#30 リドル・マーメイド
ジークから貰った地図は正確だった。難点としては目立つ建築物なども無い為、現在地はコッペリア頼みな点だ。ラフィネスクがジークの所に残るようならコッペリアも置いてくるしかなかったので正直助かっていた。
「マスター。リリスさんの移動速度が著しく低下しています。休息しますか? 」
コッペリアに言われるまでもなく、勇斗もリリスの遅れは気にしていた。出来れば今日のうちに宿場まで辿り着きたかったのだが、この分では無理そうだ。
「時々、癒しの風を吹かしているんですけどねぇ。」
アリスも気は使ってくれていたが、一応は王族。慣れない距離の徒歩移動に足がついてこなくなっていた。
「魔女でも妖女でもいいから、パッと移動出来んのかのぉ? 」
「妖術は、そんな遠距離は無理なの。」
「魔法は一度でも行った事がないと無理よ。」
アンナとラフィネスクが口々に答えた。
「なんじゃ、役に立たんのぉ。」
「リリス… お前が言うか? 」
さすがに勇斗が突っ込んだ。
「わ、妾とて役に… 役に… 」
役に立った事もあると言いたかったのだが、リリス自身、思い当たる事が無かった。だが、リリスには七宝を持ち帰るという目的がある。フェー家の命運が掛かっているとなれば、そう簡単に心が折れる訳にもいかなかった。
「な、なんじゃ、あの立て札は? 」
話題を逸らそうとしたようにも聞こえるが、実際不自然な所に札が立っていた。
「白雪、どう思う? 」
勇斗に問われて白雪は立て札の前に立つと書かれている文字を読んだ。
「このはし通るべからず… 別に橋が掛かってる訳じゃないんだから、端を通るなっていう注意書きなんじゃないの? 」
すると勇斗は今度はリリスに読ませようとした。
「読んでみろ。」
「なんじゃ、面倒な。このくらい、読め… 読め… 読めん。そもそも、これは文字なのか? 」
これには普通に読んだ白雪の方が戸惑いを感じていた。
「まぁ、そうなるわな。」
「どういう事? 」
白雪は状況を把握しかねていた。
「俺はこの世界に来てから初めて、この文字を見た。」
「何言ってるの? 普通に日本語でしょ? … あっ!? 」
白雪は勇斗に反問してから、やっと勇斗の言わんとした事を理解した。
「そう。何で此処に日本語の立て札が立っているのかが問題だ。」
ここまで皆と普通に会話をして来たので、うっかり忘れそうだが勇斗と白雪は召喚者であり、此処は異世界なのだ。そこに日本語の立て札が立っている。それも昔のとんち話のような文言が。
「それに、この癖のある丸文字に見覚え無いか? 」
勇斗に言われて白雪は改めてまじまじと立て札の文字を見た。
「マスター。この先に生体反応があります。注意してください。」
コッペリアの言葉に勇斗と白雪は顔を見合わせた。
「まさかね… 真魚っ! 」
「そ、その声は我が心の友、白雪姫っ! 姫ちゃぁんっ! 」
飛び出してきた少女は白雪に抱きつこうとしたが、白雪は腕を延ばして少女の額を押さえて阻止した。
「なんじゃ、二人の知り合いか? 」
リリスの声に額を押さえられてジタバタしていた少女は飛び退いた。
「請われて名乗るも烏滸がましいが、知らざぁ言って聞かせやしょう。姓は海野、名前は真魚。次期ワールトゲームズ、フィンスイミングの代表候補。身長153cmのリトル・マーメイドとは、あちきの事ってぇっス。」
「真魚… 誰も請うてないから。それを言うなら問われてじゃない? 」
一応、白雪に突っ込みを入れられて真魚は頭を掻いているが、勇斗と白雪以外にとっては何が起きたのか、真魚が何を言っているのかチンプンカンプンであった。
「勇斗。すまぬが通訳してもらえぬか? 」
「気にするな。ちょっと頭のネジが緩んでるだけだ。」
「… それは気の毒にのぉ。」
「ちょっと待ったぁっ! 」
勇斗とリリスのやり取りに真魚が割って入った。
「あぁっ!? お前は永遠のあちきの恋敵、月見里 勇斗ではないかっ! こんな所でも姫ちゃんと一緒とは羨ましい奴めっ! 」
勇斗は、また面倒臭いのが一人、増えたと思うと頭が痛かった。自分たちと同じ世界から来た人間である以上、置いてきぼりにする訳にもいかない。まして知らぬ相手でもない。
「海野。姫野は白雪、俺は勇斗で呼び方を統一しろ。俺たちは元の世界へ帰る方法を探っている。その為に海に向かっている。お前も帰りたかったら協力しろ。」
「えぇっ!? また海に戻るのぉ? 」
真魚は思わず肩を落とした。
「お前、海から来たのか? 」
「ぬ。あちきも勇斗っちて呼んでやるから真魚っちて呼べぇっ! あちきはペタペタして流れる海水よりもコンクリートに四角く囲まれた真水の方が性に合っているのさぁ。」
「なんじゃ、自分でマーメイドとか言っていた割には海が苦手なのかや? 」
「オバさん、マーメイドっていうのは揶揄なのぉ。」
「真魚… それを言うなら比喩よ。」
「オ、オバさんじゃと… 」
「リリス、ラフィネスク、アンナが平均年齢を上げているのは事実です。ちなみに私の方が古くから居ますが機械人形の経過年数は人間の年齢とは違いますから計算に含まれません。悪しからず。」
これにはラフィネスクは平然としていたがリリスとアンナはコッペリアを睨み付けていた。




