第一話「コンビニ」
その日は雨が降っていた。
……といっても、アパートを出るまで、そのことに僕は全く気づいていなかった。
カーテンを閉め切った部屋に閉じこもり、一日中ゲームをしている僕には、外の天候なんて無関係だったからだ。
それでも。
大学生の一人暮らしだ。自分の食事は、自分で用意しなければならない。外食するにせよ、買ってくるにせよ、とにかく外へ出ないといけないのだ。まあ他人と接するのが嫌いな僕は、安食堂の注文程度の会話すら気が進まず、もっぱらコンビニで弁当を買うことが多かったのだが。
「もうこんな時間なのか……」
暗い夜の道を、黒い傘を差して、いつものコンビニへと歩く。
わざわざ見上げたりはしないが、きっと空は雨雲に覆われているのだろう。月明かりも星の光も皆無で、足元を照らすのは、ポツリポツリと存在する街灯だけだった。
大学の近くだけあって、この辺りには、学生向けのアパートやマンションも多いらしい。いつもは夜でも人通りは絶えず、特に今は、夏休みという浮かれたシーズンのはずなのだが……。
今夜は、傘を叩く雨音がハッキリと聞こえるような、降り具合だ。さすがに、出歩いている人の姿は見えなかった。
行きつけのコンビニも、透明なドア越しに、中の店員が暇そうにしているのが見て取れた。
「いらっしゃいませー!」
僕が入っていくと、レジにいた男が、元気よく声を上げる。おそらく、そういうマニュアルなのだろう。
僕と同じくらいの年齢の、でも僕とは違って、顔や髪型を見ただけで「社交的!」って思える雰囲気の男。大学生のアルバイトっぽいが、人付き合いの苦手な僕から見れば、接客業のバイトをするなんて、それだけで尊敬に値する。
「……」
僕は無言のまま、弁当の棚へ。まずは、帰ってすぐに食べるのを一つ選んで、それから場所を移動。六個入りバターロールの袋を手に取った。
経験から学んだことだが、ゲームをしながら食べるには、パンの買い置きが便利なのだ。袋の上から掴みながら食べれば、手が汚れることもないし。
「……」
また無言のまま、弁当とパンの袋を、レジへ持っていく。弁当を温めるかと聞かれるが、黙って首を横に振る。別に冷たいままでも食べられるし、それよりも、温めを待つ間の『間』が我慢できない。最初は知らずに温めてもらったのだが、その一度だけで僕は懲りていた。
「776円になります。……あっ、惜しいですね!」
何が面白いのか、バイトの男は、僕に微笑みかけてきた。あと一円でスリーセブンだった、とでも言いたいのだろうか?
こういう無駄な会話が嫌いだからこそ、僕はコンビニを利用しているというのに……!