#31 だから島
真魚の案内とジークの地図。それにコッペリアの方向感覚で一行は何とか港町に辿り着いた。
「それで、船はどうするの? 」
真魚の質問に誰も答えなかった。どう考えてもリリスの顔で何とかなるとは思えない。乗り物になるような七宝も無い。さすがにローズの宝瓶アクアリウスでも海の水をどうにか出来るか試した者が居ない。
「魔法の絨毯とか空飛ぶ箒とか無いのかえ? 」
リリスの不満そうな声が視線を集める。手も金も出さないが口だけは出してくる。たとえ王族だからと言って大目に見られていたのも塔の中までだ。
「えぇい、妾とて役に立つところを見せてやるわっ! 」
「皆ぁ。船貸してくれるって。」
アリスが走って戻ってくる姿をリリスは恨めしそうに見つめた。
「え!? どうかしました? 」
アリスが動揺していると勇斗が頭をポンポンと叩いた。
「いや、アリスは気にしなくていい。助かる。どんな船だ? 」
「マスト? がダメになっちゃってるって言ってたけど… 。」
「なんじゃ。マストがダメでは使い物に… 」
「リリス。愚痴を言う暇があったら頭を使え。ラフィネスク、アンナ。マストの修繕を頼む。メイジー、クロスを帆の代わりに借りられるか? アリス、風向きの調整は任せる。ローズ、船の周囲を500m・・・って言っても分からないよな。船が影響を受けないように波を抑えてくれ。コッペリア、海上に出ると目印が無い。航海士は任せる。」
「はい、マスター。」
「ハーメルン、男手は少ないんだ。手伝って貰うぞ。」
「力仕事は… 全力でやらせて貰う。」
断ろうと思ったハーメルンだったが、コッペリアの視線に気づき掌を返した。
「ペロはマストが直ったら見張りを頼む。」
「僕、高い所は得意だけどド近眼なのにゃ… 」
「動かない島は分からなくても近づく敵は見つけられるだろ? 」
「動く物なら分かるにゃ。」
「白雪と桃は島の様子がわかったら知らせてくれ。」
「はいっ! 勇斗様の為なら頑張りますっ! 」
白雪が応えるより早く宝鏡スペクルムの中から桃の返事が聞こえてきた。
「月見里… じゃなかった。勇斗ぉ、あちきは? 」
「真魚は岸に近づいたら、一泳ぎして貰うかもしれないから、リリスと一緒に休憩しててくれ。」
「う゛~何か、勇斗に下の名前で呼ばれるとムズムズするぅ。元の世界に戻ったら、絶対に下の名前で呼ぶなよっ! 」
「わかった、わかった。」
真魚は追い立てられるようにリリスと船室に放り込まれた。クロスの帆を張り、パーセムの風を受けて船は順調に出航した。
「わ、私は下の名前のままでもいいからね。」
「何か言ったか!? 」
白雪の声は波と風の音に掻き消された。
「な、なんでもないっ! 」
陰でアリスにローズがウィンクをしていた。
「で、どちらに向かわれているのですかな? 」
「だから島だって… 誰? 」
白雪の目の前には見知らぬ全身、灰色の衣服を纏った男が立っていた。
「これは申し遅れました。わたくし時間銀行より参りましたウノ・グレイと申します。当銀行に皆様の御時間をお預かりしたく参上いたしました。当銀行に時間を長期お預けいただければ、利息が付き、満額で残りの人生が倍になるというお得な商品となっております。」
「勇斗様、騙されてはいけませんっ! 」
スペクルムの中から桃がホログラムのような姿を現した。
「この者たちに時間を預けた人々は、日々の時間に追われ心に余裕が無くなり、荒んでいきます。」
「見たところ、時間を預ける事の出来ない鏡の国の方ですかな。自分たちが預ける事が出来ないからといって、こちらの世界の方々に損をさせるのはいただけません。営業妨害はやめていただけませんか。」
「怪しいものじゃな。」
船室からリリスが出てきた。
「おや、王族のリリス様ではありませんか。預けるのは時間。お金ではないので、御安心ください。」
「やれやれ。フェー家の窮状は知らぬ者が居らぬようじゃな。じゃが、時間を預ければ、預けた分だけ手持ちの時間は無くなり、時間に追われる。桃の言う方が正しく聞こえるがのぉ。」
「いえいえ、お預け頂いた分の時間は手元に残った時間を前倒しにお使いください。後から返ってくる時間で、お釣りが来ますよ。」
「勇斗よ、どう思う? 実質的リーダーは、お主じゃ。」
「俺は桃を信じる。」
「勇斗様っ♪ 」
するとウノは辺りをキョロキョロとした。
「リーダーを務められる方が、かくれんぼとはお人が悪い。お姿をお見せくださいませ。」
ウノがそう言葉にした時点で甲板に居た全員の意見は決まった。
「俺なら・・・目の前に居るぜ? 」
そう言って勇斗は宝剣エクリプスを鞘に収めた。
「何の手品で… いや、悪あがきはやめておこう。油断ならない相手と云うことは、よくわかりました。」
「時間銀行の行員は灰色だって聞いていたんでね。」
「これでは容易に上陸させる訳にはいきませんね。せいぜい、覚悟召され。」
ウノは煙のように姿を消した。
「また、でしゃばって余計な真似をしたかの。」
「そんな事は無ぇよ。王族らしく堂々としときな。」
また文句が来るかと思っていたリリスは勇斗の言葉に安堵した。