#13 黄金の蛾蝶
「行っくよぉ~ 。」
ローズのかけ声と共に巨大な水柱が勇斗たちを乗せたクロスを吹き上げた。それでも高崎問屋町は階の中程。そこからはアリスがパーセムの風の力で一気に巻き上げた。辿り着いた階は足元に霧が立ち込め、まるで雲の上に居るようだった。勇斗は辺りを見渡すが出口らしき物は見当たらない。
「リリス。七宝が揃えば出られるんじゃなかったのか? 」
「その筈なんじゃが… 。」
リリスも首を捻っていた。おそらく、本当に知らないのだろう。
「待てぇ~っ! 」
子供ような口調だが、野太い声がした。幸い、足元の霧を掻き立てれば姿を隠す事は出来た。後は声の主の鼻が利かない事を祈るしかない。現れたのは様子は明らかに幼児なのだが、身の丈は3m程はあろうか。これが本当に幼児なら親は巨人という事になる筈だ。そんな幼児が人間など楽々捕まえられそうな虫取網を振り回して金色の虫を追っていた。蝶だろうか、蛾だろうか。厳密には区別が無いとも聞く。今まで通りなら、この子の親を倒す事になるのだろうが、さすがの勇斗も無邪気な子供の姿を見ると悩んでいた。
「誰か、この種族に詳しい奴は居るか? 」
勇斗の質問に、それぞれが顔を見合わせた。
「無理じゃな。そもそも、この階に到達した事のある者など、この中に居る筈もない。」
リリスの言うことも、その通りだとは思った。
「ちょっと様子を見てくるから、見つかるなよっ! 」
宝剣エクリプスの能力で姿を隠すと勇斗は幼い巨人の後を追った。歩幅は広いが巨人といってもまだ幼い。それほど追う事は苦ではなかった。
「なんだ、リトル。お客さんかい? 」
どうやら親の方は鼻が利くらしい。どこがリトルなのやらと思いつつ、子供の服をよじ登ってテーブルの上に出ると勇斗は剣を収めた。
「ほう。慣れない臭いだとは思ったが人間じゃないか。いったい、何の用かな? 」
どうやら話しの通じる相手のようだ。いきなり戦闘にならなくて良かったと勇斗は思った。
「俺は異世界から召喚されたんだが、元の世界に還る方法を知らないか? この迷宮を出る方法でもいい。」
リリスたちには聞こえないのをいい事に、勇斗はダメ元で帰還方法を聞いてみた。
「魔法使いや妖術使いじゃないから、帰還方法は分からないな。この塔から出る? 考えた事も無かったな。お前さんのような人間ばかりじゃない。こっちの姿を見ただけで逃げたり攻撃してくる連中も居る。衣食住にも困らんし、建物の中だが自然もある。子育てには最高だとは思わないか? 」
勇斗に子育ての経験はないが、この巨人が現状に満足している事はわかった。だが、勇斗や白雪は召喚者であって転生者ではない。帰るべき場所があるのだ。この巨人の親子のように現状に甘んじてしまっても生きてはいけそうだが、事はそう単純ではない。
「それじゃ、この階の出口を教えてもらえるか? 」
「出口ねぇ。出た事が無いからなぁ。」
「じゃあ、どうやって入って来たんだ? 」
「リトルが金色の蛾蝶を追いかけて、かみさんがリトルを追いかけて、おいらが、かみさんを追いかけて気がついたら此所に居た。」
どうやら、この迷宮に居る連中は意識的に入って来た奴らが皆無なのかもしれない。兵を使って強引に侵入したリリスと欲に駆られたアンナを除けば。そして、その二人が勇斗と白雪を召喚したと思うと、勇斗には元凶がこの二人にすら思えてきた。
「最後の質問だ。この階に強い魔物は居… 」
「あんた、大変だっ! 」
「静かにせぇ。客人が驚くでねぇか。」
「だどもリトルが鳥の化け物に拐われただ。」
巨人と勇斗が話し込んでいる間に一人で家の外に出てしまったらしい。巨人の奥さんが化け物と呼び、子供といえど3mもの巨体を拐っていく鳥。どうやら、この階の獲物はそっちのようだ。この巨人親子と戦わないで済む事に勇斗は胸を撫で下ろしていた。だが、ほっとしている暇はない。
「その鳥の巣はどっちだ? 」
「あっちの方に飛んでっただ。」
勇斗は巨人と共に皆の元に戻ると事情を話して、巨人の奥さんが指差した方へと向かった。
「えっと… 吹き抜けって事でいいのかな? 」
アリスが見上げた先には天井を貫く巨木が立っていた。
「床に木が生えるなんて、おとぎ話でも聞かないわね。」
白雪も少々呆れていた。床下は下の階だし、どうみても最下層から伸びているとは思えない。だが、階を突き抜けているという事は、ジャッカルの豆の木よりも巨木である事は間違いない。
「おらが切り倒すだっ! 」
「これこれ。それではリトルとやらが危険じゃぞ? 」
斧を構えた巨人をリリスが止めた。根の様子が分からない状態で巨人に登らせて倒木でもしたら塔そのものが崩壊しかねない。そうなっては迷宮を出るどころか命が危ない。水柱と風で昇るには高過ぎるし、ジャッカルと違って相手は鳥だ。空中で襲われたらリトルを助けるどころではなくなってしまう。
「推定最高到達点は巨人による投擲と想定されます。ただし危険性、成功確率の低さから別の手段を模索すべきです。」
「じゃ、なんで言うのよ? 」
コッペリアにアンナがツッコんだ。
「勇斗様は危険性よりも可能性を重要視される可能性を考慮しました。」
「いい判断だ。」
勇斗は巨人の掌に飛び乗った。