#2 不気味な森のアリス
勇斗とリリスが部屋を出ると、いきなり階段があった。この迷宮は迷路系ではなく、面クリアタイプの階層型なのだろう。
「この階段は昇るのか、降りるのか? 」
「分からぬ。」
リリスは、しれっと答えた。
「分からないって、どういう意味だ? 」
「言葉通りじゃ。余にも昇るのか降りるのか、分からぬのじゃ。」
「俺みたいに、いきなり迷宮の中じゃないんだろ? 外から入ってきたんなら、分かりそうなもんじゃないか? 」
「それがじゃ… ここに辿り着く迄に罠に掛かりまくってのぅ。落とされたり登ったりで、ここが何階なのか分からぬのじゃ。」
それを聞いた勇斗は呆れ果てた。
「迷宮地図とか無いの? 」
「案内役の物が、真っ先に罠に掛かってのぉ。先頭を歩いていた故、無理もない。」
「いや、何の為の案内だ? 何の為の地図だ? 」
「それを余に問うか? 」
「… いや、いい。」
そう言うと勇斗は階段を昇り始めた。
「上でよいのか? 」
「一番下まで行って、出口が一番上だったら辛いだろ? 」
「おぉ、なるほどのぉ。」
王族というのは自分で考えるという事をしないのだろか、こんな奴等が政を任せて大丈夫なのだろうか、と勇斗は余所の世界ながら心配になった。だが、今は出口を探すのが先決であった。
「何だ、ここは? 」
二人が辿り着いたフロアは建物の中だというのに木々が生い茂り、まるで森かジャングルのようであった。勇斗はエクリプスを構えると慎重に歩を進めた。リリスも恐る恐る、後に続いた。勇斗は魔物から見えないとしても、リリスは丸見えな筈。もはや助からないと諦めて開き直っていた時と違い、すっかり臆病になっていた。
「よく参られた。」
何処からともなく声がした。辺りを見渡すと周囲の木々から美しい女性の姿が現れた。その視線は、明らかに勇斗へと向けられていた。
「俺が見える? 」
「無論。我らドリアードは魔物ではない。」
勇斗は取り敢えず剣を収めた。
「あんたたちは、この建物の出口を知っているか? 」
「いや。我らドリアードは、この森に生まれ、この森で枯れる。外の世界とは無縁の存在。」
「そうか。じゃあ先に行く。邪魔したな。」
「待たれよ。」
勇斗たちを一際、大きなドリアードが呼び止めた。ドリアードの長だろうか。
「何だ? 」
「何処かの者が、この建物の罠を発動したらしく、この森の腐敗が始まった。」
思わず勇斗はリリスに視線を向けたが、リリスはコソコソと木陰に隠れていた。
「我らが枯れゆくのは運命と受け入れよう。だが、この娘は助けてもらえぬか。」
巨大な樹木の中から白いワンピースにミントグリーンのシースルーのストールを纏った少女が現れた。その手に一本の杖を握りしめて。そして、その杖を見るなりリリスが木陰から飛び出してきた。
「それは七宝の一つ、風の宝杖パーセムではないか。良かろう。我らが、その娘を… これ? これ、勇斗。何処へ行く? 」
「その腐り始めた原因って、アンデット系か毒草系だろ? 退治してきてやるよ。」
「私もお供いたします。」
勇斗と少女は森の奥へと向かった。
「これ、ドリアードはそんな事、頼んではおらぬ… 言うても無駄じゃな。あやつが居らねば、余も迷宮を出ること、儘ならぬ。はぁ… 仕方ないのぉ。」
リリスも渋々と二人の後を追った。
「あのぉ、どうしてドリアードさんたちを助けてくださるんですか? 」
少女からすれば、通りすがりの人間が助けてくれる理由が分からなかった。
「原因が、あいつだから。」
勇斗は振り向く事もなく、親指で後ろを指した。
「よ、余ではない。たぶん… きっと配下の者が… 」
「同罪だろ? この迷宮探索を指揮してたのはリリスなんだから。」
「それは、その… なんじゃ… 」
結局、リリスは口籠ってしまった。
「あれか。」
この部屋の最深部に、まるでイソギンチャクのような形状の生物が、毒を撒き散らしながら、辺りの木々を枯らしていた。
「さて、どうするかな。」
「なんじゃ、ノープランか? 策もなく突っ込んで来るとは、相変わらず無謀な奴よのう。良いか、エクリプスの力で、あやつを弱体化し、そこをパーセムで浄化するのじゃ。」
「なるほど。この作戦でいけそうか? えっと… 」
「アリスです。アリス=グリューン。あいつの力を半分まで減らして貰えれば、私が使うパーセムでも、イケると思います。」
「上等っ! 」
勇斗はエクリプスを抜くと一直線に魔物を目指した。だが、魔物には近づく勇斗に反応出来ず、毒を吹き掛ける事は無かった。そして、徐にエクリプスを魔物に突き立てた。
「今じゃ、アリスっ! 」
「はいっ! 」
リリスの合図でアリスが浄化魔法を放つと木々の腐敗は止まり、魔物は徐々に縮小して、遂には消滅した。と同時に大きな扉の開く音がした。
「これで、次のフロアに進めるな。アリスはどうする? ドリアードの腐敗は止まったけど。」
「共に来るに決まっておろう。のう? 」
「えっと… はい。」
この反論を許さない辺りは、さすが王族というところか。何が待ち受けるかも知れない次のフロアへと三人は向かった。