14 転移と待機
「やあぁっ!」
「んっ!」
俺がこの世界に召喚されてから、今日で3ヶ月が経った。
俺は今日も、マリア様から剣の指南を受ける為に騎士団の訓練場に足を運んでいた。そこで俺は今、マリア様と模擬戦を行っていた。
「あああぁっ!」
「クッ!」
奇声と言っては失礼だが、まるで拳法でも行っているみたいな甲高い声を上げながら剣を打ち込んで来るマリア様。
だけど、最初の頃に比べたら俺もだいぶマリア様相手に善戦できるようになった。
「ぃやあぁっ!」
「なっ!?」
俺が次の攻撃を繰り出す前に、マリア様の剣が俺の首を捕らえていた。善戦は出来るようになったが、勝った事は未だに無い。
「ふぅ、また勝てなかった」
「いえ、最初に比べたら攻撃にキレが出てきていますし、動きも良くなりました。聖なる泉から帰ってから、見違えるみたいに強くなりました」
「うぅ……」
聖なる泉での水浴びを終えた後、俺とシルヴィはマリア様からたくさん冷やかしを受ける事になった。人目を気にせずにイチャイチャと、しかもあんなに濃厚なキスを何度も行ったのだから、相当からかわれた。
「そういえば、シルヴィア王女は?」
「あぁ、魔術部隊の訓練所の方に行っています。新しい魔物の使役と契約を行っています」
「新しい魔物と契約ですか。まだ目的の魔物が出てこないのですか」
「はい。そいつと契約を行えば、転移が楽になるって言って」
「前回の大襲撃を余程気にしているのですね」
「あいつのせいではないのに」
2週間ほど前の事であった。
西の果てにある小国が、魔人率いる怪物軍の大襲撃を受けていた。
だが、ここで困った事が起こった。俺はもとより、そこはシルヴィやマリア様、エレナ様やレイトも行ったことが無かった国であった為、転移石での移動が出来なかったのだ。その為、どうしても馬での移動をしなくてはいけなかったのだ。
しかも、間にはあの大国のキリュシュラインがあった為、どうしても迂回しての移動になる為どんなに早くても20日も掛かる所にあった。
その為、俺達が準備をしている間にキリュシュラインにいる4人の聖剣士達によって大襲撃は解決した。それだけだったら何の問題もなかった。
だが、問題は大襲撃を解決した後に起こった。
あの暴君は、それを口述にその小国をキリュシュラインの属国となる様に要求してきたのだ。つまり、その小国を乗っ取って吸収しようとしたのだ。
その国の王は、最初こそは反論してきたのだが、聖剣士4人の活躍によって国が救われた事を言われると何も言い返せなくなってしまい、渋々属国になる事を承諾した。
公には公開されていないが、取り込まれる事が決まった翌日にその国の王は暗殺されて、代わりにあの暴君が信頼を寄せる貴族が統治する事になったそうだ。
その悔しさから、シルヴィはもっと楽に転移できる方法がないかをずっと調べていた。1週間かけて、シルヴィはどんなところでも転移する力を持った魔物、レイリィというデフォメチックなキツネのぬいぐるみの様な姿をした魔物の存在を知った。
早速シルヴィは、そのレイリィと契約をする為に何度も召喚魔法を行った。だが、何度召喚しても目的のレイリィは現れず、今も魔物召喚を行っている最中であった。
「かなり時間が掛かっているみたいですね」
「仕方がありません」
レイリィという魔物は、南方の比較的気温の高い地域にのみ生息している魔物で、気性は穏やかで人に危害を加える事のない大人しい魔物だ。
だが、その反面非常に憶病な性格をしている為、見つけるのが非常に困難を極める。仮に見つけたとしても、人の姿を見た瞬間に何処かに転移してしまう為、100年前までは存在が不確かな未確認生物として扱われたそうだ。
そのせいか、2週間たった今でもなかなか召喚出来ないでいた。違う魔物が出てきた場合、可哀想だけど討伐するか、丁重にお帰り願うか何かしないといけないらしい。
「あまり無理しないで欲しいですね」
「とはいっても、一度言ったら絶対に曲げませんから、召喚して契約を結ぶまではやめないと思います」
出会ってまだ3ヶ月ちょっとしか経っていないのに、という反論は無しにお願いします。でも、シルヴィがそういう子だって言う事は俺が一番良く分かっていた。
そんな時、1人の騎士が慌てた様子でマリア様の所に駆け込んできた。
「姫様!大変です!」
「何事です」
「諜報部隊からの伝達で、西にあるエララメの町に向かって魔人の怪物軍が大襲撃を始めていると!」
「何!?」
「このままですと、明日の正午にはエララメの町に到達すると思われます」
「クソ!よりにもよってエララメの町か!」
奥歯を噛み締めて顔を顰めるマリア様。
無理もなかった。エララメの町は、王都であるヴィダンから馬で6日も掛かる距離にあるからだ。聖剣士である俺を置いて、彼女達だけ転移石で転移する訳にもいかず、どうしても馬での移動になってしまう。
更に、後で知ったのだが転移石自体が容易く手に入る物でもなく、それは王家であっても例外ではないそうだ。今王城にある転移石は、マリア様が持っている1個しかないと言うのだ。
この国では、諜報部隊にたくさん持たせている為自分達の分はあまり持っていないのである。大事な会議がある時は、転移石ではなく馬や別の手段での移動が多いから、あまり使わないと言うのもある。
国同士の大事な会議の場合は、王家御用達の転移鏡があるらしいが、国同士の会議などにしか使えず、それ以外の目的だと全く機能しないただの鏡になるのだそうだ。使えないな。
更に最悪な事に、エララメの町から半日という距離にあのキリュシュラインの国境がある為、俺達が駆けつける前にキリュシュライン兵とあの4人が駆けつけてくる可能性がある。もしかしたら、もう出陣の準備を進めているのかもしれない。
「何故報告が遅れた!」
苛立ちからか、マリア様の口調が荒っぽくなった。
「申し訳ありません!こちらに伝達する前に、諜報部隊が何者かの襲撃を受けた為、報告が遅れたと!」
「間違いなくキリュシュラインの妨害だ。クソ!我が国を乗っ取るつもりか!」
向こうの見え見えな陰謀に、マリア様が奥歯を強く噛み締めて悔しがった。
いつ何時でもすぐに転移でいる様、俺もいろんな所に連れて行ってもらったが、エララメの町まではまだ行ったことが無かった。フェリスフィア王国は意外と大きな国だからな。
そんな時、シルヴィが俺の所へと駆け寄ってきた。
「竜次!」
「シルヴィ」
「やったわ!」
何だか嬉しそうにしたシルヴィが、勢いよく俺に抱き着いてきた。こんな時に何か嬉しい事でも起こったのだろうか。
「どうした?」
「聞いて竜次!私、ついにやったわ!レイリィとの契約を!」
「何!?」
「っ!?」
何てタイミングの良い時に、シルヴィがどんな所でも転移できる魔物、レイリィとの契約を交わす事が出来たという。
それを聞いたマリア様が、ダンダンダンという擬音が出ていそうな足取りで俺に抱き着いているシルヴィに近づいた。
「それは本当か!本当にあのレイリィと契約を交わしたのか!」
一瞬ビクッとなったが、シルヴィはコクッ首を縦に振った。
「よし!これならキリュシュラインが着く前に、エララメの町に行く事が出来る!」
「何かあったのですか」
ただならぬ雰囲気を察したシルヴィが、表情を引き締めてマリア様から事情を聴いた。エララメの町に、魔人率いる怪物軍が大襲撃を仕掛けようとしていて、明日の昼に町に到達すると言う情報を聞いた。
「レイリィで転移できる人数に上限はありますか」
「500人まで。でも、竜次が力を貸してくれれば、何千人でも転移できると思います」
そう言ってシルヴィは、おれの顔を見て手を握ってきた。確かに、俺の持つ恩恵の「奇跡」を使えば、レイリィの力を上げて一度に何千人もの人を転移させる事が出来るかもしれない。
これまでに何度も試してみた。驚く程使い方が簡単だったので拍子抜けをしてしまったが、無害とは言え魔物相手に恩恵を使ったことは一度もない。
でも、シルヴィが一緒にいてくれると不思議で何でも出来る気がした。
「シルヴィも、俺に力を貸してくれ」
「もちろんよ。私は竜次のパートナーでもあり、フィアンセだから」
改めてフィアンセと呼ばれるのは照れ臭いが、それ以上に嬉しく思った。そんなシルヴィの協力もあれば、おそらく大きな願いを叶える事が出来る。恩恵は一度使うと、自然と頭の中にどうすれば有効活用できるのかが全て分かってしまうから本当に便利だ。
簡単すぎて少し怖いけど。
「やります。俺の『奇跡』で、何千もの部隊を一斉に転移させられるように強化させす」
「それは心強いです。聞いたか!すぐに準備をしろ!」
『はっ!』
「楠木殿とシルヴィア王女は、私とエレナと共に聖なる泉に行きましょう」
「「はい」」
決戦の前に、王族は聖なる泉で身を清める風習がある。王族ではないが、聖剣士である俺も一緒に行って身を清めないといけないらしい。
準備を城のメイドや執事達に任せて、俺達は聖なる泉へと行って身を清めた。水浴びをするのは、俺、シルヴィ、マリア様、エレナ様、更に指揮を執るレイトも行う事になった。
とは言え、これから戦場に行くのだから誰も泳がず、首が出る深さまで行ってジッとするだけであった。大事なしきたりだと言うのは分かっているが、呑気に水浴びなんて出来ないよな。
だけど……
(落ち着け。平常心だ。そうだ、円周率で言おう)
すぐ目の前に、前回と同じ水着を着たシルヴィがいる為なかなか落ち着かない。少し視線を落とすと、シルヴィの大きすぎる2つの双丘と深すぎる谷間がバッチリと見える。平常心を保つだけでも一苦労だ。
シルヴィはと言うと、俺の頬に触れてジッと俺の顔を眺めていた。俺の顔なんか見てそんなに楽しいのだろうか。
ちなみにすぐ近くでは、ピンク色のフリルの付いたビキニを着たエレナ様が、膝上丈の水着を着たレイトの背中に抱き着いていた。流石のレイトもこれには平常心を保つ事が出来ず、頬を赤く染めて目を泳がせていた(他人事)。
緑色のセクシー系のビキニを着たマリア様は、仰向けになって水面に浮かんでいた。シルヴィ程じゃないけど、マリア様もかなり大きかった(棒読み)。
そんな感じで俺達は、聖なる泉で数十分浸かっただけですぐに城に戻った。
部屋に戻るとすぐに俺は、執事さんが用意してくれた戦装束と鎧とマントを身に着けた。
用意された戦装束は、白色のラインが袖口と襟に施された赤色の服で、胸には俺の紋様と同じ模様の刺繍が縫われていた。鎧は銀色の軽装タイプで、こちらにはフェリスフィアの国旗の模様が刻まれていた。最後に、マントは紅色であった。
「普段着る服が青色なのに対し、戦装束は赤か。赤はまさしく、フェニックスを強調する色だな」
戦装束と鎧とマントを身に着けた後は、フェニックスの聖剣を腰に提げて、更にマリア様から貰った剣を後ろの腰に提げて準備を整えた。
「よし」
準備を終えた俺は、一旦部屋を出てシルヴィの準備が終わるまで扉の前で待った。シルヴィは一緒に着替えてもいいと言ったけど、結婚前の男女が同じ部屋で着替えるのはいろいろとマズイ為、着替えるのが早い俺が先に着替える事になって、その後でシルヴィが準備をする事になった。
40分後にシルヴィも準備を終えて、部屋から出てきた。
シルヴィも俺と同じ赤色の戦装束とマントと、銀色の軽装の鎧を身に着けていた。違いがあるとすれば、俺はズボンであるのに対しシルヴィはスカートを穿いていた事と、長い髪をポニーテールに結んでいた事であった。更に、腰には俺から貰ったファインザーが提げられていた。
「様になっているな」
「竜次こそ、かっこいいわ」
「サンキュウ。じゃ、行くか」
「えぇ」
準備を終えた俺達は、皆が待っている城門前まで来ていた。そこでは、既に数千の兵士達が隊列を組んで待機していた。そんな兵士達の前で、緑色の戦装束とマントと、赤みが掛かった金の鎧を身に着けたレイトが椅子に座って待っていた。流石は執事、準備が早い。
そんな俺達とレイトから遅れる事2分後に、赤色の戦装束とマントと、他の騎士達よりも少し豪華な鎧と剣を身に着けたマリア様が来た。
更にその5分後に、緑色の戦装束とマントと、赤みが掛かった金の鎧を身に着けたエレナ様が来た。
「全員揃ったみたいだな。シルヴィア王女、楠木殿、頼む」
全員揃ったのを確認したレイトが、まず俺とシルヴィに指示を出した。
シルヴィは右手を前に出し、目の前の地面に魔法陣を浮かび上がらせた。
「さぁ、早速お仕事だぞ、レイリィ」
シルヴィが呼んだ瞬間、魔法陣の中からデフォメチックなキツネに似た姿をした中型犬サイズの魔物が出てきた。これが、転移能力を持った魔物、レイリィ。
「さぁレイリィ、ここにいる全員をエララメの町の前まで転移して欲しい。その為の力は、私達が与える」
私達と言ったが、実際に力を与えるのは俺だ。だけど、シルヴィも一緒に力を与えてくれるのなら出来る気がするから、あながち間違いではない。
俺はシルヴィの手を握り、右手をレイリィへと向けた。
集中しろ。
フェリスフィアに滞在している間に何度も使ってきた。
そして強く願え。
ただ願うのではなく、心の底から強く望むのだ。
500人ではなく、何万、いや何百万もの人を一気に転移できる様に。
怪物どもの被害を最小限にする為にも、この力がどうしても必要なのだ。
シルヴィ曰く、温暖な気候の場所でしか生息できない魔物なので、冬になると使えなくなってしまうらしいが、それでもその力は今後必ず必要になる。
最初は、俺に地獄を味合わせた最低な世界だと思っていた。
けど、この世界は俺とシルヴィを会わせてくれた。
誰よりも大切だと思える相手に出会えた。
だから守りたいんだ。
シルヴィと共にこの世界を。
その為の力が欲しい。
一度に何百万もの人を転移させられる力を、この魔物に与えたい。
皆を守る力を。
次の瞬間、俺中で何か熱いものが沸き上がり、赤色の光がレイリィを包み込んだ。光は1~2分程輝き、やがてレイリィの中へと収まって行った。
その直後、レイリィの目が赤く光り、俺達の足元が光り出した。その直後、周りの景色が変わった。さっきまで城門の前にいたのだが、一瞬にして馬車道のど真ん中に転移していた。その後方には、大きな塀に囲まれた町が見えた。
「エララメの町の前。全員転移する事が出来たのです!」
『おおぉー!』
どうやら、無事に全員をエララメの町に転移で来たみたいで、騎士団の人達が歓喜の声を上げた。これで、突然の大襲撃が起こってもすぐに現場に急行できる。
どうやらうまくいったみたいで、とりあえず安心した。
「喜んでいる場合ではない。大襲撃は明日だ。急いで野営の準備をしろ。マリア様と団長はエララメの町の町長の所に行って事情を話してくれ。弩隊は急いで矢の装填を急げ。誤発射には十分注意するように。魔術師部隊は索敵魔法を展開だ。急げ」
皆が歓喜に沸いている中、レイトだけは各部隊に的確に指示を出して襲撃に備えていた。指示を聞いた騎士達が、一斉に指示通りに準備し始めた。
「楠木殿とシルヴィア王女は、テントの設営を手伝ってくれ。その後は敵軍が来るまで休んでもらう事になる。敵が来たら、マリア様と一緒に最前線に出てもらいたい」
「分かった」
「急ぎましょう」
指示を貰った俺とシルヴィは、テントの設営を行っている騎士達の手伝いに向かった。約20人は入れそうなくらい大きなテントの設営は、想像以上に骨が折れた。大きすぎる。
ちなみに、マリア様だけはあの大きなテントを1人で使用するそうだ。レイトと俺は、それぞれエレナ様とシルヴィと2人きりの相室となった。エレナ様とシルヴィのたっての希望で。
その後俺達は、ボーガンに似た弩という武器に矢を装填するのを手伝ったり、大砲の掃除をしたり、爆薬が湿っていないかチェックしたりするなどした。爆薬と言っても火薬を使っている訳ではなく、サラサラとしたオレンジ色の粉のような物であって、魔力を注ぐ事で爆発が起こるという物で、爆発の威力もそんなに強くなかった。その為火は必要ないのだが、湿気に弱いという欠点がある。
そうして全ての準備が終わったのは、空がオレンジ色に染まった頃であった。
「はあぁ。かなり大規模な準備になったな」
「キリュシュラインの大襲撃では、住民に被害が出ない程度の甘いものだったけど、本来はそんなものではありません。今回は対応が早かったお陰で、住民全員を避難させましたから、住民から人的被害が出るのは何とか避けられましたが、最初の大襲撃の時は騎士団と住民に多数の犠牲者が出ましたから」
「やっぱりすごかったのですか」
やはり、あんなのは経験したうちに入れない方がいいかもしれない。今回の大襲撃が初めてだと考えた方がいいかもしれない。
現在俺は、レイトと共に魔人軍が来る方向に目を向けていた。敵は大胆にも、正面からエララメの町を襲撃するつもりでいる事が魔術師部隊によって判明した。敵の姿が見えるのは、明日の正午。
「ところで楠木殿、シルヴィア王女はご一緒ではないのですか?」
「あぁ。シルヴィならエレナ様と一緒に調理場の方に行っています。何でも、自分達も料理をするって言って」
「えぇ!?」
2人が料理すると聞いた瞬間、レイトが大きな声を上げて驚いた。しかも、顔を真っ青にさせて。なんだか嫌な予感がする。
「あの、もしかして2人とも……」
「はい。王女である2人は、ずっと料理は出してもらうのが当たり前な暮らしをしていましたので、まともに料理をするどころか包丁すら握った事がありません」
「まさか……」
その嫌な予感が的中し、調理場から2人の悲鳴と黒煙が上がった。
様子を確かめる為に俺は、急いで調理場の方へと走って行った。案の定、調理場では食材を黒焦げにしたシルヴィとエレナが、涙目になってわなわなという擬音が聞こえそうなくらいに震えていた。うわぁ、騎士達の2人に向けられる視線が何だか痛い。
やはりこいつ等、料理が全くできないのだな。三大王女2人の、信じられない欠点を垣間見た瞬間であった。
「何事です!」
騒ぎを聞きつけたマリア様が、様子を確認する為に調理場に足を運んだ。惨状を目の当たりにしたマリア様が、切り殺すと言わんばかりの強烈な殺気を2人に向けて放った。これにはシルヴィはもちろん、流石のエレナ様も反論する事が出来ずに2人揃って正座させられた。
「貴様等は!大事な防衛戦の前に何貴重な食料を無駄にさせてんだ!しかもフライパンまで駄目にさせて!」
「「ごめんなさい!」」
ガミガミと長い説教を聞かされた後、憔悴しきって全身が真っ白になったシルヴィとエレナは罰として調理場の近くで正座をさせられた。
「大方、楠木殿と執事レイトに良いところを見せようと見栄を張ったのかもしれませんが、時と場所を考えてもらいたいです」
いつもの口調に戻ったマリア様は、2人の代わりに残った食材を使って調理を始めた。俺も、シルヴィの尻拭いの為に手伝う事になった。
「意外と言ったら失礼かもしれませんが、マリア様は料理が得意なのですね」
「私はよく騎士団の遠征に付き合う事があるから、そこで自然に身に付いたのです。美味しい料理は、皆のやる気と士気にも繋がりますので」
「確かに」
美人で料理が上手で、しかも剣に優れていて、尚且つスタイルも抜群な王女様であるマリア様が、何故三大王女に選ばれなかったのかが不思議でならなかった。いくら面食いで、相手に求める理想が高すぎると言っても。
「元々は、マリア様が三大王女に選ばれる筈だったのですが、王女であると同時に騎士でもある自分にそんな大層な身分は必要ないと言って、その座を妹のエレナ様に譲ったのです」
「昔の話です。それに私は、美しい王女としての名誉ではなく、騎士としての栄誉の方が欲しかったですから」
2人の話を聞いて、俺は思わず納得した。
確かに美しさで言ったら、マリア様もエレナ様も甲乙つけがたい程飛び抜けているのだが、凛としていて大人っぽいマリア様の方が頭一つ抜きん出ている気がする。妹のエレナ様としょうもない喧嘩を繰り返すと言う点を差し引いても。
けれど、騎士として戦場に出る事があるマリア様は、王女としてではなく騎士としての誉を選んだ為、三大王女に選ばれるのを蹴って、その座を妹のエレナに譲ったのだな。
だけど、同じような姫と戦士を両立している立場に、ヤマト王国の椿様がいるのだが、彼女は三大王女の座についている。ま、マリア様にはマリア様なりのこだわりがあるのだろう。
「それに、実際には面食いでも理想が高い訳でもありませんから」
「おっ、おい!」
「……へ?」
今なんか、衝撃的な事実が女性騎士の口からカミングアウトされた気がしたのだが。
「実はマリア様、執拗に求婚を申し込んで来る男達を遠ざける為に口から出まかせに、『お前達は私が求める条件を全然満たしていない。もっとカッコよく、尚且つ民の為に粉骨精神で奉仕でき、更には自分よりもはるかに強い男とでないと結婚は絶対にしない』、何て虚勢を張ったら引っ込みがつかなくなってしまって今に至っているのです。お陰で求婚してくる男はいなくなりましたが、同時に次期女王として嘆かわしい限りです」
「うっ、うるさいな!」
うわぁ、全部暴露されて顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。という事はマリア様って、本当はただ不器用なだけの人だったのか。
「そそっ、そんな事より!さっさと食事の準備を進めましょう!決戦は明日なんだから、しっかり食べて力をつけないといけません!」
無理矢理話を切り上げさせたマリア様が、漫画で見る様な包丁さばきでキャベツを千切りにしていった。本人にとっては、絶対に誰かに知られたくなかった秘密なのだろうな。特に、妹のエレナ様の前では。
「へぇ、マリアお姉様って本当は面食いでも理想が高い訳ではなかったのですね。そこまでして求婚を拒否したかったなんて」
聞かれていました。
調理場の近くで正座させられているのだから、聞こえていて当たり前だよな。
「それなら私みたいに心に決めた相手を決めていれば良かったのに、そんな見栄を張ったばかりにお母様を悲しませる事になるのです」
「エレナ!それ以上言うと許さないですわよ!」
「料理中に喧嘩しないでください!エレナ様も、いちいち噛み付かないでください!」
女性騎士に注意されても尚、喧嘩をやめようとしないマリア様とエレナ様。それでもきちんと調理を行うマリア様。すごい、と言いたいところだけどこの場合は呆れの方が大きかった。
(毎日毎日、よくもまぁ飽きずに喧嘩できるな)
2ヶ月以上一緒に過ごして分かったが、マリア様とエレナ様の姉妹はしょうもない事で毎日喧嘩を繰り返している。
ある時は、好きな食べ物を取り合っている時。
またある時は、姉が使っていた香水を妹が勝手に使った時。
そしてまたある時は、妹が大事に育てていた果物を1個姉が知らずに食べてしまった時。
とにかく、しょうもない事ですぐに喧嘩してしまうのだ。
2人とも社交の場ではお淑やかにしていて、人当たりも非常に良かったのだが、ひとたび社交の場から離れると子供じみた理由ですぐに喧嘩を始める幼稚な一面がある。
(喧嘩するほど仲が良いとも言うけど、あの2人の場合は事あるごとに喧嘩ばかりをしている気がする)
喧嘩するなとは言わないけど、もう少しお互いに大人しく出来ないのだろうか。
2人の喧嘩は、夕食の場でも勃発した。理由は、エレナ様の嫌いな食べ物をマリア様が入れてしまったからであった。ちなみに、その嫌いな食べ物というのはピーマンであった。
もう嫌、この姉妹。




