#16 ナーサリー・ライム
「ここには女王が二人も居るのか? 」
ハーメルンが疑問を投げ掛けた。マルファスが白の女王と呼んだ女性は自分を『鏡の国の女王』と名乗った。
「ふむ。この鏡の中のような場所に国が2つも在るとは思えぬ。とすればじゃ。2人が女王を名乗って勢力争いを始めた。そうであろう? 」
リリスの推測にマルファスは大きく頷いた。
「さすが、継承権が有るのか無いのか分からないような末端でも王族だな? 」
「王位継承権なら、ちゃんと327位で持っておるっ! 」
アンリに茶化されてリリスは反論したが、327位では確かに有るのか無いのか分からない。
「赤の女王と白の女王は双子の王女として生まれました。それはそれは仲のいい姉妹として育ちました。けれど、母親である先代の女王が亡くなると、2人は次の女王には自分がなると主張しました。そんな隙を宝鏡スペクルムの欠片を奪って、この世界に逃げ込んで来たジャバウォックに突かれて姿を奪われてしまいました。赤の女王はカラスに、白の女王は黒猫に姿を変えました。赤の女王はジャバウォックを追って来たマルファスに姿を取り戻してくれるよう頼みましたが、マルファスは逆に孫と一緒に姿を奪われてしまいます。今度は白の女王が七宝を集めた一団に姿の奪回を依頼しました。果たして、この一団は女王たちの姿を取り戻す事が出来るでしょうか? 今、ココだよ。」
「一度、対峙している、お二方にジャバウォックについての情報提供を求めます。容姿、行動、習性、能力、その他、お気づきの点がありましたら、ご提示ください。それに伴い対策を思索し施策検討いたします。」
一通り語ったライムに対してコッペリアは当然の質問をしたつもりだった。しかし、マルファスとライムは顔を見合わせて困っている様子だ。
「ジャバウォック自身の姿を見た者は居らんのじゃ。だから容姿も行動も習性も分からん。能力とて、姿を奪い取る事が出来るくらいしか誰も知らぬ。役に立てなくて申し訳ない。」
それを聞いた勇斗は首を傾げた。
「マルファス。それなら、どうやって相手がジャバウォックだと認識した? ライムはジャバウォックをどうやって追いかけたんだ? 」
すると再びライムが語り始めた。
「ジャバウォック。それは姿無き魔物。自らの理想の姿を求めて他者の姿を奪う者。彼の心は闇の中。彼の姿は鏡の中。彼は嫌う。己が姿を映す物。姿無き姿を映す物。鏡の国で創られし宝鏡スペクルム。彼は戦う。鏡を国を滅ぼし、己の姿を映すスペクルムを直せなくする為に。消滅叶わぬなら割って直させぬ。ジャバウォック。姿無き魔物。鏡の国の深淵に潜みし不敵の魔物。」
「どうやら、孫娘さんの方が詳しそうね? 」
白雪に言われてライムは首を横に振った。
「あたいは知ってるんじゃない。覚えてるんだ。親父がこの世界から持ち帰った童謡を。この世界の謌を歌として唄として詩として。ただの丸暗記。詞の中身を考えた事も無い。でも、ジャバウォックからあたいやお爺さんの姿を取り戻して貰うのに手掛かりはこれしか無いんだ。」
「なるほど、大盗賊ラウムは鏡の国である事を踏まえて娘に謌を託したんだな。」
「どういう事にゃ? 」
勇斗は納得したが、ペロの頭の上にはクエスチョンマークが飛んでいた。
「鏡の中でも謌はひっくり返らないって事だ。」
この世界では、今までも進みたい方向の逆に進むと目的地に着いた。目に見える物は左右が逆になる。しかし、音は鏡の世界でも逆になる事はないという訳だ。
「コッペリア。今の謌からジャバウォック対策を考えてくれ。」
「承知いたしました。ただいまより分析、検討に入ります。」
少しは時間が掛かるかと思われたが、コッペリアの検討は意外と早く終わった。
「ジャバウォックの習性として姿がはっきり鏡に映らない夜行性である可能性が推測されます。姿を奪う対象は女王、マルファス氏、ライム嬢と老若男女は問わないと思われます。囮として七宝の主以外の人間としてリリス・フェー、アンナ・マリアの二名を候補とします。ジャバウォックが現れましたら白雪様のスペクルムにジャバウォックの姿を映しながら、マスターがエクリプスにて姿を隠しながら討伐してください。出没地点からジャバウォックは特定の巣を持っていないと思われます。また、ライム嬢のお話しにより、スペクルムの修復を恐れていると思われます。単独行動で巣を持たない事からスペクルムの欠片をジャバウォック自身が持っている可能性が高いと推測されます。」
それを聞いたリリスが噛みついた。
「待たぬかコッペリアっ! 妾は王族なるぞ? それを生け贄にするとは何事ぞ? 」
「生け贄ではなく、囮です。姿を奪われた場合、女王たちのついでにリリス様の姿もマスターが取り戻しますから問題ありません。」
素っ気なくコッペリアが返した。
「あ、あたしはご主人様を妖力にてお守りしなくちゃいけないの。同じ人に仕える身なんだから、力になりたいって気持ち、分かるでしょ? 」
「私は機械人形ですので気持ちが分かりません。力になりたいのであれば、なおさら囮になってください。」
普段は余り仲良い所は見せないリリスとアンナだが、この時ばかりは2人同時に相手の顔を見てから項垂れた。