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ラーメン・キツネ・ウンコ

作者: 5u6i

#リプで来た3つの絵文字で小説書く

こんなタグ探してみたけど見つからないので、

先陣切って行きますよ!

とツイートしてリプライで頂いたお題が

ラーメン、キツネ、ウンコ

なんとかまとまってるといいんだけど……。

大型連休も終わって、連なる山々をブナの若葉が碧く染め上げている。

初夏とはいえ田んぼを渡る風がまだ少し冷たい。

田植えを終えたばかりの農機がバタバタと泥の足跡を残しながら横を過ぎていく。

僕は深呼吸をしてリュックサックを背負い直し、あぜ道の外れにある小さな祠に向かう。


祠には小さな陶器の狐が飾られている。僕は一礼して手を合わせ、すぐ横の肩幅ほどの階段を登って山に入る。

里の喧騒から切り離され、緑の香りに包まれる。聞き慣れない鳥の鳴き声が響く。

ヤマツツジの紫の花に蝶が舞い、ツグミがそれを追う。ここはあらゆる生き物が輝いている聖域だ。


青葉の隙間から射す光が眩しい。

山肌沿いに歩いて行くと、杉丸太が数本渡された沢筋がある。

ゴロゴロと転がる石の間を水が流れる。流石に魚はいないだろうが、夏になれば子どもたちがサワガニ取りを楽しむだろう。

僕は水筒の水を飲み干すと、一息ついて岩の間から流れ出す水を貯める。


ぬかるむ小道をさらに登って尾根に出ると少し開けて風が通る。

爽やかなヒノキの香りが心地よい。

下草は無く、規則的に並んだ木々には枝もなく、しっかりと手入れされたスッキリした林だ。

薄暗けど道は整っているので歩きやすい。これもまた人と自然との共生の姿の一つなんだろう。


小一時間も歩くと再び下草が増えてオニグルミやホオノキの隙間から、水を張った田んぼが遠くまで続いているのが見える。

頭の上をチョウゲンボウがぴょうとかすめていった。耳を澄ますと高い所からお腹をすかせたヒナの鳴き声が聞こえる。

そういえば僕もそろそろ小腹が減ってきた。


階段を一息に駆け上がると、開けた山頂に出る。

あまり人が来ないのか草が生い茂っている。

ジャンパーの袖や登山靴で草を払いながら進むと、なんとなく獣の匂いがする。

一人で山歩きをしている時に熊や野犬と出くわしてしまうのはとても危険なので、匂いの異変などは気になってしまう。


耳を澄ませて気配をさぐる。

熊や鹿などの大きな生き物の気配はなさそうだ。

足元の草をどけると、艶のある黒っぽい小指ほどの塊が出てきた。

真新しい動物のフンだ。

虫の羽や脚が混じっているので、飼い犬ではなく野生動物のものだろう。

僕は写真に撮って後で調べることにした。


山頂と言っても何かがあるわけでもなく、大きめの岩の上に三角点の印が付いているだけだ。

匂いの原因があのフンだとするなら、そんなに大きな動物ではないし危険はないだろう。

念の為、もう一度目を凝らして辺りを見回してみる。僕のお腹がぐうと催促する。

ここでお昼にすると決めた。


岩に腰掛け、お気に入りのキャンピングストーブとコッヘルを取り出す。

水筒の水を半分空けて、お湯が沸くのを待つ。

遠くの空で鳶<とんび>がぐるりと輪を描いた。

頭の上を白い雲がゆっくりと流れる。

風に揺れるウツギの白い花にミツバチがささやく。

のどかで幸せな時間だ。


コンパクトにパックされた袋ラーメンをコッヘルに放り込む。

環境配慮で生まれた商品だけど、ゴミが少ないので助かる。

麺が解れてグツグツと沸くスープの中で対流する。

食の神様に感謝を捧げながら高々とフォークで麺をすくい上げる。

ふわっと香ばしい醤油の香りが辺り一面に漂う。


はふはふと麺を頬張りスープをすする。

部屋で食べるカップ麺と味は変わらないはずなのに、山で食べると何故か特別に美味しい。

麺をあらかた食べ終えたところで、リュックに手を伸ばす。

突如草むらからガサゴソと音がした。

音からして小動物よりは少し大きめだ。猿や猪だと厄介だ。


そこから出てきたのは、ベージュのスボンにこげ茶のシャツを着た小さな男の子だった。

なんで?こんな山の中に子供が?迷子かな?

男の子はじっとこっちを見ている。僕はあたりを見回したが他に気配はない。

「ぼく?ひとりなの?お父さんお母さんは?」

男の子は首を横に振る。迷子か。


どう考えても、ここはこんな小さな子どもが一人で来るようなところじゃない。

僕だってここまで来るのに小一時間はかかってる。地元の小学生だって、学校の帰りに寄り道で来られるような距離じゃない。

今からこの子を連れて日暮れ前に山を降りるとなると、のんびりもしてられなさそうだ。


男の子はリュックに突っ込んだままの僕の手をじっと見ている。

僕はリュックの中で掴んだものを放さないまま、ゆっくりと取り出す。

男の子はまだこっちを見ている。

ラーメンの残り汁に入れようと持って来たおにぎりだ。


「たべる?」

男の子を見るとパッと明るく微笑んで両手を差し出してきた。

笑顔には勝てなかった。

男の子は少し離れた所にちょこんと座ると、足をパタパタさせながらおにぎりに夢中でかぶりつく。

小さな子供が持つと大きく見えるけど、実際は普通のサイズのおかかご飯のおにぎりだ。


おにぎりを食べ終えた男の子は、口の周りにご飯粒を付けたまま、またこっちを見ている。

リュックの中には……おかかおにぎりの追い鰹ラーメンおじやと一緒に食べようと思っていたゆで卵。

期待に瞳を輝かせてリュックを見ている。

もう勝てない。僕は諦めてゆで卵を男の子に放ってやる。


男の子はゆで卵を両手でキャッチしたものの、殻をうまく割ないのか、齧ったり叩いたりしているうちに足元に落としてしまった。

「ゆで卵、食べたことないの?」

手を伸ばしてゆで卵を拾うと男の子はビクッと後ずさる。

水筒の水で泥を洗い落とすと、除菌ティッシュで手を拭いて殻をむく。


ツヤツヤに光る剥き終わった卵を男の子は不思議そうに見ている。

「ほれ」

男の子に渡してやると、少し匂いを嗅いだあと齧り付いた。

「喉につまらせるなよ」

男の子はうなずくと、ニコニコ微笑みながら卵を食べている。

僕はスープを飲み干して、コッヘルとストーブを片付ける。


男の子が急に顔を上げ辺りを見回している。僕が登ってきたのと反対側の茂みの方から誰かを呼ぶような声がする。

ああ、なんだ、やっぱり親御さんと一緒だったのか。

「おたーたん、きた。あいがと」

男の子はニッと笑うと、びっくりするほどの素早さで茂みの隙間に駆けていった。


僕もリュックをどけて立ち上がってそちらに向かったけど、もう姿は見えなかった。

そんなに遠くに行けるほど間は空いていなかったと思うんだけど。

狐につままれた気分だった。

風が吹き、足元の草がさわさわと揺れる。

不思議なこともあるもんだと首をひねりながら僕は帰路についた。


夏の登山シーズンはどこの里山にも沢山の人が訪れて賑やかで楽しい。でも、人と自然が一体となって静かに暮す里山の魅力はだいぶ薄れてしまう気がしている。

僕もバイトに明け暮れているので夏山に行くことはないけど、それでも目を閉じれば浮かぶ里山の風景は僕の心のオアシスになっている。


そして僕は再びこの山を訪れていた。

徐々に曇りの日が増え、もうすぐ雪が降り始めるこの時期もまた趣があって良い。

炭焼小屋の煙が山間に漂い、時折強い寒風が枯れ木を揺する。

ブナやケヤキの落ち葉の匂いと、稲刈り後の田んぼの焚き火の匂いが入り混じって、僕の心に染み込んでいく。


落ち葉を踏みながら歩いて行くと、木枯らしの合間に不思議な鳴き声が聞こえる。

ウォッウォッウォーンと鳴く声は犬の遠吠えのようだけど、あれは多分狐。

秋はその年に生まれた小狐たちが親離れして新しい縄張りを作る時期だ。

こんなに人里近いのにまだまだ野生動物が残っているんだ。


そういえばあの時山頂近くにあった糞、後で調べたらあれはやっぱり狐のものだった。

もしかしてあの男の子もまだ乳離したばかりの小狐が化けた姿だったのかも。

そういうおとぎ話も、きっと人と自然との共生の姿を書き残した記録の一つなんだろう。

尾根の向こうでコッコッコッと狐が鳴いた。

調べ物してたら、意外と時間かかってしまいました。

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