11 外伝 あの日の真相と梶原麻美の後悔
私の名前は、梶原麻美。
元々は、日本に住んでいたごく普通の女子高生、いや、もうすぐ大学生になる筈だった女の子であった。
でも今は、訳が分からないまま異世界に召喚されてしまい、今現在キリュシュライン王国という国の城で侍女見習いとして働いている。どうやら、聖剣士の召喚に巻き込まれてきてしまったみたいだ。
そんな私には、幼稚園の頃からずっと好きだった男の子がいた。何かに熱中するととことん追求し、熱中している何かの為なら努力を惜しまない男の子。
名前は、楠木竜次。
私の幼馴染でもあり、初恋の相手でもある。
キッカケは分からないけど、気が付いたらいつも竜次の事を目で追うようになり、決め手となったのは、小学校3年の時に虐めっ子から私を助けてくれた事で初めてこの感情が恋なのだと自覚した。
それを自覚した私は、普段通りに接しつつ自分の想いを伝える機会を窺っていた。
幸いなことに、私の家は竜次の隣にあり、私の家族と竜次の家族との仲もとても良かった。また、私のお父さんとお母さんも竜次の事を気に入っていた為、もし恋人同士になってもすんなり受け入れてくれる事は間違いなかった。
だけど、今まで友達のように接してきて今更女の子として見て欲しいなんて言える訳がなく、私はいつもヤキモキするばかりであった。
そんな時、お母さんからアドバイスを貰い、可愛くなって竜次から私を好きになってもらうように頑張り始めた。それだけじゃなく、勉強やスポーツだって頑張った。成績は私が竜次に教えるくらいに良くなったが、スポーツに関しては昔から運動神経が抜群だった竜次にはどうしても勝てなかった。
でも、そんな竜次が王子様の様にキラキラして見えて、私は益々竜次の事が好きになり、小6の時には結婚したいと思うくらいにその想いは強くなった。
そういう想いを抱きながら、私と竜次は中学生になった。
自慢したいわけではないが、これまでの努力の甲斐があって私は人生で初めてモテた。たくさんの男子に告白もされたが、私が好きなのは竜次である為いつも断っていた。
竜次も、可愛くなった私を幼馴染の友達としてではなく、一人の女の子として意識してくれるようになったのが見ていて分かった。好意はあるみたいだけど、私みたいに結婚までしたいと思っているのかどうかは分からない。もしかしたら、結婚までは考えていないのかもしれない。
でも、私と恋人同士になり、女らしい所を見せればきっと結婚まで考えてくれるに違いない。そう思った。
確かな手応えを感じていた為、竜次と結婚してたくさんの子宝に恵まれた家庭を妄想するようになった私は、そんな竜次からの告白をずっと心待ちにしていた。
そんな淡い気持ちを抱き続けたまま、中学2年の夏休みのある時であった。部活を終えて、これから帰ろうとした時に1人の男子に呼び止められて、誰もいない体育館の裏へと行った。
「梶原さん、俺と付き合ってください」
告白してきた相手は、野球部のエースで女子からの人気がとても高いイケメン、石澤玲人であった。
「ごめんなさい。私、竜次の事が好きだから、石澤君の気持ちには答えられないわ」
私はいつものように、竜次が好きだからと言ってその告白を断った。
だが、石澤はそれで引き下がるような相手ではなかった。
「楠木の事なんて放って置けばいいじゃない。君みたいな女の子には、もっと相応しい相手がいるだろ」
「相応しいかどうかじゃない。私がどれだけ竜次の事が好きか、その方が大事だと思うの」
いつもなら、それで頭を下げて去って行くだけで済んだ。
でも、今回は違っていて、この事をキッカケに私は不幸のどん底に落ちる事になった。
「冗談じゃないぞ。俺よりも楠木なんかの方がいいだなんて、絶対に認めない!」
突然声を荒げた石澤が、立ち去ろうとする私の腕を掴み、強引に引っ張られた。
「ちょっ!痛い!離してよ!」
人を呼ぼうと必死に叫んだが、場所が誰もいない体育館の裏で、しかも悲鳴を上げようとしたら口を塞がれてしまった為、助けを呼ぶことが出来なかった。
抵抗をしようにも、石澤の力が強すぎて全く抵抗が出来ず、私は呆気なく体育倉庫へと連れて行かれた。
「君みたいな女の子は、楠木なんかよりも俺みたいな完璧な男の方がよっぽど相応しいよ。それを証明してやる」
「やめっ……んっ!?んんんっ!」
やめてと言う前に、石澤は強引にマットの上に押し倒して、無理矢理唇を重ねてきた。しかも、舌まで入れてきた。
抵抗できない私に、石澤は服をまくり上げて身体を触ってきた。
それから私は、石澤によって無理やり裸にされて、何時か竜次に見せても恥ずかしくないようにと綺麗にした身体を穢し始め、更に無理矢理私の純潔を奪った。
竜次の為に大切にしてきたもの全てを、石澤によって無理やり奪われ、穢されてしまった私は恐怖と喪失感に襲われてしまい抵抗が出来ないでいた。
しかも、その時竜次は家族と旅行に出かけていて家におらず、更に最悪な事にお父さんも短期の出張に行っていてお母さんもその付き添いに行った為、助けに呼ぶことが出来なかった。たかが3日だから大丈夫と思い、お母さんがお父さんに付き添う事を許してしまった事を、今は後悔した。2人がいない間自由に過ごせると思ってしまった。
それから、どのくらいの時間が経ったのか、身も心もボロボロになった私を、何事もなかったかのように身なりを整える石澤は睨み付けながら言った。
「これで分かっただろ。君は俺の物になる事が運命付けられているんだ。楠木の事なんて捨てて、俺の所に来い。その方が絶対に君も幸せになれる。だから、大人しく言う通りにするんだ」
そう言い残して石澤は、私を置いて体育倉庫を後にした。
「どうして……こんな…………」
失意のどん底に落ちた私は、裸のまま動く事が出来ず瞳から大粒の涙を流した。
「こんな私でも、竜次は好きになってくれるかな……」
初めての喜びを好きな人と感じる事も叶わず、好きでも何でもない男に犯されてしまった私を、竜次は許してくれるのだろうか。
そうして私が服を着て、家路についたのは日が完全に落ち切った時であった。痛みと苦しみのあまりまともに歩く事が出来ず、通常の倍以上もの時間を掛けてようやく帰宅した私は、すぐにお風呂に入って石澤によって汚された身体を綺麗にした。何度も、何度も。
お風呂から上がってすぐ、私はお母さんにこの事を相談しようとしたが、直前に私を睨む石澤の顔が脳裏に浮かび、恐怖のあまり断念してしまった。
その翌日に竜次と竜次の家族が帰宅して、更にその翌日に私の両親が帰ってきた。何も知らない竜次と両親は、普段と変わらず私と接してくれた。
だけど私は、石澤に襲われた恐怖から竜次にはもとより両親や警察にも話す事が出来ないでいた。
今思えば、それが間違いだった。
新学期が始まり、私は何とか平静を装って竜次と一緒に登校した。
そして、竜次が席に着いた直後にそれは起こった。
「楠木!お前は何て最低な事をしたんだ!」
「何だ、いきなり!?」
突然教室に入って来た石澤が、物凄い剣幕で竜次に掴みかかってきたのだ。
最初は何のことか分からない竜次と私であったが、次の言葉を聞いた瞬間、私は戦慄した。
「恍ける気か?梶原さんから昨夜電話で聞いたぞ。テメェ、梶原さんと仲が良い事に調子に乗って無理矢理関係を迫り、彼女を襲ったそうじゃないか!」
「はぁ!?」
「っ!」
それを聞いた瞬間、私はこの男の最悪にして最低な企みを全て理解した。この男は、自分が犯した罪を竜次に擦り付けて自分を英雄として称えさせようと企んでいる事を。
そんな石澤の最悪な企みと、最悪な本性を目の当たりにした私は恐怖と一緒に強い怒りを感じた。
優しくて爽やかな王子様タイプで、成績もスポーツも優秀な完璧男子の石澤の正体は、自分が手に入れたいものはどんな手段を用いても手に入れようとする、強欲で卑劣で自分勝手な人間である事が分かった。その上、優しく爽やかに振る舞っていれば女の子が寄り付き、好きなだけ選び放題、好きなだけ抱き放題、そういう考えを持っていた史上最悪の女たらしである事も。
「訳が分からない!俺が麻美にそんな事をする訳がないだろ!」
「まだ恍ける気か!昨夜梶原さんは、恐怖を押し殺して俺に電話で助けを求めてきたんだぞ!彼女からその訳を聞いた時、俺はどうしようもない怒りを感じた!今まで抱いた事もない程のな!なのに恍けるなんて、最低なクズだな!」
その言葉、そっくりそのままお返ししてやりたいと思った。
私は竜次の無実を訴え、あの時何があったのかを赤裸々に語る覚悟を決めた。きっと周りから誹謗中傷を受けるかもしれないけど、竜次を助けられるのならそんなのいくらでも受けられる。
ところが、そんな私の決意を嘲笑うかのように石澤が私に近づいてきて、そっと肩を抱き寄せてきたと思ったら耳元で囁く様にして脅してきた。
「黙って言う事を聞け。処女ではなくなったお前を、一体誰が受け入れるんだ」
脅しの内容よりも、ドスの利いた声を聴いた事で私の中にある石澤への恐怖心が更に高まってしまい、せっかく決意した筈の意志が引っ込んでしまった。
そして、石澤に脅されるがまま私は
「私は、竜次に襲われました」
とうとう言ってはいけない事を言ってしまった。
それを聞いた時の竜次の絶望した顔が、今も脳に焼き付いて離れない。
その直後に、怒り狂った竜次は私に掴みかかってきた。このまま殴られる覚悟を持ったが、石澤や他の生徒達、更に先生にまで止められた事で私な殴られる事は無かった。
どうして、殴らせてくれなかったの。
あの時の私がした事は、とても最低な事だ。小さい頃からずっと好きで、結婚したいとまで思っていた相手を、私は裏切ってしまったのだから。
その日、無実の竜次は警察に突き出されてしまい、私を襲った石澤が英雄として称えられる事になって警察から表彰される事になってしまった。
そして、家に帰った私は事件の真相をようやく両親に打ち明けた。
お父さんはすぐに石澤の所へ行って殴ったが、警察はそれを暴力事件として大袈裟に取り上げた。その上、それを嗅ぎつけた悪質なマスコミがお父さんの普段の生活態度を悪くさせる様な内容をネットに書き込んで追い詰めた。その結果、お父さんは会社をクビにされ、現在も刑務所に入れられている。
お母さんはすぐに竜次の家族の所へ行き、涙ながらに謝罪をした。
でも、竜次を陥れた私を向こうの両親は決して許してはくれず、二度と竜次に近づくなと言われた。真相を聞いても、向こうの両親からすれば私も共謀して竜次を陥れた最低な悪女に見えたと思う。いや、間違いなくそう思っている。
それから1ヶ月後に、竜次を助ける為に両家の間で示談を成立させた。慰謝料の支払いの際の、向こうの両親の怒りに満ちた顔は今も忘れない。
同時に私は、自分の愚かさを後悔した。
何故、被害に遭ったその日に警察に届け出なかったのか。
警察に行けなくても、電話越しでお母さんに何故相談してこなかったのか。
そして何故、大好きで結婚まで考えていた竜次を裏切って犯罪者に仕立て上げてしまったのか。
私自身も、その事でお母さんに激しく責められた。そのすぐ後に、泣きながら優しく抱きしめられた。
その後お母さんは何度も学校や警察へ赴き、必死で竜次の無実を訴えたが、学校も警察も完全に石澤の言う事の方を信じてしまい、誰一人として耳を貸そうともしてくれなかった。
示談が成立した後も、竜次は私の事を許してくれず、それ以来竜次は私を憎むようになってしまった。私が望んでいた未来が、音を立てて崩壊した。
竜次と恋人になって、22歳まで愛を育みながら翌年に結婚し、たくさんの子供に囲まれた家庭を築くという私の夢は、あの悪魔によって壊されてしまった。
その後、私は石澤に脅迫される形であの高校に入学し、第一志望校を落とした竜次も一緒に通う事になった。というより、受けた高校全てが竜次の受験を拒否し、中には面接の為に教室に入った途端に出て行くよう言い出した学校もあった。
そんな事もあり、仕方なしに同じ高校に来てしまっただけだ。中卒な上に、石澤によって傷付けられた経歴では何処にも雇ってもらえなかった為、本当に嫌でも我慢してあの高校に通った事が伺える。
引っ越すにしてもお金もなく、石澤や警察のせいで竜次の顔と素性はネット上で晒されている為何所に行っても状況は変わらなかったからだと思う。
それからもずっと竜次の事を見てきたが、まるで人が変わったみたいに無気力になってしまい、何事にも関心を持てなくなってしまっていた。
私はというと、高校に入っても石澤にしつこく付き纏われ、周囲からは付き合っているのではと噂されるようになってしまった。誰が、こんな悪魔みたいな男と付き合うものか。私の夢を壊し、竜次の人生を滅茶苦茶にしたこの男を、私は絶対に許さない。
それから私は、竜次と同じ剣道部に所属している特進クラスで学年主席の上代君とコンタクトを取る事に成功した。石澤も、相手が自分よりも立場が上の人間には立ち向かおうとはせず、ただただ成り行きを見るだけに留まっていた。石澤がそういう人間だと知っている為、だからこそ私は上代君を選んだのだ。
上代君も、石澤に勝るとも劣らない人気を誇った美男子だが、石澤とは違いぶっきら棒ながらも優しく、人の意見によく耳を傾けてくれる、俗にいう中身もイケメンのタイプであった。
そんな上代君に、私は恥を捨ててあの日の事を全て話した。話を全部聞いた後の上代君の第一声は、「お前は正真正銘のクズだな」であった。全くその通りだ。
真相を聞いた上代君は、竜次の汚名を晴らす為に石澤とコンタクトを取っていろいろと調べてくれた。彼は以前から、石澤の言い分だけを信じて碌に調査をしない警察に疑問を抱き、竜次が冤罪を掛けられているのではないかと薄々勘付いていたそうだ。こういう人が地元にちゃんといてくれた事が、とても嬉しかった。
知れば知る程、石澤の醜い本性が浮き彫りになった。美人の女性を見る度に声を掛け、自宅に連れ込んでは手当たり次第に関係を持つと言う、私や上代君が想像していた以上に最低な男であった。しかも、逆らった女性に対しては言葉巧みに脅し、恐怖で支配して自分の思い通りに動かせるようにしているのだと言う。
そんな石澤を告訴する為に、上代君は3年に渡って石澤とコンタクトを取りつつ証拠集めを行ってくれた。そうして卒業式当日に、石澤がこれまで犯してきた悪行を全て晒し、石澤を逮捕させると同時に竜次の汚名を返上させようとした。3年、いや、5年も掛かってしまったが、上代君という強力な助っ人のお陰で全てが上手くいく。そう思っていた。
しかし、神様はその機会さえも奪ってしまった。
卒業式を1ヶ月半後に控えたその日に、私達はこの世界に召喚されてしまった。
そして、何の悪い冗談なのか4人の選ばれた聖剣士の1人に石澤が選ばれてしまったのだ。召喚に巻き込まれてしまった私達は、城で働かせてもらう事になったが、竜次だけが城を出た。竜次らしい判断だと思ったが、この世界なら竜次も気兼ねなく暮らしていけると思いそっとしておく事にした。
けれど、それさえも叶わなかった。
召喚された次の日に、竜次の右手にも紋様が浮かび上がり、それがこの国では悪魔として忌み嫌われているフェニックスだった事から、竜次は命を狙われる事になった。しかも、あの王女は竜次が町に住む若い女性を手当たり次第に襲い、性的暴行を加えたという嘘の情報まで流して。
その話を聞いた瞬間、王と王女が嘘をついて竜次を追い詰めようとしている事にすぐ気付いた。
「何で、この世界に来てまで犯罪者呼ばわりされなくちゃいけないのよ!何で誰も、そっとしてあげないのよ!」
もしこの世に神が存在するのなら、その神を殺してしまいたいとその時は本気で思った。
そんな時、私達がこの世界に来て最初の魔人の襲撃を受け、石澤と上代君、犬坂さんと秋野さんの4人はすぐに現場に向かった。もちろん、そこには仲間を得た竜次も来てくれていたと上代君から聞いた。
でも、その仲間が美人だと分かると石澤は再び竜次を追い詰めるような事を言ってきた。しかも、その女性も石澤の言葉に便乗してアッサリと竜次を裏切った。その報告を聞いた瞬間、私は怒りでどうにかなりそうになった。
(何で!あの女まで竜次を裏切るのよ!竜次が一体何をしたと言うのよ!)
どうして竜次の周りには、私も含めてそういう最低な人間しかいないのよ!
その裏切った女性は、石澤と関係を持った後で地下牢へと潜り込み、そこで囚われていた一人の少女を救い出した後に命を落としたそうだ。おそらくその少女を救出するのが目的で、楽に城に入る為に竜次を裏切って石澤の言う事に便乗したのだろう。余程その少女の事が大切だったのだろう。
でも、だからと言って竜次を裏切って良い理由にはならない。いくら助けたい人がいたからと言って、竜次にまた裏切られる苦しみを味合わせるなんて許せなかった。
そして、今度はその逃げ出した少女が竜次の傍に就いた。
「どうせその女も、竜次を裏切るに決まっている。上代君が言うに、この国の王と王女が言った事は誰もNOとは言わずに服従するらしいし」
こうなるともう、何もかも信じられなくなってしまう。この世界までもが、竜次を地獄に落とそうと企んでいるのなら、きっと裏切るに違いないと。
こうなると、もう頼りになるのは上代君しかいない。
今上代君は、この国の王と王女が抱えている秘密を探る為、竜次と逃げ出した少女を探すと言って皆とは別行動をとっている。秋野さんと犬坂さんも、完全に石澤の言う事を信じ切った今、竜次を助けられるのはもう上代君だけなのだと。
「聖剣士様、ならびにエルリエッタ王女殿下がお帰りになられたぞ」
侍女頭の人に言われて、私もすぐに城門の前まで走って行った。正直言って、何であんな連中のお世話をしなくちゃいけないのかと思うところもあるが、今町に出ても私には生きる術を持っていないし、こんな国の町で働くなんて御免だ。悔しいけど、今はこの城でしっかり働くしかなかった。
『おかえりなさいませ!』
他のクラスメイトの女子達と一緒に頭を下げ、帰ってきた石澤と秋野さんと犬坂さん、そして嘘つき王女を出迎えた。
その時、侍女頭がある事に気付き、王女の下へと駆け寄った。
「あの、兵士達は?」
「兵士達なら、全滅しました」
「へえっ!?」
『えぇっ!?』
王女の言っている言葉が、信じられなかった。
城を攻め滅ぼすのではないかというくらいたくさんいたのに、それが全滅したと聞いて驚いた。
「しかもあの生意気女、わたくしや玲人様がいくら救いの手を差し伸べても頑なに聞き入れようとはせず、自分はフェニックスの悪魔のパートナーだから絶対にわたくし達の所には来ないと言ったのです」
「何と!?」
「っ!?」
予想外な事にあの女の子は、竜次を裏切らずにずっと傍にいる事を選んだの。王女や石澤の言う事に便乗する事も、戯言を鵜呑みにする事無く。
「あの子は楠木に脅されているだけなんだ。次こそは必ずこの俺が救い出して見せる」
どうあっても竜次を悪者にしたい石澤の戯言は、聞くに堪えないものであった。
その少女はおそらく、石澤の戯言に耳を貸す事無く自分の意志を持って竜次の味方になってくれたのだと分かった。
(竜次に本当の仲間が出来て良かったと思っているのに、どうしてこんなにもモヤモヤするの)
その理由ならもう分り切っていた。
その少女に、愛する竜次を奪われてしまったからである。実際に見たわけではないから勘でしかないけど、その少女も間違いなく竜次の事を愛している。そう思うと、私の胸は張り裂けそうになった。
その後、竜次と少女は隣国に亡命していった為、この国としてもこれ以上の追跡が行われなくなってしまったそうだ。正直言ってホッとしている反面、その少女に竜次を奪われてしまった事に対する悔しさを抱いたまま、私は仕事に戻った。
その日の夜、仕事を終えて部屋に戻る私の後を石澤が付いてきた。
「何かしら?私は仕事で疲れているのだから、そっとしておいてくれないかしら」
「そんな事言わないで話を聞いてくれ、どうやったら楠木を追い詰めて、あの最低野郎からシルヴィアちゃんを取り戻せるのかを」
「へぇ、あの女の子、シルヴィアって言うんだ」
「ああ。シルヴィアちゃんは絶対に、楠木に脅迫されて仕方なくパートナーにさせられているだけなんだ」
「本当にそうかしら?」
「絶対にそうだよ。だって、シルヴィアちゃん程の美少女が楠木の様なクズなんかについていく訳がない。彼女だって分かっている筈だ、本当に自分に相応しい相手が誰なのかを」
「だから竜次の味方になったのではないの。アンタみたいな最っ低な悪魔なんかよりも、竜次の方が何百倍も相応しいわ」
そう吐き捨てた後、私はスタスタと部屋へと戻ろうとした。
そんな時、石澤は私の腕を掴んで強引に引き寄せた。
「何するの!」
「俺が真剣に相談しているというのに、どうしてそんな事を言うんだ!こんなに俺が愛しているのに!」
「ふざけないで!アンタみたいな悪魔を愛した事なんて一瞬たりとも無いわ!」
「俺は選ばれた聖剣士なんだぞ!そんな俺に逆らうのか!」
石澤はあの時と同じ顔で私を脅してきて、私は身体の震えが止まらなくなった。
「さっ、逆らうわよ!」
声が裏返って変な声になってしまったけど、せめてもの抵抗を見せた。
「いいのかよ。あの時の事を、ある事ない事も含めて全部暴露するぞ」
ある事ない事という事は、あの時の出来事を自分の都合の良い様に脚色をして言いふらすという事なのだろう。そうなると、私のこの城での立場が悪くなるだろう。
でも、それでも構わない。
こんなもんでは、愛する人を裏切り陥れた事に対する罰としては足りないくらいだ。
「いぃ、言えばいいでしょ!これ以上アンタの言いなりにはならない!」
「何でそんな事を言うんだ!あの時はあんなに愛してくれたのに、楠木の呪縛からは解放されてようやく俺の物になったというのに!どうしてなんだ!」
「っ!?」
鬼気迫る顔で、あの時の出来事を自分の都合がいいように改ざんした事実を言う石澤に、私は怖くて涙が出そうになり、身体の震えも止まらなくなった。
そんな時、横から誰かの腕が伸び、石澤を制止させた。
「いい加減にしろ、この女の敵が」
「上代!」
石澤を制止させたのは、1人他所の場所に行って情報収集を行っていた上代君であった。どうやら、ついさっき帰ってきたみたいであった。
「離せよ!俺の女が、俺に酷い事を言うんだ!」
「だからって、そんな事をしたら梶原さんが怯えるだろ。いい加減にするんだ」
上代君に睨まれて、石澤は渋々引き下がる事にしたみたいで、スッと離れた。
「クソ!」
悔しそうにダンダンと足音を鳴らしながら、石澤は去って行った。
「ッタク、あれで外面だけは良いんだから、どんだけ面の皮が厚いんだ。特に女の前では」
「美人の女は全て自分の物だと思い込んでいるのでしょう」
いや、間違いなく思っているのだろう。そうでなければ、あんな妄言をスラスラと吐ける訳がない。
「大丈夫か?」
「ううん。凄く怖かった……抵抗はしてみたけど、上代君が来なかったらどうなっていたか……」
こんな私が竜次に相応しい訳がない。石澤の言う通りだわ。
(私もあの子みたいに強ければ、今頃竜次の横にいたのは私だったかもしれないのに)
でも、今更後悔してももう何もかも手遅れ。何故なら私も、竜次の人生を壊した最低な人間の一人なのだから。だから私は、竜次を愛する資格を失ってしまった。
私はあの悪魔の脅しに屈して竜次を裏切り、シルヴィアは悪魔の脅しに屈する事無く竜次の側に就いた。
そこが、私とシルヴィアの違いであった。もし、どっちを選ぶのと竜次に聞いたら迷わずシルヴィアを選ぶだろう。
「いろいろと調べてみたが、この国は相当腐っているぞ。俺達が持っている聖剣も、実は他国を侵略する際に奪った盗品だった事が分かったんだ」
「最悪ね」
そうなると、あの王と王女の言う事も一気に怪しくなる。
「それはそうと梶原、お前この城を出る気はないか?」
「どういう事?」
「楠木の調査という名目で、南東の端にある小さな国のゾフィル王国に亡命しないかって言うんだ。農業中心の辛い仕事が待っているかもしれないが、それでもこんな所で石澤と一緒にいるよりはいいだろ」
「そうね。ついでだから、調査の途中で魔物に襲われて死んだという事にしておいてもらえないかしら。あんな男に助けられても、ちっとも嬉しくないし、それでお願い」
「分かった。俺は引き続き、この国の調査を進める。元気でな」
「えぇ」
それから2日後。
私は竜次の足取り調査の名目で、南方にある小国のゾフィル王国へと足を運んだ。
そこで私は、調査中に魔物に襲われて死んだことにして、小さな村で農業をしながら暮らしていく事にした。




