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25 理不尽な妄言と厄竜襲来

 それから俺は、王都を目指して進みながらリーゼロッテ様から薬学と錬金術を習っていた。リーゼロッテ様の様に複雑な物はまだ作れないが、基本的な体力回復や傷を瞬時に治す薬、更には病気を治す薬を完璧に習得する事が出来た。病気を治すと言っても、リーゼロッテ様みたいにどんな難病も治す代物はまだ作れず、風邪薬を作るのがやっとであった。

 それと同時に、錬金術も教わった。ラノベなどでは、ポーションや魔法薬、更には賢者の石やホムンクルスなどを魔法みたいに使って作っていたが、現実は違う。

 実際の錬金術は魔力なんて一切使わず、薬品や特別な道具や液体を使って、ただの金属を金などの貴金属に変える技術であった。とにかく覚えなくてはならないことが多すぎて、恩恵が無かったら頭がパンクしていた。


(リーゼロッテ様って、学者タイプのお姫様なんだな)


 だからこそ、魔法や錬金術が得意なんだろうな。

 他にも、いろいろな道具を作るのが趣味らしく、道中そんな発明品を見せてくれる事もあった。

 例えば


「ちなみに、私が作った物の中でもこれが最高傑作だ!何と、魔力を使わなくても明かりをともす事が出来るんだ!」

「「おお!」」

「はぁ……」


 そう言ってリーゼロッテ様が見せたのは、電気で点くタイプの豆電球であった。ご丁寧に電池まで作って。


「ちょっと竜次。感動が薄いわよ」

「いや、俺の住んでいた世界ではこれよりももっと明るい奴があったから」

「何と!?」


 そんなオーバーなリアクションで驚かれても困る。大体、豆電球と電池ごときでそこまで感動するなんて、この世界の文明は地球よりもかなり劣っているな。

 言うまでも無く、俺が言っていたもっと明るい奴というのはLEDの事だ。最近ではこれよりももっと明るい奴もあるみたいだけど、家にはなかったから詳しくは知らない。

 対して、リーゼロッテ様が見せたライトは100年以上前の超年代物をこの世界風にアレンジしたものであった。そりゃ、LEDと比べるのは酷というものだ。まぁ、この世界の人達にとっては画期的な大発明なのかもしれないが。


「詳しく教えてくれ!できれば構造も!」

「知らん。そこまで考えた事なんて無かったから」


 何て事もあった。

 と、こんな感じで時々地球の技術に関する質問攻めにあう事もあった。やっぱりこのお姫様、お姫様よりも科学者や発明家の方が向いているのかもしれないと思った。

 そんなこんなで、俺達はようやく王都が見える所まで来ていた。


「王都に入る前に、そこの森の中に入ってくれない。遠出から帰って来たばかりだから、聖なる泉で水浴びをしないといけないから」

「分かった」

「ついでに私達も水浴びをしましょう」

「そうですね」


 やはりこの国にも、王都に近い場所に聖なる泉が湧いている森があるみたいだ。しかも、丁度進行方向上の馬車道のすぐ左側にあった。

 なので俺達も、一旦その森に入って水浴びをする事にした。


「んじゃ、先に入るか」


 着替え終えた俺は、3人よりも先に泉の中へと入った。


「やっぱり不思議な泉だ。身体の中にある汚れた部分が落ちていくような感覚だ」


 何を言っているのか分からない様な表現だが、実際に入るとそんな感覚になるのだ。心が洗われる様な、そんな感覚になるのだ。


「だけど、先代のフェニックスの聖剣士はどうしてこの泉を生み出す必要があったんだ?」


 この泉に入ると、あらゆる呪いや洗脳を跳ね除ける事が出来る。更には、身体に着いた穢れも落としてくれるという眉唾物の言い伝えもあるくらいだ。いや、穢れを落とすというのは完全に眉唾なんだけど、伝統として伝わっているのだ。


「でも、何でわざわざ呪いや洗脳を跳ね除けさせるんだ?そりゃ、王族には必要なのかもしれないが」


 王族の中には、シルヴィやマリアの様に体質的に呪いや洗脳に強い耐性を持っている人だっている。あのキリュシュライン王や王女の洗脳を受け付けないくらいだ。

 それなら何故、この泉を作る必要があったというのだ。先代の聖剣士達がこの世界に召喚されたその年に、一体何があったというのだろうか。この泉を必要とするくらいの何かが、当時のこの世界で起きたというのだろうか。


「何難しい顔をしてんだ」

「ん?いや、何でも」


 声がしたので振り返ると、オレンジのボーダー柄のビキニを着たリーゼロッテ様がいた。頬を赤く染めて、何だかもじもじしているようだったが。


「その、あんまり見ないでくれないか。シルヴィやマリア様と違って、私のはかなり控え目だし」

「わり」


 確かに、胸の大きさがシルヴィに比べると雲泥の差に等しかった。女性らしい膨らみではあるが(棒読み)。


「あらら、リーゼ様ったらちょっとは大きくなったんじゃない」

「ちょ、ちょっとってどういう意味だ!?」


 何て事を考えていると、今度は水色のビキニを着たシルヴィがひょっこりと出てきて、リーゼロッテ様の胸をまじまじと見ていた。というか、あなたと比べるのは残酷だと思うぞ。


(何度見ても慣れないな)


 何時見ても16歳とは思えない大きなそれは、今にも水着からこぼれてしまいそうなくらいであった。一体何カップあるんだ。


「はいそこ。じゃれ合いをする為に聖なる泉に来たのだはありませんよ」

「「はぁ~い」」


 そんな2人のじゃれ合いを、最後に出てきたマリア様が止めた。2人は間延びした返事をしながら泉へと入った。


「竜次♪」

「お、おい!?」


 同時に、シルヴィが俺にくっ付くというお約束も行われた。


「良いですね、シルヴィみたいなナイスバディに抱き着かれて。なんせ、13歳の時にはもうFカップもあったんだから」

「なっ!?」


 ちょっと待て!13歳で既にFカップもあったのかよ!?って事は、今は確実にF以上あるという事なのか!?


「ちなみに今は―――」


 そんな俺の心を読んだのか、耳打ちでシルヴィが今のサイズを答えた。ヤバイ、顔が熱くなってくる!


「もう、竜次ったら動揺しすぎって♪」

「きき、気のせいだ!」

「うん。動揺しているな。まぁ、そんなに大きな胸を押し付けられたら当然か」

「まぁ、リーゼ様は13歳の時まで絶壁だったから」

「絶壁って言うな!これでもちゃんと大きくなってんだから!」

「それでもAじゃん」

「Bだ!失敬な!」

「あの、男の周りでそんな話をしないでくれる」


 あんた達はお姫様として、少しは慎み深さというものを学んだ方が良いと思うぞ。何でこの世界のお姫様はこんなにも行動的で、その上血気盛んな子が多いんだ。そして、何でリーゼロッテ様まで俺に抱き着いて来るんだ!


「し、シルヴィには遠く及ばないが、私だってそれなりに大きいぞ」

「ぺったんのくせに竜次にくっ付くな!」

「ぺったんじゃない!てか、何でシルヴィにそんな事を指図されなくちゃいけないんだ!」

「助けられたから一目惚れなんて、そんなチョロいヒロイン設定はいらないのよ!」

「誰がチョロいだ!」

「お前等、いい加減にしろ!というか、2人とも離れろ!」


 それと、マリアも他人の振りを決めないで助けてくれよ!仰向けに浮かんでボォーとしないで!

 しまいにはこの2人、俺の手を自分の胸に触れさせようとしてくるからもう参った。何とか逃れられたが、その分物凄く疲れた。





「はぁ……疲れた」


 水浴びを終えて、馬車に乗って王都へと向かう俺達。御者をマリアに任せて、俺は聖なる泉で水浴びをしたとは思えないくらいにぐったりと横たわっていた。

 一方、目の前にはシルヴィとリーゼロッテ様が正座をしていた。2人揃ってマリアに叱られて、その罰として正座させられているのだ。


「そうそう。付く前に3人に言っておく事がある」


 突然リーゼロッテ様が、何かを思い出した様に言葉を発した。


「ん?」

「何ですか?」


 御者台からマリアも、聞き耳を立てていた。


「はい。王都に着いたら、宿を取らずに早々に王都から離れた方が良い」

「……どういう事ですか?」

「「っ」」


 何かマズイ何かが起こっているのではないかと思い、俺達は表情を引き締めて話を聞いた。もちろん俺も、すぐに起き上がって正座をした。何故正座かって、何となく。


「実は、父がキリュシュラインの王女と4人の聖剣士を招き入れているのだ」

「なっ!?」

「あのボンクラ王め!何を血迷ってるんだ!」


 あの4人がいると聞いて、シルヴィが今にも怒り出しそうな顔をしている。そんなにあの4人の事が嫌いなのか?石澤はともかく。


「私は反対した。そもそも我が国は、キリュシュラインとは敵対関係にある筈なんだ。なのに父と兄が、まるで掌を返したかのように彼等を招き入れて、手厚くもてなしているんだ。このままだと、明日にはキリュシュラインと同盟が発表される」


 おいおい。敵対関係だったのが、急に掌を返したみたいに手厚くもてなすなんて、絶対にあの王女の洗脳にかかっているぞ。


「だから、あのクソ共に見つかる前にここを出た方が良い。アイツ等は何度も大襲撃を退け、犠牲者ゼロで解決したなんてほざいているんだ」

「あり得ません。あれだけの数の怪物どもを相手に、犠牲者ゼロだなんて絶対にあり得ません」

「そうだな」


 住民は避難させれば何とか出来るけど、共に戦いに赴いた騎士達の被害が計り知れない。確かに、犠牲者ゼロというのは理想的だし、優秀な指揮官がいればそれが可能かもしれない。

 しかし、それはあくまで理想論に過ぎない。現代の地球に比べて文明水準がかなり低いこの世界で、高度な統率と、遥か遠方からの攻撃、更には前線にいる敵や騎士達の被害状況を正確に把握する術を持たずに、犠牲者をゼロにする事が出来るとは思えない。

 そもそもあの怪物どもが、矢を一発食らった程度で死ぬ訳がない。2回目に経験した大襲撃でも、矢を最大10発も当ててようやく倒せた程だ。犠牲者をゼロにするなんて到底不可能だ。魔法を使ってもそれは変わらない。


(まぁ、レイトみたいな凄い将がいたら別かもしれないが、他の国にレイトクラスの指揮官がいるとは思えない)


 何せレイトは、あのキリュシュラインの進行を犠牲者ゼロで跳ね除けて、より効率的に、より的確に指揮を執って戦いに挑む。そんなレイトに匹敵する頭脳を持つ指揮官は、そうそういるものではない。


「私もそう思う。それに、怪物どもはどれもかなり手強い。いくら聖剣士を4人も従えていても、それは変わらない」

「その事だが、キリュシュラインで起こる大襲撃はハッキリ言って生温すぎる。全然本気で攻め込もうとしていない気がした」


 そもそも、たった4人であれだけの数の怪物軍を退けるのはいかに聖剣士であっても不可能だし、騎士達も積極的に前に出て戦っている訳でも、魔法を使っている訳でもない。

 それで犠牲者ゼロは、絶対に不可能。

 それに以前、エルと一緒にキリュシュラインで起こった大襲撃に対処した時、怪物たちは本気で攻め込んでいる様には見えなかった。まるで、あの4人を調子付かせる為にわざと負けに来ているみたいに。

 それに、4人も怪物どもと積極的に戦おうとはせず、後方でふんぞり返っている魔人に向かって走るだけであった。

 それを伝えると、リーゼロッテ様は首を横に振って呆れていた。


「何それ。それだとキリュシュラインと魔人共が、裏でつながっている事を示唆しているようなもんじゃない。それに、そんな温い戦い方をしていると、本当の大襲撃に遭遇した時に命を落とす事になるな」

「まったくその通りだと思う」


 2度目に経験した大襲撃では、一瞬も気を抜く事が出来ないとても厳しい戦いであり、魔人も姿を変質させて応戦してくる。

 リーゼロッテ様の言う通り、あの戦いに4人がいたら間違いなく命を落としていたと思う。


「話しにならない。やっぱりあんな国なんかと同盟は結べない。だけど、私ではどうする事も出来ない。あの馬鹿な父と兄が、血迷った判断をしてしまう可能性がかなり高い」


 リーゼロッテ様が反対しても、向こうにはあのクソ王女もいるのだから、間違いなく洗脳をしてほぼ強引に同盟を結ばせるだろうな。敵対関係だったのが、急に掌を返して仲良くしているという時点でもうすでに洗脳しているのだろう。


「やはり信用できない。皆を巻き込むことは出来ない。王都で私を下ろしたら、3人はすぐにここから出た方が良い。アイツ等、楠木殿をやたらと目の仇にしていたから、危険が及ぶ可能性がある」

「チッ!こっちでもかよ」


 確かに、リーゼロッテ様を下ろしたらすぐに出た方が先決なのかもしれない。一国のお姫様を連れてという時点で、面倒な事になる事はもう分り切っている。特に、あのクソ王女と石澤が事を大きくさせてくるに違いない。

 ここは素直に従って、リーゼロッテ様を下ろして早々に王都から立ち去るべきなのだが、王都の検問所に近づいた瞬間それが不可能だという事を理解した。


「竜次」

「ああ。連中は、何処まで事を大きくすれば気が済むんだ」

「向うにも、私達の行動が筒抜けみたいですね」

「ッタク!あのクソ親父と兄貴までいる!」


 検問所には既に、数百にも及ぶ兵士を従えたクソ王女とあの4人、そしてガリガリに痩せ細った実年齢よりもかなり老けて見える王様らしきおっさんと、そんな王とは似ても似つかない男前な王子らしき男もいた。名前は確か……まぁ、どうでも良いか。


「まったく!こんな事なら王都になんて行くんじゃなかったわ」

「いや。王都に行かなくても、連中は俺達をしつこく追い回すか、先回りして待ち伏せをするだろうな」


 その場合、王女を誘拐した誘拐犯として指名手配される事間違いないだろうな。


「えぇ。だったら、最初に対面して力尽くで追い返した方が良いと思います」


 いやマリアさん、そんな乱暴なやり方ではかえってややこしくなるのでやめてもらいたいです。まぁ、リーゼロッテ様を返してそれで万事解決だと助かるんだけど、クソ王女と石澤がいる時点でそれは望み薄だろうな。


(まぁ、やれるだけやってみるか)


 腹をくくって俺達は、僅かな望みをかけてムカつくあの2人の前に馬車を停め、俺を先頭に皆と一緒に馬車に降りた。向こうは石澤が代表して前に出た。


「こんな所で会うなんて、思っても見なかったぞ」

「まさか、お姫様攫って逃避行に及ぶなんてな」

「そんな訳ないだろ。シルヴィはともかく、マリアは勝手に付いてきただけだ」

「そんな苦しい言い訳が通じるとでも思ったか。まぁ、姫騎士と呼ばれているマリア様が付いて来ると言うのは百歩譲って信じてやろうじゃないか。騎士の遠征に、しょっちゅう付き合っているって聞いているから」


 相変わらず相手を見下すような石澤の態度に、俺は内心腸が煮えくり合えるような気分になったが、ここはグッと堪える事にした。


「その上今回は、この国のお姫様まで誘拐するとはな」

「誘拐なんかしていない。途中で出くわしたから、王都まで送るという事になったんだ」

「まだそんな見苦しい言い訳をする気か?一国のお姫様が、そうホイホイ外出すると思ったのか」


 それがいるんだよ。マリアなんて、しょっちゅう騎士達の遠征に付き合っているし、そもそも頻繁に外出と言ったらそこで嫌味たらしく笑っているクソ王女もそうだろ。


「彼女のデカイリュックを見れば分かるだろ。こんな物持ち出させて誘拐するバカが何処にいる」

「自分の荷物を持たせてそう見せてるだけだろ。女の子があんなに大きなリュックを背負える筈がない」


 相変わらず人の上げ足を取るのが得意だな。前々からムカつく奴だというのは知っていたが、この世界に来て益々酷くなっているな。


「見た目はあんなんだが、女性でも軽々背負えるくらいに軽かったぞ」

「そんな魔法みたいなのが存在すると思うのか?」

「それが存在するんだよ」


 キリュシュラインに召喚されたその日、王や王女から魔法は存在しないと教えられているから、アイツ等が魔法を信じないのは仕方が無いのかもしれない。


「魔法みたいって、その魔法を使って重さを無くしているじゃない。リーゼロッテ様は、かなり優秀な魔法使いでもあるから」

「あはははははははははははははは!」


 やはり笑われた。石澤だけじゃなく、他の皆までもが腹を抱えて笑い出した。犬坂と秋野に関しては、呆れながら首を横に振っていた。

 そして、おかしなことに笑っている連中の中にはリーゼロッテ様の父と兄、国王と王子までもがいた。


「何がおかしい」

「お前、この世界に召喚された時に陛下が言っていた事を忘れたのか?魔法なんて存在しない、空想上のものなんだよ」

「空想も何も、この世界には普通に魔法は存在するぞ」


 事実、リーゼロッテ様だけでなく、シルヴィやマリア、更にはエレナ様やエルも魔法が使えるぞ。他にも、アルバト王国のボンクラ騎士達も魔法を使っていた。

 それなのにコイツ等は、召喚されて半年くらい経っているのに未だに魔法の存在を空想の産物だと思い込んでいるのか?

 それ以前に、この世界の住民であるこの国の王と王子までも同調して笑うなんておかしい。明らかに洗脳されているな。


「空想と言うが、俺達をこの世界に召喚させたのは何だ。あれだって、一種の魔法なんだろ。それで魔法を使える人がいるというのがそんなにおかしいのか」

「確かに、百歩譲って玲人様達を召喚させたのは紛れもなく召喚魔法と言う魔法なのかもしれませんし、それに関しては否定致しません」


 今度はあのクソ王女が、ご自慢の赤髪をなびかせながら石澤の隣まで歩み出た。


「ですが、あれは既に失われた古代の技術を使って、多くの代償を支払って何とか行っただけの事。確かに、何百年前までは普通に魔法を使える人がたくさんいました。玲人様達には話していませんが、シルヴィア王女の様に今でも魔法が使える人もいるのは確かです」


 そこまで認めていて、何で魔法が空想の産物に成り下がっているというのだ。


「ですが、それも今は昔の話。現在魔法が使えるのは、聖剣士様のパートナーなる事が認められた特別に選ばれた人間のみが使えるものなのです。一般的に見て、魔法を使える人は誰一人として存在しないのです」

「っ!?」


 このクソ王女は、この期に及んでそんな頓智の利いた嘘を言いやがって。

 俺達がここに来る道中でも、普通に魔法を使っている人はたくさんいたし、その理屈だと魔法を使える全ての人間が聖剣士のパートナーと言う事になるぞ。


「そういう事だ。だからシルヴィアちゃんも、本来なら俺か上代のパートナーとなる筈だったのが、お前に唆されたせいで悪魔のパートナーにさせられたって事だ。分かっただろ。お前に彼女のパートナーは相応しくないって事だよ」


 コイツ、完全にクソ王女の言う事を信じ切っているぞ。実際に、石澤の気も最初は真っ赤だったが、魔法の話になると元の白に戻っていった。対して、クソ王女の気はずっと血の様に真っ赤になっていて、中心部分は真っ黒に染まっていた。

 この事から、石澤達は魔法が一般的だという事を本当に知らないみたいだ。


(おそらく、あの暴君の圧力のせいだろうな)


 民達や騎士達に魔法の使用を禁止させて、魔法が存在しないものだと信じ込ませているのだな。キリュシュラインの外から出ていないのでは、上代や秋野もそれが普通だと思ってしまうのも無理からぬことである。

 そんな石澤の言葉に便乗して、派手な服を着た王子が前に出て俺に言い放ってきた。


「お前は知らないだろうが、彼女の美貌は世の男達を虜にさせてきた。俺もその一人だった。だけど、そんな彼女が戦いの場に赴くのを誰が望む。お前と無理矢理契約させられたから、仕方なく一緒に来ているだけなんだよ。彼女の本当の姿は、とても清楚で可憐でお淑やかで上品な、まさに王女の中の王女だ。そんなシルヴィア王女を戦場に出すなんて、もはや反逆以外の何物でもない」

「そもそもお前は、シルヴィアちゃんの何を知っているというのだ?第一、お前はシルヴィアちゃんに何かしてあげられたか?彼女を危険な戦場に出し、危険な目に遭わせているだけじゃないのか?お前の、身勝手な一存で」


 王子の言葉に、石澤までもが乗って来た。


「貴様は同情させてもらっているだけだ。貴様は知らないだろうが、彼女が本当に求めているものが何なのか。彼女が心から望んでいるものが何なのか」

「王子から聞いたよ。シルヴィアちゃんはとても理想が高く、俺の様に全てを持った完璧で才能に恵まれた男に、安全で幸せな日々を送る事なんだってな。お前みたいな男に無理やり連れ出されて、彼女達がどれだけ悲しい想いを内に秘めていると思っているのだ」

「お前の身勝手のせいで、彼女達が不幸になっている事にまだ気づかないなんて、石澤様やエルリエッタ王女殿下の言う通り、お前は正真正銘の悪魔だ」

「それに、お前は梶原さんにあんなに酷い事をしてきたのに、懲りずにまた同じ過ちを繰り返そうとしているみたいだな」

「っ……!」


 何とか言い返さなければいけないと思いつつも、2人の言う通り俺はシルヴィの事をまだ知らない事があり過ぎる。

 信用できる相手かもしれないという事だから、調子に乗っていただけなのだと言われれば確かにその通りなのかもしれない。

 俺には、突出した特技もある訳でも、特別身体能力が優れている訳でも、特別頭がいい訳でもない。恩恵が無かったら、本当に何も出来ないただの一般人に過ぎない。何かできる訳でもないし、シルヴィを完璧に守れている訳でもない。

 俺は本当に、シルヴィを幸せに出来ているのか?

 本当に守れているのだろうか?


「決めたのはあくまでシルヴィ自身だ。俺は一切誘導していないぞ」


 答えが見つからないまま、俺はそんな言葉しか口に出せなかった。


「嘘つくなよ。こんなに綺麗な女の子が、お前みたいなクズを選ぶわけがないだろ。尤も、お前に相応しい女なんてこの世には存在しやしないがな」


 何処までも人をゴミクズのように扱う石澤に、俺の怒りは我慢の限界寸前まで追い込まれた。この男共は、自分以外の男は皆クズだと思い込んでいるのか。

 何で何時も、俺の周りにはこんなクズみたいな人間しかいないのだ!俺が一体何をしたというのだ!


「クズはお前の方だ。黒い方」


 悔しそうにしている俺を見て、とうとう我慢できなくなったシルヴィが俺の隣に来て手を握って来た。


「何を言っているんだ。そんな男の手なんか握る必要なんて」

「目に付いた女を手当たり次第に抱き込み、更には婚約者や夫がいる女にまで手を出し、無理矢理自分の側に引き込んで関係を持たせている貴様の方がよっぽどクズだろ」

「それは違うよ、シルヴィアちゃん。彼女達は皆俺に助けてもらったか弱い女の子達だ。前の婚約者や夫に酷い目に遭わされていた所を、王女様の助力もあって何とか助けだしているのだよ。彼女達との婚約も、向こうが喜んで望んだ事なんだよ」

「そんな妄言を吐くなんて、貴様の頭はどれだけ貴様に都合の良い造りをしているんだ。その頭をかち割って解剖してみたいくらいだ」

「俺は君の為に言っているんだぞ。そして今回も、この国の王女様が楠木に拉致されたと聞いて居ても立っても居られず」

「貴様は知らないみたいだけど、聖剣士のパートナーは契りを結ぶべき聖剣士の手を握ると自動的にパートナー契約が成立するんだ」

「バカ言ってないで、さぁこっちに」


 痺れを切らした石澤が、強引に俺からシルヴィを引き離そうと近づいて手を握ろうとしてきた。

 このまま彼女を引き渡した方良いのだろうか。シルヴィも本当はそれを望んでいるのだろうか。未だにそんな悩みを拭いきれないでいた。

 だが、石澤がシルヴィの手に触れようとした瞬間、見えない何かに弾かれて石澤は兵士達が経っている所まで吹っ飛ばされた。


「逆に、そうじゃない聖剣士が無理矢理触れようとするとさっきみたいに拒絶反応を起こし、そんな無様な姿をさらす事になるんだよ」

「そんな!?」


 シルヴィに拒絶されて驚く石澤だが、俺も驚いていた。まさかそんな特性があったなんて知らなかったぞ。同時に、俺に触れられるという事は、マリアとリーゼロッテ様は聖剣士のパートナーではないという事も分かった。


「う、嘘よ!そんな話、聞いたことがないです!」

「聖剣を保管している国の王家にとっては、知ってて当然の事。何でアナタがそれを知らないのかしら」

「その男に吹き込まれているのよ!そうよ洗脳されているんですわ!」

「なら何故、黒い奴は吹っ飛ばされた。魔法は空想の産物なんでは無いのか」

「クッ!」


 自分達でついた嘘を逆手に取られ、悔しそうに奥歯を噛み締めるクソ王女。自分に都合の良い事だけを学び、それ以外の事を知ろうともしなかったツケが回って来たのだ。


「このぉ!」

「まぁ、シルヴィアちゃんが楠木の正式なパートナーだって言う事はとりあえず認めてやる。今回はそれを議論している場合じゃなかったからな」


 怒ったクソ王女の肩を、苦虫を嚙みつぶしたような顔をした石澤が制止させた。

 とりあえずと言う事は、まだ諦めていないみたいだな。本当にしつこい男だな。


「俺達が言いたいのは、この国のお姫様を解放しろと言う事だ」

「開放も何も、元から王都に送るという約束だったんだから、そっちに引き渡すのは構わない」


 このままリーゼロッテ様を引き渡せば、この問題はとりあえず解決する事が出来る。いろいろと棚上げしている部分はあるが。

 だが、このまま引き渡してはいけない気がする。シルヴィの親友を、こんなクソみたいな連中に引き渡せない。でも、それで本当に良いのかと頭の中で自問自答を繰り返してしまう。


「馬鹿馬鹿しい。こんな茶番に付き合っていられない」


 俺が発言する前に、リーゼロッテ様が前に出て皆に言った。


「ハッキリ言うが、私は貴様等の所にはいかない」

「どうして!」

「気が変わった。こんな連中に付き合うのはもううんざりだ」


 今まで溜まっていた物を吐き出すかの如く、リーゼロッテ様は強めの口調で言い放った。


「さっきの話でハッキリした。貴様等、特に石澤殿、いや、石澤は全く信用できない男だという事が分かった」

「俺が信用できないって、何で!?」

「分からんのか。その女に良い様に利用されている事にも気付かず、道化としてキリュシュラインの悪政に加担させられているのがまだ分からないのか」

「悪政って、玲人様はアナタを助ける為に」

「余計なお世話だ。それに、帰った所で妾の子として冷遇されいる私に居場所なんてない」


 そう言って今度は、王と王子を睨み付けた。ここでようやく、あの王も前に出て口を開いた。どうやら、完全な空気にはなっていなかったみたいだ。


「何をバカな事を言っているんだ!早く戻ってきなさい!」

「そうだ。お前が誘拐されたと聞いて、こっちはずっといてもたってもいられなかったんだぞ!」

「嘘つくんじゃない。お前達は私の事を汚い物を見る様な目で見て、妾の子と言うだけでたくさん嫌がらせをしてきて、私から金と財産を全て巻き上げて自分の物として浪費してきたじゃないか」

「そう吹き込まれているだけだ!」

「そうだ、俺達は心からお前の事を愛して……!?」


 王子が最後まで言い切る前に、リーゼロッテ様は右手を前に出して王子の口に氷の魔法をかけて無理矢理黙らせた。


「馬鹿な!?」

「何、今のは!?」


 リーゼロッテ様の魔法を見て、上代と秋野は驚きを隠せないでいた。生で魔法を見るのは本当に初めての様だ。


「アンタの戯言は聞くに堪えない。キリュシュラインなんかを手厚くもてなした時点で、貴様等はこの国の王族に相応しくない」

「ちょっと待って!実の父親と兄に対して、そんな言い方はないだろ!それに、お姫様がそんな乱暴な口調をしては」

「生憎、私は元からこういう喋り方なんでね。王族としての教養を全く受けていないんだから、当たり前か」

「何を言っているんだ!」


 未だに目の前の現実を受け入れられない石澤が、しまいにはリーゼロッテ様を強引に引き連れようと一歩前に踏み出した。

 その瞬間、俺達の頭上を巨大な影が覆い、地響きと共にそれは兵士達を踏みつけるように着地した。


「一体何が……!?」


 状況が理解できない王が振り返った瞬間、その何かにパクリと咥えられ、悲鳴を上げる事も出来ず一瞬で飲み込まれてしまった。

 国王を食ったのは、闇色の身体をしたとても大きなドラゴンであった。


「馬鹿な!?何でこんな所にファフニールが!?」


 驚きのあまり声を上げる王子。そんな王子を、ファフニールは素早い動作で噛み付き、今度は派手に血しぶきを散らしながら食った。


「シルヴィ」

「えぇ。ルータオ国王が見たというあのファフニールで間違いないと思うわ」


 やはり、ルータオが見た件の厄竜・ファフニールの様だ。国王と王子を捕食する為にわざわざここまで来たというのか。


「こんな所でデカイドラゴンに遭遇するなんてな!」

「せめて、王都に侵入される前にここで食い止めましょう!」

「ああ」

「うん」


 ドラゴンを前に、石澤と犬坂、上代と秋野の4人は一斉に聖剣を抜いて前に立った。クソ王女はと言うと、さっさと安全な所へと避難していった。脱兎のごとく。


「これはマズイわよ」

「はい。あんなに大きなファフニールは、今まで見た事がありません」

「どんなに強化された状態でも、18メートルがやっとだけど、アイツはその3倍くらいはあるぞ」


 通常の3倍と言う事は、あのファフニールは目測で50メートル強もあると言うのか。完全に怪獣じゃないか。

 見ただけで分かった。あのファフニールは、今までの大襲撃の際に襲ってくる怪物どもや魔人なんかとは比べ物にならないくらいに強いと。


「だが、ここで引く訳にはいかない!」


 そんな危険なドラゴンだという事を知らないのか、はたまた自分達なら楽勝で倒せるなどと思い込んでいるのだろうか。石澤達が無謀にも、ファフニールに突っ込んで行った。

 だが、あんな怪獣相手に温い大襲撃しか経験していない4人が勝てる訳もなく、尻尾の一撃で呆気なく吹っ飛ばされてしまった。


「流石にデカすぎだろ」

「大きいだけじゃなく、力もかなり強くなっている」

「流石の私も、あのサイズのファフニールを相手にした事がありません」

「どうすんの?」


 どうするってリーゼロッテ様に聞かれたけど、一応聖剣士としてこの化け物と戦わない訳にはいかないよな。


「戦うしかねえだろ。せめて王都に入れる前に」

「そうね」

「協力します」

「そうする以外に方法はないよな」


 俺達はそれぞれ武器を手に取り、この巨大なファフニールから王都を守る為に戦う事にした。




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