第78話 お泊まり
もう冬っすね。
ゆりがその冒頭のメロディーを弾いて暫くすると右手に凄まじい怒涛のアルペジオが溢れ出た。冒頭のメロディを左手で演奏しながら右手は激しく動き出す。ショパンのエチュード最難曲である木枯らしのエチュードをゆりは完璧に弾きこなした。そのあまりの迫力に俺は圧倒された。
(ショパンのエチュード、、木枯らし、、聞いた事あるけどここまで凄いとは、、この荒れ狂うパッセージはまるで革命を思い起こす、、)
こないだ電車の中で聞いたショパンのプレリュードより遥かに激しかった。ゆりの言っていた言葉の意味がわかった。ショパンは祖国へのやるせない怒りを曲にしたのだ。昔、俺はYouTubeでショパンのエチュードを聞いた時に最後の三曲のあまりの激しさに驚愕したのだ。三曲かけてこれでもかと盛り上げる。演奏効果抜群だ。あっという間に曲が終了すると俺は思わず拍手した。
「すげえな、、ブラボー!!」
「そんな事ないよ。私、この曲、難しいから弾くのあんまり好きじゃないんだ。」
「思い出したよ。この曲ってさ、作品25って名前の曲集の11
番目の曲だよね。。あの作品25ってラストの三曲がやけに激しい曲が多いから印象深かったんだよ。」
「よく知っているね。そうだよ。エチュードは作品10と作品25の2つあるの。誰もが知っている革命のエチュードは作品10の最後を飾る曲。ショパンは作品10では最後の一曲に激しい曲を持ってきたけど、作品25はね、、三曲連続で嵐のような曲が続くの。25ー9って言う曲があって蝶々って呼ばれている可愛いらしい短い曲があってこの曲は凄い明るいんだけどね。まさに嵐を予告させるように25-10はやってくるの。
前の曲の明るさが嘘のように襲い掛かる絶望。。
この曲集の本当の答えがやって来るのよ。」
「本当の答え??」
「それまでの曲調をガラッと変えて一気に暗く盛り上げる。ショパンはバラードやスケルツォでも同じようなことをした。
ショパンの手法なんだよ。」
「流石はプロのピアニストだけあるな、、音楽に物語のような感情を込めるなんて、、天才の考えることはわかんねえな。
しかしピアノもこんなに上手なんだ。凄いね。俺は無理だよ。全然弾けないよ。」
俺は立ち上がると彼女のピアノの鍵盤を触った。グランドピアノの音は小学校の教室に置いてあった電子オルガンに比べて全然違う。職人の手の篭った素晴らしい音色だ。嬉しい音や悲しい音、綺麗な音に怖い音、様々な音がクリスタルのように耳の奥に伝わってくる。すると彼女は俺の顔に手をあてた。指全体を俺のほっぺに近づける。
「可愛いね。ピアノを触る姿も、めちゃくちゃ可愛い。
ねえ。今日はお母さんも家にいないからさ。
だからね、思いっきり私に甘えて。良いんだよ。」
(どうしてだろう。こんなにドキドキするのは、、そうだ。学校でも毎日会っている筈なのに。こうして2人きりになった瞬間にめちゃくちゃドキドキする。普通あれだろう。こう言うのって少女漫画っ的な展開でドキドキするのはイケメンキャラに壁ドンされる少女漫画の主人公の女の子がする奴じゃん。なのに俺もすげえドキドキするんだけど。)
(私の彼氏、別にこれと言って完璧な彼氏じゃない。でも顔はかっこいいし、優しいし、いつだって助けてくれる。こんなに純粋で愛おしい。それにクラシック大好きだし話も合うしし可愛い。ラブラブしたいし、、イチャイチャしたい。でも私もめちゃくちゃドキドキしちゃっている。好き好き。。。。)
2人の心臓がドクドクと音を立てて鳴り始める。俺はゆりの唇にキスしようと唇を近づけた。その時だった。ゆりが大声で叫んだ。
「待って!!!」
「え????」
一瞬俺の中でドキドキが止まった。この流れってキスしちゃう感じじゃ。もしかしてキスが嫌なのか。そんな訳がない。
「口になんかついてるよ。待ってて拭いてあげる。」
そう言うとゆりはおしぼりを取り出した。おしぼりの袋を開けるとおしぼりで俺の口を拭いた。その拭いたおしぼりはひんやりと冷たかった。その冷たいおしぼりを優しく拭いてくれる。幸せであった。そのまま頭をポンポンと叩くと俺にキスをした。暫くキスをするとそのままベッドがある寝室へと案内してくれた。綺麗にベッドメイキングされておりとても綺麗だった。
「ねえ、一緒に寝よ!」
彼女の方からのお誘いだった。初めて一緒にお泊まりする。2人だけの空間。楽しい事や嬉しい事も色々思い出していた。
それぞれお風呂に入ると寝巻きに着替えてベッドへと横になった。不思議な気分だ。気が付いたらゆりは寝てしまっていた。俺も電気を消すと横になる。そしてベッド脇にある小さい電気をつける。すると真っ白な壁に青色の光が浮かび上がる。まるでイルミネーションだ。なんて可愛いのだろうか。
「寝る前に電球をつけるとね。電球に描かれてる模様が映し出されてめちゃくちゃ綺麗なの。青色だけじゃなくてオレンジとか緑とか黄色とか綺麗でイルミネーションに見えるでしょ。夜ね、読書したくなったりしたときにこうやって読むんだ。そうすると不思議と気持ちが楽になるんだよ。もう少し待ってみるとほら、星が浮かんでプラネタリウムみたいになるの。」
「うわあ、綺麗だなあ。なんてロマンチックなんだろ。
やっぱり女の子だね。」
「圭ちゃんもこういうの好き??真っ暗なだけだったらね。時々怖くて眠れなくなるときがあるんだ。ふと考えちゃうんだよ。もし1人暮らしで家に誰もいなくて夜真っ暗な中で一人で寝てたらきっと怖いんだろうなって。私こう見えても結構怖がりなんだよ。だから絶対に小さい電気をつけて寝るって決めてるんだ。1人暮らしをするきっかけができたらね。」
もう夜中の一時だ。こうして2人で喋っているのが楽しい。そんな中ゆりは俺の手を握るのだった。
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