#6 マッチ売りの妖女
白雪を加えた一行6人が雪道を進むと人影が見えてきた。
「白雪、あれか? 」
「いえ。エルレーンは、もっと品のある女性だったわ。」
勇斗の質問に白雪が答えると、その人影が歩み寄ってきた。
「おいおい、聞こえるように人を下品扱いしないでもらえるかな? 」
「それは悪かったわ。なにしろ、この人数なので小声では、皆に聞こえないものだから。」
「あぁ、それじゃ仕方ないか… ってなるかぁっ! てか、そこじゃなぁいっ! 」
その女性は白雪を怒鳴り付けたが、白雪の方は一向に気にしていない様子だった。
「悪いが、急いでいる。この辺りでエルレーンという女性を見かけなかったか? 」
「えっ、えっ、何っ!? あんたら幽霊の知り合い!? 」
「なるほど、エルレーンは幽霊なのね。なら、貴女に聞きたいのだけれど、この階を抜け出すのに必要な情報を持っていないかしら? 」
驚きの声をあげた女性に、白雪は淡々と質問をした。
「あんたねぇ、人を下品扱いするは、こっちからの質問には答えないわ、何様!? 」
「私はただの一般人。そうね、何様というなら、そこの人は王族らしいわ。もっとも、私はこの世界の人間ではないので、どうでもいいのだけれど。」
「えっ、ひょっとして異世界人? 召還成功!? 」
「なるほど、勇斗以外に召還者が居るのは、おかしいと思っていたが、召還師はお主か。という事は妖女じゃな? 名を何という? 」
「この女も女なら、あんたもあんただ。王族だか何だか知らないが、人に名前を聞くなら、まず自分が名乗るのが筋ってもんじゃないの? 」
「それもそうじゃの。妾はリリス=フェーじゃ。」
「フェー? あの貧乏貴族の!? ははぁん、さては七宝を集めて王族での立場を上げようってんだね。」
「よ、余計な事は言わんでよい。それより、そなたの名は? 」
「あたしはアンナ=マリア。」
「このような所で何をしておる? 」
「えっ!? あ、そうだ。マッチ。マッチ買っておくれよ。」
思わず勇斗と白雪は顔を見合わせた。ガス台は捻れば火は着くし、キャンプでも着火はライターだ。都会の生活でマッチは殆ど見掛ける事はない。それに、魔法が存在する世界なら火くらい、簡単に着きそうなものだ。と、そこまで考えてから、ふと疑問が湧いた。
「そもそも、この世界に魔法は在るのか? 」
「あぁ、余所の世界から来たから知らないか。あたしが、魔法を使える職業、妖女だ。」
「妖女… 魔女とは違うの? 」
勇斗の問いに答えたアンナに、今度は白雪が尋ねた。
「次から次に面倒臭いねぇ。あとはマッチ、買ってくれてら、いくらでも答えてやるよ。」
「リリス、買ってやれ。」
「何故、妾が!? 」
不意に振られてリリスは動揺していた。
「俺や白雪は、この世界の通貨を持っていない。貧乏貴族でも、王族の端くれなら、マッチくらい買えるだろ? 」
リリスはどうやら、アンナの所為で勇斗からの扱いが一段と悪くなった気がした。ここでマッチを買わねば、この先も貧乏貴族扱いされかねない。ここまで集めた七宝を、どれ一つ所有していないリリスとしては、少なくとも迷宮を脱出するまで、勇斗たちと行動を共にしなくてはならない都合上、これ以上の扱いの悪化は避けたかった。
「えぇい、手持ちのマッチを全部、買い上げてやる。その代わり、情報に嘘、偽り有らば、只ではおかぬぞ。」
「いやぁ、助かった。この雪の中、火の起こせない連中にマッチ売れば儲かると思ったら、誰一人通りゃしない。たまに現れるのが幽霊じゃ商売にならなくてさ。えぇっと、エルレーンなら二、三日に一度、現れるよ。この階を抜け出すならサスカッチを倒すしかないね。建物の中に雪が降るのも、奴の所為だ。居場所はエルレーンに聞いとくれ。あと妖女と魔女の違いだっけ? 」
「いや、それはどうでもいい。」
「ちょいちょいっ! どうでも良くないって。一緒にされたくないんだけどな。」
「そちらの御仁は、わたくしが参ったので、貴女の用は済まれたそうですよ? 」
声のした方をアンナが向くと、そこにはエルレーンが立って… いや、浮いていた。
「そっちが良くても、こっちが嫌なのっ! 」
「時間の無駄だ。せめてもの礼として忠告してやる。この迷宮の中で七宝の半数以上が俺たちの手元に在る。だから、マッチを買うような奴は来ないだろう。それに、もし人が来ても、サスカッチは俺たちが倒すから、さっきの情報は取り引きにならない。それじゃぁな。」
「えっ!? ちょっと待ってよ。何、それ? それじゃ、この先、あたしはぼっち? やめてよ? 冗談でしょ? こんな雪の中で一人年老いていくなんて御免だわ。あたしも連れて行きなさいよ。いや、連れて行って。いえ、連れて行ってください。きっと、あたしの魔法がお役に立てる筈です。御願いします。ご主人様ぁ~っ! 」
「誰が貧乏貴族じゃ… 痛っ。」
急に腰の低くなったアンナに、リリスが上から目線で強気に出ようとして、勇斗に小突かれた。
「お前は話しを長引かせるな。アンナ、サスカッチとの戦いで様子を見させてもらう。役に立たなそうなら、置いていくからな。」
勇斗の言葉にアンナは瞳を輝かせた。
「さっすが、ご主人様っ! 必ずや、ご主人様の期待に沿ってみせまするっ! 」
アンナは勇斗に頭を下げながら、リリスに向かって舌を出していた。