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23 嘆く反逆者

 聖なる泉で水浴びを終えた翌早朝。

 アルバト王国内は、これまでにないくらいに賑わっていた。王城のある王都には、各町や村から大勢の人が押しかけてきて、来られなかった人達の所には今日の昼に出る号外でそれが知らされる。

 ルータオ・ファン・アルバトが、正式に王位継承する式典の事が。


「いよいよこの時が来たな」

「今回の式典は、今までの歴史の中で最も残酷なものになると思うわ」

「だからと言って、あの人の行った事は許される事ではありません」

「そうだな」


 せっかくの晴れの舞台なのに、壇上の端に立つ俺達はどうしても晴れやかな気持ちにはなれなかった。だってあの人は、ルータオさえも騙して利用したのだから。

 その後、ルータオは婚約者のミエラと共に王城の前に建てられた壇上に上がり、白い髭を伸ばした60代の男性の前に膝を付いて頭を下げた。男性の手には、いかにも王様の王冠という感じの黄金の王冠があった。彼はこの城の宰相で、ルータオが最も信頼を寄せる人の一人でもある。


「ルータオ・ファン・アルバト。そなたはこの国の為、この国に住む国民の為に全力を尽くす事を誓うか」

「誓います。私は、この国の更なる発展の為、更なる平和の為、そして国民の幸せの為に尽力する所存です」

「よろしい。では、そなたをこの国の新たな王として認め、この王冠を授けよう」


 そう言って宰相は、ルータオの頭に王冠をかぶせた。王冠を身に着けたルータオは、ゆっくりと立ち上がり、国民の前で手を挙げた。新しい王の誕生に、身に来た国民は歓喜に沸いた。

 しばらく歓声を浴びてからルータオは、再び宰相の方に身体を向けた。その時の表情は、何処か浮かない感じであった。これから起こる事を考えると、無理もない事なのかもしれない。

 次にルータオの隣にミエラが立って、スカートの端を少し上げて宰相に頭を下げた。


「では、ミエラ・ファン・エリステン。そなたは王妃として、新国王と共にこの国と国王を支えて行くことを誓いますか」

「誓います」

「よろしい。では、ルータオ新国王よ。そなたは、ミエラ・ファン・エリステンを妻とし、共にこの国の為に尽くす事を誓うか」


 新国王の回答を、国民や家臣達が固唾を飲んで見守っていた。まるで結婚式みたいな聞き方だな。

 そして、ルータオの口が開いた。



「誓えません。私は、彼女を妻として迎え入れる事が出来ません」



 予想外の回答に、国民や家臣はおろか、ミエラまでもが戸惑いを隠せないでいた。


「何故ですか!?」

「言った筈だ。ミエラ、君とは結婚できない。結婚する訳にはいかないのだ」

「何をおっしゃっているのですか!?」


 訳が分からず動揺し、声を荒げるミエラ。愛するルータオが、大事な式典の場で自分を拒絶するなんて思っても見なかったのだろう。

 回りがどよめいている中、宰相と俺達は至って落ち着いていた。


「ついに来たな」

「えぇ」

「行きましょう」


 マリアの指示で俺達は壇上の中央へ行き、剣を抜いてその切っ先をミエラへと向けた。


「な、何のつもりですか!?」


 突然剣を向けられたミエラは、先程よりも動揺した様子を見せた。国民や家臣も、何が起こっているのか分からないでいた。一時は、常駐していた騎士達が抜剣しようとしたが、ルータオがすぐに制止させた。


「これは一体どういうことですか、楠木様!?ルータオ様、助けてください!」


 ルータオに助けを求めようと手を伸ばすが、ルータオは少し悲しそうな表情を浮かべてミエラから距離を取った。ルータオも辛いだろうが、こうするしかないのだ。


「言った筈だ、君とは結婚できない」

「何故ですか!?わたくしはあなたの事を!」

「それは出来ません。スルトと結託して、この王都の周りに大量のマンイーターを配置させた反逆者であるアナタを、僕と結婚して王妃にさせる訳にはいかないのです」

「っ!?」


 予想外の言葉に、この場に来ていた全員が言葉を失った。

 そう、魔人の仕業かと思われた今回の騒動。

 実は、マンイーターを王都の周りに配置させて、王都を襲撃させた本当の犯人は、ルータオの婚約者のミエラだったのだ。


「全ての証拠は掴んだ」


 そこから先は、聖剣士として俺が言った。最初はマリアが言うべきだと言ったのだが、今回召喚された聖剣士があまりにも無能すぎるという噂が広まっている為、聖剣士としての威厳を少しでも保たせる為に俺が言う事になった。半強制的に。ぶっちゃけ言うと、ガラではなかったので本当は嫌でした。


「最初からおかしかったのです。寒い地方にしか住んでいない筈のマンイーターが、何故温かいこの国に大量に発生したのか。そして何故、あのタイミングでマンイーター共が一斉に動き出したのか、ずっと疑問に思ったのです。そして俺達は、ある仮定に辿り着いたのです。誰かが意図的に行ったのではないかと。後で残骸を調べてみたら、マンイーター共の身体から進化の石を見つける事が出来たのです」


 進化の石の研究と製造は禁止されており、最初に研修を行っていたあのキリュシュライン王国でさえ今では行っていない程であった。自分達の手に負えない魔物なんて、危険すぎるからな。

 そんな違法な魔法道具の製造、売買を今でも行っている組織は一つしかない。巨大犯罪組織、スルトであった。


「自己保身と怠惰の化身の様な前国王が、そんな危険な組織と裏で取引が出来たとは思えません。危機的状況から目を逸らし、ぬらりくらりとやり過ごそうと考えていたくらいですから、真っ先に先王の可能性は消えました。そもそも先王は、争い事そのものを嫌悪していましたので。なので、王家と親密な関係にある人間が怪しいと思いまして、フェリスフィア所属の諜報員に頼んでいろいろと調べさせてもらいました」


 これも全て、マリアのお陰だ。

 フェリスフィアの諜報員は、いつも陰から俺達を見守っていて、本当にピンチなった時にしか手を出さないようにしていたみたいだ。軽くストーカーじゃん。

 その諜報員にマリアが頼んで、ルータオも含めてあの日王城にいた人達の事をいろいろと調べさせてもらった。

 そしたら、ミエラの自宅の自室から大量の明細表が押収され、その中に進化の石を購入した時のものがあった。この他にも、違法の魔物売買にも手を染めて、スルトから大量のマンイーターを購入していた時の明細までもが見つかった。

 シルヴィから聞いたが、魔物の密売は麻薬売買と同じくらい罪が重く、売った側はもちろん購入した側にも重い罰が下る程である。


「その証拠を掴む為に、諜報部隊の人には実際に取引が行われた場所へと赴いて、その場にいた人達から聞き取り調査を行い、アナタに辿り着いたのです。これも全て、マリア様と諜報部隊のお陰です」


 地球みたいに監視カメラがある訳でもないが、現地の人達の証言はとても正確で、顔やちょっとした仕草までしっかりと覚えていてくれていた。

 それに、この世界には相手が嘘をついているのかどうかを見抜く事が出来る魔法があり、この魔法によってミエラが付いている嘘を全て見抜く事が出来た。


「この世界の魔法はいろいろと便利ですね。相手が嘘をついているのかどうかを見抜く魔法まであるのですから」


 その魔法の使い方というのは、自分の目に魔力を集中させて、相手の身体を覆う気の色で判別するという方法である。魔法と呼べるかどうかはこの際置いておくとして、嘘を付くと気の色が通常の白から赤く染まるのだという。逆に正直に答えると、気の色は変化せず白のままだ。

 この方法は、シルヴィも以前石澤にも使ったみたいで、そのお陰でシルヴィは石澤の嘘を見抜く事が出来たのだという。シルヴィ曰く、石澤を覆う気の色は最初から血の様に真っ赤で、更に中心部分は何処までも深い黒色、悪意に満ちた色だったそうだ。

 演技や意識では誤魔化せても、気だけはどんなに嘘が達者な詐欺師でも誤魔化す事が出来ないという。

 ちなみにこの魔法の的中率は、驚きの100パーセントときた。それは、ミエラも分かっていた為それ以降抵抗する事は無く、眉間に皺を寄せて俺を睨み付けた。


「何でこんな事をした?お前は、ルータオ新国王を愛していたんじゃないの」

「……何でわたくしが、こんな甘ったれた男の為に尽くさなくてはならないのですか」


 嘘探知の魔法は絶対に外れる事は無い為、これ以上は誤魔化せないと判断したミエラは物凄い剣幕で全てを暴露した。

 最初こそは、ルータオの様に優しくてカッコイイ本物の王子様と婚約出来た事を喜んでいたし、ミエラもルータオの事を愛していたそうだ。当時はかなり舞い上がっていて、知り合いの令嬢達にも自慢して回った程であった。

 だが、一緒に過ごすうちにルータオの甘さを知り、ミエラは落胆したのだそうだ。日に日に堕落していく先王に対して、何度も改心するように求めるばかりで強硬手段に出ないルータオの甘さに、ミエラは次第に苛立ちが募る様になった。

 それによって、ミエラの中で次第にルータオに対する愛情も薄れていってしまい、今では自分が王妃となって実権を握る為の傀儡としか思えなくなってしまった。

 この時点で婚約を破棄させても良かったが、知り合いの令嬢達にあれだけ自慢して回った手前、今更引っ込みがつかなくなってしまったみたいで、表面上はルータオを愛する一途なお嬢様を演じていた。

 しかし、このままではルータオの廃嫡も考えられると思い、状況を打開する為にミエラは家族に内緒でドルトムン王国へと足を運び、そこの闇市場でスルトの幹部と関わりをもつようになった。

 ドルトムン王国は、東方の比較的中央寄りにある国で、スルトの本拠地はそこにある。何処にあるまでは公表されておらず、ドルトムンの政府も手を出せないでいるそうだ。

 そこでミエラは、スルトの幹部から大量のマンイーターと進化の石を購入し、王都の周りに配置させた。後はルータオがマンイーター討伐を強行し、先王を失墜させようと企んだのだ。この時からミエラは、国の実権を握り、アルバト王国を世界最強の軍事国家にさせようという野心を抱くようになった。

 だが、ここで一つ誤算が生じた。1人ではマンイーターの群れを対処できないと判断したルータオが、単身で隣国のフェリスフィア王国へと応援を要請しに行った事であった。この国の騎士達が、あまりにも役に立たな過ぎた為だ。

 その間に先王は、実の息子から王位を剥奪させて、従弟のモロゾをルータオにさせたそうだ。ミエラ自身は、モロゾの事を心底嫌っていた為物凄く嫌がっていたそうだ。

 このままでは計画が狂ってしまうというタイミングで、俺達がルータオと一緒に戻って来た為、ミエラは王都襲撃作戦を強行させた。

 結果的に彼女の思惑通り、先王のこれまでの悪事が全て暴かれ、怒り狂った実の息子の指示で処刑される事になった。

 後はルータオと結婚して、王妃の座に就いた暁にはこの国をフェリスフィアやキリュシュラインをも凌ぐ最強の軍事国家にして、この国の更なる発展に貢献した偉人になろうとしたみたいだ。

 だが、昨夜ミエラの嘘を知らされたルータオによって結婚の話が無くなり、今日を迎える事となった。

 ミエラ本人の口から聞かされた真実に、この場に来ていた皆が言葉を失った。何せ、次期王妃となるミエラが今回の事件の首謀者だったのだから。


「ルータオは甘すぎるのよ!他国と協力して魔人共を駆逐するなんて!どうせなら、周辺諸国を取り込んで属国にして支配すべきなのよ!それなのに!」


 言っている事が、あのキリュシュラインのクズ王と同じであった。初めは愛が冷めただけだったのが、スルトと関わりさえしなければこんな事にはならなかったのだろう。


「だからと言って、アナタの行ってきた事を許す訳にはいきません」


 愛していた女の裏切りに遭い、ずっと沈み切っていたルータオだったが、気持ちを切り替えてミエラの前に出て宣言した。


「ミエラ・ファン・エリステン。アナタを、国家反逆罪として拘束させていただきます。その後は、奴隷商に引き渡して鉱山にて過酷な重労働を課す事を言い渡します」


 無常とも言えるルータオの下した罰に、ミエラは目を大きく見開いて絶望した。あそこは相当辛いらしく、朝から晩まで年中無休で強制重労働を課せられるそうだ。そこで働かされる奴隷は全て、重い犯罪を行った犯罪奴隷なのだそうだ。噂では、死んだ方がマシだというくらいに過酷だとか。


「ちょ、ちょっと待ってくださいルータオ様!わたくしはあなたの婚約者なのですよ!」


 ルータオに飛びついて命乞いをしてこようとしたミエラを、シルヴィが床に叩きつけて押さえつけた。


「アナタとの婚約なら、たった今破棄されました。今のアナタは国を揺るがした反逆者です」

「お願い助けてください!本当はまだ、あなたの事を愛していますの!」

「往生際が悪いぞ!それにアンタが、ルータオを再び愛する可能性はないでしょうね!」

「そんな事はありません!わたくしはルータオ様の事を!」

「本当にその人の事が好きなら、相手の良い部分ばかりではなく、悪い部分や情けない部分も全部ひっくるめてその人の事を愛し、支えてあげる事が出来るものよ!アンタは、ルータオの容姿だけに惹かれて、彼の内面にまでは全く目を向けようとはしなかった!アナタには、ルータオを支え続けようという覚悟がなかった!」


 シルヴィに、本当の愛とは何なのかを言われ言葉を失うミエラ。まぁ、ミエラがルータオとよりを戻そうなんて考えていない事は最初から分かっていた。だって、マリアから教わった嘘探知の魔法によりミエラの気が真っ赤に染まったままなのだから。

 対して、シルヴィのオーラは清らかな白をしていた。


「なら聞くが、アンタは楠木様の事を、どんな事があっても愛し、支えていくというの?」

「当然だ。私は生涯竜次だけを愛する。どんな事があっても」


 即答でシルヴィが答えた。その時純白だった気が、強い意志と決意を現す金色に染まり、物凄くキラキラしている様にも見えた。シルヴィの意志の強さと、俺へと強い愛情が感じられた。

 完全に言い負かされたミエラは、これ以上反論する事も出来ず唇を強く噛んだ。


「くっ、う、うぅぅぅ、わあああああああああああああ!」


 大事な式典の場でこれまでの計画が暴かれ、ルータオとの結婚も無くなり、犯罪奴隷として一生を終える事が決まったミエラは、マリアに連れられて壇上から下ろされ、王城の地下牢まで連行された。その間も、ミエラはずっと叫び続けていた。


「僕がもっと毅然としていれば、ミエラもこんな事を……」

「だとしても、彼女の犯した悪事を見過ごす事なんて出来ない」


 残酷かもしれないが、あの数のマンイーターを配置させて、王都を意見晒した罪は非常に大きい。

 確かに、今回の騒動でルータオの甘さが目立った部分もあったが、ミエラもまた自分から動こうとはせず、全部ルータオや周りの人達にやってもらうのが当たり前になっていて、自分では何もしようとはしなかった。シルヴィの言っていた、相手を支え続けようという覚悟が無かったのだ。

 その後、式典は続行され、同時にルータオ新国王から今回の騒動を解決してくれた謝礼として、金貨50枚を授与された。キリッとしているように見えたが、内心は凄く悲しんでいたと思う。その証拠に、彼を覆っていた気が青色に染まっていた。青色に染まるのは、その人が深い悲しみを抱いている証拠であった。

 しかもその事実を昨夜初めて知ったのだから、悲しみもかなり深かった。

 愛する女性に裏切られてしまったのだから、立ち直るには少し時間が掛かるかもしれない。聖なる泉も、彼女の汚れきった心までは浄化出来なかったみたいだ。


(仲が良くて、信じていた女に裏切られた苦痛なら、俺もよく知っている)


 絶縁しても、当時の苦痛は今も俺を苦しめている。それでも、完全に憎み切れないのはルータオと同じで、俺も結局は甘かったって事なのかもしれない。完全に人を嫌いになり切れていなかったかもしれないな。

 それから2日後に、俺達は王都を発った。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「クソ!くそおぉ!」


 城の地下牢では、ボロボロの奴隷服を着せられたミエラが悔しそうに何度も叫んでいた。彼女が投獄されて3日が経ち、明日の早朝には奴隷商の馬車に乗せられて、海の向こうにある孤島の鉱山で死ぬまで採掘作業を行う事になる。


「どうして、どうしてこのわたくしが、こんな惨めな思いをしなくてはならないのですか!」


 子爵家の令嬢として生まれ、何不自由なく育ってきたミエラは、自分が求めている物は全て子煩悩な両親が用意してくれて、自分の粗相も全て揉み消してくれた。

 そんな至れり尽くせりな生活を送っていたせいか、非常に我儘で傲慢で自分勝手な性格へと成長してしまった。表向きは上品で華やかな子爵家令嬢を演じているが、裏では目的の為ならどんな手段も厭わず、自分の言う事全てが通るものと思い込み、常に他者を見下していた。

 そんな彼女が、一度だけ心を入れ替えようと本気で考えた瞬間があった。

 それは、自国の王子で三大王子の一人にも選ばれている正真正銘の王子様、ルータオから求婚を申し込まれた時であった。

 あのカッコイイ王子様が、まさか自分と婚約をしてくれるなんて思ってもおらず、当時のミエラはかなり舞い上がっていた。それこそ、知り合いの貴族令嬢達に自慢して回る程に。

 そんなルータオに見合う女になる為に、ミエラは今の自分の性格を改めようとこの時は思った。

 だが、実際の王家は自分が理想としていた優雅な生活とは程遠い物であった。その最たる存在が、先王のゴディパフであった。彼の堕落しきった生活は、ミエラから見ても(はらわた)が煮えくり返りそうな気分になった。

 ルータオは何度も、ゴディパフに苦言を申してきたが、肝心のゴディパフは全く聞こうとはせず、それどころか鬱陶しいとまで思っていたくらいであった。

 そんな終わりの見えない言い争いに、ミエラの中にあったルータオへの愛情は日に日に冷めていき、最終的には自分がゴージャスな王妃生活を送られるようにする為の傀儡としか見られなくなった。

 そもそもミエラにとって夫婦の形とは、夫は妻の為に骨身を削って働き、妻の為に全財産を貢がせ、どんな時でも妻を守り、妻に楽で快適な生活をさせる為の存在でしかなかった。それはもはや、夫婦というよりは主と奴隷の関係に近かった。


「それなのに、何でルータオはわたくしを助けようとはしなかったのですか!婚約して夫婦となるのですから、例え妻が犯罪者であろうとも事実を捻じ曲げて、真相を闇に葬ってまで守るのが務めではありませんか!」


 自分が犯した悪事を棚に上げて、ミエラは自分を投獄させたルータオに対する憎しみを爆発させた。反省するどころか、自分は全く悪い事をしていないと考える始末であった。



「惨めだな」



「……え?」


 突然聞いた事のない女性の声が聞こえて、ミエラは思わず鉄格子の向こう側に目を向けた。

 そこに立っていたのは、露出の多い白色の服を着て、後ろ腰には2振りの脇差が差した銀髪の女性が腕を組んで立っていた。切れ長の目に、三大王女にも引けを取らない美貌、そして油断すると吸い込まれてしまいそうな程深い闇色の瞳。

 彼女の事はミエラもよく知っていて、その姿を見た瞬間に顔から血の気が引いて真っ青になった。


「そんな……シャギナ・ウェルッシュハート!?」


 そこに立っていたのは、金の為なら貴族だろうと、王族だろうと何の躊躇いもなく殺す、現在国際指名手配されている史上最悪の殺し屋、シャギナ・ウェルッシュハートであった。


「何故です……何故アナタがこんな所にいるのですか!?それ以前に、一体どうやってここに!?」

「普通に入ったさ。メイドに化けてね」

「……噂は本当でしたの!?シャギナ・ウェルッシュハートは、変装の達人!?」


 噂では、ある時はか弱い老婆に、ある時は屈強な肉体を持った男性に、そしてまたある時は屋敷に努めている執事の姿になって、殺しの対象になっている人物に近づいて殺すのだと。

 その変装の技術は完璧で、完全に別人に成りすましてしまう為誰にもバレたことが無いと言われている。


「そう言えば、最初の質問にまだ答えていなかったわね。依頼を受けたからだ。キガサという男から、貴様を殺して欲しいと」

「なっ!?」


 キガサという男は、ミエラもよく知っている人物であった。彼女に進化の石と大量のマンイーターを売った、犯罪組織スルトの幹部の一人である。


「アンタも知っているでしょう。スルトはしくじった相手を生かしておかない。それが顧客であっても例外ではない」



「特に」



 ニヤケながらシャギナは、ゆっくりとミエラを指さした。


「貴様の様にスルトとの関わりが公になった奴は、即座に抹殺の対象となる」

「そ、そんな……!?」

「まさか知らなかったとは言わなさいぞ」

「あああ…………」


 そんな裏事情を、生粋のお嬢様のミエラが知っている訳もなく、シャギナの口から告げられた事実にこの世の終わりと言わんに絶望した。


「そんな訳だから――――」


 いとも容易くピッキングを行い、牢の鍵を上げて中に入ってきたシャギナ。

 

「死んでもらう」

「いやああああああああああああああああああああああ!」


 冷たい言葉に、ミエラはただ叫ぶ事しか出来なかった。


「先に言っておくが、私を抱き込もうと考えていても無駄だぞ。私とてスルトを敵に回すのは御免だからな。ま、尤も今の貴様にキガサ以上の金が出せるとは思えないけど」

「そ、そこを何とかあぁ!」

「聞く耳持たん」


 次の瞬間、シャギナが抜いた脇差はミエラの左胸に深く突き刺さった。


「ああ…………」

「言い忘れたけど、私の脇差には即効性の猛毒が塗られていてね、例え掠り傷であってもあっという間に全身に毒が回ってしまうの」




「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」




 他に誰もいない地下牢で、いくら叫んでも誰も助けには来ず、ミエラの断末魔だけが虚しく響き渡った。

 それから1分と経たず、ミエラは全身が紫色になって息絶えた。


「惨めな女だ」


 何食わぬ顔で脇差を引き抜き、血を拭き取ってから鞘に納めた。


「スルトなんかと関わらなければ、こんな死に方をしなくて済んだのにな。ま、しょっちゅうスルトから依頼を受けている私も、人の事は言えないな」


 何食わぬ顔で牢を出たシャギナは、再びメイドに変装してこれまた何食わぬ顔でその日をやり過ごしていった。

 そして翌朝、シャギナは王都を後にした。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 王都を発ってから5日が経過したその日の夜。

 ファルビエ王国を目指していた俺達は、河原の近くで野宿をしていた。


「明後日にはファルビエ王国に着く訳だが、何処か注意しておく事は無いか?」

「別に警戒する必要はないわよ。前にもいったと思うけど、ファルビエは治安が良くて人柄もとても大らかだから。まぁ、一部例外はいるっちゃぁいるけど」

「例外?」

「国王のバキラ様と、第一王子のゼルド様です。あの2人は謀略や陰謀など、相手が嫌がる事に関しては特に頭が回る御方なのです」

「うわぁ、聞いただけでもすごく嫌だ」

「ちなみに、シルヴィア様が以前本気で殺そうと剣を向けた相手が、その第一王子のゼルド様なのです」

「マジかよ」


 そう言えばエルから聞いた事があったな。ある一人の王子が、シルヴィに結婚を申し込んできた公の場で、その男の野心を見抜いたシルヴィが近くの騎士から剣を奪って殺そうとした、と。なるほど、その殺されそうになった王子がゼルドだったのか。

 って事は何か?俺達は、シルヴィが剣を向けたくなるほどのクソ野郎が王子をしている国に行こうとしているのか?


「ま、そのせいなのか、バキラとゼルドの私に対する印象は最悪で、次に顔を見せたら殺すとまで言われたくらいだったわ」


 そりゃ、大事な国の跡継ぎを本気で殺そうとすれば怒りもするし、以前エルから聞いたように国際問題に発展もするさ。


「でも、ゼルドの妹のリーゼ様とは仲が良いわ」

「リーゼ様は非常に博学で聡明なお方ですから。特に、錬金術と薬学に精通しています」

「へぇ」

「他にも、魔法の腕もかなりのもので、魔法を使った戦闘ではエレナ様にも匹敵すると言われているわ」


 つまり、リーゼロッテ様はお姫様であると同時に、国一番の魔法使いであり、錬金術師でもあり、薬剤師でもあるのか。随分多才なお姫様だな。大学に入ったら博士号も取れそうだな。

 そんな時、茂みから黒装束の仮面を被った人がスゥッと出てきた。体付きからして女性だと思う。この人が、フェリスフィア王国所属の諜報員の一人である。


「何事だ。私が呼んだ時以外は出て来るなと言った筈だ」

「申し訳ありません。ただ、どうしてもお伝えしなくてはならない事がありまして」

「何だ?」


 俺達が固唾を飲む中、諜報員の口からとんでもない事が告げられた。


「ミエラ様が、獄中で何者かに殺されました」

「「「なっ!?」」」


 ミエラが、奴隷商に引き渡される前に誰かに殺された。詳しい状況を聞くと、発見されたミエラの遺体は全身が紫色に染まっていて、胸には刀で差された傷跡が残っていた。


「使用していた毒の種類から察するに、シャギナ・ウェルッシュハートの仕業ではないかと思われます」

「シャギナ・ウェルッシュハートだと!?」

「依頼したのは、おそらくスルトの幹部だと思われます」

「ちょっと待て!誰なんだよ、シャギナ・ウェルッシュハートって」


 聞いた事のない名前に、俺はシルヴィの肩を掴んで聞いた。


「シャギナ・ウェルッシュハート。世界中で指名手配されている、残虐非道な殺し屋なんだ」

「国際指名手配犯か?」

「そうそう」


 おや、国際指名手配って言葉が通じるのか。

 そう言ってシルヴィは、リュックから一枚の紙を取り出した。どうやら、手配書みたいだ。

 そこに書かれたのは、切れ長の目をした髪の長い女性であった。人相書きではあるが、とても凶悪そうな顔をしているな。手書きだから、当然の事ながら白黒である。


(お、よく見たら人相書きの下にその人の特徴が書いてある)


 そこには、銀髪、闇色の瞳、腰に2振りの脇差、と書いてあった。随分とざっくばらんな説明ですな。

 この他、金貨800枚とかなりの高額の懸賞金が掛けられているという事か。あと、生かして捕らえたらその倍の金額を貰えるとも書いてあった。


「というか、これだけ目立つ容姿をしているのに何で捕まらないんだ?」


 人相書きでも分かるくらいに美人なんだし、絶対に目立たない訳がない。それなのに、どうして捕まらないのだろうか。


「噂ではあるけど、シャギナは変装の名人で、一度変装すると見つける事が出来なくなってしまうというの」

「しかも、若い村娘から、皺の多い老人まで、どんな姿をして町中に出ているのか分からないんだそうです。あくまで噂ですけど」

「へぇ」


 だから捕まらないのか。本人にとっても、顔バレした所で別にどうとも思わないだろうな。


「それに、シャギナはあのスルトからよく依頼を受ける事があるらしいから、おそらくミエラの事がスルトの耳に入ったんだろう」

「あり得ます。連中の情報網は侮れませんので」

「はぁ」


 魔人と大襲撃だけでも厄介なのに、その上今度は巨大犯罪組織スルトと殺し屋シャギナかよ。しかも後者は完全に人間同士のいざこざだし。


「竜次は知らないかもしれないけど、シャギナは手強いわよ。何千にも及ぶ兵士達の攻撃を躱し、反撃して全滅させる程の実力があるみたいだから」

「変装が出来るだけじゃなく滅茶苦茶強いのかよ」


 これでは捕まらなくて当然じゃない。


「まぁ、皆さんとシャギナが直接関わる事は無いと思いますが、一応警戒して欲しいという事でご報告致しました」

「ご苦労様です。下がって良い」

「はっ」


 次の瞬間、フッと諜報員が消えた。様式美か何かか?

 何にせよ、警戒しなくてはいけない奴が更に増えた事に嫌気がさしたが、その日の夜は何事もなく過ぎていった。何もないに越したことはないが、いずれにせよ警戒はした方が良い。




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