#3 眠れぬ森の美女
「この階も、森みたいですね。」
アリスが言うとおり、またもや木々が鬱蒼と茂っていた。違いはと言えば、その明るさだった。天窓が有るわけでもないのに、とにかく明るい。そんな森の開けた場所にポツンと置かれた壺が、木葉から落ちる雫を受けていた。
「おぉ、早くも七宝の一つ、水の宝瓶を見つけるとは縁起の良いっ! 」
リリスは一目散に宝瓶を掴み挙げた。その瞬間である。
「働けぇ。働けぇ。」
何処からともなく声がした。リリスが慌てて宝瓶を置こうとすると、足元から根が刺のように生えてきた。逃げようとすると、頭上から枝が槍のように降ってきた。
「わ、分かった。水を運べばよいのじゃろ。… 勇斗ぉ~、何とかしておくれぇ。」
弱々しい声を出しながらリリスは森の奥へと水を運んでいった。
「このまま、置いていくってのは、ありかな? 」
「それだと多分、次の階への扉が開かないんじゃ、ないでしょうか? 」
「… だよな。取り敢えず、あの子に話しを聞いてみよう。」
勇斗とアリスは、大樹の根元に横たわっている少女に近づいた。
「随分と気持ち良さそうに眠ってらっしゃいますね。」
アリスの言うとおり、少女は爆睡していた。余程、寝不足なのか隈が酷い。起こすのは気の毒にも思えたが、あのままリリスに水汲みをやらせておく訳にもいかず、少女を起こす事にした。
「ひゃっ! すぐ水を運びますから、殺さないでくださいっ! 」
それが、少女の寝起き第一声だった。
「おいおい、俺たちは魔物じゃない。」
「えっ!? 」
少女は勇斗とアリスの顔を見直すと、安心したのか、再び眠ろうとした。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。」
「あの瓶を持って以来、寝てないんですよ~。眠らせてください~。」
「俺たちの仲間が、君の代わりに水汲みをさせられているんだ。何処に運ばされているか案内してくれないか? 」
「知りませんよ、そんなのぉ~。ふぁ~ 」
少女は大欠伸をして眠ろうとした。
「分かった。それなら、こっちで探す。仲間を助けたら瓶も君に握らせて去るとするよ。」
「ふぇ… 脅しじゃないですかぁ~。いいですよ、分かりましたぁ。案内しますけど、後でちゃんと眠らせてくださいねぇ。」
少女は眠い目を擦りながら、とぼとぼと歩き出した。それでも、ダンジョンである。案内が有ると無いとでは進みが違う。程なくリリスに追い付いた。
「あそこです~。あの樹に寝る間を惜しんで水をあげ続けないと、森に殺されるんです~。」
「分かった。名前は? 」
「ローズ、ブライア=ローズです~。」
「じゃ、ローズ。後は寝てて、いいぞ。」
勇斗はエクリプスを抜くと、ゆっくりと樹に迫った。根や枝が襲って来ないと云うことは魔物の類いなのだろう。
「あれ? ローズさん、寝ないんですか? 」
アリスの問い掛けに、ローズは首を横に振った。
「ここまで案内させられたのに、結局、瓶置いて逃げられたら堪らないから。」
「あぁ、それなら大丈夫。私たちも、あの樹を倒さないと先に進めないので。」
「それぇ、風のパーセムでしょぉ? ひょっとしてトレジャー・ハンターとかですかぁ? 」
ローズはアリスの杖をまじまじと眺めて言った。
「ん~、リリスくらいかな、七宝を集めようとしているのは。勇斗も私も、ここを出たいだけだから。」
「そっかぁ。じゃ、お手伝いするから、私も連れていってくださいねぇ。」
ローズは眠い目を擦りながら、ゆっくりと樹の方に向かって行った。
「勇斗ぉ、私が合図したらぁ、一番太い根っこを伐って、このおばさん連れて逃げてくださいねぇ。」
「おば… 妾をおばさんじゃとっ! 」
「3、2、1、ハイっ! 」
リリスの怒りを無視してローズは合図を出した。それに合わせて、勇斗は樹の一番太い根をエクリプスで伐るとリリスを抱えて、その場を離れた。と同時に切り口から大量の水が吹き出し、ローズは手にした瓶でそれを受け止めた。何千トン、いや、何万トンという水が吹き出した筈なのだが、ローズは手にした瓶一つで受け止めきった。そこには、小さな枯れ木が残されていた。
「あれが水の宝瓶アクアリウスの飲み込む者か。この目で見るのは初めてじゃ。」
「あぁ~ぁ。目が冴えちゃった。弱点は分かってたんだけど、あの根を伐る方法が無くて。助かりましたぁ。」
樹が小さくなったおかげで、背後に在った扉が現れた。
「この扉が見つかったのも、妾が宝瓶を手に取ったからじゃな。遠慮なく感謝するがよいぞ? 」
「・・・そういう事にしといてやるよ。行くぞ。」
リリスに呆れたように勇斗は歩き出した。アリスとローズも、それに続いた。
「これ、待て。待てと言っておろうに。妾は王族の… 。これ、置いて行くでないっ! 」
リリスは慌てて、三人の後に続いた。