#7 アンナと雪の獣王
「エルレーン、案内まで頼んでしまってすまない。」
道順だけを教わろうと思ったのだが、この雪の中、道に迷ってはいけないからと、エルレーンが道案内をしてくれていた。
「いいのよ、白雪ちゃんの為だもの。」
余程、白雪はマルガリータに似ているのか、エルレーンは白雪と話す時は楽しそうだった。
「あそこの洞窟よ、サスカッチが居るのは。」
エルレーンが指差したのは、まだ遠い洞穴だった。
「サスカッチは鼻が利くのよ。あんまり近くに行くと匂いで気づかれちゃうわ。」
「じゃ、アンナのお手並み拝見といこうか。」
そう勇斗に言われて、アンナは驚いた。
「そんな、ご主人様。御無体な!? 1人で倒せるなら、とうの昔に倒しておりまするぅ。」
「どうせ、マッチが売れると思い込んで、自分の力が通用するか、試してもいないんだろ? 」
勇斗の指摘にアンナは照れ笑いを浮かべていた。
「安心しろ。危なくなったら助けに行ってやる。」
「く、くれぐれも手遅れにならないうちに、お願いしますね。」
アンナは勇斗に拝み倒して勇斗が頷いたのを確認してから、1人洞窟へと向かった。
「勇斗、1人で行かせて大丈夫なのかえ? 」
リリスの質問に勇斗は首を横に振った。
「まず、無理だろうな。思ったより本気みたいだし、俺たちも行くぞ。」
「妾は、ここで待つという訳には… 」
「いいぞ。俺たちはサスカッチを倒したら、そのまま先に進むがな。」
「ぐぬぬぬぬっ。ついて行けばよいのじゃろ、ついて行けば。まったく王族を何じゃと思っておるのじゃブツブツブツ… 」
リリスはぼやきながらも仕方なく後から続いた。王族などという肩書きは、迷宮の中では役に立たない。魔物相手では、政治的な駆け引きもまなく、肩書きは何の足しにもならない。それなら兵士の方が、まだ戦力になる。アンナに気付かれないように洞窟に着くと、中では既にサスカッチと対峙していた。
「ハ~ィ。久しぶりね、雪ダルマ男っ! 」
「また来たのか。雪ダルマではないと言えば分かるんだ、老女よ? 」
「だぁれが婆ぁだ、ごるぁ~っ! 」
「だが幼女では、あるまい? 」
「何べん言えば分かるんだ? 幼いんじゃなくて妖しいんだよっ! 」
「確かに怪しいか。それより、我を滅する方法は見つけてきてくれたのか? そちらの方が滅してくれるのかな? 」
サスカッチに声を掛けられて、勇斗たちは姿を現した。
「えっ、ご主人様!? あたしの事、心配してくれたんですか? っていうか、いつから見てらっしゃったんですか? 」
「最初からだ。」
アンナは頭を抱えた。出来ればサスカッチを恫喝するところは見られたくなかった。一方のサスカッチは一点を見つめていた。
「マ、マルガリータっ! 生きていたのかっ! 」
サスカッチは咆哮にも似た叫び声を挙げて白雪に突進しようとしたが、白雪が勇斗の後ろに隠れるのと同時に、エルレーンがサスカッチを抑えていた。
「あなた、あの子は白雪ちゃん。前に話したでしょ? マルガリータじゃないのよ。」
「そ、そうか… 」
「あなたぁ~!? 」
一同はエルレーンがサスカッチをあなたと呼んだ事に驚きの声を挙げた。アンナもいっしょになって驚いていたので、おそらくは知らなかったのだろう。
「話しを聞こうか。」
「我は雪山で大人しく暮らしていたのだが、ある日、王族を名乗る貧乏貴族に逐われた。」
一瞬、視線がリリスに集中した。
「名声と賞金に踊らされたのだろうな。我1人なら抗ってもよかったのだが、妻と娘を守りたい一心で、この迷宮に逃げ込んだのだ。どこをどう進んだのか覚えていないが、気づいた時には、この無人だった階に辿り着いていた。」
「そして、自分たちが暮らしやすいよう、白銀の銀世界に変えたのね? 」
白雪の言葉にサスカッチは頷いた。
「だが、雪山に住んでいた頃は、妻と娘を使われなくなった炭焼小屋に住まわせていたのだが、ここにはそれがない。妻と娘には過酷な環境となってしまった。やがて体調を崩し、妻と娘はこの世を去った。だが、残された我を案じたエルレーンは、幽霊となってまで我に付き添ってくれた。だが、もう終わりにしたい、妻とマルガリータの元へ行きたいと望んでいたところへ、そこの老… 妖女が現れた。やっと娘の元へ逝けると期待したのだが、期待倒れだった。どうやっても我を滅する事が出来ない。他にあてもないので仕方なく、我を滅する方法探しを頼んだのだ。」
「いいのか? 」
「何を迷う? この階に辿り着くまでも魔物を倒して来たのだろ? 我もまた魔物。遠慮は要らぬ。我が言葉を話す事で迷うのなら救うのだと思ってくれ。自ら絶てぬ身を妻子の元へ行く手伝いをしたと。それに、この迷宮を出る為に、この階を出る為には我を倒さねばならぬのだ。」
勇斗がエルレーンに視線を向けると、目頭を押さえて頷いていた。勇斗も頷くと宝刀エクリプスを抜くと一閃した。一度、躊躇ってしまったら斬れない気がした。斬られたサスカッチの体が遺体を残さず、蒸気のように薄れていったのは、せめてもの救いか。サスカッチとエルレーンの姿が消えた時、サスカッチの事がした。
「ありがとう。これで親子三人で暮らせる。悔いるな。お前は魔物退治をしただけだ。こんな事はLet it goっ! 」