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18 素材集めと行商教育


「まだ駄目か」

「もう少し待ってください」

「それよりも、もう少し肩の力を抜いた方が良いわ。初めてだから分からなくもないけど、こんなに硬くなって」

「確かに、カチカチです。本当に初めてなのですね」

「悪いか。こういうのは初めてだから、イマイチ要領が掴めないんだよ」


 緊張の最中、俺はついに行動を始めた。


「はああっ!」


 肉がめり込む音と同時に、俺の投げた槍が目の前にいた大きな鹿の身体に突き刺さった。


「やったじゃない。槍投げによる狩りは初めてだって聞いたけど、案外うまく言ったじゃない」

「流石は竜次様」

「いやいや、何でわざわざ槍投げによる鹿狩りをせにゃならんのだ」


 何かお肉が欲しいという事で、丁度森の中に黄金色の角を生やしたゴールデンホーンという鹿がいたので、その鹿を槍投げによる狩りで仕留める事となった。意味が分からん。そこは普通弓矢で仕留めない?


「こっちの方が確実に仕留められるから」


 というのが、マリア談。

 王都を出発してから3日後。

 俺達はこの日、川辺の近くで野宿する事にした。その際、偶然ゴールデンホーンの群れを見つけたので、その肉を食べる為に先端が鋭利な槍を持って、俺達は獲物に気付かれないよう慎重に近づき、現在に至ったのである。


「それはそうと、すごくいい獲物を仕留めたわ。ゴールデンホーンの肉質はとても柔らかくて、鹿肉独特の臭みもなくてとてもジューシーなんだ」

「庶民の間でもかなり人気の高い肉なんです。しかも角は、金と同じ素材で出来ていますので、工芸品としても大変人気なのです」

「ほほぉ」


 それはいい情報を聞いた。この角を、魔物の素材を買い取ってくれる店に出したら、いくらで買い取ってもらえるのだろうか。ゴールデンホーンの解体を済ませた後、俺はシルヴィにその事を聞いてみた。


「素材を買い取ってくれる人に売るのも良いけど、せっかくだから自分で加工して売ってみたらどう?」

「自分で加工か……」


 聞いてみたら、シルヴィからそんな提案を受けたので俺は少し考えた。


「加工して自分で売るといっても、俺は魔物の素材の加工なんてやったことが無いんだけど」

「私もやった事がありません」


 地球で平凡な高校生をやっていた俺や、王族で剣士のマリアが魔物の素材の加工なんてやった事がない。マリア様も、手に入れた素材はすぐに売っていたという。もちろん、手も加えていない。


「それなら任せて。魔物と契約をするには、その魔物の事を詳しく知る事が大切なの。魔物の素材を加工する技術も、それに含まれているの」

「ほほぉ。それじゃ、お手並み拝見といこうか」


 シルヴィの腕前を見る為、俺は黄金色に輝く角をシルヴィに渡した。シルヴィは軽く腕まくりをした後、リュックから何やら小さめのトンカチや(のみ)、更には色とりどりの宝石がぎっしり入った布袋も取り出した。というか、小さい物ばかりとは言えその宝石は何時手に入れたのだ。


「王都を出る前に買った。宝石と言っても、ほとんど価値が無いに等しい小さい物ばかりだから、キロで銀貨5枚だよ」


 1キロ銀貨5枚って、宝石にしては高いのか安いのか微妙な所だな。まぁ、確かに塩粒程度の大きさなら安くても仕方がない。パッと見1~2ミリくらいしかなく、大きくても3ミリだった。

 それをシルヴィは、ピンセットを使って金色の角に付けていき、模様も鑿で削って描いていった。

 空がオレンジ色に染まる頃、シルヴィ作の作品が完成した。


「どうよ」

「スゲ……」


 完成した工芸品を見て俺は、思わず感嘆の声を漏らした。

 角の至る所に鳥の絵が彫られており、細部まで丁寧に掘られていた。色とりどりの宝石も、鳥が加えている花や木の実の分などに使われていて、一見するとプロの職人さんが作ったものと遜色のないレベルの一級品であった。


「まぁ、魔力による補正も幾つかあるけど、概ねこのくらいは出来るようになったの。もうなくなっちゃったけど、私が住んでいた城の至る所に飾られていたわ」


 魔力も使って細かくて難しい部分を削ったらしいが、それでもかなりの出来栄えであった。夕食の準備を終えたマリアも、シルヴィの作った作品を見て、その出来栄えの良さに目を奪われた。


「すごい。これなら金貨10枚で取引が可能です」

「それは流石に言い過ぎですが、こっちの方が通常よりも高値で売る事が出来るわ」

「確かに、途中で立ち寄った町や村で何となしに過ごすよりも、行商して回るという目的があった方が今後の旅も有意義なものになるだろう」


 それに何より、自分でお金を稼ぐ方法も見つけられる為一石二鳥である。


「なぁシルヴィ、俺にもその加工方法を教えてくれ、いや、教えてください」

「良いわよ。初めての夫婦共同作業だね」


 まだ結婚していないから夫婦ではないが、俺との共同作業が嬉しいみたいで、明日の朝剣の稽古の後でみっちり教えてくれるそうだ。

 実を言うと、魔物の素材は馬車の中にまだ少しある為、練習として使わせてもらう事にした。


「それなら、この先魔物を狩る明確な目的も出来るというものです」

「まぁ、その時は槍投げによる狩りは勘弁して欲しいがな」


 あんな方法で狩りが出来るのは、この世界でもおそらくマリアくらいなものだ。地球では猟銃という武器があるが、この世界には存在しないから仕方が無いけど。




 翌朝。


 俺は早朝の日課となったマリアと剣の稽古の後、シルヴィから素材を工芸品やナイフなどの小さな武器に加工する技術を教わった。当たり前ながら、最初は表面を削るだけでもかなり苦労した。力加減を間違えると、その素材を駄目にしてしまうからだ。

 例えば、牙だったら太さにもよるが深く掘り過ぎるとポキリと折れてしまう。

 それを何度も繰り返していくうちに、俺はようやく初めての工芸作品が出来上がった。


「初めてなのに、結構上達が早いわね」

「お、おう」


 俺が初めて作った工芸品は、サーベルベアという犬歯が異様に長い熊の牙で作った龍の置物である。その間、駄目にしてしまった素材がたくさんあり過ぎて、全てゾーマの胃袋の中へと入っていった。見た目は馬なのに、魔物の素材までボリボリと食べてしまうなんて。


「なんか、悪いな。せっかく手に入れた素材を、殆ど台無しにしてしまって」

「最初は皆そんなものよ。私だって初めはたくさん駄目にしてしまって、お父様やお母様に物凄く怒られたから」

「それに、竜次様の上達が早いのはおそらく恩恵のお陰だと思います」

「やっぱりそうですか……」


 後半から何となくそうではないかと思いました。それまで滅茶苦茶ヘタクソだったのが、後半から徐々に上達していったのだから。


「ですが、その恩恵をものにするには本人の努力が不可欠です」

「恩恵ばかりに頼って、努力を怠ったら恩恵は力を十二分に発揮しないから」


 結局最後は俺の努力次第という訳か。当たり前か。


「とは言え、せっかく身に着けた技術だから、次の村に着くまでにたくさん作って、そこで行商をするのがいいと思うわ」

「次の村って確か、アチワ村だったな」

「はい。近くに宝石がたくさん採れる山があって、そこで採れる宝石類で生計を立てている村です」


 宝石がたくさん採れる町か、この先の事を考えると宝石細工の技術も学んでおいても損はないだろう。確か、この世界の宝石には魔力を高めたり、体力を増やしたりするなどの何かしらの付与が付いている物が多い。それを、シルヴィに与えておきたいな。


「アチワ村まで、どのくらい掛かりそう?」

「そうですね……ここからだと大体3日くらいは掛かると思います。ただ、魔物の素材を集めながらとなると更に時間が掛かります」

「道中には、ゴールデンホーンの他にも、硬い鱗を持ったアイアンリザードや、爪や牙が高く売れるグランドベア、角がナイフなどの武器になるミノタウロスなどがいるわ」

「結構いるんだな」


 アイアンリザードは、鋼鉄よりも硬くて大きな鱗を持ったとにかく大きなトカゲで、パッと見はドラゴンと間違えてしまう様な姿をしている。ちなみにその鱗は、鎧や槍の穂先にも使われている他、国によっては1枚で銀貨10枚と交換してくれるところもある。

 グランドベアは、犬歯と爪が10センチ以上もある体長4メートル越えの超大型の熊の魔物。爪と牙が、武器や工芸品の材料に使われ、特に牙で作られた彫り物はかなり高いと言われている。

 ミノタウロスに関しては、説明するまでも無いが牛の頭と下半身を持ち、人間の男性の上半身を持った怪物である。その角は、よく切れるサバイバルナイフになるのだそうだ。


「では、出発は明日にして今日はもう1日ここで野宿としますか」

「なんか、悪いな」

「いえ」

「その分、いろいろな技術が身に付いたんだから良いじゃん」


 まぁ確かに、魔物の素材から工芸品やアクセサリー、小さめの武器を作る事が出来るようになったのは大きい。恩恵の加護もあるが、通常なら数年かかる技術を1日で習得できて良かったと思っている。

 その代りに、丸1日ここから動く事は無かったが。

 次の日から俺は、剣の稽古や魔物狩りを行いつつ、手に入れた素材から工芸品や武器や装備などを作っていった。

 そして、アチワ村まであと1日という距離で俺達は一番の大物と遭遇した。


「まさか、こんな所で遭遇するなんて」

「こんな所で遭遇する事は、本当は無い筈なんだけど」

「でもあれは、間違いなくアイアンドラゴンですね」


 そう、その一番の大物というのがドラゴンなのである。しかも、名前の通り全身が鋼鉄よりも硬い鱗に覆われた個体だ。大きさも、強さも、危険度もアイアンリザードの比ではない凶暴なドラゴンだ。

 そんな危険なドラゴンが、今まさに俺達の目の前にドンと立っていた。しかもコイツ、かなり大きい。


「厄介な事に、アイアンドラゴンはアイアンリザードと違って腹まであの硬い鱗で覆われている上に、鱗の硬さもアイアンリザードとは比べ物にならないわ」

「けれど、口の中だけは無防備ですから口を開いた瞬間を狙って口の中を攻撃すれば倒せます」

「「いやいや」」


 そんな荒業が出来るの、この世でマリアくらいなものです。


「魔法による攻撃は?」

「効かないわよ。あの鱗は剣だけじゃなくて、魔法まで弾いてしまうから遭遇したらかなり危険と言われているの」


 となると、マリア様の言う様に口の中を狙って攻撃するしかないのか。いや、待てよ。あの方法を魔法にすれば、わざわざ口の中を攻撃する必要はないのでは。


「でも、あれはあれでラッキーです。アイアンドラゴンに限らず、ドラゴンは素材にならない部分が内蔵以外に存在しないのです」

「つまり、爪や牙や鱗だけじゃなく、骨や皮までも売れるのか?」

「他にも、肉は牛よりもジューシーで油がたっぷりで、それでいて筋っぽくなくて蕩ける柔らかさだから、高級レストランが高値で買い取ってくれるわ」


 何それ、完全に金の生る木じゃねぇか。内蔵以外全てが高値で取引されるなんて。その代り、命の危険にさらされるが。


「とりあえず、コイツを倒さないと先へは進めない」


 襲い掛かってくる前に俺は、早速アイアンドラゴンを倒す為に思いついた魔法を放った。俺が放った魔法は、三日月状の薄い風の刃だ。それを、アイアンドラゴンの鱗の隙間に入れるようにコントロールした。

 最初は何が起こったのか分からないアイアンドラゴンだったが、俺達に爪を向けて来る前に突然白目をむき、口から血を流して倒れだした。


「何が起こったの?」

「あぁ、小さな風の刃を身体の中に潜り込ませて、心臓を直接真っ二つにした」

「何その魔法、めっちゃ怖いわね!?」

「この魔法を使われると、いくら鎧で固めても隙間から攻撃されてしまいますね」


 シルヴィもマリアは、呆れながらも驚いているみたいだ。この魔法のイメージは、日本で有名なロボットアニメの装備からきました。尤もあれは、刃ではなくビームなのだけど。


「何にせよ、あとは解体するだけね」

「そうだな」


 早速俺達は、倒したアイアンドラゴンの解体作業に入った。


「そういえば、何でアイアンドラゴンはすぐに俺達に襲い掛かって来なかったんだ」


 遭遇した直後、凶暴である筈のアイアンドラゴンはジッと俺達を見つめたまま動かず、俺が攻撃を始めてからようやく襲い掛かろうとしたのだ。どうなっているのだ。


「アイアンドラゴンをはじめ、ドラゴンが人を襲うのは、背中を向けて逃げる人が殆どで、背中を向けずに目を見てゆっくり後退っていけば向こうは襲ってくる事は無く、何もせずに勝手に何処かに行ってくれるの」

「へぇー」


 まるで熊に遭遇した時の対処と同じだな。

 なんでも、この世界のドラゴンは動く獲物に反応して襲い掛かってくる習性があるらしく、余程興奮した状態でない限りは背中を向けずにゆっくり後退っていけば襲われる事は無いそうだ。その為、死んだふりや背中を向けるという行為は100パーセント襲われるそうだ。

 背中を向けちゃいけない、死んだふりは逆効果、目を離さずゆっくり後退っていく、完全に熊と同じじゃないか。


「でも、一番有効的な方法は鈴などの音の鳴る物を鳴らして自分の存在を向こうに知らせて、こっちに近づかせないようにさせるという事ですね」

「この世界のドラゴンは熊か」


 思わずそんなツッコミをしてしまった。いや、人の気配を感じたらすぐに逃げて行ってしまう熊の方がまだマシだけど。熊は元々臆病な動物だから。

 その後、俺は2人からこの世界のドラゴンの習性と、ドラゴンと遭遇した時の正しい対処法などを教わりながら解体を進めていった。


「そうそう。竜次は熊と同じと言ったけど、中には破壊や殺戮を好む邪悪なドラゴンが4種類いて、そういうドラゴンの事を厄竜と呼ばれているの。そういうドラゴンには、さっき言った対処法は全く効果がないから」

「やっぱりいるんだな、そういうドラゴンが」

「ええ。私が従えているファイヤードレイクも、そっちの分類に入るわ」


 ファイヤードレイクって、そんなに凶暴で邪悪なドラゴンだったのかよ。よくそんな危険な厄竜と契約を交わせたな。あ、そういえば脅したり弱みを握ったりして無理矢理契約をしたんだったな。


「ファイヤードレイクの他にも、ニーズヘッグやリバイアサンやファフニールが厄竜に分類されているわ」

「ただ、東方のドラゴンは全然凶暴ではなく、豊作や恵みをもたらす神の化身として崇められているのです。私も一度見た事がありますけど、西方のドラゴンとは姿が全然違って細長い姿をしていて、(たてがみ)や長い髭や鹿の様な角を生やしていました」

「へぇ」


 それ、地球では(りゅう)って呼ばれているのだけど、この世界は龍もドラゴンと呼んで統一しているのだな。

 そんな感じでドラゴンの事をいろいろと聞きながら、俺達はアイアンドラゴンの解体を終えた。


「鱗と牙と爪は、鍛冶屋が高値で買い取ってくれて、角と骨は、雑貨屋が買い取ってくれるわ」

「分かった」


 肉は言うまでも無く、高級レストランが買い取ってくれるため、国境検問所がある町までマリアの収納魔法の中に入れて保管する事になった。

 内臓は、うちの大食漢のゾーマが美味しく頂きました。見た目は馬なのに。


「さて、せっかく高級食材のドラゴンの肉が手に入りましたので、シンプルにステーキにしていただきましょうか」

「賛成♪」

「そうだな。ドラゴンの肉がどんな味がするのか気になるし」


 そんな訳で、俺達はこの日ここで野宿をして、手に入ったばかりのドラゴンの肉を少し食べる事にした。調理担当のマリアが、一番美味しい部位をシンプルに塩胡椒のみのステーキにして出してくれた。

 食べてみた感想は、滅茶苦茶柔らかくて美味しかった。


「嘘だろ。てっきり筋っぽいのかと思ったが、凄く柔らかい上に肉汁もたくさんある。それでいてしつこくなくて、しかも甘みがあって、なにこれすごく美味しい」

「でしょ!牛程脂っぽくなくて、それでいて全然固くないのだから貴族や王族がこぞって欲しがるの!」

「狩った人も、戦利品として5キロほど持って帰って自分で食べるのです。狩った人の特権です」


 うん。こんなに美味しい肉を全て売っ払うなんて勿体ない。自分で狩って手に入れたのだから、5キロくらい持って帰っても罰は当たらないだろう。

 そんな高級食材のドラゴンの肉をお腹いっぱい食べた俺達は、明日売りに出す工芸品と素材の整理をしてから就寝した。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇




 翌朝。


 アチワ村に辿り着いた俺達は、町の中央にある公園のような広場に馬車を停めて、馬車からテーブルや大きめの布を取り出して設置した。布を敷いたテーブルの上に、早速今日まで作って来た工芸品やナイフなどの道具を並べた。


「今更だけど、こんな所で堂々と露店を出しても大丈夫なのか」

「問題ないわ。こういう形で行商をしている人なんて珍しくもないし、それに露店を出しているのは私達だけじゃないわ」

「特に禁止している訳でもありませんし、少なくとも我が国ではこういった形での露店は禁止されていません。他所の国でもそうだという保証はありませんけど」


 まぁ、確かによく見たら、俺達以外にも露店を出して自分達で作った作物やアクセサリーなどを売っている人がたくさんいた。マリアが大丈夫と言っているのだから、フェリスフィアでは問題ないのだろう。フェリスフィアの南、アルバト王国でもそれが出来るかどうかは分からないし、国によっては禁止されているところもあるだろうから、その辺は慎重にいかないといけない。

 アルバト王国から更に南に行くと、目的地でファルビエ王国がある。


「さ、せっかく露店を出しているのだから、たくさん売りましょう」

「ああ」


 商品を全て並び終えると、3人で予め決めた値段が掛かれた値札をそれぞれの商品の前に出した。

 シルヴィ曰く、露天で売る場合は出来るだけ銅貨50枚前後で買えるようにしておいた方が良く売れるという。どんなに高くても、銀貨1枚に留めておかないとトラブルのもとになるという。主に何が起こるのかというと、万引きや恐喝である。

 なので、テーブルに並べられている工芸品やナイフなどはどれも安くても銅貨42枚、高くても銅貨75枚と設定している。どれも、素人の俺が作った物だからそんなに高い物ではない。

 並べられている商品も、牙や爪で作られた小さ目の工芸品や、ナイフや短剣サイズの小さな武器ばかりだが、どういう訳か飛ぶようにどんどん売れた。

 最初はそういうものなのだと思っていたが、始めて10分後にその理由が分かった。


「ありがとうございます♪」

「いやぁ、お嬢ちゃん凄く綺麗だねぇ。ついでにこのナイフも買っちゃおうかな」

「俺はこの置物を買うよ」

「お嬢さん、出来れば握手を!」


 どいつもこいつも、シルヴィの前に並んで商品を購入していた。よく見たら、客が全員男だった。おそらく、全員商品よりもシルヴィが目当てに群がって来たのか。商品を買うのは、シルヴィの笑顔を見たいからだというのが分かった。


(売れている筈なのに、なんだか嬉しくない)


 逆に言えば、シルヴィがいなかったらこの商品は全然売れないという事になるのだろうか。

 それも嬉しくなれない理由の一つでもあるが、シルヴィ目当てに近づいて来る男共に対してなんかよく分からないが、無性に腹が立って仕方がなかった。

 そんな俺の気持ちを察したのか、列が一旦途切れた時にシルヴィが顔を近づけて、小声で言ってきた。


「そんな顔をしないの。今は接客中なんだから。それに、竜次以外の男に触れさせるつもりなんてないから安心して」

「うっ……」


 こいつ、俺の心でも読めるのか、と思ってしまった。

 そう言った後、シルヴィは俺の頬に軽くキスをした後再び接客に戻った。


(ッタク、キス魔が)


 シルヴィにあぁ言われただけで、すぐに安心してしまう自分のチョロさ加減に呆れてしまう。

そんなシルヴィのお陰で、僅か2時間で商品は完売となった。


「シルヴィア様効果が凄いですね」

「看板娘の誕生だな」


 今回の売り上げに貢献したシルヴィは、鼻歌を歌いながら後片付けを手伝っていた。売り上げの6割を渡さないと割が合わないよな。


「ささ、次に行きましょう。ドラゴンの素材を売りに行かないと」

「お、おう」

「そうですね」


 ここから先は、昨日倒したアイアンドラゴンの素材をそれぞれ売りに出す為に移動した。

 それにしても、像のように大きなゾーマが堂々と馬車を引いているのに、誰も見向きもしないなんて。いや、そもそもゾーマに馬車を引かせているのは俺達だけではないのだけど。


「肉はアルバト王国に着いてからがいいと思います。王都にはそれなりに高いレストランがありますから、そこに売りに出した方がより高値で買い取ってくれます」

「分かった。それまで保管の方を頼む」

「分かりました」


 その間に、俺達は美味しいドラゴンの肉を食べられるのだから良しとするか。それに、ドラゴンの素材は内蔵以外全て高値で取引されている。


「アチワ村だったら、骨と角が売れると思うわ。武器の材料になる鱗と牙は、もう少し大きな町で振った方がお得よ」

「それでしたら、良い場所を知っていますのでそこに行きましょう」


 良い場所を知っているというマリアの案内で、俺達は田舎っぽい街並みに似合わないとても大きくて派手な建物に着いた。マリア曰く、近くの山で採れる宝石を取り扱っているこの国で最大手の宝石商だという。


「そう言えば、宝石がたくさん採れる村だったな」

「はい。ここで宝石細工の技術と、ドラゴンの素材の加工方法を学ぶ事が出来ると思います」

「なるほど」


 つまりマリアは、俺に宝石細工の技術と、ドラゴンの素材の加工技術を学ばせようとしているのだな。まぁ「奇跡」のお陰で、僅か1日で習得が可能になったが、何でわざわざ学ばせようとしているのだろうか。まぁ、別に構わないのだけど。

 そんなマリアを先頭に、俺とシルヴィは宝石商の中へと入った。ガラスケースの中には、目を引く程の綺麗な宝石がずらりと並べられていた。当たり前だけど、値段が凄く高い。金貨100枚って、マジかよ。

 ガラスケースの宝石に目をやっていると、店の奥から少し高そうな服を着た優しそうな40代くらいの小太りの男性が出てきた。


「いらっしゃいませ。おぉ、マリア王女殿下!」

「久しぶりです、デレクさん」


 小太りの男性と握手を交わすマリア。その後、男性に俺とシルヴィを紹介してくれた。


「あなたがフェニックスの聖剣士様ですね。わたくしは宝石商人のデレク・バーレインと申します。マリア様をはじめ、フェリスフィア王家とも太いパイプを持っております」

「どうも。楠木竜次です」


 何となくそんな素っ気ない返しをしてしまった。


「シルヴィア・フォン・エルディアといいます。竜次のパートナーをしています」

「シルヴィア様って、もしかしてエルディア王国の王女様で三大王女の一人の!?」

「やめて下さい。今は王女でも何でもありませんから」


 そんな風に優雅に自己紹介をしたシルヴィに、デレクさんは声を上げて驚いた。やっぱりシルヴィは有名人だな。一国の王女であると同時に、この世界でトップクラスの美貌を持つ3人の王女、三大王女の一人だから当然か。シルヴィ本人は、もう王女じゃないなんて言っているが。


「それはそうとデレクさん。竜次様に、貴方の持つ宝石細工の技術と、ドラゴンの素材の加工技術を教えては貰えないでしょうか」

「彼に私の技術を?構いませんが、一体何故?」


 それは俺も気になっていたので、俺もマリアの言葉に耳を傾けた。


「竜次様の可能性を広げたいからです。あんな強引な手段で召喚されたのですから、竜次様や他の聖剣士様や巻き込まれた人達はもう二度と元の世界に戻ることは出来ません。だから、この世界でもうまくやっていけるようにたくさんの技術を習得させておいた方が、将来的に役に立つと思ったのです」

「なるほど。つまりマリア王女殿下は、楠木様の将来も見据えてわたくしの技術を盗ませようというのですね」

「はい。世界一と名高い貴方の技術を信頼して、こうしてお願いに来たのです」

「ありがとうございます!」


 機嫌良くしたデレクさんは、目をキラキラさせながら右拳を自分の胸に当てた。


「確かに、シルヴィを支える為にも魔物狩りだけを行う訳にはいかない」


 マリアは、そんな先の事まで考えて俺に宝石細工の技術を身に着けさせようと考えたのか。確かに、それは助かる。


「なら、私も学んでもいいか。私だって、竜次をこの先もずっと支えていかなければいけないから」

「構いません。わたくしとしても、光栄の極みです」

「ありがとうございます。それと、それとは別にこれも買い取ってもらえないでしょうか。ドラゴンの鱗です」


 そう言ってマリア様は、アイアンドラゴンの鱗が入った布袋を20個以上デレクの前に出した。


「これはこれは!?こんなにたくさんの鱗を!喜んで買い取らせていただきます!君、あれを持ってきなさい!」

「はい」


 ドラゴンの鱗を目にしたデレクは、従業員の人を呼んで金貨が入ったアタッシュケースのような鞄を持ってこさせた。鞄の中身は、ギッシリと入れられた金貨と宝石類であった。


「こちらでいかがでしょうか」


 見ただけで分かる。これは明らかに通常の相場の10倍以上の金を出させていると。その上、テニスボールサイズの宝石までもたくさん入れられていた。流石にそれは申し訳なかった。


「い、いや、それはさす……」

「それで買い取らせていただきます」

「「へっ!?」」

「では、交渉成立です!」


 それは流石に貰い過ぎ、と言おうとした俺にマリアがそれで交渉を成立させた。俺とシルヴィが驚く声を上げる中、マリアは何食わぬ顔で鱗を渡し、大金と宝石が入ったカバンを収納魔法の中に入れた。


(このお姫様。だから鱗の買取を最後にしたのか)


 世界一の技術と言ってデレクさんを煽て、その上教える相手が俺やシルヴィで、しかもその依頼をいつも贔屓にしてもらっている王女様直々となればデレクさんが喜ぶのは分かり切っている。

 そんな気分を良くしたデレクさんに、今度は高級素材のドラゴンの鱗を差し出す事で通常よりも高値で買い取らせると同時に、あわよくば通常では絶対に手に入らない宝石も手に入れられる。まさに、一石二鳥。


「いや、今のは典型的な詐欺の手口の様な気がするが」

「さぁ、何のことでしょうか」


 あからさまに目を逸らして誤魔化すマリアを、俺はジト目で見た。やはりわざとやったみたいであった。


「竜次。これは見習ってはいけない方法だからね」

「ああ。分かっている」


 マリアの反面教師っぷりを見て、俺は真っ当な行商をしていこうと心に決めたのであった。商売とは、信頼が大事だから。




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