#10 エナメルの瞳の少女
「誰か、コッペンの場所を知っているか? 」
ハーメルンは詳しい場所を告げずに消えていた。
「勇斗、何故アンナがあの階に入れたかとか、失われた七宝の技術とかリリスを問い詰めなくていいの? 」
「聞きたければ白雪に任せる。でも、技術をリリスが知っていたら、こんな迷宮に足を踏み入れないだろ? アンナは魔女の亜種みたいなもんだしな。」
それを聞いて白雪も納得した。勇斗ほどではないが、ここまで一緒に居た時間、見ていて知識豊富な人材が居るとは思えなかった。結局、コッペンを知っている者も居ないようだった。元々この世界の人間でも、この迷宮の塔に入ったのが初めてでは仕方がない。
「白雪、ハーメルンの足取りは追えるか? 」
「先程から試みてはいるのだけれど… ちょっと無理そう。」
この階である事以外に手掛かりはない。手分けをしたとしても、ここは迷宮。再度、落ち合える保証はない。この世界ではメッセージを送ったり電話をしたりという訳にはいかない。
「お困りですか? 何かお手伝い出来る事は、ございますか? 」
不意に話し掛けられて、一同は声のした方へ視線を集めた。そこには一人の少女が立っていた。いつの間に近づいて来たのか、気配は全く感じられなかった。それどころか、今も目の前に居るというのに生気が感じられない。どこか作り笑いのような笑顔の瞳も作り物のようだった。
「誰だ? 」
「申し遅れました。私は、今は亡きコッペリウス博士に造られた機械人形、コッペリアと申します。」
「コッペリウス博士じゃと? 博士は、かなり昔に行方不明になったと聞いていたが… こんな所で亡くなられていたとは。」
驚いたように声を挙げたのはリリスだけだった。庶民には馴染みの薄い人物だったのだろうと勇斗は思った。
「博士は、この迷宮に迷い混み、話し相手として、この水路の予備パーツ等から私を造り上げました。そして亡くなられる際に、同じように迷い混んで来た人の助けになるよう命じられました。」
その話し方は無機質ではあるが、AIの合成音声より、はるかに流暢だ。この水路の予備パーツで出来るサイズ感ではないし、一応は疑って掛かった方がいい… と考えたのは勇斗と白雪だけだった。リリスはコッペリウス博士の造った機械人形となれば七宝に劣らぬ逸品と力説し、アンナはコッペリウス博士の遺作として売り出す事を考えていた。ペロとローズは興味無く、眠たそうにしていたが、メイジーは相手が機械と聞いた所為か、人見知りせずに近づいていた。アリスはよく分からない質問をしていたが、コッペリアは真面目に答えていた。
「お前ら、いい加減にしろ。ハーメルンを追う方が先だろう? 」
「はぁい。」
皆が渋々下がる様子を見て、コッペリアは勇斗に近づいてきた。
「お名前は? 」
「や、月見里勇斗… 勇斗でいい。」
咄嗟の事に勇斗は驚いてフルネームで答えた。
「貴方がこのパーティーのリーダーという認識でよろしいでしょうか? 」
「おぉ、そうだそうだ。勇斗様が御主人様だ。」
嬉々としてアンナがゴマをするように、しゃしゃり出た。
「では、勇斗様を当パーティーのリーダーとして認識。マスターをコッペリウス博士に勇斗様を上書き。二代目マスターとして勇斗様を登録。これより私は勇斗様の所有となりました。なんなりと御命令を。」
コッペリアの琺瑯質の瞳は、真っ直ぐに勇斗を見据えていた。
「それじゃ、コッペンの場所を知っていたら、案内して貰えるかな? 」
「この階にコッペンという地名はございません。検索結果に古語で丘を意味するとございます。建物内で厳密には丘は存在しておりません。この階で丘のように周囲より高台となっている場所に該当するのは一ヶ所ございます。こちらで宜しいでしょうか? 」
「他に手掛かりも無いしな。頼む。」
「承知いたしました。この階の高台へ御案内いたします。」
コッペリアについて高台に着くと、そこにはハーメルンが待ち構えていた… のだが。コッペリアの姿を見ると慌てて駆け降りてきた。
「ちょっと待て。なんでコッペリアちゃんが居る!? 」
「道案内を頼んだんだが… コッペリア… ちゃん? 」
「ぐわっ! 」
いきなり勇斗の胸ぐらを掴んだハーメルンだったが、コッペリアに腕を捻られてから突き飛ばされた。
「マスターへの暴行は看過致しかねます。お下がりください。」
「コッペリアちゃん… 何故だ? 俺を拒否しておいて、何故、後から来たこいつがマスターなんだっ! 」
人目も憚らず叫ぶハーメルンに対し、当たり前ながらコッペリアは表情一つ変えない。
「ハーメルン・パイパー。宝笛パイドを用い、魔獣を隷属させる。その手法は力による支配であり非人道的。前回接触時に反省の弁を陳べるも虚偽である事が判明。先代マスター、コッペリウス博士より享受した人としての有り様より逸脱。よってマスター不適格と判断致しました。」
「じゃあ、こいつは人格者だとでもいうのかっ? 」
「完璧ではありませんが、人望もあり、仲間を大切にされています。この点に於いて貴方様よりは遥かに人格者であると判断いたしました。」
コッペリアの回答にハーメルンは明らかに戸惑いを見せていた。