#15 カラスの靴
「こっちです。」
「あっちです。」
ダムとディが別々の方角を指す。
「そっちだって。」
アリスが更に別の方角を指す。
「どうしたものかの? 」
リリスが途方に暮れる。
「決まったら起こしてぇ~。」
ローズが眠ろうとする。
「寝たら置いていくわよっ! 」
白雪が叱る。
「… どっち? 」
メイジーが尋ねる。
「トゥイードルダム様の正しい可能性25%、トゥイードルディ様の正しい可能性25%、アリス様の正しい可能性25%、その他の可能性25%。私はマスターに従います。」
コッペリアが答える。
「コッペリアちゃんがそう言うなら俺も従うぜ。」
ハーメルンは同調するも主体性の無さに、こっそり減点される。
「獣の勘はダムが正しい言ってるにゃっ! 」
とペロが言えば
「女の勘はディが正しいと言ってるけど? 」
とアンナが返す。結局のところ、案内が居ても正解が分からない。
「白雪、スペクルムにダムとディは映ってるか? 」
「え? そりゃ鏡だもの。」
勇斗の問いに白雪が答えた。
「じゃあ向こうに行くぞ。」
そう言って勇斗が歩き出したのはアリスが指したのと180度、反対方向だった。
「えぇ~!? その他25%ってやつ? 」
アリスはちょっと不満そうだ。
「違うわよ。勇斗はアリスを支持したの。」
「え、でも… 」
「勇斗が女王に近づく時に、どう動いたのか思い出しなさい。」
アリスは白雪に言われて思い出してみた。確かに、あの時の勇斗は後退りをしていた。
「あ… 」
「ほら、着いた。」
いつの間にか、一行は忘却の森を抜けていた。
「あれ? アリスじゃないか。」
「本当だ。アリスじゃないか。」
何故か今更のようにダムとディがアリスに声を掛けてきた。
「なるほど。どうやら忘却の森を抜けた事で忘れていた事を忘れたようじゃな。」
「僕たちは変わってないのにゃ? 」
ペロが自分たちには何の変化もない事に小首を傾げていた。
「きっと鏡の国の住人にしか作用しないのじゃろう。この先はどう進むのじゃ? 」
リリスの問いにダムとディは顔を見合せ真剣に悩み出した。
「はて? 」
「さて? 」
ダムとディは忘れていた事を忘れ、覚えていた事も忘れていた。
「カラスの足跡。」
突然の声にリリスは手鏡を取り出し、アンナは目尻を一所懸命に伸ばし始めた。
「カラスの足跡を追ってカラスの靴跡を辿らずに猫の足音を追う。小暗しき森より、ジャバウォックは飄々と飛んでくる。」
声の主は宙に浮いた、耳から耳に届きそうな口でニヤニヤと笑う猫の頭だった。この世界に来たばかりの頃ならば、いざ知らず今の勇斗や白雪は驚きもしない。その様子を見て猫の頭は不満そうな顔になった。
「おい、こら。驚け戦け。轟けチェシャの名、もののけチェシャ。」
「今さら空飛ぶ猫頭ぐらいで驚くか? それよりジャバウォックの居場所を知ってるなら教えろ。」
「猫頭はチェシャだが浮いてはいるが飛んではいない。ジャバウォックはひねくれカラスの気紛れ、夕暮れ、明日天気にしておくれ。足跡、靴跡、飯の跡。朝飯前の昼の後。森から翼で歩いて消ゆ。」
勇斗の問いに意味不明な答えをするチェシャ。意味が在るのか無いのか。それさえ不明なチェシャの答え。
「コッペリア、どう思う? 」
「文脈、単語、共に判断致しかねます。」
コッペリアでも判断不能という事は、やはり意味など無いのかもしれない。勇斗がそう思い始めたところで声がした。
「何を人間相手に困らせているんだね? 」
「こら、カラスども。足跡、靴跡を付けるんじゃないっ! 」
ギョロリとしたチェシャの瞳に二羽のカラスが映っていたが、視線の先に居たのは老人と少女だった。
「貴方は? 」
取り敢えず勇斗は老人に話しかけた。
「儂は建築士のマルファス・クロウ。こっちは孫娘のライムと申します。」
「あたいはライム・クロウ。迷宮の塔を造ったマルファス・クロウの孫にして、そこに七宝を集めた大盗賊ラウム・クロウの娘… って、何であんたらが七宝持ってんだよ!? この泥棒っ! 」
「これこれ。たった今、父親は盗賊と自分で言ったではないか。ならば、そもそも盗品なのではないのかのぉ? 」
感情的になったライムにリリスが冷静にツッコミを入れた。
「あの塔を造ったのは貴方か… 面倒な物を造ってくれたもんだな。それで造った本人が、何故こんな水晶の中に居る? そもそも造った本人なら出口を教えて貰えないか? 」
「無事に水晶から出られたら構わんよ。七宝スペクルムの欠片を奪ったジャバウォックを追っかけたライムを追って入ってしまったのだが、出方が分からん。で、赤の女王と名乗る女性から体を盗み出してくれたら水晶から出して貰えて、スペクルムの欠片も貰えると言うので引き受けたんだが…。」
「あたしらも姿盗られて今はカラスって訳。あんたらが見てる姿は虚像。さすがにチェシャの目は誤魔化せないけどね。」
「なるほど。貴方たちが失敗したので俺たちか。」
「いや、君たちは儂たちと反対から来ただろ? 君たちに依頼したのは白の女王だろう。」
ここに来て、ようやく塔から脱出する具体的な手掛かりを掴んだと思ったが、勇斗には面倒な事が起きる予感しかしなかった。




