#1 美女と魔獣
「うわっ!? 」
少年は宙から落ちて尻餅をついた。ベッドから落ちたにしては、いつもより痛かった。
「うぅむ、ハズレか。」
声のした方を向くと絢爛豪華なソファーに絶世の美女が横たわっていた。
「あの、ここは何処だ? それにハズレって? 」
美女は羽根扇で自分を扇ぎながら、欠伸をした。
「ここは迷宮の中じゃ。妾を護ってくれる屈強な若者を召喚したかったのじゃが、こんな、細っこい坊やとはのう。余の命運もこれまでじゃ。」
「勝手に呼び出しておいて、何なんだ!? 」
この訳の分からない状況で、訳の分からない事を言われて少年も少し腹が立ったらしい。しかし、美女は意に介さない。
「その点については、すまぬと思っておる。余が共に喰われてやる故、勘弁いたせ。」
「喰われる? 」
「あれじや。」
羽根扇を閉じて指し示した先に、それは居た。
「ベビーモス!? 」
「ほう、魔獣ベヒモスを知りおるか? いかにも、ベヒモスじゃ。あやつを倒さねば、この部屋を出られぬ。この部屋を出られねば、この迷宮は出られぬ。お主の細腕では無理じゃ。諦めて… 」
少年からすれば、ゲームやアニメで見るベヒーモスの容姿は、大体こんなものだった。
「冗談じゃない。いきなり喚ばれて喰われて終わりなんて、まっぴらゴメンだっ! 」
少年は辺りを見回して武器になるものを探した。
「諦めよ。足掻いても無駄じゃ… !? 」
少年は一本の剣を手にしていた。そして、ベヒモスへと立ち向かっていった。その光景を美女は横たわったまま、楽しそうに見ていた。
「面白い。面白いよ坊や。この部屋の宝物、闇の宝剣エクリプスを見つけるとはのう。少しは可能性が出てきたか。まぁ、敗北せし時は、予定通り余が共に喰われてやる。思い存分、暴れるがよい。」
少年は正面から突っ込んでいくが、ベヒモスは気にせず美女へと向かっていた。
「無視してんじゃねぇぞっ! 」
少年が剣を横一閃するとベヒモスの右前足を斬り落とした。
「えっ!? 」
斬り落とした少年自身が、自分の目を疑った。
「ほう、可能性が確実性に変わったのぅ。」
美女は肢体を起こすと、少年を見守った。少年は、まだ同じ場所に居るといいのに、ベヒモスはキョロキョロと辺りを見回し、耳をそばだて、嗅覚を研ぎ澄ます。姿が見えた様子は無いが、嗅覚を頼りに少年にベヒモスの顔が近づいてきた。すかさず、剣を袈裟懸けに振り下ろすと左の角を斬り飛ばした。反射的にベヒモスは起き上がった。
「さて、助かるとなれば話しは別じゃ。余も力添えしてやろうではないか。坊や、跳ぶのじゃっ! 」
言われるがままに少年が跳び上がると、その高さは起き上がったベヒモスの体長を軽々と越えた。そのまま、体重を乗せて一気に斬り降ろした。見事にベヒモスは真っ二つになって左右に倒れた。
「うむ、見事じゃ。出口の前も綺麗に… とは言い難いが、塞ぐ事なくベヒモスを倒した事、誉めてつかわす。」
「誉められても、別に家臣じゃないし。それより、これで用事済んだんでしょ? 早いとこ、元の世界に帰して貰えるかな? 」
「生憎だが、それは出来ぬ。」
「なんで? 」
「この迷宮の中は一方通行でな。喚ぶ事は出来ても還す事は外に出るまで出来ぬのじゃ。それに、お主はエクリプスに選ばれた。余の護衛として不足はない。」
「さっきまで、ハズレとか細っこい坊やとか言ってなかったか? 」
「それは、その、なんだ。エクリプスに選ばれたとなれば話しは別じゃ。」
「そのエクリプスに選ばれたって何? 」
「この迷宮に眠る七宝が一つ、エクリプス。お主が今、持っておる剣じゃ。魔物の力を失わせ、魔物から姿を隠す闇の宝剣。その剣で妾を護るのじゃ。」
「嫌だ。」
「何? 元の世界に戻れなくとも良いのか? 」
「あんたを助けたからって、戻れる保証は無いしな。大体、何様か知らないが、最初から高飛車で胡散臭くて、身勝手が過ぎる。部屋から出られるようにはなったんだ。俺も勝手に行くから、あんたも勝手に外を目指せばいいさ。」
「ま、待て。待ってくれ。お待ちください。待ってくだされぇ~。」
美女は遂に少年の足にしがみついて泣き出した。
「余は王族故、このような話し方しか出来ぬのじゃ。それに、この扇子よりも重い物は持った事がない。また、魔物に襲われたら、今度こそ喰われてしまう。褒美は望む物を与えよう。後生じゃ、連れて行ってくだされぇ~。」
言葉遣いは相変わらずだが、態度はかなり低姿勢になった。
「褒美って言ったって王族って事は血税だろ? それに、この剣の効力って魔物にしか無さそうだから、外に出た途端に兵士に捕まるとか、ありそうだしな。それに、さっきまで喰われる覚悟、決めてたじゃん。」
「いや、あれは助かる見込みが無い状況だったから覚悟を決められた。だが、お主と一緒なら助かると思えた。助かるとなったら、命は惜しい。」
「… 仕っ方ねぇな。取り敢えず、ついてきな。」
「よいのか!? 」
美女は子供のように瞳を輝かせていた。
「月見里勇斗だ。」
「えっ? 」
「名前だ、名前。外に出るまで一緒に居るのに、あんたとかお主も変だろ? 勇斗でいい。」
「勇斗じゃな。余はリリス=フェー。リリスでよいぞ。お主… 勇斗は特別じゃ。呼び捨てで構わぬ。」
こうして二人は闇の宝剣の間を脱出した。