#32 海Bows
ウノが去ると船が揺れ始めた。
「アリス、ローズ、どうした!? 」
「わ、わからないです。」
声の様子から、アリスの動揺が伝わる。
「なんかぁ、海が言うこと聞いてくれないのぉ。」
眠そうにも聞こえたが、ローズにしては焦っている方だと思われた。
「全員、泳げるかっ!? 」
勇斗も状況を覚悟した。おそらくウノたち時間銀行の仕業だろう。自然が相手ならばローズの宝瓶アクアリウスで操れぬ筈がない。
「とっておきの嵐の時間のだ。海に屈服するがいい。」
突然、ウノの声がしたかと思うと船は真っ二つに折れ、沈没した。それからどのくらいの時間が経っただろうか。勇斗が目を覚ますと側にはリリスがのびていた。辺りを見渡すが他に人影は無かった。
「起きろ、リリス。皆を探すぞ。」
「なんじゃ、食事かえ… ヘックションっ! 寒ぅ~。」
「寝惚けてんなよ。行くぞ。」
自分のくしゃみで意識のハッキリしたリリスは、ずぶ濡れの衣服を取り敢えず絞った。
「せめて服を乾かしていかぬか? 」
「こんな所で火を起こしたら見つけてくれって言ってるようなもんだろ。アリスを見つけて温風乾燥して貰うんだな。」
仕方なくリリスはアリスを探す事にした。
「隠れろっ! 」
「うぐっ 」
勇斗に口を塞がれて岩陰に引き込まれてリリスは面喰らった。そこには時間銀行員たちが勇斗たちを探していた。
「よく探せ。奴等の遺体より七宝が最優先だっ! 」
「勇斗、先に行け。ここは妾が囮になろう。」
「バカ言ってないで逃げるぞ。」
「元の世界に帰りたいのであろう? そなたをこの世界に喚んだのは妾の都合じゃ。こんな所で果てさせる訳にはいかぬ。安物じゃが貴族の衣装というのはチャラチャラしておって走るには向かぬ。それに、これだけ水を吸っては足手纏いにしかならぬ。最期くらいは王族らしくせんとな。」
それを聞いた勇斗はリリスの頭をポンポンと叩くと立ち上がった。
「お前の言う通り、俺は喚ばれた身。つまり、この世界の民じゃないんだ。その王族らしい最期ってのは、この世界の民の為にとっときな。」
勇斗はエクリプスを抜くと時間銀行員たちの前に躍り出た。やはり気づく様子はない。つまり人の姿はしていても魔物である。勇斗が容赦なく斬り果たすと煙のように消えていった。
「これでは火など焚かなくとも居場所がバレてしまうであろうが。」
「その時は、また俺が護ってやるよ。そもそも、その為に喚んだんだろ? 」
「… そう… であったな。うむ。ならば妾を護り抜く為にも死んではならぬぞ。」
「フッ、当たり前だ。」
***
「コッペリアちゃん、大丈夫かっ! 」
ハーメルンが目を覚ますと最初に視界に飛び込んできたのはコッペリアの姿だった。
「問題ありません。コッペリウス博士の防塵、防水処理は完璧です。」
ハーメルンが辺りを見回すが他に人の気配はなく、焚き火がパチパチと音を立てていた。
「コッペリアちゃんが焚き火を? 」
「はい。ハーメルンの体温及び体力が著しく低下を確認。時間銀行員に発見されるリスクはありましたが人命を優先しました。」
「他の奴等は? 」
「私が通常通り稼働可能な時点でラフィネスク様は、そう遠くない場所で無事だと思われます。また、マスターについては常に感知していますので、御無事です。」
「それなら先に勇斗ん所に行けばいいだろうに。」
「マスターは… 仲間? を見捨てるような事はなされません。ですから、私も仲間? を放置する訳にはまいりません。」
「なんか、ちょいちょい引っ掛かるけど、まぁいいか。どうやら、時間銀行員共に気づかれたみたいだ。ここは引き受けるから、コッペリアちゃんは逃げ… 勇斗たちに助けを求めてくれ。」
「ハーメルンの足首に損傷を確認。運搬します。」
そう言うとコッペリアはハーメルンを担ぎ上げた。
「逃がしません。あなた方のこの先の時間全てを接収させていただきます。」
コッペリアはハーメルンを担いだまま、時間銀行員に取り囲まれていた。
「ハーメルン。その足、治してあげるから働きなさい。」
それはラフィネスクの声だった。その治癒魔法は一瞬でハーメルンの足首を直してしまった。
「ハーメルンの足首の損傷。完治を確認。」
「うわっ。」
ハーメルンはコッペリアにいきなり放り出された。
「はいはい。コッペリアちゃんを守る為に働きますよっ! 」
ハーメルンが宝笛パイドを吹き鳴らすと時間銀行員たちを炎が包み込んで煙と化して消えていった。
「ふぅん。やっぱり七宝じゃないと駄目かもね。」
消えていく煙を見ながら後から来たアンナが言った。
「やっぱりて何がだ? 」
「何の制限が掛かってるのか分からないけど、ラフィネスクの魔法や、あたしの妖術が効かないようなのよね。って事で御主人様と合流するまで、時間銀行員とまともに戦えるのはハーメルンしか居ないから不本意だけど頼りにさせて貰うよ。」
「はいはい。勇斗と合流するまでに、如何に俺様が頼りになるか見せてやるからな。コッペリアちゃぁん、見ててねぇっ! 」
「… 軽佻浮薄につき減点。」
「うっ。」
いつも通りの光景にラフィネスクも笑っていた。




