19 鉱山探索と誓いの指輪
「ほほぉ。楠木様とシルヴィア王女殿下はなかなかに覚えるのが早いですね」
「お、おう」
「元々魔物の素材を加工する技術があったから、このくらいは」
アチワ村に来て2週間。
俺とシルヴィは、デレクさんの指導で宝石細工の技術とドラゴンの素材の加工技術を学んでいた。恩恵の影響か、たった2週間しか経っていないのに既にデレクさん並みの技術が身に付いていた。
シルヴィははしゃいでいるが、俺は何だかズルをしている感がして何だか申し訳ない気がする。いや、間違いなくズルである。そもそも、「奇跡」の恩恵がなければ何十年と掛かる事は必至。それなのに、その「奇跡」のお陰で、たった数日で免許皆伝レベルへとなり、2週間でデレクさんみたいに達人クラスにまで成長したのだ。間違いなくズルである。
「いえいえ。その恩恵も、努力して積み上げていかなければモノにはなりません。ここまで上達したのも、恩恵だけではなく楠木様のたゆまぬ努力があってのものです」
「あ、ありがとうございます」
デレクさんはこう言ってくれるが、俺だけは何だかズルをしている様な気がしてならなかった。
そんなデレクさんの意志を無駄にしない為にも、俺はこの先も魔物素材や宝石、ドラゴンの素材を使った道具や工芸品、更には武器の製作を続けていきたいと思う。
そんな俺とシルヴィの様子を見に、部屋の隅の椅子に座ってにいたマリアが近づいてきた。
「剣術も宝石細工の技術も全て習得して、少しはこの世界で生き抜く術も身に付いて来たのではありませんか」
「楽して生活していくつもりはなかったけど、まさかここまで見越して俺にいろいろと技や技術を身に着けさせているのか?」
「さぁね」
何処までも恍けるマリアだが、間違いなく右も左も分からない俺にお金を稼ぐために必要な技術を身に着けさせようとしている。何時の日か、この世界から脅威が去った時の為に。
「でしたら最後の工程に移ると致しましょう。ここ、アチワ村の近くには宝石が豊富に採れる鉱山があります。そこへ行ってご自身で手に入れた宝石を使って、何かアクセサリーを作ってください。その際、魔力を込める事をお忘れなく」
「分かっています」
この世界のアクセサリーは、作る時に魔力を注ぐ事で何かしらの付与の様なものが付く事があり、それが魔物との戦闘に役立つ事があるという。付与と言っても、魔力の向上や身体能力の向上、一番良いのだと呪い耐性が付く事がある。その為、とびっきり凄い力が宿る訳ではない。
「だったら、竜次様とシルヴィア様の2人だけで行ってくると良いです。お2人はパートナーなんですから、傍にいてお互いに協力し合わなければなりません」
「マリアは一緒に行かないのか」
「私はここで2人の帰りを待っています。私が行ったら訓練になりませんので」
このお姫様、今さり気なく訓練と言ったぞ。という事は、自分で宝石を発掘して自力で帰ってくる訓練を行うのだろう。
でも、これは子供のおつかいとは訳が違う。鉱山には当然の事ながら魔物だっている訳だし、しかも鉱山の中は迷路みたいになっている為行って帰って来るだけでも一苦労である。
まったく、俺の剣の師匠は何を考えていらっしゃるのやら。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そんな訳で、俺とシルヴィは鉱山の洞窟の中へと入っていった。鉱山自体は村からそんなに離れていなかった為、馬車を使わずに歩いて行くことが出来た。
入ってすぐの所に宝石が埋まっている訳がなく、俺とシルヴィは洞窟の奥へと足を進ませた。
「今の所、魔物は出てくる気配はないね」
「まぁ、出てきても大したことないのだけど」
事前にシルヴィから聞いた話だと、こういった鉱山の洞窟には大型の魔物は住んでおらず、蝙蝠や石ころの姿をした小さな魔物しか住んでいないのだそうだ。
「ごく稀だけど、全身が岩でできた大きな蛇のストーンスネークが出てくる場合もあるわ」
「ふぅん」
なんか、出てくる魔物の種類が日本でとても人気のあのゲームと同じだな。尤も、姿は全然違うのだけど。
蝙蝠の魔物は、身体は蝙蝠そのものなのだが顔は犬で、口にはカラスみたいな長い嘴をしていて、額にはデフォメチックな小さな縞々の角が生えていた。
石ころの魔物は、ソフトボールサイズの石ころに手足が生えて、小さい子供でも書けそうな簡素な目と口をしていた。
ぶっちゃけ、まったく強そうではなかった。それどころか、可愛いと思ってしまった。
「無視して進もう。コイツ等はいきがっているけど、鶴嘴一本で簡単に倒せてしまうほど弱い魔物なんだし。しかも、素材の使い道もほどんど無いに等しいから、どんなにたくさん持って買い取り屋に出しても銅貨1枚で買い叩かれるのがオチなの」
「いや、銅貨1枚でも買い取ってくれるだけでもありがたい」
普通だったら、そんな使い道もない素材を買い取ってなんてくれないからな。まぁ、買い取ってもらえたとしても銅貨1枚だとリンゴを1個買うのがやっとだからな。苦労の割には安すぎる気がしなくもないが。まぁ、弱いから苦労はしないというのもあるかもしれないが。
「念の為聞くが、蝙蝠と石ころの素材の唯一の使い道ってなんだ」
「そうねぇ……」
聞かれたシルヴィが、顎に手を当てて考え込み始めた。おい待て、考えないと出てこないくらいに使い道がないのか。
「蝙蝠だと……火葬して出た遺灰を馬糞と混ぜて畑の肥料にするくらいかしら」
火葬して遺灰を畑の肥料にするって、それはちょっと使う側としても気が引けるな。
「そうでもないわよ。農家からすれば、タダで畑の肥料が手に入るのだから」
しかもタダ。という事は、農家さんからお金を取らずに素材だけを与えるのか。そんな一文にもならないものを、よく買い取ろうと思うよな。
ちなみに、手に入ればいいなぁ程度にしか考えられておらず、需要が高い訳でも何でもない為、タダで手に入ると言っても農家さんからすればゴミを貰ったような感覚らしい。例え銅貨1枚でも、本当によく買い取ってくれるよな。
「石は……あぁ、磨り潰して粉末状にして」
「畑の肥料にする、っていうのは無しで」
「あ……」
正解でした。
結局は、畑の肥料になる以外に使い道がないという訳か。しかも、馬糞程肥料として有効でも何でもない為、農家さんからしたら本当にゴミでしかないのだそうだ。それでもタダで手に入るから、とりあえず貰ってくれるそうだ。
「まぁ、そのせいで数が増えすぎちゃっているのだけど」
「増えたところで、一般人でも簡単に倒せる魔物なら怖くも何ともないわな」
しかもシルヴィ曰く、この程度の魔物は殆ど野生動物に近い為魔物狩りを生業としている人は誰も狩らないそうだ。更に言うと、人畜無害だから狩ってもあまり意味がないそうだ。
事実、どちらも俺達に襲い掛かってくる気配がない。中には逃げて行く個体もいた。
「何と言うか、そこまで警戒数する必要はなさそうだな」
「確かに、鉱山みたいに頻繁に人が出入りしている様な洞窟にはあまり魔物は住み付かないから」
だから逆に、石ころや蝙蝠の様な弱い魔物がたくさん住み着いているのだろうな。
ま、襲ってくる気配がなければこちらから攻撃を仕掛けてくる必要なんてないわな。お陰で、何の苦労もする事無く洞窟の奥へと進む事が出来た。
「何か、スゲェ……」
「私も、鉱山の中を見るのは初めて……」
奥の発掘ポイントに着いた俺とシルヴィは、目の前に洞窟の中とは思えない様な光景が広がっていた。
洞窟全体を埋め尽くさんばかりの宝石が、壁だけでなく床や天井から見えていた。
「スゲェ……こんなにたくさんの宝石、見た事ない……」
「竜次の世界では考えられないのかもしれないけど、この世界の宝石って実はさっきの石ころの魔物が生み出しているの。だから、この世界の鉱山は豊富に採れるの。その代り、砂粒みたいな小さな宝石が9割以上を占めるから、指輪に使う様な宝石は滅多に採れず、ましてやマリア様が貰ったような大きな宝石なんて、丸1日掘っても全然取れないなんて事も珍しくないんだ」
「そうなんだ」
あの石ころの魔物、実は宝石を生み出す凄く良い魔物だったのだな。
「ただ、増えすぎても職人さんが迷惑するから結局は討伐されるのだけどね」
「ははは……」
せっかく宝石を生み出しているのに、お気の毒。ただ、9割以上が砂粒程度の大きさというのもあれだな。
おそらく、今見えている宝石は殆どが砂粒のような大きさなのだな。だからあんなにたくさん取れても、キロ銀貨5枚で買う事が出来たのだな。
(どうやら、この世界でも指輪に付ける宝石はとても貴重なのだな)
「でも、どうせなら少し大きいのが欲しいな」
「良いけど、かなり稀だよ」
だからこそ、どうしても見つけたいと思う。自分で採った宝石で作るアクセサリーだからこそ。
「まぁ、砂粒程度の宝石でも、工芸作品を作っている人にとっては需要が高いから」
「つまり、何キロか欲しい」
「流石竜次。私の事をもうそこまで理解してくれているのね」
いや、あんたの場合は顔に出ていてすぐに分かったから。
まぁ、そのくらいならデレクさんも快く許可してくれるだろうし、その辺はたくさん採れるからこそなのだろう。
「たまに工芸細工師が、日雇いの魔物狩りを連れて採りに行く事があるけど、職人さんもキロで銀貨5枚程度の小さな宝石が減ってもどうとも思わないみたい」
単に気にしていないだけであった。
まぁ確かに、鶴嘴で軽く壁を削っただけで砂粒の様な宝石が採れるのだから、気にしないのも分かる気がする。その時、砂利や石は出てこなかった。不思議だ。
そんな感じで俺は、お目当ての少し大きめの宝石が見つかるまで壁を鶴嘴で削っていった。シルヴィは、そこから零れ落ちた砂粒宝石を布袋の中へと入れていった。
「いくら死なないからと言って、痛みだけは普通に感じるんだから下がった方が良いぞ」
「大丈夫だって。私としても、こういう宝石はいくら採っても足りないくらいなんだから」
まぁ、工芸細工を得意としているシルヴィにとってはそうかもしれないが、砂粒程度と言っても宝石は宝石。キロ銀貨5枚でも、貴重である事には変わりない。
それを、さも当たり前の様に布袋の中に詰めていくなんて、なんか盗賊になった気分ですごい抵抗がある。
(ま、こうして普通に宝石発掘をしているんだから、別にダメという訳でもないだろう)
とは言ったものの、いくら掘っても砂粒宝石しか出てこず、指輪に付ける様な宝石はなかなか出てこない。流石に、そのくらい大きな物となると希少価値が高くなってくるのだろうな。出てきにくいという意味で。
2時間ほど掘り進めると、7ミリくらいの大きめの赤色の宝石が6個ほどポロリと落ちてきた。
「お、ようやく砂粒ではない宝石が出てきた」
「あら?」
落ちてきた赤い宝石をシルヴィが拾い、眉間に皺を寄せてその宝石を観察した。いや、鑑定していると言った方が良いのだろうな。
「凄い。小さいけど、こんなに珍しい宝石が見つかるなんて」
「そんなに珍しいのか?」
「えぇ。ファイヤールビーという、このサイズでも金貨20枚はくだらない貴重の宝石なの。ちなみに、砂粒サイズでは絶対に出てこないわ」
「マジか……」
俺も1個拾って、そのファイヤールビーという宝石をよく観察してみた。
(真紅よりも鮮やかで深みのある赤で、中心にいくごとにグラデーションの様に徐々にオレンジ色になっている。だから、ファイヤールビーと呼ばれているのか。当たり前だけど、地球には存在しない異世界のルビーだ。本物は見た事無いけど)
そもそも、宝石そのものもこの世界に来るまで触った事すらなかった。実物を見たのも、シルヴィに工芸細工の技術を教わったあの時が初めてだ。砂粒サイズだけど。
「まぁ、これも7ミリとそんなに大きい物じゃないけど」
「これでも、金貨20枚もするのよ。というか、ファイヤールビーそのものが何ヶ月も掘っても1個も出てこないっていうレベルを、竜次は6個も掘ったのよ」
「なるほど、もしも売ったら金貨120枚もするのか」
「売るなんてふざけないで。こんなチョー貴重宝石、実物を見たのは私も初めてなんだし、売るなんて勿体ない事をしたら許さないから」
「売りません。もしも、の話であって……」
売るなんて言った瞬間、シルヴィから物凄く圧のある目で睨まれてしまった。まぁ、俺もせっかく自力で手に入れた宝石を売るのは勿体ないと思っていたし、それにこの宝石で作りたいと思っていた物もある。
なので、売るなんて言うのは冗談だから真に受けないで欲しいぞ。
「まぁ、とりあえずこのファイヤールビーを持って下山するか。でも……」
「えぇ。私も感じたわ」
手に入れたファイヤールビーをポケットにしまい、何時でも剣が抜けるようにした。
「デカイな。しかも、本来洞窟にいる筈のないヤツだな」
「おそらく、あの大襲撃から逃げ出し、ここに迷い込んできたのでしょう。ここには小さくて弱い魔物しかいないから、傍若無人に蹂躙できるのでしょう」
「迷惑な話だ」
俺とシルヴィは、その近づいてくる何かを視界にとらえた瞬間にそれぞれ剣を抜いた。シルヴィも、ファインザーではなく普通の剣を抜いていた。
姿を現したのは、三つの首を持った大きな犬の魔物であった。
「ケルベロスだわ」
「ケルベロスって、あの地獄の番犬の」
「竜次の世界ではそう呼ばれているの?こっちの世界のケルベロスは、かつてこの世界を恐怖に陥れたと言われている悪魔、サタンの眷属と言われているのよ」
「うえぇ……」
ちょっと待て。サタンと言ったら、悪魔の王と言われている危険な悪魔じゃない。って事は何か?この世界には魔物の他にも悪魔も存在しているのか。
「尤も、悪魔どもなんて空想上の存在でしかなくて、サタンなんてこの世には存在しないわ。単なる言い伝えでしかないから、あまり真に受けないようにね」
「そうなんだ」
空想の存在でしかないなんて言っているが、何処か引っかかっている。空想の存在とは思えない気がする。何故なのだろうか。
(でも、今は目の前の敵に集中しないとな)
俺達を睨み付けるケルベロスは、牙を剥き出しにしながらじりじりと近づいてきた。意外と慎重だな。
「気を引き締めて!ケルベロスはかなり強敵よ!」
「分かってる」
見ただけでも強そうな感じがするもん。
(けど、だからって負ける訳にはいかない)
最初は、こんな世界の事なんてどうでも良いとまで思っていたが、この世界に来たお陰で俺はシルヴィと会う事が出来た。そもそもあの国だけが異常なんだ。
シルヴィだけじゃない。マリアやエレナ様、レイトやフェリスフィア女王など、こんな俺を支えてくれる人がたくさん出来た。
そんな人達の期待に応え、彼等の為に俺はもっと強くならないといけない。
(その為にも、こんな魔物相手に手を焼く訳にはいかない)
そう強く想った瞬間、右手の紋様が浮かび上がり、一際強く輝きだした。
その瞬間、俺の頭の中にケルベロスに関する知識が流れ込んできた。
(真ん中の首の付け根。そこを突けば一撃で倒す事が出来る、か。また、「奇跡」に助けられたな)
状況をひっくり返す為に、必要とされる力を与えて強敵を倒す。まさに、言葉の通り「奇跡」だな。
俺が一歩前に踏み出した瞬間、ケルベロスは物凄い速さで俺とシルヴィに襲い掛かってきた。たぶん、一般的には早いのかもしれないが、俺からすればまるでスローモーションのように感じた。
「不思議だ。あのケルベロスの動きがゆっくりに見える」
「俺のパートナーなんだから、シルヴィもその恩恵を受けていてもおかしくないな」
「あら、そう」
そんなケルベロスの突進を、俺とシルヴィは左右に移動して難なく避けた。実際には早いのかもしれないが、聖剣士としての特性なのか非常にゆっくりに見えた。
素早く振り返ったケルベロスは、物凄い剣幕で俺とシルヴィに牙を向けて睨み付けていた。
「本来だったら、何十人という人員を投入してようやく討伐できるような化け物だけど、何だか弱く見えるわね」
「だからって油断するな」
だが、シルヴィの言う事には同意する。そんなゆっくるに見える魔物を狩るのは、思いの外難しくはなかった。
「分かってる。だったら、速攻で片付けましょう!私が動きを止めるから、竜次はトドメを刺して!」
「分かった!」
完全に動きを読み切ったシルヴィは、素早くケルベロスの背後に回って後ろ脚のアキレス腱を剣で切った。その時の動きが、以前とは比べ物にならないくらいに早くなっていた。俺のパートナーとなってから、シルヴィも日に日に強くなっている。今だったら、ドラゴンだって単独で倒せるんじゃないかな。
そんなシルヴィに後ろ脚を傷つけられ、よろけてしまったケルベロスに俺は正面から突っ込んで行き、真ん中の首の付け根に剣を深く突き刺した。
悲鳴を上げるケルベロスから素早く剣を引き抜き、俺はサッと後ろへと下がった。急所を突かれたケルベロスは、そのまま倒れて動く事は無かった。
「何か、前よりも魔物の動きがゆっくりに見えた……」
「たぶん、マリア様にみっちり鍛えられたお陰だと思うわ。その上、聖剣士としての恩恵もあるから余計にゆっくりに見えるのかもしれないわね」
「あぁ……」
確かに、アチワ村に着くまでの道中も凄く鍛えられたもんな。本当に、師匠には頭が上がりません。
(そうなるともう、魔物が相手では敵にならないのかもしれないな)
偶然とはいえ、倒したケルベロスの素材も回収し、遺体を火葬してから下山した。ちなみに、ケルベロスの肉は筋っぽい上に悪臭もかなり酷く、口に入れた瞬間に吐いてしまう程不味いためそのまま火葬する事になった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「その後、フェニックスの聖剣士の足取りは掴めたのか?」
「いいえ。まったく」
「フェリスフィア王国が後ろ盾になっている以上、我等がこれ以上深く干渉する事が出来ません。あの国の軍事力は、大国となった我が国でさえも圧倒する程なのですから」
キリュシュライン王国の王城、その地下にある一室で国王と王女は誰かに膝を付いて頭を下げていた。その相手は、柱の陰に隠れていて姿を確認する事が出来なかった。
「ならばもっと多くの国を取り込めば良いであろう。西方はフェリスフィア以外が全てこの国の属国になったも同然。ならば今度は、南方と北方、更には東方の国々も取り込めば良いだろう」
「そうしたいのは山々なのですが、このはそう簡単には進みません。フェリスフィアとの戦争、及びフェニックスの悪魔との戦いで兵をたくさん失いました。そんな状態で攻め込んでも、返り討ちにあってしまうだけです」
「特に東方には、最強の武人と呼ばれているヤマト王国の王女、大和椿がいるのです。あの女の力を侮ってはいけません」
実際彼等が西方だけでとどまっているのは、この世界には聖剣士をも超えるとも言われている怪物クラスの武人が4人もいるからである。
1人目は、西方最強と言われている姫騎士、マリア・リン・フェリスフィア王女。
2人目は、東方最強にして世界最強の武人と呼ばれている剣豪であり王女、大和椿姫。
3人目は、南方最強と言われている田舎剣士、アレン・ヴィダン。
そして4人目は、北方で最も強いと言われている冷徹非情な騎士、ロア・メリーラ。
この4人の存在が、キリュシュラインのこれ以上の進行を妨げているのだ。
特に、西方最強のマリアと、東方最強の椿は人間とは思えないほどの力を有していて、聖剣士でないと倒せないという制約がなかったら、彼女達だけで魔人達を全滅させられる程である。制約があると言っても、それは3ヶ月前からであって、それ以前は一般の騎士でも倒すとこが出来た。
「ならば、比較的狙いやすい南方と北方から行けばよい。幸いにも、こちらには良き交渉材料があるではないか。それも4人も」
「承知しました」
「では、先ずは南方へと向かいます」
ある御方の指示を聞いた後、王と王女はゆっくりと立ち上がり、地下室を後にした。
「聖剣士は本来我等の敵だが、5人のうち4人もこちら側に引き込む事が出来た。この世界を制圧し、我等の魔王様をお迎えしたらあの御方の長年の悲願が達成させねばなるまい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
鉱山から帰ってきた翌日。
俺は自分で採って来たファイヤールビーを自分で加工し、アクセサリーを作っていた。
「けれど、まさか鉱山にケルベロスが出て来るなんて」
「シルヴィも驚いていました。本来住んでいる筈のない魔物だと」
宝石を主に取り扱うデレクさんからすれば、決して他人事ではなかったかもしれない。宝石が取れなければ、デレクさんの店の売り上げにも影響が出るし、ケルベロスによる人的被害も出ていたのかもしれない。
幸いだったのが、あの鉱山にいたケルベロスは1頭だけだったという事だろう。
その倒したケルベロスの素材は、今シルヴィが別室で何かしらの装備品に加工している最中である。
「して、楠木様はファイヤールビーを使って何を作りますのか?」
「まぁ、その……」
周りに誰もいない事を確認してから、俺はデレクさんに何を作るのかを話した。
「ほぉ、それはシルヴィア様もさぞ喜ばれる事でしょう!」
「だから、この事は内緒で頼む」
「分かりました」
その後、俺は黙々と作業を続けていき、夕食前には何とか造り上げる事が出来た。
「明日には、アルバト王国に入国しようと思う」
「アルバト王国ね。あの国は本当に人間性の豊かな人達が暮らしているわ。表向きは」
「逆に言えば、平和すぎるゆえに危機感が薄く、魔人共が怪物軍を使って大襲撃を行っている今でも平和であり続け、争いから遠ざかろうとしているのです。まぁ、今まで大襲撃による被害を受けたことがないというのも、要因の一つでもあるのですけど」
シルヴィからはアルバト王国の良い所を聞き、逆にマリアからはそれゆえの欠点を若干棘のある言葉で口にした。要約すると、平和ではあるが、危機感が薄く大襲撃を何処か他人事のように感じているというやつか。
(それはそれでかなり面倒だな)
協力を要請しようとすると、「平和な我が国を軍事国家に変えるつもりか!」と言って突き放すのだそうだ。争い事が嫌いなのだろう。
(まぁ、深く干渉する事なんてないだろうから、気にする必要なんてないだろう。今は)
その後、夕食を食べ終えた俺は、屋敷の前にある噴水にシルヴィを連れてきた。
「私に用って何?」
「いや……その……」
こういうのは初めてだから、こんな時なんて言ったら良いのか分からず、情けない事に言葉に詰まってしまった。
(イケメンなら、こういう時きちんと決めるんだろうな)
だけど、一度決めた事を覆すつもりなんてない為、例え情けなくても今の自分の意志をシルヴィにきちんと伝えようと思った。
「その……今更であれなんだけど……俺は、シルヴィに自分の気持ちをちゃんと伝えたことが無かったなぁって……」
「あ……」
状況を察したシルヴィは、頬をほんのり赤く染めて真剣な面持ちで俺の顔を見た。
ここまで来たんだ!もう後戻りは出来ないし、すべきではない!
「シルヴィ!」
「は、はい!」
「…………っ!」
「好きだ!」
ようやく言えた。人生初の告白。
これまでシルヴィは、俺への好意を隠すことなく向けてくれていた。
クソ王女と石澤の戯言を鵜呑みにする事無く、俺の事を信じて付いて来てくれた。
そして、聖なる泉で交わされたキス。そこからシルヴィの想いが、俺に対してどれだけ本気なのかが伝わった。
だから今度は、俺がシルヴィの気持ちに応える番だと思った。
俺の言葉を聞いた瞬間、シルヴィは両手で口を覆い、瞳から大粒の涙を流していた。
「お、おい!?」
「嬉しい……竜次の口から聞けて……」
「シルヴィ」
喜んだシルヴィは、俺に勢いよく抱き着いてきた。
「私も、竜次の事が好き!愛している!」
「シルヴィ」
俺は改めて決意を固め、一旦シルヴィを話した後ポケットから先程作ったアクセサリーを取り出し、シルヴィに見せた。それは、ファイヤールビーがはめ込まれた指輪が2つであった。
「これって……!」
「嫌なら受け取らなくても構わない。出会ってそんなに日が経っていないのに、こんな状況でいきなり結婚してくれなんて言うなんて馬鹿馬鹿しいかもしれない」
告白をしていきなりプロポーズとか、常識的に考えてあり得ない事なのかもしれないが、ファイヤールビーを手に入れた時から決めていた事なので後に引く訳にはいかない。
「でも、それでも俺の精一杯の気持ちなんだ。だから」
最後まで言い切る前に、シルヴィは満面の笑みを浮かべてスッと左手を差し出してくれた。
「私はいつも言っているでしょ。竜次は私の未来の旦那様って」
「じゃ、じゃあ!」
「私を、竜次のお嫁さんにしてください」
「ああ!」
俺はそっとシルヴィの手を取り、その薬指に指輪をはめた。ピッタリ合っていて本当に良かった
「何ホッとしているの。もう一個頂戴。今度は、私が竜次に指輪をはめる番でしょ」
「お、おう!」
もう一つの指輪をシルヴィに渡し、シルヴィが優しく包み込む様に俺の左手を握って、自分の胸の前まで持って来た。
そこで今度は、シルヴィが俺の薬指に指輪をはめてくれた。
「これで、婚約成立ね」
「ああ」
互いの指輪を見せあった直後、互いの右手に紋様が浮かび上がり、聖なる泉の時の様な強い輝きを発した。
しかし、俺はその光を気にする事無くシルヴィの肩に手を置き、ゆっくりと引き寄せた。シルヴィも、少し背伸びをして顔を上げて目を閉じた。
月明かりに照らされる中、俺とシルヴィはキスを交わした。




