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私のかくれんぼ

作者: 瑠津

これは夢だと判っているのに、私の肩に食い込む母の指は更に力を増し、痛いくらいだ。

いや、夢なのだから痛いはずはない、と考えた矢先に、外からはっきりと足音が近づいてくるのが聞こえて、頭の中が真っ白になる。

泥酔した父がアパートの階段を上ってくる。

父が躊躇なく母の顔面を殴り、髪を鷲掴みにして引き回すようになったのは最近のことだが、こうして押し入れに隠れていれば、父はそのまま母と私に構わずに、寝入ることがあるのだ。

今の私にはそのことが理解出来るが、夢の中の私は当時のまま。6歳だ。

母は私に言った「かくれんぼしよう。お父さんが鬼だよ。声を出してはいけない」。

唐突に押し入れのふすまが勢いよく開けられ、母が髪の毛を掴まれ、声にならない悲鳴を上げながら横からいなくなり、父に足蹴にされている間、私は目をきつく閉じたまま、かくれんぼを続けるしかなかった。

幼い時の苦しい思い出の夢から目覚めた時、母の声だけが私の耳に残っていた。

「かくれんぼしよう。最後まで隠れられたら、次は美砂が鬼だよ。」



21歳になった私は、老人ホームでアルバイトをしている。老人のお世話は大変だけれど、

感謝されることも多く、やりがいのある仕事だ。

昼食の介護が終わり、職員も交代で休憩に入ろうかという時間になった頃に介護チーフの

羽田さんに声をかけられた。

「石川さん、悪いけれど、このゴミだけ、外のゴミ捨て場に出しちゃってくれない?」

「了解です!」「いつも元気で、気持ちが良いわね。少し早いけど、、、終わったらそのまま休憩に入っちゃっていいから。」「ありがとうございます!」

大きな2つのゴミ袋を両手に持ち、エントランスを出てすぐ右手のゴミ捨て場まで歩く。

その時、エントランスを挟んで左手にある駐車場で、一組の家族が車に乗り込む様子が確認出来た。

その中の一人の女性がこちらを見ている。一瞬、目が合ったかもしれない。

ゴミ袋を置いて姿勢を戻した時、嫌な胸騒ぎがじわじわと胸に広がる。うつむいたまま、ホームに

入ろうと足早にエントランスに向かう。

「美砂ちゃん?、美砂ちゃんじゃない?」先ほどの女性がこちらに向かって来る。

構わずにエントランスの自動ドアが開くのを待つ僅かな間に、もう彼女が私の腕を取っていた。

「6年で同じクラスだった山部だよ!山部久美!覚えてない?美砂ちゃん、引っ越してしまったもんね」

「いえ、あの、、、。」「こんなところで会えるなんて!今日は、おばあちゃんの見学で来たんだけど。」

目ざとくネームプレートに目を向けると「石川?やだ、美砂ちゃん、結婚したの?」

「小さい時から、美砂ちゃんは可愛かったもんねー。今はここで働いているの?」

目が合った時から予感していた暗澹たる気持ちが胸いっぱいに広がるのを感じて、何も話せない。

その時、お昼で仕事上がりの富岡さんがエントランスから出てきた。

「真奈ちゃん、お先にー。」右手をヒラヒラさせながら、女性には軽く会釈をしてすれ違う。

「真奈ちゃん?え?美砂ちゃんだよね?」

 もう、覚悟をするしかない。

「うん、、、久しぶりだね。ごめんね、私、色々あって。今は仕事中だし、あまり長く話せないの」

「やっぱり、鈴木美砂ちゃんだー!懐かしい。」

「近いうちに、ゆっくり会えない?名前のことも、説明したいし、、、」

「何なに?こっちは母の実家になるんだけど、おばあちゃんの入居手続きでしばらくいるよ。」

「じゃあ、連絡先を教えて、必ず連絡するね。急いでるので、ごめんね。また。」

山部久美と別れ、急いで担当の【葉月さん】の個室部屋に入る。痴呆症があり、ほぼ寝たきりで意識朦朧の【葉月さん】の個室ならいつもゆっくりと考え事が出来る。


2年。石川真奈を名乗ってから2年しか隠れることが出来なかった。

また、あの面倒な作業をするのかと思うと、今からどっと疲労感がこみ上げて来る。


鈴木美砂だった小学6年の夏、あの最後の父と母とのかくれんぼの日。

母は父に激しく抵抗した挙句、父を包丁で刺した。どういう事情かは判らないが、母が罪に問われることはなく、精神病院に入院。私は児童施設に預けられた。父は一命を取り留めたが、内臓の損傷から仕事が出来ない体となり、母と私に付きまとい続けることを生き甲斐にすることを決めたようだった。

事件の日以来、母と会うことはなかったが、私が17歳の時に病院で自殺したと聞いた。

18歳になり児童施設を出た私は、施設の斡旋で、町内の独居老人の住居清掃のアルバイトを始めた。

初めて担当した石川タヅは自分の娘との関係が悪く絶縁関係にあったが、孫の真奈がたびたび出入りをしていた。真奈も母親と折り合いが悪いらしく、家出をしてはタヅの家に泊まりに来ていた。

かといってタヅに優しくするわけでもなく、ともすれば暴力すら振るう始末だった。

そんな時、美砂の父親が周囲をうろつくようになった。働き始めたのを聞きつけたのだろうか。

もう、押し入れに隠れただけでは逃げ切れるわけもなかった。


別人になるしかない。


覚悟してからの私の行動はスムーズだった。ます、タヅを殺害し押し入れに押し込んだ状態で、帰宅した真奈を殺して仏間の畳を上げ、床下深くに二人を埋めた。清掃道具は十分にあり、何度家に出入りしても怪しまれる立場ではなかった。タヅが少々のヘソクリを現金で置いてある場所は把握していたし、真奈は家出をするたびに保険証などの一式を持ち歩いていたから、それらを持って地方へ飛んだ。


それから一生懸命に真面目に働いて来たのに、また見つかってしまった。

この個室の【葉月さん】からは、以前に実家の鍵を預かっている。私を家族の誰かと間違えているのだ。その家には誰もいないから、そこに山部久美を誘い、また同じことをしなくてはならない。

今度は一人だから、前よりは楽だろうか。だけれど、久美は面影がないほど肥満しており、

一連の作業を考えるとげんなりする。


いったい、いつになったら私のかくれんぼは終わるのだろうか。いつ鬼になれるのか。

父からも、お節介な知り合いからも、ずっとずっと隠れきれたら今度は私が鬼になれる。

鬼になれたら、絶対に素敵な王子様のような人を見つけることにする。

それまでの辛抱、我慢だ。じっと隠れて真面目に暮らす。

それまで、私のかくれんぼを終わらせるわけにはいかないのだ。


                                             終














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