第二話 小隊長専用特別寮
「疲れた……非常に疲れた……」
ミーティング――と呼んで良いのかわからないが――を終えた第五小隊は解散、各自帰寮する事になった。
神崎さんは終始不機嫌で、伊庭さんは無口無反応。楯岡と岸本に至っては軽く意識が飛んでいた。
非常に心配だ。これで対抗戦に勝利できるのか……。
自信は、まったく無かった。
これからの事を考えてとぼとぼと歩を進めていると、廊下の向こう側から駆け足で担任がやってくるのが見えた。思わず立ち止まる。
が、俺には関係ないと思ったのでまた歩き出した。結果、それは俺に関係する事、いや、思いもしない事だったのだけれど。
「草壁。探したぞ」
「ああ、すみません。今までミーティングをやってたんで……」
俺の言葉をどう解釈したのか、担任は「ほぉ、感心感心」と笑みを見せた。
嘘は言っていない。ミーティングをやったというのは……嘘ではないよな。
「ところで、何か俺に用事でも?」
「ああ、そうだ。伝え忘れていたんだが……小隊長は特別寮に住む事になっている」
この学校は小隊ごとのミーティングルームなどがある事からわかるように、かなり金持ちの私立高校で、しかも全寮制だ。当然ながら俺も寮生活をする事になるし、実際春休みからここで生活している。だが、小隊長という理由でどうやら俺は特別な寮に住む羽目になるらしい。
「マジですか」
「えらくマジだ」
今の部屋、ルームメイトの広池や高槻とは気があったから気に入っていたんだが……。
担任の顔を見る限り冗談ではない事が窺えるし、彼の手に握られているカードキーがより一層この話の信憑性を高くしていた。
「これが鍵だ。荷物は既に運んであるからそのままあそこに見える特別寮に進んでくれ」
カードキーを手渡され、指差されるのは窓の外。特別寮と呼ばれたそれは、普通の寮と違う部分は見当たらなかった。
その事を担任に尋ねると、「まあ行けばわかる」と笑って返された。
(まあ、行くしかないだろうな……)
たまった疲れがさらに押し寄せてきたような気がして、俺はさらにとぼとぼと歩いた。
特別寮には案外早く到着した。やっぱり普通の寮と変わらない気がする。
だが、入り口扉はオートロックらしくカードキーを使わなければ中に入る事は出来ないようだった。
担任から受け取ったカードキーを扉の隣にある玄関のインターホンパネルに差し込む。扉が開き、中へ進むと広がるのはシャンデリアや豪華な調度品が並ぶエントランスだった。どれもかなりの値段だろう。床は赤いカーペットだし。その奥にはゆっくりとした弧を描きながら二階へと続く階段が左右にそれぞれあり、二階にはたくさんの部屋が並んでいるのが見えた。
「お、君が最後の小隊長だね?」
外装と内装のあまりの温度差に俺が固まっていると、温和そうな声で誰かが話しかけてきた。
そちらに顔をやれば、立っていたのは上級生の男子だった。ここにいるという事はこの人も小隊長なんだろう。
「ようこそ小隊長専用特別寮へ。ここで生活できるという事はとても誇らしい事だよ」
「そ、そうですね……普通寮とは比べ物にならないです」
「うんうん。ちょっとやりすぎ感も否めないけど、生活に困ることは無いよ」
「それなら安心です」
この先輩は気さくで話しやすかった。
今まで神崎さんたちと会話していた俺にとってこの人はオアシスのようにも見える。
「早速部屋に案内しないといけないね。えっと、君の名前は?」
「草壁眞人です」
俺の名前を言った瞬間、先輩の顔色が変わったのが見えた。どうしたのかと俺が首を傾げていると、先輩は恐る恐る口を開いた。
「君、もしかしてお兄さんかお姉さんはいるかい?」
「双子の兄と姉が。あれ、そういえばあの二人もここ出身なのにどうして教えてくれなかったんだろう……?」
先にこういう事を教えておいてくれれば俺がこんなに困惑することも無かったというのに。
俺は心の中で兄と姉を恨んだ。……まああの兄と姉のことだ、「知らない方がスリルがあるだろう?」とか、「どんな状況であれ打破して見せなさい、愚弟」とか言うんだろうな。
「ああ……伝説の……」
「へ?」
「いや、うん、何でもない……草壁君だね。こっちだ、ついておいで」
今伝説って聞こえたけど……。
明人兄さんに千郷姉さん、あんたら何やったんだ。
弟の俺が好奇の視線に晒されてもいいのか。
いや、構いはしないなあの二人なら。
「ここだよ」
そう言って通されたのは二階にある部屋だった。ドアを開け、中に入ると正面にはテレビ、冷蔵庫やベッドが二つ置かれているのが見えた。どうやら二人部屋らしい。入ってすぐ、右手には洗面所が。左手にはクローゼットがあった。普通寮はトイレも風呂も共用だったのでこの違いは凄い。
「君と同じ部屋に住むのは一年A組の館山さんだね」
「はぁ。……って『さん』ってなんですか『さん』って!」
女性か、女性なのか!? うん、いやなんていうかそれって非常にまずいでしょう!
年頃の男女が同じ部屋で寝るってどうよ! 洗面所も共用だしとっても嬉しいイベントが――じゃない! 色々と危ないイベントが起こっちゃうかもしれないだろこれ!
「え? 女性には『さん』をつけるよね?」
「やっぱり女性ですか!」
「え? 何か問題でもあるかい?」と真顔で聞く先輩は本格的に感覚がずれていると思った。
どんな間違いがあるともわからないだろうに……。
俺が打開策を見つけるべく考えを巡らせていたところで、入り口の扉が開いた。
「おや、先輩」
ドアから姿を表したのは長い黒髪を後頭部で纏めて、ポニーテールにしている美少女だった。
「ああ、館山さん。この子は君のルームメイト、草壁くんだよ」
「そうか、よろしく草壁。私は館山葉月。一年A組第三小隊長だ」
「あ、どうも、よろしく」
差し出された手を握り返す。
柔らかい。どう考えても女性だ。
もういいや。向こうが納得してるんなら文句は言うまい。
俺は考えるのを放棄した。
「さて……じゃあ夕食まではルームメイド同士親睦を深め合ってくれたまえ。夕食は七時からだよ」
二人でわかりました、と答えると、先輩は満足したのか部屋を出て行った。
残されたのは俺と館山さんだけ。
「さて……私は既に荷物を纏めているから、君も纏めたらどうだい?」
「あ、うん、そうするよ」
館山さんに言われ、ベッド近くにおいてあったトランクケースの荷物を纏めにかかる。横目では館山さんが苦笑しているのが見えた。
「えっ、と……どうかした?」
「いや、小隊長とは思えないような人物だからな。小隊長は皆お堅い奴ばかりだと思っていたが」
それは多分小隊長が本来あるべき姿です。
「自分でもよくわかってないんだよ……なんか小隊長になってるし、隊員は協調性ないみたいだし」
「ふむ……、まあ何であれ熱意を見せれば隊員も着いてくると思うがね。それに小隊長に選ばれたんだ、君にはそれだけの力があるはずさ」
「だといいけど」
なんか励まされてる。でも、館山さんが良い人だってのはわかった。
視線を荷物に戻す。下着関係はベッドに放り出し――
「貴様何を放り出しているっ! 馬鹿者っ!」
「え、え?」
「し、しししし下着を放り出すな馬鹿ぁ!」
見れば館山さんは顔を真っ赤にして顔を背けていた。指先にあるのは俺の下着――トランクスとか。
……いやあの、これは俺の配慮が足りないのもあると思うんですけど、男子と相部屋の時点で既に覚悟しておくべきことでは。
「その……ごめん」
「い、いや、仕方ない……。男子と相部屋の時点でこれは想定するべきことだったろう」
「……そういえば、何で俺達相部屋なの?」
普通は男子と女子って別の部屋だと思うんだが。
間違いがあるとも限らないし……、教育機関としてこれはどうなんだと思うが……。
「部屋割りは全てアトランダムだそうだ」
「じゃあ仕方ないか……。とりあえず、これからよろしく」
「ああ」
俺達はもう一度握手を交わしあった。
彼女――館山葉月とは良い友人になれそうだ。
初めての後書きです。
正直主人公フラグ立ちすぎです。羨ましい。
感想批評、誤字脱字の指摘等お待ちしております。