#8 長靴を脱いだ猫
「それで、その… 連れて行っていただけるのでしょうか? 」
アンナは恐る恐る勇斗に尋ねた。
「どうも、最初から俺たちの七宝をあてにしていた気はするが… ま、いいだろ。」
「有り難き幸せ、ご主人様っ! マッチ長者を夢見て、この階に来て早、幾年。この日をどれだけ待ち望んでいた事か。」
「あんまりウザくすると、リリスと一緒に放り出すからな。リリス、こいつは任せたぞ。」
「何故、こんな奴とっ! 」
リリスとアンナが同時に叫んだ。
「息ピッタリじゃねぇか。グダクダ吐かすと、この場に二人とも置いてくぞ? 」
勇斗にそう言われては二人とも返す言葉が無かった。次の階に進むと、ようやく森では無かった。森では無かったが、川が流れていた。
「リリス、この川の水は、何処から来て、何処へ流れて行くんだ? 」
「循環しとるのではないのか? 」
一番妥当な答えがきた。建物の中で川が流れるとすると上から下へ流れるか、その場で循環させるしかない。前の階が雪まみれで流れる水は見かけなかった事を考えると循環させていると考えるのが普通だ。だが、この世界に来てから電気系統を見た事がない。ポンプとかではないとすると、どうやって水を循環させているのだろう? 水擊ポンプなら電源は要らないが効率が悪すぎる。それに揮発分の水量補給も必要な筈だ。こんな状況でなければ、じっくり構造解析をしてみたいと勇斗は思っていた。
「勇斗、せっかく面白そうな物を見つけた顔をしているところ悪いが、さっきから視線が気になるんだが… 。」
そう言いながら白雪は上流の方へ視線を送っていた。
「あぁ。俺も気にはなってるが、敢えて無視してる。」
「そうか。なら私も無視しよう。」
「じゃ、じゃあ私も無視しますっ! 」
何故かアリスは白雪に張り合うように言い出した。
「ふぁ~。でもぉ、向こうから来ますよぉ? 」
ローズの言うとおり、向こうから何故か裸足の少女が駆けてくる。
「ハァハァ、逃げないでくださいにゃ。」
「にゃ? 」
語尾が気になって勇斗が近づいて見ると、黒髪の頭の上に猫耳。スカートからは長めの尻尾が伸びている。
「コスプレではなさそうね。」
「にゃ、にゃにをするぅ~。」
白雪に尻尾を握られて少女は、その場にへたり込んでしまった。
「何か用か? 」
あらためて勇斗から尋ねられて少女も改まった。
「僕の名前はペロルプス・ペロー。ペロちゃんて呼んで欲しいのにゃ。1人で遊びに出て迷子になって長靴を失くしたのにゃ。探すのを手伝って欲しいのにゃ。」
「先に聞くが、お前。この階の魔物か? 」
「僕はペロにゃ。魔物なんかじゃないのにゃっ! 」
そう言いながらも毛を逆立てる様子は化け猫に見えなくもない。
「ペロちゃんも落ち着いて。靴失くして大変でしょ? 足、怪我とかして… 」
「な、何をしているにゃ? 」
「ペロちゃんの踵、肉球みたいにプニプニしてて癒されるなぁと思って。」
「もういいにゃっ! 1人で探すのにゃっ! カラバ侯爵から頂戴した大事な長靴なのにゃ。」
「ちょっとお待ち、猫娘。」
リリスがペロを呼び止めた。
「僕は猫だけど、猫娘でも化け猫でもなくペロなのにゃ… リリス? 」
「やはり、お前か。久しいの。」
突然、ペロはリリスに懐きだした。
「なんだ、リリス。知り合いか? 」
「フェー家とカラバ家は懇意にしておっての。」
「よく、お金を借りに来てたのにゃ。」
「コホン、余計な事を言うでない。して長靴を失くした経緯を話してみよ。」
「探してくれるのかにゃ!? 」
リリスは大きく頷いた。それを見たペロも大いに喜んでいた。
(リリス。何、勝手に決めてる? )
(ペロの長靴は昔、カラバ家が持ち出したとされる宝靴ラテールだと言われておる。ガセかもしれぬが、確認は必要じゃ。それに、この階。今のところ、此奴しか手掛かりはあるまい? )
リリスがただで手伝うなどと言う訳はないと思っていた。七宝絡みとなれば尚更だ。しかし、リリスの言うことにも一利ある。ペロは事の経緯を語りだした。
「僕は、あるお天気のいい日に、いつも通りカラバ侯爵に頂いたお気に入りの長靴を履いてお散歩に出たのにゃ。すると、美味しそうな鼠を見つけて、追いかけているうちに迷って、この場所に着いたのにゃ。鼠は見失ったけど、この川に美味しそうなお魚が泳いでいたのにゃ。大事な長靴を濡らしちゃいけないと思って脱いで、川でお魚を漁ってるうちに気がついたら長靴が失くなっていたのにゃぁ~。」
「完全に貴女の不注意、自業自得ね。」
白雪がバッサリと切り捨てた。
「そんにゃぁ~。」
「情けない声を出さないの。誰も探してあげないとは言ってないわ。何処に脱いだか覚えてる? 」
「あの石橋の上にゃっ! 」
白雪はペロの指差した石橋まで行くと宝鏡スペクルムを翳した。そこには長靴を担いで走り去る鼠の姿が映し出された。
「どうやら、失くしたのではなくて盗られたのね。しかも、この力。この鼠は魔物と思って間違いないわ。貴女、最初から狙われていたようね。」
白雪は鏡に映った鼠を追いながら歩きだした。