#33 アリス・イン・ハンターランド
「見つけたぞっ! 追えっ! 」
灰色の時間銀行員たちが森の中を走る。
「あぁん、何でこうなるのぉ!? 」
嘆きながらも走って逃げているのはアリスだった。海岸に打ち上げられて目を覚ましたアリスは取り敢えず時間銀行員たちに見つからないように森に隠れたのだが、あっさりと発見されてしまった。あとは全力で逃走中だ。時に風で木々を揺らし、木葉を巻き上げ、石を飛ばし追っ手の目を欺いてはみるが、すぐにバレてしまうのはわかっている。多少の時間稼ぎにはなるが、アリスと時間銀行員では走る速度がまるで違った。
「こんな所でごめんなさい。」
こんな場所で時間銀行員に捕まったら何をされるか、分かったものではない。そう思ったアリスは大事にしていたドリアードの苗木を森の中で植えた。すると突然、苗木は育ち始め、あっという間に巨木となっていた。
「アリス、お逃げなさい。風の導く先に、彼の者が居る筈です。」
アリスは直感的にドリアードの言う彼の者が勇斗だと思った。そう思うと走る気力が湧いてきた。逃げるアリスを追おうとした追っ手の前をドリアードの枝や根が邪魔をする。
「どうやら、あなた方の中に在るのは旧き時間のようですね。あと一人か二人から時間を奪えば自由になれそうです。」
時間銀行員たちは長い間、人々の時間を騙し盗ってきたのだろう。ドリアードは返す者なき旧き時間を取り込んで急成長を遂げていた。とはいえ種子を作り出すまではいかず、一株で全ての時間銀行員を足止めする事は出来なかった。アリスは森を抜け砂浜に抜け出した。だが、時間銀行員たちはしつこく追ってくる。
「もぉ、嫌ぁ~っ! 」
「アリスちゃぁん、伏せてぇ~。」
何処からともなく、聞き覚えのある気の抜けた眠そうな声が聞こえてきた。アリスが身を伏せると海面が盛り上がり津波となってアリスを避けるように時間銀行員たちを飲み込んでいった。それでも数体の時間銀行員たちが立ち上がる。
「んもぉ。しつこいなぁ。ウサギを追っかける狩人じゃないんだからぁ。」
アリスがイメージしたのはウサギやキツネを狩る狩人。だが、狩人と聞いて嫌な事を思い出す者も居る。
「狩人!? ・・・狩人なんて・・・大っ嫌いっ! 」
珍しく大声を挙げたのはメイジーだった。迷宮の塔の中で猟師に化けて自分を騙していたウルフロードを思い出していた。宝衣クロスを大伸ばしにして時間銀行員たちに覆い被せると、もうひとつの影が高台から飛び降りた。
「猫判子にゃっ! 」
空中で器用に体を捻り、ペロが宝靴ラテールを履いた足で時間銀行員をクロスの上から踏み潰すと時間銀行員は煙のように消えてしまった。
「ローズさん、メイジーさん、ペロちゃん、無事だったんですね。」
「まだぁ、無事とは言えないみた… ふぁ~。」
ローズが大欠伸をしながら指差した方には、新たな時間銀行員が迫っていた。
「もぅ… 。いい加減にしてぇっ! 」
アリスがおもいっきり宝杖パーセムを振ると、巻き起こした突風が時間銀行員たちを吹き飛ばしてしまった。その後、暫く時間銀行員たちが来た方向を見ていたが、次の追っ手が来る気配はなかった。
「やっと? 」
「今のうちに勇斗たちを探すにゃっ! 」
追っ手が途切れた事に安堵して、へたり込みそうになったアリスだったが、ペロの言葉で踏みとどまった。
「そ、そうよね。」
4人は砂浜を後にした。
***
「もぅ。どこがリトル・マーメイドよ? 」
「すまぬぅ。だから、あちきはペタペタして流れる海水よりもコンクリートに四角く囲まれた真水の方が性に合ってるんだってばぁ。」
真魚は白雪に助けられて島に辿り着いていた。
「性に合う合わないじゃなくて、完全に苦手でしょ? 」
「ま、そぉとも言う… かなぁ。」
真魚の態度に白雪も呆れていた。
「あんた… リリスと同じ臭いがするわよ。」
「え!? あちきが? そんなオバサン臭い??? 」
思わず真魚は自分の臭いを嗅いだ。
「そういう所よ。もう、いいわ。早く勇斗たちを探すわよ。」
「ねぇ、二人でこっそり帰っちゃおうよ? 」
「出来る訳ないでしょ? そういう事、言うなら私はあんたを置いて行くわよ。」
言葉通りに白雪は真魚を置いて歩き始めた。
「あぁん、待っておくれよぉ。冗談だってばさぁ。」
真魚は慌てて白雪の後を追って歩きだした。
「妾と、そんな乳臭い小娘を一緒にせんで欲しいのぉ。」
リリスの声の方向に勇斗の姿を見つけると白雪がホッとしたように駆け寄った。
「おのれ勇斗っとっと! 」
白雪の後を追おうとして真魚はリリスに止められた。
「これだから、お子ちゃまは気が利かなくていかん。」
「オバサンは引っ込んどいてよっ! 」
「オバ… 聞いておったぞ。海が苦手なようだのぉ。まぁ、その枯れ木のような体では波に流されても無理はないかの。」
オバサン呼ばわりをされたリリスは、嘲るように言った。
「これは絞り込んでるの。体脂肪率一桁なんですからね。」
「確かに脂肪は少なそうじゃな。」
「って、胸を見るなぁっ! 」
リリスの視線に真魚が声を荒げた。
「あれは、同族嫌悪という奴ですね。」
「誰が同族じゃっ! 」
「誰が同族っスかっ! 」
白雪の宝鏡スペクルムから聞こえた桃の声に二人は同時に反応していた。