#20 親 you be 姫
「ヘルゼンっ! 」
チシャ姫が隠し扉から出て来た少年に駆け寄ろうとした。普通なら、ここで感動の親子の再会なのかもしれないが、ラフィネスクから愚れたと聞かされていたので勇斗たちは、そんな期待はしていなかった。
「誰だ、手前ぇ!? 」
「お母さんよ。忘れちゃったの? 」
優しく声を掛けたチシャ姫にヘルゼンは背を向けた。
「俺に母親なんて居ねぇよ。こんな薄暗い部屋に何年も閉じ込めやがって。暗闇が俺の親代わりだ。」
それを聞いた白雪が珍しくクスリと笑った。
「何が可笑しいんだ、この女ぁっ! 」
「気に触ったらゴメンなさい。愚れたと云うより厨二病の反抗期のようだったので、つい。」
「ちゅうにびょう? 」
さすがに、そんな言葉はこの世界には存在しない。ヘルゼンが首を傾げるのも無理はない。
「せっかくの感動の再会を邪魔して悪いが… 」
「どこが感動の再会だっ! 」
「どこが感動の再会よっ! 」
空気を読まないような勇斗の発言にチシャ姫とヘルゼンが同時に反論した。
「さすが親子。何年離れていても息ピッタリじゃねぇか。血は争えないな。」
思わずヘルゼンがチシャ姫の方を見ると、同じタイミングでチシャ姫もヘルゼンの方を見ていた。
「親子喧嘩でも親子の抱擁でも、好きにやってくれ。こっちは他人の家庭事情に首を突っ込む気はない。ただ、この塔からの脱出方法を、あんたなら知っていると聞いたんだが。」
「あぁ、それなら。」
チシャ姫は鋏を取り出すと、その数十メートルはあろう長い髪の毛をいきなり切り落とした。
「これで縄を編んで私の居た部屋の窓から外に垂らせば地上まで届く筈です。私は息子と話しがありますので行ってください。」
「妾たちが行ってしまったら、どうやって二人は降りるのかな? カンパニュラめに文句を言われたくもないのでな。」
一応は遠縁と云えど王族同士。リリスも気にはなるのだろう。
「御心配には及びません。明日になれば同じ長さに戻りますから。」
リリスたちも人間の髪が一晩で数十メートルも伸びるというのは聞いた事がない。おそらく、この再生能力がラフィネスクの辿り着いた若返りの答えなのだろう。階段で擦れた髪にローズが宝瓶アクアリウスの水で潤いと張りと艶を取り戻すと、アリスが宝杖パーセムで乾かしながら編み上げて行く。
「俺様もお手伝いしよう。」
ハーメルンも宝笛パイドの火で乾かそうとした。
「髪の毛が傷みます。もしも引火したら我々も一晩、待つことになり、時間のロスに繋がります。減点。」
またもやハーメルンはコッペリアに止められた上で減点された。
「ほら、ヘルゼン。こっちにいらっしゃいっ! 」
チシャ姫は強引にヘルゼンを引っ張って行こうとした。
「チシャ姫、あまりきつく叱るでないぞ。」
「御心配は無用です。姫という立場であっても親ですから。悪い事は悪いと子供にきちんと教えなければいけません。」
そう言ってチシャ姫はヘルゼンを連れて行った。
「なんだ、クソ婆っ! 痛ぇっ! やめろよっ! 痛ぇっ! 何しやが… 痛ぇっ! 婆… 痛ぇ… やめて… 母さ… おやめください、お母様…。」
ヘルゼンの声だけが聞こえてきていた。
「あれは… 躾かのぉ? 虐待かのぉ? 」
ヘルゼンの声の様子に思わずリリスは勇斗に聞いた。
「親になった事もないのに分かる訳ないだろ。…まぁ、子供が何故叱られているかを理解してて、親が怒り任せ力任せじゃなく子供の為を想っていりゃ大丈夫なんじゃねぇの? 」
勇斗の答えにリリスは少し気まずい思いをした。
「何、変な顔してんだよ? 」
「へ、変な顔とはなんじゃ、変な顔とはっ! この気品溢れる高貴な顔を捕まえて。」
それは、いつも通りの勇斗だった。突然、自分の都合でこの世界に召喚してしまった事を時々すまないと思っていたリリス。常々ではなく時々というのもリリスらしいのだが。
「よし、こっちは柱に括り付けたぞ。」
ハーメルンが言った直後にコッペリアが確認する。
「縛り方が強度不足です。減点。」
即座にコッペリアは縛り直した。
「なお、途中で解けないよう、最後まで監視します。」
「じゃ、俺様も最後まで付き合うわ。」
コッペリアに続いてハーメルンが言い出した。
「ハーメルンの残留に合理性を認めません。減点。」
「いいか、コッペリアちゃん。人間ってのは時として合理性より感情が勝っちまう生き物なんだよ。」
「… 理解不能。観察の為、残留を許可… してもよろしいでしょうか、マスター? 」
やはりコッペリアは勇斗にお伺いを立てる。
「いいけど、二人とも後から必ず降りるんだぞ。これはマスターとしての命令であり、仲間としてのお願いだ。」
「承知いたしました、マスター。」
髪の毛の反対端を窓から垂らすとリリス、アンナと順に降りて行った。