#24 野の薄情
一行が最初に辿り着いた村は静かな湖畔の森にある小さな村だった。閑古鳥の鳴き声はするが人の気配を感じない。その中で一軒だけ物音のする家があった。勇斗が扉をノックしてみたが返事は無い。
「誰かいますか? え!? キャーッ。」
白雪が扉を開くと、中では一人の少女が手を血まみれにしながら、蕁で編み物をしていた。さすがに白雪も悲鳴をあげてしまった。
「なんで、こんな事をしているんだい? 」
勇斗が話しかけてみたが、返事はない。
「勇斗様ぁ。話し掛けても無駄ですよぉ。」
白雪がしまっておいたスペクルムから、桃の声がした。仕方なく白雪もスペクルムを取り出した。
「はいは~い、勇斗様の許嫁の桃さん登場です。待ってました? 」
「誰が、いつ許嫁になったんだ? それより話し掛けても無駄って、何か知ってるのか? 」
桃の女王は簡単に言えば赤の女王と白の女王を足したような存在である。勇斗が鏡の国を出る寸前まで結婚を迫っていた事を思えば、根本的には変わっていない。
「この少女はエリザ。この村の農家に養女に出されたお姫様です。11人の兄の呪いを解く為に蕁の帷子を編んでいる間は、口をきいてはいけないと言われています。その事情を知らない村人たちは薄情にも気味悪がってエリザを残して村を離れてしまいました。鏡の中で赤の女王が聞いていたので間違いありません。」
「じゃあ、こっちの言っている事は聴こえているんだな? エリザ、返事は首を振るだけでいいから手を止めて聞いて貰えるかな? 」
するとエリザは手を止めて勇斗の顔を見た。どうやら音は鏡に映らないのと、外の声が聞こえるのは別の話しらしい。
「君は海の行き方を知ってるかい? 」
するとエリザは頷いた。
「じゃあ、帷子作りは手伝うから教えて貰えるかな? ちょうど俺たちも11人居るから一人一着で完成だろ。」
「これ、勝手な事を申すな。妾は血まみれになるのはゴメンじゃ。」
「私なら血まみれになりませんが。」
文句を言うリリスにコッペリアが突っ込んだ。最近、漫才じみてきた気さえする。
「蕁で出来ていれば問題無いんだろ? 見たところ、俺たちの世界のセイヨウイラクサと同じような植物だし、エリザを見る限り毒性も無さそうだ。浸漬している時間は無いから、ラフィネスク、アンナ、魔法や妖術で蕁の繊維を取り出して貰えるか? 」
「ご主人様の仰せとあらば、織り易く丈夫な繊維を取り出してみせましょう。」
アンナは即答すると蕁を手に取った。
「痛ぁっ! 」
予想どおりの展開ではあった。
「アリス、エリザとアンナの手を診てやってくれないか。」
「はいっ! 」
アリスも自分の出番に元気に返事をした。
「すまぬが、妾にはさっぱりじゃ。」
リリスには状況が見えなかった。
「俺たちの世界じゃ、セイヨウイラクサから繊維を取って衣類を作る所があるんだ。」
「それに料理もね。キッチン貸してね。」
ラフィネスクもアンナも、初めての作業に多少手間取っているようだった。
「魔法でパパッと帷子を作ったり、ササッと呪いを解いたりは出来んのかのぉ。」
リリスがそう思うのも無理はない。末端と云えども王族。編み物などは、やった事が無かった。それが可能であれば勇斗も、そちらを選択しただろう。だが呪いを解くのは、そう単純ではない。今回でいえばキーポイントは手編みで蕁の帷子を作る事にある。幸いにも蕁から繊維を取り出すという発想が呪いを掛けた者に無かったのだろう。蕁の形態に言及が無い。それに誰も手伝うとは思っていなかったのだろう。エリザが編まなくてはいけないという制約も無かった。
「少し、お腹に入れてから取り掛かりましょう。」
白雪やローズが蕁で作ったスープとお茶を運んできた。白雪の手には小さな切り傷が出来ていたが、ローズの手は無傷だった。
「ローズは料理、上手だったんだ? 」
「ん~、てか蕁って茨より扱い易かったかなぁ。」
いつものようにローズは眠そうに答えた。エリザも久しぶりに大人数で食事をした所為か笑顔だったが笑い声は出せなかった。エリザに口をきいてはいけないと言っておきながら、編む人間をエリザに限定しなかったあたりは、呪いを掛けた者はどこか間が抜けている。
「よし、取り掛かるぞ。」
勇斗の掛け声で一斉に作業始めた。だが、ハーメルンでさえ、淡々と作業を始めたのにリリスは戸惑っていた。するとエリザが近づいて来て自分の顔を指差した。
「替わると申すか? 」
リリスの言葉に大きく頷くと編み棒と繊維を受け取って編み始めた。
「なんと優しい子じゃ。それに比べて、あやつらは… 。養女に出されたと聞いたが、どこぞの姫なのだろ? 妾とて王族。きっと妾が取り成してやるぞよ。」
少し頼りない気がしないでもないが、エリザは笑顔で頷くと黙々と帷子を編んだ。最初に編み上げたのはメイジーだった。ハーメルンは目が詰まりすぎているとコッペリアに減点されて、途中でやり直した事もあって最後にはなったが、こうして11着の帷子がようやく完成した。




