔どもは駆逐できても、魔王サタンの魂は1本の魔剣となって姿を消した。本体は倒しても、サタンの魂までは滅ぼしきれずに取り逃がしてしまった。その結果、新たに魔人を作り出して大襲撃を起こし、新たな災害を起こした』


 サタンだけは完全に死んでおらず、魔剣に姿を変えて再び大襲撃を引き起こしたのだな。

 それにしても、魔人を作ったって一体どう言う事なのだろうか?

 丁度良いタイミングで、ホログラムの青蘭はその疑問に答えてくれた。


『魔人とは、魔剣の力によって細胞レベルで身体を作り変えられて、強大な力まで持たされた人間のことを言う』


「「なっ!」」


 ちょっと待て、どういう事だ!?魔人の正体が、魔剣によって姿を変えられた人間だと言うのか!?だから、魔族ではなく魔人と呼ばれていたのか。異界から来た侵略者ではなく、魔剣によって姿を変えられた人間だったのか。

 と言う事は、俺達はそうと知らずに魔人に変えられた一般人の誰かを殺していたというのか。


『魔人共との戦いは熾烈を極め、たくさんの国で多くの人が犠牲になった。私は何とか魔人に変えられた人を元に戻せないか試したが、恩恵「奇跡」でも彼等を元に戻す事は叶わなかった。パートナーであるダイガの力を借りても』

「そんな……」


 恩恵「奇跡」であっても、魔人にされた人を元の姿に戻せないなんて。一体何の為の奇跡なんだ。もう殺す以外に助ける方法がないのかよ。


『苦渋の決断ではあったが、殺す以外に魔人にされた人を救う方法がなかった。これ以上魔人に変えられる人を増やさない為に、私達は魔剣を葬ろうと奮闘した。だが、力を削るだけに留まり魔剣を取り逃がしてしまった。無念だった。千年以上はなりを潜めると思うが、いずれまた現れて大襲撃を起こす。遥か未来の後輩達の為に、私はこの鳳凰の鏡を残す』


 そう言われて俺は、手に持っている青銅製の鏡に目を落とした。すると、鏡の部分に時間が表示されて、その後ろにイルミド王国が映し出されていた。


『鳳凰の鏡には、大襲撃を予知する力が込められていて、次に大襲撃が行われる国と場所、怪物どもが町や村に到達するまでの時間が表示されるようにできている。それを使って大襲撃を防いで欲しい。怪物どもが、町や村に到達する前に食い止めて欲しい』

「あんた」


 青蘭は、何千年後かに召喚される新しい聖剣士の為にこの鏡を残してくれたのか。怪物どもが、人里になだれ込む前に防ぐのに役立たせる為に。


『最後に、私達の失態を未来の後輩達に押し付けるような真似をして申し訳ないが、どうか魔剣を、サタンの魂を完全に消滅させてほしい。お願いします』


 深々と頭を下げて1~2秒後、ホログラムは消えていった。


「まさか、魔人の正体が人間だったなんて」

「しかも、大昔に滅んだ魔王サタンの魂を宿した魔剣が存在していただなんて」


 と言う事は、今回の大襲撃も復活した魔剣が人間を魔人に変えて行っているというのか。しかも、魔人に変えられた人は元に戻す事が出来ない。殺す以外に方法がない。本当に元に戻せないのか試してみたい気もするが、戦いながらそれを強く願う自信と力が今の俺にはない。


「覚悟を決めるしかないのか」

「竜次がやるなら、私もやる。竜次1人で背負わせる訳にはいかないから」

「ありがとう、シルヴィ」


 俺は弱い。だからそこ、俺にはシルヴィが必要なんだ。

 それよりも、今は気になる事がある。


「この鏡に映し出された国で大襲撃が起こり、表示された時間がゼロになる前に大襲撃を食い止めろと言うのか」


 今表示されている国はイルミド王国で、町に到達するまでの時間が残り106時間36分27秒、あと4日と10時間36分。

 更に表示されているイルミド王国の地図には赤い点と黄色い点の2種類がある。赤い点が、俺達が遊んでいたビーチに向かいながら点滅していて、黄色い点が大きいのと小さいので2つ、その内小さい方が今俺達のいる海を指していて、大きい方もこちらに向かっている最中であった。


(これはもしかして、4日と10時間後にこの国で大襲撃が起こると言うのか)


 おそらく赤い点が怪物達の現在位置を指し、黄色い点が俺達聖剣士を指しているのだろう。大きさが違うのは、おそらく大きいのが2人以上の集団で、小さいのが1人でいる事を指しているのだろう。状況から察するに、それ以外に考えられない。と言う事は、あの4人もこのビーチを目指して進んでいるというのか。


「シルヴィ。怪物どもが海から現れるって事もあるのか?」

「まだ1件しか確認できていないけど、あるわ。陸と違って思う様に戦う事が出来ないから、陸地で戦う時よりもたくさんの犠牲者が出たわ」

「厄介だな」


 当たり前だが、人間は泳ぎながら海の生き物と戦うことは出来ない。水中では無重力状態にあって、思う様に身体を動かす事が出来ない。それ以前に、人間は長時間潜る事が出来ない。どんなに頑張っても3分が限界だし、俺は息継ぎなしだと2分も潜っていられない。

 最も劣悪な状況での戦いになるだろう。


「とにかくまずは、この事を国王に報告しないと」

「えぇ……っ!?」

「何だ!?」


 神殿を出ようとした矢先、神殿全体を強い揺れが襲った。まるで、外からの襲撃を受けたみたいに。


「何が起こっているんだ」


 外の様子を窺う為に窓の外を見ると、物凄く大きな黄色い目玉がこちらを睨んでいた。そして、隙間から吸盤の付いた触手の様なものが宮殿全体を覆っているのも見えた。


「おいまさか」

「クラーケンよ。それも、これは特大サイズだわ」

「チキショウ!冗談じゃねぇぞ」


 何でこんな時にクラーケンに遭遇するんだ。しかも特大サイズが。

 丁度聖剣を持っているし、倒して進むしかない。そう思ってポケットに手を入れて出ようとした時、シルヴィに肩を掴まれて止められた。


「ここは私に任せて」

「任せてって、シルヴィ1人でクラーケンと戦わせるなんて」

「大丈夫だから、私を信じて」


 柔らかくも、されど自身に満ち溢れた笑顔を浮かべるシルヴィを信じて、俺は黙って頷いた。


「見ててね」


 そう言ってシルヴィは、1人でクラーケンの前に出た。その様子を、俺は窓から見守った。

 当然、出てすぐにシルヴィは露出している腹部をクラーケンの足に巻かれて捕まった。しかし、捕まった割にはとても落ち着いているシルヴィ。


「シルヴィ!」

「大丈夫よ。両手さえ無事なら何の問題もない」


 心配する俺を安心させる為に、シルヴィは笑顔で答えた後両腕を上げた。その直後、シルヴィの掌からお馴染みの召喚陣が浮かび上がり、やがてそれが大きくなって広がっていった。それを見て俺は、シルヴィが1人でクラーケンに挑んでいった訳を理解した。


「クラーケンと契約する気か」


 魔物と契約して、自分が呼びたい時に呼んで召喚させる召喚術。シルヴィが最も得意としていて、シルヴィだけが使える特別な魔法。

 対象の魔物と契約する方法は2つ。

 一つは、その魔物と仲良くなる事。

 もう一つが、戦って勝つ事。

 シルヴィは、クラーケンと戦って勝って契約を結ぼうとしているのだ。そこへ俺が横槍を入れると契約は成立しなくなる為、俺はただ見守る事しか出来ない。

 そんなシルヴィを嘲笑うかのようにクラーケンは、身体を斜めにして8本の足の付け根にある口を大きく開いた。大人一人を簡単に丸呑みにしてしまう程の大きな口であった。その口の近くまでシルヴィを持って行った。


「私を食べる気か。でも生憎、私を食べていいのは竜次だけよ」


 目の前に口が迫ってもあせる事無く、シルヴィは両手を前に出してたくさんの泡のようなものを放った。それがクラーケンに触れた瞬間、泡が爆発した。その爆発にクラーケンが怯み、シルヴィを捕まえている足は徐々に口から遠ざかっていった。


「次は特大サイズ!」


 そう言ってシルヴィは、両手から直径10メートル以上もある泡を作り出して、それをクラーケンの胴に叩き付けて大爆発を起こした。その後もシルヴィは、特大サイズの泡爆弾を何発もクラーケンにぶつけた。それでもクラーケンは、粘り強くシルヴィを離そうとはしなかった。


「まだ降参しないか!だったら、今度はあんたの頭上に雷を起こすまでよ!」


 本気だという事を証明する為に、シルヴィは掌からバチバチと電気を走らせて見せた。

 その脅しの直後、クラーケンの動きが止まり、胴の部分に召喚陣が浮かび上がった。これは、クラーケンが負けを認めてシルヴィとの契約が成立した証である。

 ようやく負けを認めたクラーケンは、シルヴィを神殿入り口付近に降ろして離した。すぐに俺は、シルヴィの元へと駆け寄った。


「シルヴィ!」

「竜次やったよ!クラーケンと契約出来たわ」


 嬉しそうにシルヴィは、勢いよく俺に抱き着いてきた。シルヴィと契約したクラーケンは嘘みたいに大人しくなっていて、ジッと俺とシルヴィを見ていた。


「これで海上戦での重要戦力が手に入ったわ!」

「ありがとう、シルヴィ」


 これで少しは優勢に戦う事が出来る。海の怪物と呼ばれているクラーケンは、海に住んでいる魔物の頂点に君臨している。そんなクラーケンと契約したシルヴィを、俺は強く抱きしめた。




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