#35 時間金庫
「さぁカシオペア。次に人気の無くなる鏡面は何処かな? 」
スペクルムの中に入ったホラがカシオペアに尋ねると、その甲羅に文字が浮かんだ。
「桃や。何処の鏡面か分かるかの? 」
「はい。これは鏡ではなくて窓ガラスです。」
ほんの少しの未来。過ぎた過去は変えられないが、これからの未来なら変えられる。更なる未来から見れば、それさえも過ぎた過去になる。カシオペアの見た未来は時々刻々と変化していく。実に時間を奪う時間銀行からすれば厄介な存在である。時間銀行の中ではホラと桃が協力して騒ぎを起こし、外ではドリアードが時間銀行員たちを惑わす。
「騒々しのぉ。まだ、あの邪魔者共は見つからんのか? 」
「申し訳ありません、頭取。どんな術を使っているやら。まさに神出鬼没で銀行の内外で騒ぎを起こしておりまして。」
頭取に頭を下げたのはウノだった。
「このままでは儂の肉体が老いさばらえてしまう。一刻も早く彼奴等の時間を奪うのだ。ウノよ。お前は執行役員であったな。見事、彼奴等の時間を奪う事が出来たら取締役に推挙してやろう。」
「ありがたき御言葉。必ずや彼奴等の時間を奪い取ってみせましょう。」
「期待しておるぞ。」
ウノは頭取の部屋を出ると胸を撫で下ろした。
「取締役ですか。随分と美味しそうな人参をぶら下げていただいたものです。」
執行役員も役員には違いないが取締役になれば役員業務に専念出来る。時間銀行員にとっては自分の自由な持ち時間が大幅に増える大事な出世であった。一方でこの話しを聞き及んだ現取締役委員会も躍起になって動き出した。取締役の配当時間には枠があった。ウノが取締役になって増員であれば1人辺りの配当時間が減ってしまう。仮に入れ替えであった場合、取締役委員会の誰かが降格処分という事になる。これは即ち自分の時間が失われる事に他ならない。ウノよりも早く勇斗たちから時間を奪い自分たちの身を守る事にした。他方、ウノと同じ執行役員たちもウノを出し抜いて自分が取締役に出世する事を考えた。こうして時間銀行頭取はウノと一つの約束をし、それを行内にリークする事で時間銀行員たちに競争をさせた。
「フォッ、フォッ、フォッ。誰でも良いのだ。時間だ。時間を集めるのだ。早く集めねば、お前らの時間が減るぞ。儂の生きる時間を延ばす為に働け。働くのだっ! 」
ただ、我先にと勇斗たちを探し始めた為、部署毎の統率はとれていたが、部署同士の協力と云うものは無かった。出世争いの縮図のようなものなのだから無理もない。おかげで地下の大金庫の警備は手薄になっていた。
「おやおや。飛んで火に入る夏の虫。まさか自分たちから飛び込んで来るとはね。」
「何者じゃ? 」
訝しそうにリリスが尋ねた。
「時間銀行取締役役員スィエテ・アルコイリスだ。君たちに怨みは無い。だが、ここで君たちを逃しては降格人事は確定だ。それは困るので、君たちの時間を頂戴させて貰うよ。」
スィエテは辺りを見回した。
「報告よりも一人足りないようだ・・・いや、確か君たちのリーダーはかくれんぼが得意だったっけ。」
手近にいた時間銀行員をスィエテはいきなり切り捨てた。
「なっ!? 」
突然の事にアリスは言葉を詰まらせた。
「なるほど、其処か。」
スィエテが剣を振り下ろすと勇斗は宝剣エクリプスで受け止めた。スィエテが切り捨てた時間銀行員の体は煙となって消えたが、その煙が避けた場所こそ勇斗の立ち位置であった。
「どうやら七宝の能力だけに頼っている訳ではないか。まぁ、そうだろうね。そうでなければ、永遠に迷宮の塔の中で彷徨っていただろうし。いや、我々も七宝の入手は時間集めを効率化出来るのではないかと検討はしたのだ。ただ入手後は効率化出来ても入手までが非効率だという事で見送った。うん、ここで君たちから時間と七宝を同時に奪えれば常務か専務の座が転がり込むかもしれないな。これは本気を出してもいいかもしれない。」
スィエテは再び手近の時間銀行員を引き寄せると切り捨てた。だが、同じようにはいかなかった。
「なるほど、風で煙を飛ばしましたか。」
アリスを一瞥すると足音を探ろうと耳をすませた。しかし、これも別の音に掻き消されてしまった。ハーメルンの笛の音に合わせてペロがタップを踏んでいた。
「宝笛と宝靴をそんな使い方をするとはね。さて・・・? 」
気がつくとスィエテの体をエクリプスが貫いていた。
「なかなか卑怯じゃありませんか? 」
「話しが長い。お前の仲間が集まって来ても面倒だし、長引くとこっちの仲間も危ないからな。」
勇斗がエクリプスを抜き去ると、まるで穴の開いた風船のように黒い煙が吹き出した。
「あぁ。やっと取締役役員にまで登り詰めたのに… こんな事で終わるとは無念です。」
「人の不幸の上で出世して楽しかったか? 」
「こちらは人ではないのでね。君たちが鳥獣を食するようなもので悪いとは思っていないよ。」
それがスィエテの最期の言葉だった。それを見て時間銀行員たちは大慌てで大金庫から逃げ出していった。