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26 負け惜しみとシルヴィの決意

 周囲にいた兵士達を踏み潰しながら、ファフニールは王都を攻め込もうと身体を翻し始めた。王都に住んでいる人達まで襲うつもりのようだ。

 だが、そんな事はさせない。

 俺達はまず、ファフニールの注意を引く為に魔法で背中を攻撃した。通常サイズなら身体を貫通されたであろう魔法攻撃も、怪獣クラスにまで大きくなったこのファフニールだと表皮を軽く傷つける程度のダメージしか与えられなかった。


「チッ!怪獣になったせいで攻撃が効きやしねぇ!」


 だが、上手く気を引くことは出来たみたいで、ファフニールは俺達の方を向いて近づいてきた。


「そう言えば、ゾーマは大丈夫なのか?」

「大丈夫。ファフニールは人間以外の生き物には興味も関心も抱かないから」

「ふぅん」


 つまり、人間以外は食わないって事か。そういえば、似たような設定の漫画が地球にあったな。確かに、ゾーマのやつ何食わぬ態度で草を食っているし。


「さて、上手く気を引く事が出来たが、ぶっちゃけこの先は考えていないんだよな」

「私も」

「無理もありません。通常攻撃が効かないのですから」


 なんて言ってはいたが、マリアには一つだけ方法があるのか、口の端が少し上がっていた。いや、この顔をしている時というのは純粋に楽しんでいる時だ。となると、方法なんて何も考えていないだろう。

 ガアアアアアアアアアアアアア!

 大きく吠えた後、ファフニールは俺達に向かって炎のブレスを吐いてきた。ファイヤードレイクほどの威力は無いが、それでも人間を一瞬で灰にするほどの力はあると直感した。


「クソ!」

「キャッ!?」


 俺はシルヴィを抱えてブレスを躱した。マリアは自力で、リーゼロッテ様は見えない障壁の様な物を作って防いでいた。

 そんな俺達にファフニールは、辺り構わずブレスを吐き続けた。


「チッ!これじゃ近づけない!」

「あの、竜次……そろそろ降ろしてくれても良いんじゃ……」

「へ?」


 シルヴィに指摘されて、俺はようやくまだシルヴィを抱えたままだという事に気付いた。


「わっ、ワリィ!」

「ううん。ありがとう」


 照れ臭そうに身体をもじもじさせるシルヴィ。頬はほんのり赤く染まり、少し困った様な目で俺を見上げていた。チキショウ!時々見せる色っぽい仕草に、身体全体が熱くなってしまうじゃないか!


「そこの2人!イチャイチャしている場合じゃないですよ!」

「「なっ!」」


 マリアに指摘されて、俺とシルヴィは改めてファフニールの方を向き直した。攻撃が当たらなくて苛立っているのか、今度は爪と尻尾を使って俺達を攻撃し始めた。

 俺とシルヴィとマリアは、自力でこれらの攻撃を躱す事が出来るが、リーゼロッテ様はひたすら障壁を展開して防ぐしか出来なかった。このままでは、リーゼロッテ様の方が持たなくなってしまう。


「クソ!駄目で元々だ!」


 俺は聖剣を持っていない左手から、青色のレーザー砲の様な炎をファフニールに向けて放った。放った魔法がファフニールの脇腹に命中し、そこから血しぶきが舞い散った。

 ガアアアアアアアアアアアアア!

 痛みのあまりに大きく吠えるファフニール。


(今まで効かなかったのに、何で脇腹だけはあんなにダメージを与えられたんだ?)


 そんな俺の疑問に答えるように、マリアが俺の近くまで来てその訳を答えた。


「腹は全ての生き物にとっての急所。強固な鱗を持つファフニールだけど、腹だけはそこまで強固ではないのです」

「大抵の生き物は、相手に服従する際は急所である腹を晒す事が多いの。肉食動物が仕留めた獲物を捕食する際は、必ず腹から内臓を食っていくでしょ」

「なるほど」


 そういえば学校でも習ったっけな。腹は生き物にとって最も柔らかい部分で、絶対に守らなくてはならない急所なのだと。固い甲羅を持つ亀は例外として、殆どの動物は絶対に相手に腹を晒さないと。

 アーマードラゴンと遭遇していたから忘れていたが、その共通の弱点はドラゴンとて同じだ。


(なんだ、ちゃんと方法を考えていたのか)


 先程の攻撃でファフニールが怯んでいる隙に、ずっと障壁を展開していたリーゼロッテ様が俺達と合流した。


「弱点は分かったけど、問題は生半可な魔法ではあの腹は傷つけられない。傷つけた後も、強烈な斬撃がないと仕留めるのは難しいぞ」

「分かってる」


 リーゼロッテ様の指摘通り、いくら魔法で腹を傷つけたとしてもあのサイズでは決定打には至らず、トドメを刺すには強烈な斬撃が必要となる。

 つまり、危険を冒してまであのファフニールに近づかなければならないのだ。


「おおおおおおおおおおおおおお!」


 再起した石澤が、物凄い形相でファフニールの足元へと走って行った。しかし、硬い鱗に覆われた足を傷つける事は叶わなかった。


「石澤!」

「お前は引っ込んでろ!お姫様一人を守れないお前なんかに、この怪物を倒せる訳がない!」

「クッ!」


 確かに、今の俺ではシルヴィ1入りを守れても、マリアやリーゼロッテ様を守り抜く事が出来ない。


「俺が、彼女達を守るんだ!」


 だが、そんな石澤の攻撃ではファフニールに傷一つ負わせる事が出来ないでいた。


「これならどうだ!」


 通常の斬撃が効かないと分かると、今度は腹に向けて巨大な火球を放った。ところが、石澤の火球は全て翼によって防がれた。当たり前だが、そう簡単に急所である腹を攻撃させる訳がない。

 ガアアアアアアアアアアアアア!

 怒ったファフニールが、石澤に向けて強烈な尻尾の一撃を食らわせようとした。流石にあれでは死んでしまう。


「クソ!」


 俺は無意識に左手を伸ばし、石澤の周囲に薄い透明な膜の様なものを展開させた。石澤を死なせない為に、保護膜の様なものを晴らせたのだ。


「やらせない!」


 その上、秋野が石澤の前に出て聖剣の力で光の壁を展開させた。

 だが、ファフニールの力は更にその上をいっていて、2人は尻尾の一撃を食らって吹っ飛ばされてしまった。保護膜と秋野の防御のお陰で、2人とも死んではいないがダメージがかなり大きく、倒れたまま動けないでいた。


「チッ!」


 やはり、そう簡単に腹を攻撃させてはくれない。先程の脇腹のダメージを受ければ、同じ攻撃は二度と受けない。それでも、やらない訳にはいかない。

 そんな俺達を嘲笑うかのように、ファフニールは再び俺達に向けてブレスを吐いてきた。俺達は再び別々の方向へと避けたが、シルヴィが避けた場所にファフニールが尻尾の一撃を食らわせようとした。


「シルヴィ!」


 俺の声に気付いたシルヴィは、ようやく自分の身に起こる危機に気付いたが、避けるには遅すぎた。


「クソ!クソクソクソ!」


 俺は無我夢中で走り、攻撃がシルヴィに直撃する前に何とか間に合い、彼女を抱き寄せると庇う様に背を向けた。代わりに、俺がファフニールの尻尾の一撃を食らう事になった。


「竜次!」


(痛い!全身の骨と内臓が粉々にされる様だ!口から血の味がする!)


 恩恵「奇跡」が無かったら、俺の身体は粉々に吹き飛んでいた事間違いない。だが、久々に感じた死と同等の痛みに俺の意識は一瞬だけ真っ白になり、視界がぼやけて、身体が動けないでいた。本当に理不尽だ。いくら死ななくても、ダメージをそのまま受けては意味がない。


「嫌!竜次、しっかりして!」


 瞳から滝のような涙を流すシルヴィの顔を見て、俺の心はこれでもかと言わんばかりにズタズタになった。


(この子を泣かせたのは、俺……)


 石澤の言う通り、俺は大切な人を誰も守る事が出来ない、無力でちっぽけな人間だ。


「クッ……」


 ようやく動けるようになった時に、再びファフニールの尻尾の攻撃がこちらに襲い掛かってきた。


「っ!」


 俺は再びシルヴィの前に出て、彼女に攻撃が及ばないようにガードしようとした。


「駄目!」


 そんな俺の前に、シルヴィが前に出て俺に抱き着いてきた。


「よせ!」

「嫌!」

「シルヴィ!」


 彼女を引き離そうとするも、身体に思うように力が入らない。このままでは、シルヴィにまであの苦痛を味合う事になる。俺のパートナーになった事で、彼女にも恩恵「奇跡」が少しだけ宿って俺と同じ様に不老不死の身体にはなったが、ダメージはそのまま受ける。シルヴィにまで、あの苦痛を味合わせる訳にはいかない!俺は、力が入らない自分の身体に鞭を入れて強引に彼女を後ろに回した。

 そんな時、ファフニールの尻尾が何者かによって止められた。状況を確認する為に、俺は恐る恐る後ろを振り返った。


「クソ!両腕が痺れる!」

「上、代……!」


 俺達を助けたのは、緑色の服と鎧を身に着けた上代が聖剣でファフニールの攻撃を食い止めていた。恩恵によって、常人離れしたパワーを手に入れた上代によって止められたが、それでも両腕の痺れを感じる程のダメージは受けたみたいだ。


「上代!」

「ようやく動けるようになったんなら、この怪物を倒す為に協力してくれ!今犬坂が、姫騎士様と一緒に牽制している!」

「分かった!」


 俺はシルヴィを置いて、ファフニールの所まで走って行った。


「ん!」


 尻尾を押し返すと、上代は俺と一緒にファフニールの股の下まで走った。狙うは、股にある足の付け根。


「「はあぁっ!」」


ほぼ同時にジャンプした俺と上代は、聖剣でファフニールの足の付け根を深く切りつけた。腹以上に柔らかい脚の付け根は、たった一撃の斬撃で大量の血しぶきを上げて、ファフニールは四つん這いになった。


「貰った!」


 目の前に迫った大きな腹に、俺は着地と同時に聖剣に風の刃を纏わせて臀部(でんぶ)から鎖骨の間までを切り裂いた。その時吹き出た返り血を頭から被り、俺の全身は真っ赤に染まった。


「あーやあー!」


 それによって切り開かれた胸部の中にあった心臓を、マリアが炎を纏わせた剣の一撃によって真っ二つにされた。

 ガアアアアアアアアアアアアア!

 甲高い雄叫びを上げながら、ファフニールは大きな音を立てながら倒れた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 巨大な化け物を倒す事が出来たというのに、俺の心はちっとも晴れやかではなかった。

 それもその筈。今回の戦いで、俺は彼女達をきちんと守り切る事が出来なかった。生涯愛すると誓った筈のシルヴィを、危険な目に遭わせてしまい、泣かせてしまった。


「うぅ……」


 やりきれない後悔と、己の無力感に胸が張り裂けそうになった。


(俺は、無力だ……!)


 全身をファフニールの血で真っ赤に染めた俺は、天を仰ぎながら呆然と立ち尽くしていた。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 その翌日。

 俺達がファフニールの気を引いてくれたお陰で、王都への被害は無かった。その代り、兵士300人と国王と王子を失う事になった。

 次の国王候補としてリーゼロッテ様が上がったが、本人は教養を全く受けていない事を理由に継承権を放棄し、代わりに彼女の母親の弟の息子が新しい国王となった。マリア曰く、とても優秀で民想いの男らしい。

 新国王は先ず、今回の戦いで何の役にも立たなかったキリュシュラインの上代と犬坂以外の聖剣士と王女を糾弾し、国へと帰るように言った。

 だが、そこで問題が起こった。


「何でわたくし達が、こんなにも酷い仕打ちを受けなければいけないのですか!玲人様達のお陰で、この町は助かったのに!」

「そうだよ!確かに国王と王子は守り切れなかったが!」


 案の定、クソ王女と石澤がそんな新国王の決定に食い下がって来た。そんな2人に対し、新国王は毅然とした態度で応対した。


「王都を救ったのは、フェニックスの聖剣士様である楠木殿と、おたくの仲間の聖剣士様です。エルリエッタ王女殿下は、ファフニールに怯えて逃げ出しただけではありませんか」

「一国の王女を危険に晒せと言うのか!」

「アナタも何も出来なかったではありませんか、石澤殿。アナタはただファフニールに吹っ飛ばされただけではありませんか」

「やられてはいない!ちょっと油断しただけだ!」

「玲人様、それ以上はお体に障ります」


 回復魔法を掛けられていない石澤の身体は、当然の事ながら至る所に包帯が巻かれ、特に右腕に関しては折れていたらしく首に三角巾で吊るされていた。見ているだけであまりにも痛々しかった。

 上代と犬坂と秋野は、リーゼロッテ様から貰った特性のポーションですぐに怪我が治ったのに、石澤は受け取る前に王女と一緒に新国王の所に来てしまったのだ。


「とにかく、わたくし達が無報酬で何の収穫も無しで追い返されるなんて納得がいきません!」

「先王と王子を上手く丸め込む事が出来ても、私はそうはいきません。何度言おうとも、キリュシュラインとは同盟を結べません。そもそも、そんな役立たずな聖剣士を送り込まれても迷惑なだけです」

「役立たずじゃねぇ!……痛っ!……」


 骨折の痛みで顔を歪める石澤だが、その目はバッチリと新国王を捕らえていた。物凄い怒りの籠った眼差しを向けていた。


「でしたら、リーゼ様特製のポーションを幾つか差し上げますので、どうぞそれでお引き取りください。さもないと、力尽くで追い出します」

「クッ!わたくしにこのような屈辱を与えた事、後悔させてあげます!」

「俺達の助けを跳ね除けた事を、絶対に後悔する事になるぞ!」


 典型的な悪役の捨て台詞を言った2人は、リーゼロッテ様からたくさんのポーションを受け取った後、早々にファルビエ王国から立ち去った。その前に、ファフニール討伐に貢献した上代と犬坂には金貨2千枚という高額の報奨金が支払われた。

 その後、新国王はファフニールの遺体を金貨5千枚で買い取り、それを俺に授与すると言った。だが、俺はその受け取りを辞退する事にした。

 表向きは、この国の為に使ってくれって言ったが、本音は誰も守れなかった俺に報奨金を受け取る資格なんて無かったからだ。それに、ファフニールにトドメを差したのはマリアだ。俺は何も出来ていない。


「楠木殿の気持ちはありがたいです。ですが、それでは私達の気が済みません。せめて、厄竜討伐の賞金、金貨200枚だけでも受け取ってください」

「……分かりました」


 これ以上は向こうも引き下がらないだろうと判断し、俺は金貨200枚が入った布袋を受け取る事にした。

 その後、新国王はフェリスフィア王国との同盟を表明し、共に魔人共に立ち向かう事を宣言した。

 女王代理として、マリアはその手続きの為にしばらく王都に残る事になった。

 そんな中俺は、1人王都から遠く離れた草原の上で仰向けになってボォと夜空を眺めていた。


「今日一日だけで、いろいろとあり過ぎたな」


 フェリスフィアとの同盟の件はまだ時間が掛かるけど、新国王の就任、キリュシュライン王女と4人の聖剣士の追い返し、賞金の授与などいろいろとあった。


「結局俺は、一体何が出来たって言うんだ」


 国王と王子をみすみす見殺しにしてしまい、障壁を張るばかりのリーゼロッテ様を助けてあげられず、シルヴィを危険な目に遭わせた挙句泣かせてしまった。

 そんな俺が、彼女達と共に行動する資格があるのか。誰も守ってあげられない俺に、パートナーを持つ資格があるのだろうか。

 そう思った俺は、シルヴィやマリアを置いて再び1人で旅に出る事にした。

 俺には、突出した何かがある訳でもない。身体能力が高い訳でもない。頭がいい訳でもない。恩恵が無かったら、本当に何にもできないろくでなしだ。ドラゴンや危険な魔物とまともに戦えるのも、全て恩恵の助けがあっての事。俺自身の力ではない。

 いくら努力を積んでも、誰も俺の事を見ようとしてくれない。

 いくら勉強をしても、皆がそれを否定して穢す。

 良い事を行っても、誰も俺の事を認めようとはせず、悪者として石を投げてくる始末。


「クソ!一体俺は何の為にこの世界に来たって言うんだ!」


 この数ヶ月、俺はシルヴィや皆を守る為に剣の稽古を毎日欠かさず行い、薬学や錬金術を覚える為に毎晩勉強をしてきた。

 だけど、ファフニールとの戦いで俺の心は完膚なきまでに叩きのめされた。結局誰も守れていなかった。俺のせいでシルヴィを怖がらせて、泣かせてしまった。

 俺は、恩恵の力が無ければ何も出来ない凡人未満の男。そんな俺に、大切な人を作って護る事なんて出来なかった。それでも出来ることをやろうとしても、誰も俺の事を見てくれず、逆に悪者に仕立て上げようとする。

 俺が今までやって来た事は、全て無駄だと言うのか。


「何1人で思い詰めているのよ」

「っ!?」


 ぼんやり空を眺めていると、突然目の前にシルヴィがひょっこりと顔を出してきた。


「し、シルヴィ!?何でここに!?」

「それはこっちのセリフよ。私達を置いて1人で行っちゃうなんて、酷いじゃない」

「うぅ……」


 まさか、わざわざ俺を追いかけてここまで来たというのか!?

 そんなシルヴィが、さも当たり前のように俺の隣に寝転がり、俺の方を向いた。


「戻らなくて良いのか?」

「大丈夫よ。マリア様には、竜次と一緒に先に行っているって言ったから。ゾーマを置いたから、どんなに離れてもちゃんと追いつくと思うわ」

「……何で、俺なんだよ」


 シルヴィも、マリアも、何で俺なんかと一緒にいたがるんだ。こんなろくでなしな俺と、何で追いかけてまでそこまで一緒にいたがるのだ。


「俺なんかと一緒にいても、ただ傷つくだけだぞ。危ない目に遭うだけだぞ。昨日みたいに怖い思いをする事になるぞ」

「そうね。確かに、昨日は物凄く怖かったわね」

「っ!」


 予想していたが、改めて本人の口から言われるとより一層胸が締め付けられる。それなのに、何で?


「だって竜次、白目をむいて動かなくなったんだもん。このまま死んじゃうんじゃないかって思って、物凄く怖かった」

「……え?」


 怖かったのはそこ?ファフニールに怯えていたのではなく?


「そんで今は、竜次が私の目の前からいなくなるんじゃないかって思って、すごく怖くなった」

「俺は、シルヴィや皆を守る事が出来なかった!危険な目に遭わせた上に、この国の王や王子までも犠牲にさせてしまったんだぞ!」


 そんな俺が、この先もシルヴィや皆を守っていける自信がない。自信が持てなくなった。

 結局石澤の言う通り、俺にはシルヴィを守る力がないんだ。


「竜次!」


 俺の名前を叫んだシルヴィが、いきなり俺の上に覆いかぶさるような態勢を取って真っ直ぐ俺を見ていた。その目は、何だか怒っている様であった。


「し、シルヴィ!?」

「竜次は十分、私を守れているわよ!あの時、竜次が来なかったら私はファフニールの攻撃を食らっていた!竜次が私を助けてくれたじゃない!」

「シルヴィ……」

「私だって、竜次を守ってあげられなかった!竜次に助けてもらってばかりで、あの時だって私は何も出来なかった!」

「……でも」

「アルバト王国の時だって、ボンクラ騎士が放った火を雨で消してくれたし、エララメの町を救う事が出来たのも竜次がいてくれたからでしょ!今回はお互いに反省する事があったけど、そればかりを気にする事は無いでしょ!」

「…………」


 何でそこまで俺と一緒にいようとするんだ。俺のせいでシルヴィの今後の人生を縛ってしまった。俺のパートナーにさえならなかったら、もっと自由に生き方を決める事だって出来た筈。こんな危険な目にだって、遭わずに済んだかもしれないのに。


「どうしてそこまで俺と一緒にいようとするんだ。俺が聖剣士だからか?俺が聖剣士であるせいで、シルヴィを束縛してしまった。シルヴィが俺を追うのは、俺のパートナーだからじゃないのか。だから仕方なく一緒にいるんじゃないのか」

「っ!?」


 次の瞬間、パァーンと言う音と共に頬に痛みを感じた。ゆっくりシルヴィの方を見ると、またあの時の様に滝のような涙を流して俺を睨んでいた。


「あ……」

「何でそんな事を言うのよ!」


 その後、俺の胸倉を掴んで額を強く押し当ててきた。


「竜次が聖剣士だからどうとか、夢で何度も会ったからとか、そんな事はどうでも良い事のなのよ!」

「え……?」

「私が竜次と一緒にいたいのは、竜次が竜次だからだよ!」

「俺が、俺だから……」

「聖剣士としてではなく、楠木竜次個人として愛しているからなのよ!聖剣士とか、パートナーとか、そんな事はもうどうでも良いのよ!」

「シルヴィ……」

「竜次は、周りの連中の言う事をいちいち真に受けすぎなのよ!相手の言う戯言なんてどうでも良いじゃない!竜次はただ、自分の意志を信じて付き進めばいいのよ!私だけを見ていればいいのよ!」


 一通り怒鳴った後、息を切らせながらゆっくりと顔を離した。相変わらず、滝のような涙を流していた。


「俺のせいで、泣かせているのに」

「泣いたりもするわよ!竜次の事が大切だから!」

「ああ……」


 その後シルヴィは再び顔を近づけて、桜色の唇が俺の唇に触れた。同時に、目の奥が熱くなって涙が零れ落ちるのも感じた。触れた時間はほんの数秒が、永遠に感じられるくらい甘く、幸せに感じてしまった。


「竜次は本当、たくさん傷つき過ぎるのよ。1人で傷ついたら、辛いだけだよ。だから、私にも竜次が受けた痛みと苦しいを分けて。一緒に背負ってあげるから」


 そう言ってシルヴィは、再び俺にキスをしてきた。すると突然、俺達の周りを真っ白い光が半円状に覆った。


「うぅぅ……」


 眩しさのあまり強く目を瞑っていると、聞き覚えのある声が聞こえた。




「楠木!お前は何て最低な事をしたんだ!」




「っ!?」


 思い出したくもない言葉を聞いて、俺は恐る恐る目を開いた。そこに映っていたのは、中学2年のあの日の光景であった。鬼の様な形相で俺に掴み掛り、身に覚えのない罪を大きな声で言ってきた石澤の姿が映し出されていた。


「これは……竜次の過去……」


 唇を離したシルヴィは、その光景を険しい表情でジッと見ていた。

 そして、石澤が梶原に優しく語り掛けに言った瞬間、梶原までもが俺を犯罪者に仕立て上げて陥れた。



 ―――何で!?何でお前が俺を裏切るんだ!?俺が一体何をしたって言うんだ!



「あっ!」

「この声、竜次の心の声。言葉に出来なかった、竜次の悲鳴」


 シルヴィの言う通り、今聞こえた声は当時の俺の頭の中の声であり、考えていた事であった。



 ―――俺を利用したのか!そんな男との関係を築く為の材料として、俺を陥れたのか!



 この声の直後、14歳の俺は感情のままに梶原に掴みかかろうとし、大勢の生徒に止められた。その後間もなく、俺は警察に連行された。今思えば、あの時感情的になって梶原を殴ろうとしたのが良くなかったのだと後悔した。そのせいで、俺の立場は益々悪くなってしまった。

 警察はまともに俺の話を聞いてくれず、ろくな調査も行う事もなく一方的に俺を犯罪者呼ばわりした。更には、それでも無実を訴える俺に1人の刑事が暴言や脅迫にも似た誘導尋問を行ったり、もっと酷い場合は髪の毛を引っ張ったり、頭を机に叩き付ける等の暴力までも行っていた。



 ―――どうして、誰も俺の声を聴いてくれないんだ!何で誰も、俺の事を信じてくれないんだ!どうして俺がこんな目に遭わなければいけないんだ!



「酷過ぎる!何できちんと調べようとしないのよ!それでも竜次の国の警備兵なの!これではチンピラやギャングと何の変りもないじゃない!」


 そんな警察の行いに、シルヴィは強い怒りを露わにした。今思えば、そこまで怒ってくれたのは両親以外誰もいなかったな。

 その後、示談が成立して無事に釈放された俺だったが、その日から俺の生活は一変した。

 俺を告発した石澤は、まるで英雄の様に皆から称賛されていた。対して俺は、教科書やノートを切り刻まれ、上履きや体操着をズタズタに引き裂かれ、机には毎日のように俺に対して「死ね」や「お前なんかいなくなってしまえ」、等の酷い書き込みがされていた。



 ―――全部アイツのせいだ!俺を裏切った梶原と、俺を陥れた石澤も、皆許せない!



 その事についてちょっとでも抵抗すると、犯行を行ったクラスメイト達が大袈裟に騒ぎ立てて、その度に俺は生徒指導室へと送り込まれて毎日説教と言う名の暴言を聞き続けた。



 ―――どいつもこいつも!どうして俺ばかりがこんな目に遭うんだ!何で誰も石澤と梶原を疑おうとしないんだ!どうして、俺の言葉には誰も耳を傾けてくれないんだ!



「っ!」


 やめろ!これ以上は聞きたくない!思い出したくもない!

 そんな中学時代を送った俺は、せめて大嫌いなあの2人とは違う高校に入ろうとたくさん勉強をした。中学最後の学期末で、10位以内に入る程に。

 だが、第一志望の高校はあの事件を起こした俺を受け入れてくれず、面接の時も名前を名乗る前に追い返されてしまった。当然の事ながら、その高校の受験は落ちてしまった。



 ―――名前も、志望動機も何も言っていないのに、どうして追い返されるんだ!何で俺の言葉を聞いてくれないんだ!



 そのせいで俺は、滑り止めで仕方なく受けたあの高校、大嫌いなあの2人も通うあの高校に通う羽目になった。地元を離れるにしても父の再就職先も見つからず、何よりお金が無かったからそれも叶わなかった。



 ―――もう嫌だ!どうせ俺の事なんて誰も見てくれない。誰も俺の事を信じてくれない。誰も俺の言葉を聞いてくれない。こんな目に遭うのだったら、最初から誰とも関わりを持つべきではなかった。誰も信じられない。



 その後俺は、とりあえず剣道部に入ったという以外は無気力無関心な毎日を過ごし、誰とも深く関わる事を避けて自堕落な生活をするようになった。

 そんな俺を見て、優越感に浸りながら通り過ぎる石澤を横目に見ながら。

 それを最後に映像は消え、白い光は収まっていき真っ暗な夜の草原が広がっていた。光が治まった後、シルヴィはずっと俺の胸に頭を当てたまま動かないでいた。


「シルヴィ……」

「伝わったよ。竜次の苦しみも、悲しみも、痛みも、怒りも、まだこんなに傷ついていたなんて知らなかった。夢で感じた苦しみよりも更に酷かった」

「……すまない」

「謝らなくてもいいわ。竜次は何も悪い事をしていないのだから」

「…………」


 お互いにしばらく黙っていると、シルヴィが俺の上から降りてピタリと横にくっ付いて、豊満な胸に俺の顔を埋めさせた。


「あんな目に遭ったら、人を信じられなくなって当然ね。誰も竜次を助けてくれず、ずっと穢され、存在そのものまで否定されては」

「…………」

「でも、今はその痛みを私も共有する事が出来た」

「シルヴィ……」

「私がずっと、竜次の傍にいてあげるから。竜次が受けた心の傷は、私が時間を掛けて癒してあげる。何があっても、あなたから離れないから。独りにはさせないから」

「……あぁ……」


 泣いてはいけないと思いつつも、どうしても涙を堪える事が出来ず、俺は嗚咽を漏らしながらシルヴィの胸の中で泣いた。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 





「眠っちゃった。あれだけ泣けば当たり前か」


 胸の中で寝息を立てる竜次を抱き締め、私はあの光が見せてくれた竜次の過去を思い返した。

 それはもう、「悲惨」や「残酷」と言う言葉では足りないくらいに酷かった。キリュシュラインに囚われ、両親を殺された自分の過去がちっぽけに感じてしまうくらいに。

 誰も竜次の事を信じてくれず、誰も竜次の言葉を聞いてはくれない。実質、親以外全員が竜次の敵という事になった。

 それを見た私は、ソイツ等が目の前にいたら殺してしまいたいくらいの強い怒りを抱いた。


「竜次は私を守ろうとしてくれている。これからも。だから今度は、私も竜次を守ってあげられる様にならないといけない。竜次を助けてあげたい」


 竜次の弱さや甘さは、一緒に過ごしていくうちに分かっていったが、それでも私は竜次に変わらぬ愛を抱き、過去を見た事でその想いは益々強くなった。

 守られてばかりではなく、助けてあげられる様にならないといけない。胸の中で安堵の表情を浮かべる最愛の人を。


「ここまで誰かを好きになったのは、生まれて初めて。だからそこ私も、もっと強くならないと」


 そして、何時の日か竜次の汚名を晴らして見せて、黒い奴の悪事を晒して死刑台に送ってやる。私はそう心に決めた。

 黒い方への怒りは強くなる一方で、ソイツと一緒に私の竜次を陥れた茶色い髪の少女、梶原麻美と言う人物に関しては恨む気にはなれなかった。

 竜次は気付いていないけど、あの時のあの子の反応は励まされて勇気を振り絞ったようには見えなかった。男達の目は誤魔化せても、同じ女である私の目は誤魔化せなかった。


「彼女のあの目は、恐怖に怯える目だった」


 明らかにあれは、勇気を振り絞った目ではなかった。あれは何かに怯える様な目であった。

 そしてもう一つ。黒い方の唇の動きが、励ましの言葉をかけている様には見えなかった。

 普通励ましの言葉をかけるとしたら、「大丈夫、俺が付いているから」になると思う。ところが、その言葉に対してあの男の口パクの数が合わないし、何よりもあの男の口の動きから断じて励ましの言葉ではなかった。

 実際に声を聴いたわけではなく、証拠もある訳ではないが、唇の動きから推測するに黒い方はおそらくこう言っていた。




「黙って言う事を聞け。処女ではなくなったお前を、一体誰が受け入れるんだ」




 で、間違いない。

 その事から、あの事件の真相が手に取るように読めた。あの時、彼女を襲ったのは黒い方だという事が分かった。あの時あんな行動を取ったのは、自分が犯した罪を竜次に擦り付けて、その罪を帳消しにすると同時に自分を英雄として祭り上げようと企んだ。おそらく動機は、竜次に身の程を知らしめて、自分がどれだけ特別な存在なのかをアピールしたかったのだろう。


「何処まで卑劣なんだ!あのデゴンの上をいくゲスだな!」


 ジオルグ王国のデゴン王子も最低な性格をしていたが、黒い方はその更に上をいく程のクズであった。あんな男が聖剣士だなんて、絶対に認めない。


「許さない!絶対に許さない!」


 黒い方、石澤玲人を死刑台に送る!

 相手が聖剣士であろうと関係ない!

 あんな男を絶対に生かしてはいけない!

 そう心に決めた私は、竜次の頭をぎゅっと抱き締めた。




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