13 姫騎士の実力と聖なる泉
朝食を終えた俺は、剣の腕を更に上げる為に騎士団の訓練に混ざる事にした。打たれたり殴られたりする痛みならまだいいが、切られたり心臓を貫かれたりするような痛みを味わうのはやはり御免だから。
丁度午前の訓練も中盤に差し掛かり、模擬戦を行っていた俺の近くにシルヴィもいた。
「いったぁーい!」
「いえ、剣で首を斬られたら普通痛いでは済みませんけど……」
自分にも俺と同じ恩恵があるのかどうか試す為、女性騎士に頼んで自分の首を斬ってもらったシルヴィがいた。案の定、シルヴィの首が刎ねられる事は無く、キィーンという甲高い音を響かせただけであった。もちろん、傷も受けていなければ血も流れていない。
だけど、それと同等の痛みは感じるから、激痛のあまり首を抑えて転げまわるシルヴィ。やはり、シルヴィも俺と同じ様に死なない身体になってしまったようだが、痛みを受けるのであれば結局は意味がない。
「何やってんだ……」
いくら確かめる為とは言え、自分から斬撃を受けるなんて何を考えているんだ。痛みはそのまま伝わるって言ったのだから、わざわざ受けて確かめる必要なんてないだろ。
(まったく、あれでもこの世界ではもう大人だから、少しは自重してもらいたいぞ)
「あら、シルヴィア王女を気にしながらもうちの騎士団の攻撃を防いで、尚且つ倒してしまうなんて、なかなか見所がありますわね」
「ん?」
模擬戦を終えて、ベンチに座ろうとした俺に赤色の服に白銀の鎧を身に着けたマリア様が近づいてきた。朝のドレス姿ではお淑やかなお姫様という感じであったが、今は凛々しい姫騎士という感じであった。
マリア様が訓練所に来た事で、撃ち込みをしていた騎士達が一斉に中断し、マリア様の方を向いて膝を付いた。
「そんな事をしている暇があったら、訓練の続きをしなさい。私が来たからと言って中断するのではありません」
『はっ!』
マリア様に叱責されて、片膝を付いていた騎士達が一斉に立ち上がって訓練を再開した。
「マリア様こそ、どうしてここに来たのですか」
「もちろん、仕事を終えたから訓練に加わりに来たのです」
「へぇ。失礼ながら、マリア様もお強いのですか」
「自慢ではありませんが、騎士団長よりも強いと自負していますわ」
かなりの自信だな。まぁ、お姫様相手に一本を取る訳にもいかないから、わざと負けているという可能性もあるが。
「言っておくけど、マリア様は強いわよ」
またしても俺の思考を読んだのか、シルヴィが俺の隣に座ってきた。
「おぉ、もう痛くないのか」
「えぇ。正直言って、痛みだけでショック死しそうだったわ。竜次もあの時、こんな痛みに悩まされていたのね」
「ああ」
与えられた恩恵、『奇跡』の一部に過ぎなくても受ける側としては堪ったものではないからな。
「それはそうと、マリア様ってそんなに強いのか?」
「えぇ。西方で最も強いと言われている程よ」
「持ち上げないでください。それでも、椿様には一度も勝ったことが無いのですし、桜様にも何度かやられていますから」
「桜様?誰だ」
椿様なら聞いた事がある。三大王女の一人にして、世界最強の武人だって聞いている。確か、シルヴィやエレナ様と同い年だったから椿様も16歳だったな。
だけど、桜という人は聞いたことが無い。名前から察するに、ヤマト王国出身である事は想像できるけど。
「大和桜様。椿様の3つ下の妹で、ヤマト王国の第二王女なのです」
「13歳にして、椿様にも匹敵する程の剣の名人なんだ」
「へぇ」
まだ13歳なのに、大人をも凌駕する程の剣の腕を有しているのか。
「まぁ、あの姉妹には敵わないですけど、私だってそこそこ強いと思います。よろしければ、お相手を願いませんか」
「姫様自らご指名とあらば、是非もありません」
「何その気取った喋り方は」
何となくこう言った方が良いだろうと思ったが、シルヴィにはおかしく見えたみたいであった。
何にせよ、要望通り俺はマリア様と模擬戦をする事になった。俺とマリア様は、刃引きをされた剣を持って前に出た。刃引きされていると言っても、本気で打たれたら骨折は免れない。
「いかに聖剣士様と言っても、最初から強い訳ではなりません。恩恵に頼らずに正々堂々と生きましょう」
「もちろんです」
わざわざ痛い思いをしてまで勝ちにいくのは真っ平御免だから。
「召喚されて僅か1ヶ月で、どれだけ強くなったのか見せて下さいませ」
随分と自信ありげな口調だが、向こうが本気の闘いを望んでいるのなら望み通りにするだけだ。手を抜いたら相手に失礼だし。本当に強ければ、彼女から剣を教わるのもいいかもしれない。
「では、参ります!」
次の瞬間マリア様の姿が一瞬霞み、あっという間に俺の目の前に現れた。
(嘘だろ!?)
「はぁっ!」
拳法をやるような声を上げながら、マリア様は物凄い速さで斬撃を繰り出してきた。何とか防いで見せたが、彼女の一撃はかなり強力で、踏ん張るのが一瞬遅かったら衝撃だけで両腕が折れてしまう程であった。
(華奢な身体の何処にこんなパワーがあるんだ!?)
どうやら、西方最強というのは本当らしい。正直言って甘く見ていた。
「クソ!」
俺は何とか押し返し、相手が怯んでいる隙に上段から一撃入れようとした。だけどマリア様は、器用に身体を捻って躱し、同時に俺に足払いをした。
「クッ!」
「やあぁっ!」
マリア様の足払いによって呆気なく倒れた俺に、マリア様はすぐに態勢を立て直して俺に剣を突き刺そうとした。
「ほあぁっ!」
俺も地面を転がって何とか躱すが、マリア様の容赦のない追撃に俺はなかなか反撃できないでいた。その時のマリア様の顔が、何だか怖かった。
(次の攻撃への切り替えが恐ろしく速い!視野も広く、状況判断にも優れている!そこそこどころか、怪物レベルじゃない!このままじゃやられるだけだ!)
そう思った俺は、素早くマリア様の片足を掴むと転がる反動を利用して投げ飛ばした。片手一本で人一人を投げ飛ばす力なんて持ったつもりはなかったが、それでもピンチを脱する事が出来た。
俺は素早く起き上がって剣を構えるが、それはマリア様も同じで、俺が動こうとしている間に彼女は俺の首を目掛けて斬撃を繰り出してきた。
「やあぁっ!」
「クッ!」
俺は何とか剣で防いで、マリア様の鳩尾に蹴りを入れて蹴飛ばそうとしたが、マリア様にその足を掴まれてしまった。
「甘い!」
そして、蹴ろうとした足を押し返してきた。
それに俺はたじろいでしまい、マリア様の攻撃を剣で防いだ直後にまたしても倒れてしまった。今度は逃がすまいと、マリア様は俺の胸を踏みつけてすぐに切っ先を俺の喉元に突き立てた。
結果は、俺の惨敗で幕を下ろした。突き刺された所で死にはしないのだが、模擬戦闘としては散々なものであった。
「参りました。正直言って、ここまで強いなんて思いませんでした」
騎士団長より強いと聞いて、最初は気を使って負けてあげているのかと思っていたが、どうやら本当に強かったようだ。
「いいえ。私も危なかったところはありましたので、楠木殿はなかなかに見所があります。うちの騎士達が敵わないのも頷けます」
「マリア様にそう言ってもらえるなんて、光栄です」
互いに剣を引っ込めた後、マリア様に手を引かれながら起き上がった。
「いや、本当に驚きました。まさかここまで強いなんて」
「それでも、椿様には遠く及びませんが」
こんなに強いマリア様よりも強いって、椿様の実力も化け物クラスなんじゃないの。
「しかし、楠木殿は見所があります。私が本腰を入れて鍛えさせれば、いずれは私を超えるかもしれません」
「超えてみせます。そうでないと、この世界もシルヴィも救えませんので」
「あら、シルヴィア王女も世界と同等の扱いをするのですね」
「そりゃ、パートナーですから」
「それだけかしら?」
「よしてください。俺からすれば、シルヴィはまだ子供ですよ」
「でも、楠木殿とは3つしか違わないのでしょう。なら、別に気にする必要はないと思います。そう言い聞かせて、自分を律しているつもりかもしれませんが」
「……それは」
何故か俺は、それ以上否定が出来なかった。
意味深な言葉を投げかけられたが、当面はマリア様から剣を教わる事になった。
「お疲れ様」
「ありがとう」
模擬戦を終えた俺に、シルヴィがタオルを持ってきてくれた。
「でも、実際凄かったわ。大抵は反撃に転じる事も出来ずに一撃でやられてしまうのよ」
「何となく分かる」
華奢な身体に似合わず、男一人を容易く圧倒してしまう程のパワーを有しているのだから、一撃受けただけで立ち上がる事が出来ないだろう。
その後も、俺とシルヴィはマリア様や騎士団の人達と共に日が暮れるまで訓練を行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「あぁ……疲れた」
訓練を終えて、食事を済ませてしばらく経った後、俺は誰もいなくなった大浴場で一人湯船に浸かって疲れを癒していた。
「この後は、シルヴィと一緒に聖なる泉に行くんだったな」
聖なる泉。
それは、どの国にも必ず一つ存在していて、王都の近くにある森の中にある非常に澄んだ大きな泉の事だ。泉と言っても、物凄く大きい為パッと見は湖と間違えてしまう程だそうだ。
各国の王族は、長旅の行きと帰りには必ずこの泉に浸かって穢れを落とすという習慣があるのだそうだ。もちろん、それはただのしきたりであって、本当に穢れを落とす効果はない。
ただ、その身に掛けられた呪いを解いて浄化させる力が宿っている為、身を清める場所としても重宝されている。
更に不思議な事があって、国が一つ出来る度にその泉は沸き上がってきて、逆に滅びると枯れて無くなってしまうと言うのだ。
「昨日はバタバタしていたから、今日改めて聖なる泉で水浴びをして身を清めるんだったな」
呪いに強い耐性を持っているシルヴィには不要かもしれないが、王族としてのしきたりとして彼女も浴びに行かないといけない。聖剣士とパートナーは常に一緒にいないといけない為、俺も一緒に行く事になった。
「流石に水着を着るみたいだけど、あの身体で水着って破壊力抜群だろうな」
いかんいかん。行く前からシルヴィの水着姿を想像して、鼻の奥が熱くなってしまった。
(気持ちをしっかり持て。相手は子供だぞ)
とは言っても、マリア様の言う通りでシルヴィとは3つしか年が離れていないのだよな。いや、まだ19歳になっていないからギリギリ2つ違いか。
「だとしても、出会ってまだ1ヶ月経ってないもんな」
確かに、夢の中では何度もあっているが所詮は夢。そこまで意識する必要はない筈だ。なのにどうして、俺はシルヴィに強く拘るのだろうか。どうしようもなく気になってしまうのは、何故なのだろうか。
「さて、さっさと上がらないと」
泉まで馬車での移動になるから、あまり待たせる訳にもいかない為、俺はすぐに上がって服を着てから馬車が待っている城門前まで行った。
「楠木殿。流石に男は早いですね」
馬車には、護衛を務める事になったマリア様が先に来ていた。一国のお姫様が護衛に就くって言うのも変だが、マリア様の実力なら適任だと思う。
で、肝心のシルヴィはまだ来ていなかった。
「女の入浴は長いものです。男なら、そのくらい待ってあげるものです」
「分かりました」
護衛と言っても、王都からすぐそこにある森の中にある聖なる泉に行くだけなので、剣は持っていても鎧は身に着けていなかった。俺も、鎧とマントを外して聖剣だけを身に着けていた。
「それで、楠木殿から見てシルヴィア王女はどう見えます?」
「どうって、明るくて、心が強くて心から信頼できるパートナーです。ですがお転婆で、ムッツリで、やたら近づいて来る、その辺はまだ子供だと思います」
「はは、後半は椿様と全く同じことを言うのですね」
全く同じことを、違う国の王女様にまで言われていたんだな。というか、椿様という王女様もシルヴィと同い年だった筈だけど。
「まぁ、確かにうちのエレナ同様にまだまだ子供ですけど、女性としての魅力はエレナにも負けていないと思います。事実、シルヴィア王女に求婚を申し込んできた男は実に百を超えています。その全てを断っていますけど」
「そうですね。三大王女に選ばれる程ですから、俺が今まで会ってきた女性の中では断トツに美しいお姫様だと思います」
「かなり持ち上げますね。やはり、楠木殿もシルヴィア王女の事を好いておられるのですか」
「やっぱりって何ですか……」
確かに、好きか嫌いかって聞かれれば好きだけど、だからってまだ子供のシルヴィに恋愛感情を抱くなんて。ましてや、まだ出会ってそんなに日が経っていない。
「シルヴィア王女の方は、楠木殿を落とす気でいますよ。色仕掛けやボディータッチのしかたが、エレナが執事レイトに行うものと同じですから」
「そうですか……」
どう返せば良いのか分からず、そんな返ししか出来なかった。もしかしてシルヴィの奴、夢の中で俺に恋をしたから現実の俺を落とそうとしているのじゃないだろうな。
「たかが夢と思っているかもしれませんが、それは聖剣士とパートナーに選ばれた人間の定めでもあり、楠木殿とシルヴィア王女が運命以上の強い繋がりを持っている証拠でもありますから、顔を見た瞬間互いに惹かれ合うのです。聖剣士とパートナーの垣根を越えて」
「運命以上の強い繋がり、ですか」
「えぇ。だからこそ、シルヴィア王女は楠木殿に強く惹かれますし、楠木殿も実はシルヴィア王女に強く惹かれているのではありませんのでは?」
「…………」
確かに、あの夢でシルヴィの手に触れた瞬間に感じる愛おしさが、ただの夢で済んでいい物とは思っていない。でも、本当に良いのだろうかって未だに自分の中で感じてしまう。
「自分の気持ちに正直になってください。その方が、シルヴィア王女も喜ばれます。あぁ見えてかなり一途な子ですから」
「ううぅ……」
「子供とおっしゃっていましたが、楠木殿はシルヴィア王女とは3つしか違わないのでしょう。エレナと執事レイトと違い」
確かに、レイトとエレナ様の歳の差は5つだもんな。その上、レイトは21歳だから。
「だから、自分の気持ちに素直になってみるのもいいと思います。シルヴィア王女の事が大切なのであれば」
「…………」
俺がシルヴィに対して抱いている気持ち。
シルヴィは、俺への好意を包み隠すことなく表に出している。良くも悪くも裏がない所があるから、隠そうとも思わないのかもしれないな。その代り、ウザいと思う時もあるけど
だけど、シルヴィがここまでストレートに好意を示しているのだから、俺はそれに対して答えないといけない。
「ありがとう。俺ももう少しシルヴィと向き合ってみようと思う」
「お姉さんの助言が役に立って何よりです」
「お姉さんって、マリア様って幾つなのですか?」
「18です」
「だったら俺より年下じゃないですか」
「そうでした」
そんな風にマリア様と談笑している間に、ショルダーバッグくらいの鞄を持ったシルヴィが馬車に来た為、俺達は聖なる泉を目指して進んだ。王都を出て僅か15分で、屋久島の森を思わせる様な神秘的な森に着いた。ここからは徒歩による移動になる。
深い森の中は全く舗装されておらず、藪をかき分けながら前へと進んでいった。王族が何百年も通い続けているものとは、とても思えなかった。
「獣道すらないな」
「この森は、先代のフェニックスの聖剣士様が『奇跡』の恩恵を使って生み出したと言われていて、その中にある聖なる泉にはあらゆる呪いを浄化する力があるの。その為、我が国では森を切り開く行為はどの国でも禁止されていて、王族と言えども斬首刑は免れないの」
「だから、手付かずの状態になっているんだな」
特に、先代のフェニックスの聖剣士によって建国されたこの国は他の何処よりも規制が厳しそうだな。
「だったら、入るのはマズイじゃないのか」
「それは問題ありません。私達に掛けられた呪いを解く為に作ったと、先代のフェニックスの聖剣士様がおっしゃっていましたから、利用しないのは逆に背信行為になるのです」
「だからと言って、木を伐採したり土を削ったりすると罰せられるけど」
つまり、出入りするのは良いけど、木を伐採したり開拓工事を行ったりするのは禁止という事なのか。
「当時は身分に関係なく多くの人が利用したそうだけど、私利私欲の為に泉を汚し、木を伐採しようとした人がたくさん出てきたせいで、今では王族しか立ち入る事が出来なくなってしまったの」
「まぁ、強力な呪いにかかっている人がいたら身分に関係なく連れて行ってあげているけど、その際は王族の誰かが同伴する決まりになっているのです」
確かに、神聖な森と泉を汚す輩が出てきたらそういう厳しい規制が出来て当たり前か。だから王族しか利用できなくなってしまったのか。
2人の説明を聞きながら進んでいくと、月明かりに照らされながら物凄く大きな泉が姿を現した。あまりにも大きすぎる為、何も知らずに来ると湖と間違えてしまう程であった。
「綺麗な泉だな……」
透明度が非常に高く、水底かなり遠くまで見え、船でも浮かべたらまるで宙に浮いていると錯覚してしまいそうなくらいであった。
「すごい。だけど、初めて見た感じがしない」
それもそうかもしれない。何故なら、この泉はシルヴィと手を取り合う夢で何度も見た泉なのだから。当初は湖と思ってしまったが。
「じゃあ、私は着替えて来るわね」
「私はシルヴィア王女の傍に付いています。不埒者が来ないとも限りませんから、その後は周囲の警戒を行います」
「覗いたりしないって」
俺の事を言っているのではないかもしれないが、一応覗かないよと言う意思を示さないと。
そんな訳で、シルヴィが木陰で水着に着替えている間に俺は、泉の畔に座ってジッと泉を眺めた。特に何か目的があった訳ではないが、何となく眺めていたい気になった。
「こんなにデカイ森と泉を作ってしまうなんて、先代のフェニックスの聖剣士の起こした奇跡がどれ程の物なのだろうか」
しかも、この国に限らず、全ての国の王都の近くに発生し、逆にその国が亡びると無くなってしまうと聞いている。一体何の目的で、この聖なる泉を生み出したのだろうか。ここまでして呪いを浄化させるなんて、当時のこの世界に一体何が起こったと言うのだ。王族を狙った呪術から命を救う為?
やはりまだ分からないことが多すぎる。先代の聖剣士が召喚されたその年に、一体何が起こったと言うのだろうか。今では語られる事のなくなった、当時の出来事があった筈だ。
「何一人で考え事をしているのよ」
「ん?」
泉について考えていると、水着に着替え終えたシルヴィが木陰から出てきた。
「あぁ……」
シルヴィの水着姿を見て、俺は思わず息をのんでしまった。
水色のビキニで、下がスカートの様になっていて、胸を覆うビキニの面積が非常に小さく感じた。いや、正確にシルヴィの胸が大きすぎるせいで小さく見えるだけであった。服や鎧を着ている状態よりも大きく見えた。
それを抜きにしても、凄く綺麗だったから思わず目を奪われてしまった。どんな絶世の美女も敵わない程の美貌であった。世の男達を魅了したのも頷ける。
「な、なに?」
「っ!?す、すまん」
凝視し過ぎたのか、シルヴィが恥ずかしそうに両手で胸を隠したのを見て、俺は慌てて目を逸らした。自分でも分かるくらいに顔が真っ赤になっている。
「じゃ、じゃあ、水浴びしてくるね」
「お、おう」
照れ臭そうにしながらシルヴィは、ゆっくりと泉へと入って行った。その様子を、俺はあまりの美しさに目を奪われてしまった。
「綺麗だ」
まるで、泉の妖精が優雅に泳いでいるみたいに魅惑的で、濡れた金髪が月明かりに照らされて輝いていて、より美しく見えた。
あまり見過ぎるのは良くないと思いつつも、泳いでいるシルヴィから目を離す事が出来なかった。正直言って、ずっと見ていたいと思うくらいに綺麗であった。
「まったく、俺もつくづく単純だな」
マリア様に指摘されたからと言って、それまで子供として見ていたシルヴィを女性として見てしまうなんて。いや、本当は出会う前から女性として見ていたのかもしれない。たかが夢なのに、いざ本人を目の前にすると夢だと思えなくなってしまう。
「マリア様は、聖剣士とパートナーは運命以上の強い繋がりを持っているって言っていたけど、俺みたいな男のパートナーで本当に良かったのだろうか」
お転婆で、ムキになりやすく、隠し事をするのが嫌いで、自分の意志を強く持っているシルヴィのパートナーに、俺が相応しいのだろうか。
元々は獅子の聖剣士が建国した国の王女だって言うし、本当は上代のパートナーが相応しかったのではないだろうか。俺みたいな根暗で無気力無関心な男では、シルヴィのパートナーは務まらないのではないか。
そう思ってしまう程、彼女の美貌は何処か別次元の存在のように感じられた。
そんな事を考えながら眺めていると、ひとしきり泳いだシルヴィがこちらに近づいてきた。
「もういいのか?」
「何か嫌な事考えていたでしょ」
「確かに、扇情的だったから欲情したと言うのは認めるよ」
「そうじゃなくて、こんな自分のパートナーが私で良かったのかって、そんな風に考えていたでしょ」
「……まぁ、確かに」
出会って一月も経っていないのに、もう俺の考えが読めるようになるなんて、末恐ろしいな。俺ってそんなに顔に出やすいのか。
「前にも言った筈だ。聖剣士のパートナーとなる者は、生まれる前から決まっているって。私が竜次のパートナーになるのは、私が生まれる前から決まっていた事なの。間違いなんかじゃない」
「だけど……」
それでも考えてしまう。本当に俺で当たっているのかって。
そんな迷いだらけな俺を見かねたのか、シルヴィが突然俺の手を引いて泉の方へと連れて行った。
「おい、待てよ。俺は水着じゃないんだぞ」
そんな俺の言葉を聞き流し、シルヴィは突然俺の手を強く引っ張り、自分の方へと倒れるようにした。
「なっ!?」
突然の事に踏ん張りがきかず、俺はシルヴィに覆いかぶさるように倒れた。泉の中だったから良かったが、地面の上だったらシルヴィを下敷きにしてしまう所であった。
ザブンと大きな水しぶきを上げながら、俺とシルヴィは水の中に潜った。何とか目を開けると、シルヴィが突然俺に抱き着いてきた。
同時に、唇を重ねてきた。
「っ!?」
突然の事に、俺は頭の中が真っ白になってしまった。
シルヴィは俺にキスをしたまま、俺達は数秒もの間水中をくるくる回りながら漂った。
後頭部が水面から出たタイミングで、俺とシルヴィは泉から顔を出した。同時に、シルヴィが唇を離した。
「お、お前!?」
「確かに、私が竜次のパートナーになる事は生まれる前から決まっていたわ。でも、だからって私の気持ちまで否定しないで欲しい」
「え?」
切なそうな顔をしたシルヴィが、再び俺にキスをしてきた。たった数秒でも、俺には何十分にも感じた。
「例え定であっても、私が竜次を好きな気持ちは私だけの物。決して聖剣士のパートナーだからではない。私が自分で決めた、私の意志なんだから」
「シルヴィ……」
「だから、竜次もそんな寂しい事を考えないで。例え夢であっても、あの時の竜次に私は初めて恋をした」
それは俺も同じであった。でも俺は、たかが夢での出来事だと自分に言い聞かせていた。普通はそうなのだが、その夢に出てきた少女が今俺の目の前にいて、彼女もまた同じ夢を見て、俺に恋をした。
「竜次とって私はまだ子供なのかもしれないけど、それでもいつかは一人の女として見てもらえるようにたくさん努力をする。竜次に相応しい女になれるように自分を磨く。竜次に関心を持ってもらえるようになるから。だから、そんな風に考えないで」
今までこんなにも強く、誰かに愛された事があったのだろうか。親はもちろんだとしても、親以外にここまでストレートに、尚且つ強い想いを抱かれた事なんて無かった。
そんな彼女に対して、俺は何を考えていたのだろうか。
人と関わる事に努力もせずに、2度の裏切りをキッカケに全てに関心を持てなくなり、無気力であろうとした。
でも、シルヴィはそんな俺でも好きになってくれた。愛してくれた。シルヴィに強い関心を持っても良いのだろうか。そしたらシルヴィは、喜んでくれるのだろうか。彼女が喜ぶ顔をもっと見たい。幸せにしたい。
シルヴィの強い想いを感じた俺は、シルヴィの華奢な身体を強く抱きしめた。
「もう見てるよ。一人の女性として。素直に慣れなくて、ごめんな」
「竜次」
「好きだ」
「あぁ……」
俺の正直な意思を聞いたシルヴィは、そっと俺の背中に腕を回して抱き返してくれた。
「嬉しい。でも、どうせなら結婚したい。すぐにとは言わない。でも、何時かは私と結婚して欲しい」
「ああ。一生かけて幸せにしてやる」
結婚と言われてもピンとは来なかったが、彼女の事を一生大事にしたいという気持ちに嘘偽りはなかった。彼女が俺との結婚を望むのなら、俺はその願いをかなえてあげたい。そう思えるようになった。
一旦離れて彼女の顔を見ると、涙を流しつつもとても嬉しそうな顔をしていた。
「約束だよ。私の事を、お嫁さんにしてよね」
「ああ」
結婚の約束を交わした、シルヴィの為に生きると決めた俺は、シルヴィと再びキスをした。何度も、何度も。
同時に、俺とシルヴィの紋様が強く輝きだし、真っ暗な森の中を明るく照らした。
そんな事を気にせずに、俺とシルヴィはキスをし続けた。




