#34 時間銀行
「マスター、お探ししました。」
「勇斗さぁんっ! 」
ほぼ同時にコッペリアとアリスの声がした。
「とりあえず全員、ずぶ濡れだが無事そうだな。」
「それじゃ、焚き火で乾かすとしようぜ。」
勇斗の言葉に反応してハーメルンが火をつけようとしたがコッペリアがそれを止めた。
「ハーメルンの時は人命優先と他に手段が無かった為、火を焚きましたが、現状ではリスク回避を優先すべきです。」
「アリス、頼めるか? 」
「はいっ! 」
勇斗の頼みに喜んでアリスがだからといって杖パーセムを振るうと暖かい風が皆の衣服を乾かしていった。
「ペッペッっ! 急にやるでない。口の中が塩っぱ苦いではないか。」
風下に居たリリスは衣服から浮いて飛ばされた海の塩にまみれていた。
「そんな所に立っているからだ。お清めだと思っておけ。」
「お清めじゃと? 妾は穢れてなどおらぬわっ! 」
勇斗の言葉にリリスは口を尖らせた。
「小さくならないだけ、良かったじゃないッスか? 」
「小さく… 妾は蛞蝓ではないぞっ! 」
真魚の遠回しのボケすらリリスには嫌味に聞こえる。
「コッペリア。ライムに貰った地図を預ける。現在位置と方位は一番確かだろうから案内を頼む。」
「承知いたしました。」
コッペリアは勇斗から地図を受け取ると少し眺めて勇斗に返した。
「入力完了しました。全て記憶したので、はぐれた時の為にお持ちください。」
勇斗も驚く事もなく、当たり前のように受け取ると地図をしまい込んだ。
「こちらです。」
周囲に気を配りながらコッペリアは時間銀行の方へと進んだ。勇斗たちを探している小単位の人数ならば倒すのは簡単だが、仲間を呼ばれれば、やはり厄介である。
「居たぞ。あっちだっ! 」
時間銀行員たちは声のした森の方へと走って行った。
「なんじゃ、彼奴ら急に? 」
「… きっとドリアードさんです。」
リリスの疑問にアリスが答えた。
「マスター。目的地の指定を願います。」
「そんなの帰り道を探すに決まってるッス! 」
真魚の言葉に勇斗は首を横に振った。
「いや、皆の時間を取り戻して時間銀行をブッ潰す。」
それを聞いた真魚は目を丸くした。
「はぁ!? 何言ってんスか? 此処には元の世界に帰る為に来たんスよねぇ? 」
「俺たちが、このまま帰れたとして残った皆はどうする? 」
「あちきは嫌ッスよ。」
「それじゃ真魚だけ、ここでお別れね。上手く見つからずに帰れるといいけど。あ、そういう子の無事を祈ったりはしないから。さようなら。」
ここで、いきなり白雪は以前のようなツンとした態度を見せた。
「コッペリア、大金庫の場所は? 」
「地下になります。」
リリスが首を捻った。
「勇斗や。こういう時は組織の頭を叩くのが常識ではないのか? 」
「この圧倒的人数差じゃ、頭に辿り着く前に潰されかねない。七宝を分割して戦うのも得策とはいえないから別動陽動は使えない。だから大金庫を襲撃して盗まれた時間を解放すれば、その収集作業に人手を割かざるをえない筈だ。」
「なるほど。自分たちの盗品に陽動させる訳じゃな。じゃが、そう上手くいくかのぉ? 奴らが大金庫に人手を集中させては同じ事ではないのかえ? 」
「そういう事なら手伝わせて貰おうかのぉ。」
不意に物陰から亀を連れた老紳士が現れた。
「ホラさん!? 」
それは白雪のスペクルムから聞こえた桃の声だった。
「桃、知り合いか? 」
「はい。あ、いえ。正確には赤の女王、白の女王時代の知り合いです。白うさぎの懐中時計を作った優秀な時計屋さんです。」
桃は勇斗の質問に答えた。
「確かに儂は時計マイスターのホラだ。こっちはカシオペア。」
そう言って老紳士のホラは亀を紹介した。
「で、桃とやら? 」
「あ、私は赤の女王と白の女王が力を合わせて生まれた桃の女王と申します。」
「赤の女王と白の女王が力を合わせるとは長生きはするものだな。して、赤の女王と白の女王にそれぞれ渡した時計はどうなっとる? 」
「それが私が生まれた時に時計も1つになってしまいました。」
桃がそう答えるとホラはポンと手を叩いた。
「素晴らしい。実に素晴らしい。その時計は時間泥棒が盗めぬ永遠の時を刻む時計だ。そして、時間銀行頭取の持つ時を刻まぬ時計と1つにすれば1度だけ時の扉を開き、新たな世界に繋がるのだよ。」
「どうやら帰り道は、それらしいな。」
「儂は桃と一緒に鏡の世界から、奴らを撹乱するとしよう。このカシオペアは少しだけ未来の分かる亀でな。今までもこいつのお陰で時間銀行員から逃げおおせたのだ。見つかる事はあるまい。それに連絡はいつでもつくだろ? 」
「はい。」
ホラの声に桃が答えた。
「それじゃ、桃とホラが奴らを撹乱。騒ぎに乗じて大金庫を襲撃し盗まれた時間を解放する。時間銀行員が分散したところで頭取を倒し、時を刻まぬ時計を奪取する。それでいいな? 」
反対する者は誰もいなかった。
「しかし、まるで銀行強盗の算段のようじゃな。これでは、どちらが泥棒だか分からぬのぉ。」
「お前だって、元の世界から俺を盗んだようなもんだろ? 」
勇斗の言葉にリリスは返す言葉が無かった。