10 フェリスフィア王国入国
石澤と遭遇してからどのくらい経ったのか、俺はシルヴィアに胸の中で目を覚ました。
「…………どういう事」
あの後俺は、シルヴィアが味方でいてくれる事に心が熱くなって涙を流していたが、そこから先の記憶がない。
そんで、目を覚ましたら何故か俺はシルヴィアの豊満な胸に抱かれていて、シルヴィアも俺を抱いたまま眠っていた。
「……どうやって抜け出せばいいんだ、これ」
シルヴィアの腕はがっしりと俺の頭を抱き締めて離さないし、下手に動くと更に胸に顔を埋める事になってしまう。というか、一体何カップあるというのだ。F、ってレベルじゃないな。16歳でこの大きさはおかしいだろ。しかも、凄く柔らかい。
(ヤバイ。せっかくシルヴィアに信頼してもらっておいて、いきなりこれはマズイ)
もう一度言うが、俺だって健全な男子だ。健全な男子として、こういう状況が嬉しくないと言ったら嘘になるが、これは非常にマズイ状況である。
しかし、脱出したくてもシルヴィアが放してくれなければそれも出来ない。
「んん……竜次……」
「寝言か。俺の夢でも見ているのか」
とは言え、こうして会っている以上あの夢はもう見ないだろうと思う。だったら一体、どんな夢を見ているのだ。
そんな事を考えていると、シルヴィアが更に俺の頭を強く抱き寄せてきた。何とか鼻は無事だから呼吸は辛うじてできるが、更にマズイ状況に陥ってしまった。
「もう、そこは敏感なの……でも、竜次なら噛んでもいいよ……」
噛んでもいいって、一体何処を噛んでもいいって言うんだ!?
「ふふふ……赤ちゃんみたいで可愛い…………やだ、そんないきなり……でも、嬉しい…………」
(本当に一体どんな夢を見ているんだ)
何となしに顔を見ると、涎を垂らしながらニヤケ顔をしていた。お前の夢の中で、俺はお前に一体何をしているというのだ。
そして、何を血迷ったのか、片手を離したと思ったらいきなり服を引っ張って片胸を出そうとし始めた。
いくら寝ぼけてやっている事とはいえ、胸を出した状況で目を覚まされたら絶対に殺される!
「んん!んんんん!」
何とか声を出そうとするが、思うように声が出ない。だけど、何としても片胸を出す前にシルヴィアを起こそうと何度ももがいてみせた。
「んんん……あれ?」
その甲斐あって、シルヴィアは目を覚ましてくれた。片胸を出すという危ない状況は何とか回避できた。
寝ぼけ眼でシルヴィアはゆっくりと下を向いて、俺と目が合った。顔は真っ赤になっていたが、特に動じる様子もなく俺の顔を見て微笑んだ。
「おはよう、竜次。よく眠れたみたいだね」
「んん……」
シルヴィアは気にした様子もなく俺を解放し、伸びをしてからゆっくりと立ち上がった。
そんなシルヴィアを見て、俺はある事に気付いてしまった。
(こいつ、実はかなりのスケベなんじゃねぇのか)
一体夢で俺と何をしたのかは分からない、いや、何となく想像はつくがあえて考えない事にしよう。
さっきまでの煩悩を何とは振り払いながら、俺は食事の準備を進めた。と言っても、兎を捕まえてその肉を焼いて食べるだけなのだけど。
「竜次、私達は今どの辺りにいるの?大分東に進んだと思うんだけど」
「ん?」
「どういたの?竜次」
「そういえばシルヴィア、お前何時から俺の事呼び捨てで呼ぶようになったんだ」
「……あ」
あ、って……。気付いていなかったのかよ。それとも、心の中では呼び捨てで読んでいたのか。
「その、嫌だったか。少しは竜次との距離も縮められたと思って」
「まぁ、別に嫌という訳ではないが、親以外に呼び捨てで呼ばれたことが無かったから、ちょっと違和感があって」
5年前までだったら、そこに梶原も加わっていたが今ではもう名前で呼ぶことが無くなった。たまに呼ばれる事はあるけど、正直言って不愉快だ。
でも、シルヴィアに呼び捨てで呼ばれるのも何だか悪くない気がした。
「それかもしくは、リュウちゃん。それともリュウにゃん」
「普通に呼び捨てで呼んでくれ」
流石に「ちゃん」付けは恥ずかしいからやめて欲しいし、「にゃん」なんて論外。そういう所は年相応の子供という感じがする。身体はこんなに成熟しているのに。
「せっかくだから、竜次も私の事を愛称で、シルヴィと呼んで」
「シルヴィ、か」
女の子を愛称で呼ぶなんて初めてだから、ちょっと緊張してしまった。愛称で呼ぶと、シルヴィが嬉しそうに笑ってくれた。
「改めてよろしく、竜次」
「ああ。俺こそよろしく、シルヴィ」
俺を信じてくれたシルヴィの為にも、俺はもっと強くならないといけないし、魔人やこの国の事についていろいろと知っておかないといけない事もあるだろう。俺を陥れ、更にシルヴィから家族と国を奪ったこの国の闇と、あのクズ王の本性と秘密を必ず暴いてみせる。
遅すぎた朝食を終えた俺達は、地図で現在地の確認をした。どうやら、ファングレオのお陰でだいぶフェリスフィア王国の国境に近づいたみたいで、ここから真っ直ぐ東に向かうと10時間ほどで入国できるくらいであった。
「こんな事なら、ファングレオに乗って行った方がもっと早く着いたかもしれないな」
歩きながら俺は、そんな事を言ってみた。シルヴィにも事情があるのは重々承知しているのだが。
「無茶言わないで。パワーはあるけど、元々空を飛ぶような魔物じゃないの。私が従えているファングレオは飛べるけど、人を乗せての長距離移動は無理なの」
要は、スタミナが持たないのだな。よくよく考えたら、あのファングレオが特別であって、本来は空を飛ぶことが出来ない種類なんだよな。
「それに、召喚術によって召喚された魔物には顕現していられる時間が決まっていて、それは個体によってそれぞれ違うの。ファングレオの場合は、8時間が限度なの」
時間制限まで設けられているのかよ。
更に聞くと、一度その個体を召喚させて戻すと、次に召喚させるのが戻してから24時間後だというのだ。シルヴィが俺の所に来る際は、一度ファングレオを戻した後違う個体を召喚させて進んでからまたファングレオを出したのだそうだ。召喚出来ない時は、流石に歩いたらしいけど。
(まぁ、そんなすごい力がノーリスクで使える訳がないよな)
特にファングレオは、呼ぶ頻度がかなり多いらしいから、召喚出来ない時は普通に剣と魔法で応戦する事が多いそうだ。
「しかも、他の3体が顕現していられる時間も短くて、それぞれ30分、15分、3分となっているの」
「使えねぇじゃん」
危険度がかなり高い割には、召喚されてから戻るまでの時間がかなり短いな。てか、最後のはカップ麺が出来上がる時間と同じじゃねぇか。
「まぁ、その3体は凄く危険な個体だから短い方が逆に安心するのだけどね」
「シルヴィがそこまで言うのだから、相当危険なんだろうな。よく契約出来たな」
「そこは弱みを握ってほぼ強引に」
まさかの脅迫であった。
弱みを握るって、一体何をしたというのだ。無理やり従わさせれた3体の魔物達に同情してしまう。というか、顕現できる時間が短いのはそのせいじゃないの。
「ちなみに、ファングレオの場合はどうやって契約したんだ」
「お腹いっぱいご飯を食べさせろ、ってお願いを聞いてあげたらアッサリと契約が成立した」
ショボい。
でもまぁ、そのお陰で8時間も顕現させられるのだろうな。そりゃ、呼び出す頻度も多くなるよな。
「さてと、もう少ししたら国境となっている壁が見えてきたのだが……」
「えぇ。最悪だね」
10時間という長い長い時間を掛けて、ようやく俺達は目的地であるフェリスフィア王国との国境となっている大きな壁が見えた。この世界では、あぁやって国と国との境を明確化しているのだな。
それと同時に、そんな壁の前に何千もの兵を従えた4人のうち3人とあの王女様の姿が見えた。どうやら、俺達が眠っている間に先回りされてしまったみたいだ。
「俺が呑気に寝てしまったばかりに」
「ずっと寝不足だったんしょ。仕方ないよ。それに、私だって爆睡してたし」
「そだな」
あんな夢を見たくらいだから、間違いなく爆睡してたな。夢の内容は詳しくは知らないけど、たぶんそういう事なのだろうな。
「避けて通りたいけど、難しいか」
「それ以前に、向こうも私達に気付いていると思うわ」
「だよな」
何故って、さっき石澤と目が合ってしまった気がしたからだ。
セオリー通りなら、俺達のいる方向に矢を放つのだけど、シルヴィがいるからそれが出来ないでいるのだろうな。石澤らしいな。
「どうする。ファングレオはまだ無理だけど、30分だけなら別の魔物を出して強行突破できると思う」
「いや、それはちょっと待ってくれ」
あれだけの兵を招集させているのだから、間違いなくシルヴィの召喚する魔物を警戒しての数だろう。ファングレオが使えない中、たった30分しか顕現させられない魔物を出して突破は難しいと考えた方がいいだろう。にしても連中は、城でも攻める気なのか。
「なら、正面突破といく?」
「そうだな。石澤は無理でも、他の2人なら何とかなるかな。望み薄かもしれんが」
「いずれにせよ、今更迂回なんかしても向こうが国境付近全域に兵を展開していても不思議ではないし、正面突破以外に道はないでしょう」
「そうだな。どの道見つかっているんだし、迂回してもまた先回りされるだろうな」
あの王女や王の考えそうなことだ。そんなに俺に亡命されたくないのか。ッタク、何処までも面倒な奴等だ。
「すまん、やっぱり魔物の召喚を頼む」
「分かったわ。まぁ、何かあってもあの子ならあんな兵士達なんて一瞬で屠れるわ。なんせ、30分顕現できる魔物は」
シルヴィからその魔物の情報を聞き、俺は迂回しようなんて悠長なことを考えいた自分を殴ってやりたい気持ちに駆られた。
(確かにそいつなら、あんな数の兵なんてものともしないよな)
というか、よく契約出来たなと感心した。
「だけど少し待ってくれんか。曲がりなりにも、あの3人は同じ学校の同級生だから、話し合いもせずに強行突破というのも悪い気がする」
これが昨日までの俺だったら、シルヴィの提案に乗って大勢の被害を出してでも強行突破の道を選んだだろうな。シルヴィのお陰で、もう少しアイツ等の事を信じてみようと思った。
「そうね。アイツ等だって聖剣士だから、いずれは共闘して魔人共を倒さなくてはいけないのに、あの暴君は一体何を考えているだか」
「そうだな」
考えてみれば、俺達5人はいずれ共闘をしなくてはいけないのだから、敵対関係にあってはいけない。4人一斉には無理でも、せめて1人ずつ説得していってこの国の闇を暴くと同時に、魔人共を殲滅させないといけない。いがみ合う訳にはいかないのだ。それに、一番話を聞いてくれそうな奴があの場にいないのが痛い。
「上代さえいてくれれば、少しは話がスムーズに進むんだけど」
勤勉なあいつの事だから、独自にこの国と魔人共の事を調べているのだろ思う。
「それはそうとシルヴィ、ちょっといいか」
「何?」
俺は耳打ちで、シルヴィにあるお願いをしてみた。
30分後、俺とシルヴィはアイツ等の前に堂々と現れた。お頭の弱い犬坂は無理でも、せめて秋野の説得なら何とかなるという淡い期待を抱きながら。
「堂々と出てきたという事は、大人しく投降しに来たと読んでもいいのか」
「そんな訳ないだろ。先ずは俺の話を聞いてもらいたかっただけだ。無理なら、このまま強行突破させてもらうがな」
ここまでくれば、あとは当たって砕けろだな。あと、石澤の意見なんて聞いていない。お前では話にならないから、黙ってろ。
「なら何しに来たの?まさか、今更あたし達と話し合いがしたいとでも言うの」
「石澤君から聞いた。楠木君、中学の時に幼馴染の女の子を襲ったって」
予想していたが、犬坂と秋野は俺の事を完全に女の敵として見ているらしく、聖剣を抜いて警戒していた。
そんな2人を睨み付けながら、シルヴィが俺を庇う様に前に出てきた。
「その男から聞いた話だけを鵜呑みにしてはダメだ。被害に遭ったという女もこの世界に来ているんでしょう。だったらその男からではなく、被害に遭った女から意見を聞くべきではないの?男には無理でも、女同士なら話す事が出来るかもしれないじゃない」
「梶原さんから聞ける訳ないでしょ!あの子にとっては、当時の出来事は恐怖でしかないのよ!」
「その子にそんな事を言わせるなんて、ここまで最低だったのね」
「竜次は関係ない。今のは私の意見よ」
「信じられないわ!それに石澤君が言うのだから、間違いないわよ!それにあなただって、楠木君に酷い目に遭わされているんじゃないの!」
「だったら、庇う必要はない。私達の所に来るべき」
「何でそうなる!竜次は私に手を出していないわ!言いがかりをするな!」
「無理に庇わなくていいのよ!」
「怖い思いをしたのね」
駄目だ。
犬坂と秋野は、完全に石澤の言う嘘を信じ切っていて全く疑っていない。石澤の言う事が全て正しい、そう思い込んでいる。
「ふざけるな!そんな男の言う事を何故何の疑いも持たずに信じ切るんだ!」
全く俺の話を聞こうとしない2人に、シルヴィが怒りを露わにし、口調の荒くなった。
「自分で考えるのが面倒くさいから、その男の言う事が正しいのだと結論付けて真相を確かめる事から逃げているだろ!」
「それ、石澤君に対して失礼だよ!石澤君ほど、外見も中身もイケメンの男子なんてそうそういないわよ!」
「誰を信じるべきかくらいわかっている」
「貴様等!それでも竜次のクラスメイトか!」
「よせ、シルヴィ」
逆上したシルヴィの肩を掴んで制止させ、犬坂と秋野の2人を一睨みしてから少し前に出た。2人とも、石澤が見た目だけでなく性格も実績も何もかも完璧なイケメンだと信じて疑わない。
犬坂は駄目でも、せめて秋野だけはと思ったが、やはりダメであった。
(まぁ、石澤は外面だけはいいからな)
それでいて、自分の本性を絶対に他人に、特に女子の前では絶対に見せないのだから相当面の皮が厚いな。尤も、シルヴィにはその本性を完全に見破られているがな。
それに今は、シルヴィだけでも信じてくれればそれでいい。
「分かっていたが、やっぱり上代がここにいないのが痛いな」
もし上代がいてくれたら、石澤やクズ王と王女の言う事に疑問を抱いて言及していたのかもしれない。
「話しは済みましたか。だったら国の為、世界の為に魔王であるアナタにはここで死んでもらわないと」
「あのクソ王女が」
「魔王はあのブスの父親の方じゃないの」
王女が右手を上げた瞬間、後ろで控えていた兵士達が一斉に剣を抜いた。
「もういいよね、竜次」
「ああ。話し合いにすら持ってけなかったんだし、派手にやっちまえ」
「そうさせてもらう」
シルヴィが右の掌を天にかざし、その上に一際大きな魔法陣を出現させた。
「出て来い!破壊の化身、ファイヤードレイク!」
そしてその魔法陣から、下顎から突き出るほど長い牙を2本生やした赤色のドラゴン、ファイヤードレイクが出てきた。ファイヤードレイクは、大きな翼を羽ばたかせて宙に浮かんだ。その姿を見た兵士達は、恐怖で震えあがっていた。
そう。30分だけ召喚させられる魔物と言うのが、このファイヤードレイクの事であった。シルヴィ曰く、従えている魔物の中では2番目に危険な為あまり出さないのだそうだ。
「卑劣ですよ!一国の王女だった彼女に、こんな悪魔と契約を強要させるなんて!」
「生憎、この子とは前から契約していたのよ。出す頻度が少なかったから、貴様等は知らなかっただけで」
「実を言うと、俺も実物を見るまでは信じられなかった」
呆れ半分に見ていると、ファイヤードレイクは口から炎を噴き出して後ろで控えていた兵士達を焼き払っていった。炎が一瞬で兵士達を包み込み、生き物が焼けるような嫌な臭いを漂わせながら燃えていった。確かに、危険だからと言ってシルヴィがあまり召喚させないのも頷ける。
「貴様!その子にこんな化け物と契約をさせるなんて!」
「最っ低!」
「見損なった」
3人は完全に、俺が無理矢理契約させたと思い込んでいるみたいだが、シルヴィが言っていたようにこのファイヤードレイクもれっきとした使役魔物である。更に言うと、ファングレオの次に契約をしたらしい。
「何て卑劣なんでしょう!まさしく、悪魔の所業ですわ!」
ついでに、芝居が掛かった演技でクソ王女まで俺を罵倒し始めた。大きな声で言っているが、台詞が明らかに棒読みだったぞ。
「呆れた3人だ。あれで本当に聖剣士なの?」
「一応な」
俺とシルヴィも剣を抜いて、4人の攻撃に備えた。
「ファイヤードレイク!お前は兵士達を蹴散らせ!」
シルヴィの命令に咆哮で答えたファイヤードレイクは、地上に着地して引っかきや噛み付きでも兵士達を次々に屠っていった。ファングレオの方を警戒していた兵士達にとって、ファイヤードレイクの召喚は完全に予想外だったみたいだ。
「もう許さないぞ!」
「あたしだって!」
最初に動いたのは石澤と犬坂であった。
石澤はドラゴンの聖剣に炎を纏わせて、犬坂は自慢のスピードを生かして最初に俺に刺突を繰り出してきた。
俺はあえて避けずに、犬坂の攻撃を受けた。当然の事ながら、犬坂の剣が俺の身体を貫く事は無く、キィーンという甲高い音を響かせながら当たっただけであった。
(クソ。本当に心臓を貫かれたみたいに痛いぞ)
だが、ここで苦痛に顔を歪ませる訳にはいかない。俺には貴様等の攻撃なんて効かないんだぞ。そう思わせる為にも、俺は必至で平静を装った。
これには攻撃を仕掛けた犬坂はもちろん、追撃をしようとした石澤や、剣を構えた秋野とクソ王女も驚いていた。
「どうして!?何で刺さらないの!?」
「残念だが、俺を傷つける事なんて出来ない。何故なら、この世界に来てから俺は、死なない身体になってしまったんだからな」
「そんな……!?」
予想通り驚愕しているが、攻撃を受けているこっちは死ぬのと同等の痛みを我慢しているんだぞ。
驚愕のあまりに動けないでいる犬坂に、俺はユニコーンの聖剣を腕で払った後足払いをして転ばせた。
「そんな事、誰が信じるか!」
「身も心も悪魔になったのね」
死なない身体となった俺を見てもなお、石澤と秋野が突っ込んできて首に剣を向けてきた。首の左右から攻撃を受けたが、先程と同じ様にキィーンという甲高い音を響かせて当たっただけで、2人の剣が俺の首を刎ねる事は無かった。
「そんな……!?」
「ありえない。首も斬り落とせないなんて」
2人だけじゃなく、転ばされた犬坂も目を大きく見開いて驚愕しているが、こっちは焼けるような強烈な激痛と、呼吸が止まり、頭の中にあった血が一気に抜けていくような感覚に襲われている。ハッキリ言って、痛みだけでショック死しそうなくらいに痛い。
(チキショウ。これの何処が恩恵だと言うんだ。いくら死ななくても、痛みがそのまま伝わっては意味がないだろ)
どうせなら痛みも感じさせないで欲しかったぞ。
驚愕のあまり放心する石澤と秋野に、後ろに控えていたシルヴィが出てきて、2人の剣を払って蹴飛ばした。
「ああっ!」
「うっ!」
「2人とも大丈夫ですか!?」
蹴飛ばされた2人を、クソ王女が駆けつけてきた。
「このぉ!」
その間に犬坂も起き上がり、立ち上がる反動で再び俺に刺突を繰り出そうとしてきた。
「甘い!」
だが、その直前にシルヴィが俺の前に出て、赤色の剣でユニコーンの聖剣を弾いた。弾いてすぐにシルヴィは、犬坂の両腕と両脚を赤い剣で切り、鳩尾に蹴りを入れて蹴飛ばした。
「あっ!」
「犬坂!」
「犬坂さん!」
傷を負った犬坂に、石澤と秋野が駆け寄って行った。そんな3人を庇うように、クソ王女が剣を抜いて前に出た。同時に、シルヴィの使っている剣を見て一瞬だけ驚いたが、すぐに憎悪に満ちた顔で睨み付けた。
「そういう事だったのね!アナタも悪魔信者だったのね!」
「へぇ、一目見ただけでこの剣に埋め込まれた物に気付くなんてね」
赤色の剣、ファインザーを構えたシルヴィが王女を挑発した。
「この剣凄いわね。剣だけじゃなく、私自身にも力を与えてくれるなんて」
「ファインザーが、シルヴィの事も持ち主と認めてくれたみたいだな」
実はここに来る前、俺のファインザーをシルヴィに与えたのだ。あの夢の中では、シルヴィはファインザーを腰に提げていたからもしかしたらと思ったが、予想通りファインザーはシルヴィの事も認めてくれたみたいであった。
そんでもって、俺が今持っている剣は普通の鉄の剣である。
「見損ないましたわ!それでもアナタは元王女なのですか!」
「フェニックスは不老不死の象徴とされている神聖な生き物よ。貴様等の一存で悪魔呼ばわりされる筋合いは無いわ」
「それに、もう味方はいないみたいだぞ」
「何ですって!?」
俺の言葉を聞いた王女が後ろを向くと、そこにはファイヤードレイクによって死体となって転がった兵士達の姿があった。辺りも焼け野原になっていて、その光景はさながら地獄絵図であった。30分もしないうちに連れてきた兵士が全滅されて、王女は膝を付いて崩れた。
かなり派手に暴れたみたいで、国境を示す壁まで壊していた。確かにあれでは、シルヴィがあまり召喚したがらないのも頷ける。
「あれ、女王に怒られたりしないかな」
「女王は寛大な人だから、事情さえ話せば問題ない」
「そうか。むしろうるさいのは、あのクズ王の方か」
「ま、あの魔王が何を言おうが女王は聞く耳を持たないわ」
全く信頼されていないみたいだが、周辺諸国に戦争を仕掛けては国を奪う様な王の言葉なんて誰も耳を傾けないよな。
「よくも、よくもやってくれましたね……!?」
怒り狂った王女が剣を上げて向かってきた直後、俺達の間に高い土の壁が現れた。
「何だ!?」
「どうやら、迎えが来たみたい」
シルヴィの視線の先に目をやると、ファイヤードレイクが壁になっていて見えなかったが、その後ろには40代前半の女性を先頭に複数の兵士達が馬に乗って現れていた。
「A中隊とC中隊は、あの者達を取り囲んで牽制しなさい。B中隊は、わたくしと共にフェニックスの聖剣士様とシルヴィア様の救出に向かいます」
女性の指示で隊が二手に分かれた。片方は、石澤や王女の周りを取り囲んで動きを封じた。
もう片方は、女性を先頭にこちらへとゆっくり近づいてきた。
「ようやくお会いできて光栄です。フェニックスの聖剣士様」
「あんたが、いや、貴方がフェリスフィア王国の」
「いかにも、わたくしがフェリスフィア王国女王、マルティナ・レイ・フェリスフィアと申します」
まさかの女王の登場に、俺はどうしたらいいのか分からず呆然としてしまった。
「お会いできて嬉しいです、フェリスフィア女王陛下」
「わたくしもです、シルヴィア王女殿下。ご無事で何よりです」
女王と面識のあるシルヴィは、ファインザーを鞘に納めて膝を付いた。俺も遅れ剣を納めて、シルヴィと同じ様に膝を付いて頭を下げた。
「2人を確認いたしました。馬をこちらに」
「はっ!」
女王が指示を出してすぐ、誰も乗っていない馬の手綱を持った兵士が前に出てきた。
「気持ちは嬉しいが、俺、馬に乗ったことが無いんだよな」
「私の後ろに乗ればいいわ。しっかり捕まっていなさい」
「ワリィ、助かる」
シルヴィが馬に乗った後、その後ろに俺も乗った。
「2人を無事救助いたしました。これより撤退いたします」
俺とシルヴィが馬に乗ると、女王はすぐに撤退命令を出した。どうやら、本当に俺とシルヴィの救出が目的みたいであった。それと同時に、シルヴィもファイヤードレイクを戻した。
だが、そんな事を容認出来ない奴がいた。言うまでも無く、あのクソ王女であった。
「待ちなさい!勝手に領土侵犯をして、その上罪人を勝手に連れて行くなんて立派な反逆行為です!」
「アナタ方と同盟を結んだ覚えなどありませんし、我々はこの要救助者を救出に向かっただけです」
「我が国と戦争でもするおつもりですか!」
怒鳴る王女に、女王は荷物の中から金の入った布袋を投げつけた。地面に落ちると同時に、中身も少し出た。中身は金貨の様だ。
「領土侵犯に対する賠償金です。国境の修繕費はこちらが負担いたしますので、それで手を引いていただきたいです」
「わたくしを馬鹿にしているのですか!こんな金なんて要りませんから、そこの悪魔2人をこちらに引き渡しなさい!」
「残念ながら、それは聞き入れられない願いです」
吐き捨てるように言うと、女王と兵士達は何食わぬ顔で自国へと帰って行き、シルヴィもそれに続いた。
「ああああああああああああああああああああ!殺してやる!絶対に殺してやる!」
怒りが頂点に達した王女は、そんな乱暴な言葉を吐きながら与えられた金貨を踏みつけた。
そんな王女を後ろ目に、俺とシルヴィはようやくフェリスフィア王国へと亡命する事が出来た。
ここから先は他所の国の領土で、しかもキリュシュライン軍を追い返した上に大打撃を与えた程の軍事力を持った国。向こうも迂闊には手を出す事が出来ない。
「はぁ……」
「溜息は良くないわ。まぁ、それだけ精神的に追い詰められていたみたいだし、城に就いたらしっかりと休息を取ると良いわ。女王の下に就けば、もう追われる心配はないから」
「そうだな。一度休みたい」
シルヴィの背中に持たれながら、俺はこの世界に来て初めて安心感を得る事が出来た。
これでもう、追われる心配はなくなった。俺を信じてくれたシルヴィと、俺とシルヴィを助けてくれたフェリスフィアに感謝しないといけない。
それから7日後、俺達はフェリスフィア王国の王都へとたどり着いた。




