#14 鏡の中のアビス
「クロス、纏った方が、安全。」
メイジーが勇斗に宝衣クロスを差し出した。
「そ、それなら風で… 」
「風だと舞っちゃうからぁ、水の珠がいいよぉ。」
アリスはローズに出番を奪われると、リリスに慰められていた。リトルの身の安全を考えると時間が無い。巨人は勇斗の入った水の珠を投げ上げた。玉入れのように水の珠は鳥の巣に入ると割れてクッションとなり、中のクロスから勇斗が出てきた。
「冷たいぃ。」
割れた水を被ったリトルが口を尖らせていたが、どうやら無事のようだ。そこに鳥が帰って来た。エクリプスを抜けば自分の姿は隠せるが、それではリトルが危険だと判断した勇斗は、そのまま身構えた。すると、戻ってきた鳥が首を捻り、ジーっと勇斗を見ている。
「あ゛~っ! やっちゃいました? 今、下ろしますね。」
予想外の展開に勇斗が驚いているうちに、鳥は勇斗とリトルを連れて舞い降りた。
「いや、申し訳ない。鳥目なもんで。ずいぶん大きな蛾蝶の幼虫だなとは思ったんですよ。」
鳥目で見間違える程、暗いかとも思ったが屋内なので薄暗いといえない事もない。
「あ、人間とか巨人とか食べないんで。魚とかと違って骨が消化出来ないんすよ。今度、蛾蝶の幼虫、一緒に如何っすか? 」
人間を食べない理由がそれか、とか昆虫食は生理的に遠慮したいとか、ツッコミどころは多いが、それどころではない。再び出口の手掛かりを失ってしまったのだ。
「お詫びっちゃ、なんですが。」
鳥は一緒に持ってきた玉子を嘴で突ついて割った。すると中から巨大な水晶が転がり出てきた。
「この水晶、中に居る魔物が宝鏡スペクルムの欠片を持って逃げ込んだって曰く付きの水晶なんでさ。皆さん、お強そうなんで取りに行きやせんか? 」
「なるほど、それで白雪のスペクルムは見た目が異なっておったのじゃな。」
鳥の話しにリリスは、あっさりと納得したが信じていいものだろうか。少し軽すぎる気もするが、他に手掛かりもない。
「誰か異論のある奴はいるか? 」
一応は聞いてみたが、ここまで来たら一蓮托生である。それに七宝を分断するのが得策ではない事は承知している。勇斗が水晶に手を当てると吸い込まれていった。慌てて皆が続いた。水晶の中ではぐれでもしたら大変だ。
「行っちゃいやしたね。この水晶の深淵、何処に繋がってるか、分からんのやけど… ま、えぇか。」
鳥は再び水晶を巣に持ち帰り、巨人の親子は家に帰っていった。一方、水晶の中では運良くはぐれる事は無かったがコッペリアの様子がおかしい。
「コッペリアちゃん? 」
ハーメルンが様子を窺うとコッペリアが飛び退いた。
「驚かせてすみません。私はこの鏡の国の女王です。今は姿を奪われてしまったので、この機械人形を操らせて貰います。」
「コッペリアちゃんを返せっ! 」
女王に迫ろうとしたハーメルンは逆に遠退いていた。
「鏡の中の操り人形か。女王の目的はなんだ? それとコッペリアは確かに機械人形かもしれないが、大切な仲間だ。解放してもらえるか? 」
この勇斗の仲間という言葉にコッペリアが反応した。その場にコッペリアが座り込むと近くに居た黒猫が喋りだした。
「驚きました。この機械人形、自らの“意思”で私を追い出すとは。」
「お仲間かにゃ? 」
黒猫に近づこうとしたペロもやはり近づけない。
「なるほどな。」
勇斗が後退りをすると黒猫の前に着いた。
「それで、用件はなんだ? 」
「ジャバウォックを倒して私の姿を取り戻して欲しい。そうすれば、奴の持つ宝鏡スペクルムの欠片は差し上げよう。」
「良かろう。こちらも宝鏡スペクルムは望むところ。ここは王族同士、このリリス・フェーが、しかと引き受けた。」
相変わらずリリスの外面の良さが顔を出す。
「勇斗様の安全確保の為、ジャバウォックの詳細情報を求めます。」
女王を追い出したコッペリアではあるが、勇斗に不利益となるような事はしない。スペクルムの欠片を手に入れる為にも、未知の敵、ジャバウォックについて知っておく必要があった。現状では巨人のように話しの通じる可能性すら否定できない。
「ジャバウォックは名も無き勇者にしか倒せぬ悪魔です。名も無き… それは、この世界の名を持たぬもの。今まで、この鏡の国に足を踏み入れた異世界人は居ませんでした。もう覚えてはいないでしょうが、アリスが来た時には期待したものです。」
「私? 」
女王の言うとおりアリスは何も覚えていない様子だった。
「えぇ、貴女です。ですが、貴女はまだ幼く、ジャバウォックに追い詰められドリアードに助け出されました。こうして異世界の勇者を連れて戻ってこられたのも、何かの縁なのでしょう。」
勇者と呼ばれてもピンとこない勇斗ではあったが、女王の話し通りであれば、ここまで一緒に来た全員が勇者ともとれる。そうだとすればジャバウォックを倒せる可能性は、かなり高いのかもしれないと思っていた。
「で、そいつは何処に居るんだ? 」
「忘却の森の向こう側。トゥイードルダムとトゥイードルディに案内をさせます。」
「宜しくね、ダム、ディ。」
見た目には区別のつきそうにない双子をアリスは呼び分けた。
「分かるのかえ? 」
「だって襟に名前が刺繍してあるもの。」
不思議がるリリスにアリスは笑顔で答えた。




