#9 ハーメルンはホラ吹き男
白雪について道なりに進むと、小川が流れていた。小川と言っても、悪臭漂うドブ川だ。
「臭いのにゃ。臭いが付いちゃうのにゃぁ~。」
「ちょっと待ってて。」
アリスが宝杖パーセムを一振りすると、爽やかな風が一同を包み込んだ。
「この風の中は安心してください。」
この風が触れている場所はドブ川さえ清流となっていたが、風から離れると再びドブ川になってしまう。どうやら水質そのものに原因があるのかもしれない。更に奥へ進むと沢山の鼠に囲まれた男が安楽椅子に揺られていた。
「おやおや、こんな迷宮の塔の、こんな中途半端な階に、こんな組み合わせの、こんな団体さんが、いかなる御用ですかな?」
「何者だ? 」
勇斗はストレートに質問をぶつけてみた。
「人に名を尋ねる時は… と、言いたい処だが特別にお答えしよう。俺様の名前はハーメルン・パイパー。焔の宝笛パイドを操る魔獣使いでござ~い、てね。」
「パイドとな? それが本物なら七宝が揃った事になるな。」
既に勇斗たちの元には宝剣エクリプス、宝杖パーセム、宝瓶アクアリウス、宝衣クロス、宝鏡スペクルムの五つがあり、ペロの宝靴ラテールとハーメルンの宝笛パイドが本物ならばリリスの探し求めていた七宝が揃う。
「そうだな。そちらが五つの宝を渡してくれれば七つ揃う。」
「何を言うかっ! 七宝は王族たる妾が集めるのじゃっ! 」
リリスが語気を荒げたが、ハーメルンは気にも止めない。
「別に王族の所有物では、なかろう? 一度、この迷宮からカラバ家によって持ち出された宝靴ラテールが戻って来たのだ。これ以上の好機はあるまい? 」
「戻ったんじゃないにゃ。誘き寄せられたにゃっ! 」
「釣られる方が愚かなのだよ。長靴を脱いだ猫に用は無い。見逃してやろうか? 」
明らかにハーメルンはペロを挑発している。
「鼠も猫も魔獣に変わりはない。さぁ、ペロよ。七宝を集めて俺様に持ってこいっ! 」
ハーメルンがパイドを吹き鳴らすと、ペロが苦しみだした。
「違うのにゃ。ペロは魔獣じゃないのにゃ…。」
「アリスっ! 」
「はいっ! 」
勇斗に呼ばれるとアリスがすぐさまパーセムを振るった。風に包み込まれたペロは苦しみから解放された。
「これだから異世界者は嫌いなんだよね。要らない知恵を持っていやがる。今日の処は引き上げるとしよう。その宝、手に入れるまで、この階から出さないからね。ゆっくり勝負しようじゃないか。」
音は伝導物を遮蔽してしまえば伝わらない。こんな理科の実験レベルが余計な知恵と言われるのかとも思ったが、異世界なんてものは物理法則無視な事の方が多い。何はともあれ、ハーメルンと一緒に鼠も消えてくれたのは有り難かった。
「リリス、もう少し七宝とこの迷宮について教えて貰えないか? 」
勇斗と白雪の視線がリリスに注がれる。異世界召喚者である二人としては情報が足りないと考えていた。
「まず、リリスもアンナも人を喚んでおいて無責任にも還せない。ペロの件で七宝は揃わなくても外に出られる事は分かった。メイジーの時に外から任意の階と繋げる事も見当はついた。白雪のスペクルムで足取りを追えば外に出られると思われる。そもそもアンナは欲に駈られて自ら降雪階に入った。中には森も川もある。この塔の仕組みをきちんと説明してもらえるか? 」
「そうじゃのう。遥かなる太古、七人の英雄が魔王を倒した時に用いたとされるのが七宝じゃ。それから長い年月が過ぎ、それらを造る技術は失われた。ある日、その七宝を魔物たちが盗みだし、かつての魔王の居城に隠した。それがこの迷宮の塔じゃ。じゃから、ハーメルンの鼠や、メイジーの時のライカンスロープのような魔物は出入りが自由なのじゃ。」
「おいおい、その説明じゃ、ペロは人間でアンナは魔物みたいじゃないか? … あれ? 驚いてくれないの? 」
不満そうな声の主、ハーメルンは頭だけが宙に浮いていた。
「何しに戻って来た? 」
構わず質問してきた勇斗の様子に諦めたようにハーメルンは全身を現した。
「面白くない人間だな。男も女も猫も少女も妖女も貧乏貴族も誰一人驚きもしない。この冷めた空気感、好きじゃないなぁ。」
「じゃから、貧乏貴… 」
食って掛かろうとしたリリスを勇斗が止めた。
「笛と長靴を持って来たなら、話しも聞いてやるが、そうでないなら、とっとと失せるんだな。」
「いやぁ、残念だが長靴はここには無いけど在るよ。そして俺様はここに居るけど居ない。君たちは俺様を見えているけど、見ていない。それは君たちの真実が俺様の真実とは異なるから仕方ない。」
「映像と話す事はない。」
勇斗に映像と言われてハーメルンは顔を顰めた。
「まったくもって、面白いけど面白くない存在だな。貴様の真実が俺様の真実に掠ったからって、そう早く種明かしをされてはつまらないだろ? 」
「言いたい事があるなら、言うだけ言って消えろ。」
「では、発言の機会を頂けたので一つだけ。この階のコッペンで笛と靴を持って待つ事にした。そちらも剣、杖、衣、瓶、鏡を持って参られよ。」
それだけ言い残してハーメルンの幻影は消え失せた。