夏の海辺で
海がみたくなると決まって俺に連絡してくる彼女のことを本当は少し鬱陶しいと思っていた。
「1人で行けんだろ……」
そう零して車のエンジンをかけた。
彼女の「海がみたいの」って言葉を聞くのはもう何回目だろう。
家の角を曲がるウィンカーを点滅させながら思った。
彼女のその一言は冬でも夏でもお構い無しだ。
正直付き合いきれない。
海に入るでもなくぼーっとする彼女の横に座り続けるのは骨が折れる。
夏は暑いし、冬はどんなに厚着したって寒すぎる。
「なぁ、もういいだろ?帰ろうぜ。」
「もう少し」
このやり取り何回目だよ。
まるで初めて海を見たような目を潤ませて佇む姿は彫刻みたいにきれいだった。
白い肌に透けるような鳶色の目、肩くらいまで伸びた髪を海風に遊ばせて遠くを眺め続ける。
彼女は傍目から見ても綺麗だった。
そう思う自分自身に呆れながら、これが見たくて何度も何度もハンドルを握った。
彼女の車内ではしゃぐ姿はまるで子供だった。
昨日食べたものだとか、好きな歌の話だとか、そんな些細な話をするのが好きで何度もアクセルを踏んだ。
だけど彼女が一度海を眺め始めればそれはがらっと変わる。
まるで俺なんか居ないみたいに、その視界に映るのは青だけだった。
今だけじゃない、毎回毎回そうなんだ。
その目にはどんなに話しかけても俺は映ることは無い。
うんざりする。
まるで何かに取り憑かれたかのようにただ呆然と見つめ続けてもらえる海が憎かった。
俺は海が嫌いだった。
彼女の目に映るの青が心底鬱陶しかった。