第四話「卵」
「おい、おい。何だよ、これは……」
僕の目の前では、今。
何本ものドライバーが、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。
一般的なプラスドライバーやマイナスドライバーの他に、ボルトだかナットだかに対応したドライバーもあれば、工具に詳しくない僕にはわからないような特殊なドライバーもある。
細い部分は金属製の銀色で、太くなった柄の部分は、赤や青や緑や黄色や、それぞれ異なるカラフルな色合いだった。
生き物ではない工具たちが、ぴょんぴょんと自発的に動き回っていることに、まず僕は驚くべきだったのだろう。だが、異常な事態を前にして、僕の頭に真っ先に浮かんだのは「冷蔵庫に工具を入れた覚えなんてない!」ということだった。
その気持ちのまま、冷蔵庫の中に視線を向ける。
ここで、ようやく気づいたが、未開封だったはずの卵パックが、いつのまにか開封されている。しかも、パック内の卵も全て、十個とも割れている!
「まさか……。お前たち……」
ぴょんぴょん動き回るので、ちょっと数えにくいが。
色違いなのを利用してカウントしてみると、ドライバーたちも、ちょうど十本。ならば、偶然ではないだろう。
「そうか、卵から生まれたのか」
生きたドライバーというのもファンタジーだが、卵から生まれたとなると、妙に納得してしまう。卵をアイテムとするRPGに染まった、ゲーム脳なのだろうか。
まあ、いい。ゲームの中から、現実世界に飛び出してきたようなものだと思えば……。
「さあ、お前たち。おいで!」
僕は微笑ましく感じて、ドライバーたちを迎え入れるように、両手を広げた。
ドライバーたちも、ぴょんぴょん飛び跳ねながら、嬉しそうに僕の方へと近寄ってきて……。
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「こりゃあ、酷いですね。よほど恨まれていたのか……」
「滅多刺しだもんな。しかも鋭利な刃物ではなく、こんな工具で。かえって痛いぞ、これじゃ」
現場で言葉を交わす刑事たち。
彼らの目の前では、発見された状態のまま、若い男の死体が横たわっていた。
全身には無数の刺し傷が見られ、死体の傍らには、凶器と思われる工具が――血のついた十本のドライバーが――転がっていた。
「冷蔵庫の扉が開きっぱなしというのは、何でしょうね? クーラーの代わりでしょうか?」
「この世代の若者の考えなんて、俺たちにはわからんよ。冷蔵庫の中といえば、妙なのは卵の殻だな」
「ほんとだ。べちゃっとしてないから、生卵が中で潰れたというより、わざわざ冷蔵庫の中で、ゆで卵を剥いて食べた感じでしょうか」
「先入観はご法度だぞ。この卵の殻、鑑識に調べてもらっておけ」
卵に着目した刑事たちは、ある意味、鋭かったのかもしれないが……。
現場を写真撮影する鑑識係が、ライトを照らす度に。
まるで警察職員たちをあざ笑うかのように、十本のドライバーの金属部分が、鈍い光を反射させるのだった。
(『たまごの中から』完)