第一話 隊長なんて、無理だ
何故俺達が戦争のようなものを行っているかというと、それは今から一月ほど前――四月に遡る事になる。
それは入学式の翌日のことだった。
ホームルームがあり、クラス全員の自己紹介や担任の自己紹介、委員会や担当する係を決めると、最後は担任からの連絡だけになった。
そして、壇上に立った担任は開口一番こう言ったのだ――
「君たちには、我が校独自の規定により……戦争をしてもらうことになる」
当然の如く教室は騒がしくなる。
戦争――それは最も原始的で、最も暴力的な、人間の古代からの営み。
ただそれは、この日本の、まして数多ある高校の一つで行われるものではない。
周りの生徒達は怖がったり、『戦争』という言葉に目を輝かせているようだったが、俺はどうもその言葉を信じる事ができなかった。
「あー、誤解を招く言い方だったね、すまないすまない」
一気に落ち着きをなくした生徒達を見て、担任が軽く謝罪する。
彼は続けた。
「これは学内対抗戦と言った方が良いかな……。その名の通り、この学校にいる全ての生徒が敵だ」
教室内はさらに騒然となる。皆明らかに表情を強張らせ、周りの生徒達を見ていた。
「とは言え、クラス内の皆は敵になる事はない。このクラス以外の全員が敵なんだ」
担任によれば、四十人いるクラスメイトを五人で一つの小隊とし、戦争はその小隊で纏まって行うらしい。
できる小隊は全部で八つ。様々な状況下で行われる戦闘、その結果全てを学期末に集計、各クラス一番の戦績を残した小隊が同じように他のクラスからも選ばれた小隊たちとトーナメント戦を繰り広げ、優勝した小隊にはそれなりの褒賞が与えられる。
小隊編成は完全にランダムだが、小隊長はその小隊内で入学試験の成績が一番良かった者が選ばれる。なるほど、入学試験であった100メートル走のタイム計測や動体視力計測とか言う存在意義がわからなかったテストはこのためにあったのか。まあなんにせよ俺には関係ない話だが。
……と、基本的な事項はこんなところか。詳しい事はまたおいおい伝えると言って、担任は手元の冊子を捲り出した。
「早速だが小隊の編成を発表しようと思う。名前を呼ばれた者は返事をして、その場に立つ事」
「第五小隊。草壁眞人」
名前が呼ばれる。はい、と返事をし、俺はその場で起立した。
「岸本修司」
「うぃっす」と気の無い返事をして――まるで髪の毛がライオンのたてがみの様だった――岸本と呼ばれた男が立った。
俺よりも前の席に座っているので顔は見えないが、戦争という言葉を聞いても大して動じていないようだった。
その背中からは、特に根拠の無い自信のような物があふれていた。
「楯岡恵」
「はい」
続いて聞こえる凛とした声。男にしては長く、女にしては短いショートカットスタイルの髪の毛と、その小さな体が印象的な男子だった。
ただ、彼の視線はどこか遠くを見つめていた。まるで戦争の事など頭に無いかのように。
「伊庭灯」
「……はい」
静かで控えめな声が隣から聞こえた。
起立しているのは長い黒髪が印象的な女生徒。
大人しそうな彼女に、戦争は辛いのではないだろうか――そう思った。
「最後だ。神崎朱音」
楯岡よりもさらに凛とし、さらに岸本よりも自信溢れる声で返事をして起立したのは赤みがかった金髪が目を引く美少女だった。
彼女は俺を含む起立している小隊員を見回し、不敵な笑みをその顔に浮かべた。なまじっか美人なだけ絵になる。
だけど微妙だ。育ちは良いのだろうが、人を小ばかにしているような笑みが印象をあまり良いものにしない。
まあ、それはともかく、これで小隊員が全員揃った訳だ。
後は小隊長発表だけ。流石に俺が隊長という事は無いだろうが――
「隊長は――草壁眞人!」
「「え!?」」
俺は驚いて声を上げた。そして同じく、神崎さんもその目を見開いていた。
「いや、草壁が隊長だぞ?」
「あ、はぁ……えぇ?」
上手く状況を把握できない。
俺には一番無縁だと思っていた小隊長、その座に俺が……?
「草壁、小隊長に選ばれるという事は誇らしい事、名誉ある事なんだぞ」
「あ……はい、どうも」
「うむ……まあいい、次、第六小隊――」
小隊長に抜擢されたという事実を未だ信じることができないまま、俺は着席した。
何が起こっているのかはわからなかったけれど、一つだけわかったのは、
神崎さんが、敵愾心丸出しの視線でこちらを見ていた事だ。
全ての小隊編成の発表が終わった後、各小隊に分かれてミーティングを行う事になった。
まだお互いの事をよく知らないわけだし、当然とも言えよう。
しかしまだ俺は自分の置かれている立場が理解できていなかった。
いきなりお前は小隊長だと言われても、上手くやれるか自信が無いし、隊員たちが着いて来てくれるか心配だったのだ。
自分はこんなにも弱気だったということに今日初めて気がついた。
「で、なんか言ったらどうなの、草壁小隊長様」
険を含んだ声で神崎さんが言う。
ここは第五小隊の専用ミーティングルーム。こんな設備まで整っているのだからこれはいよいよ本格的だ。
なんだか胃が痛い。上手くやれるのだろうか。
「……じゃあ、自己紹介を」
「それはもうやったでしょ。あんた馬鹿?」
……居た堪れない。
楯岡はどこか空を見つめているし、伊庭さんは何かの本を読んでいる。
岸本は……寝ていた。実質俺が会話できるのは神崎さんだけか……。俺に敵愾心丸出しの。
「だけど、あれは形式的過ぎるだろ。もう少しお互いの事を知った方が」
「やれやれ……。何であんたなんかが小隊長なのかしらね」
それはこっちが聞きたいくらいだと言おうとしたが、逆効果のような気がしたからやめておいた。
「……あ〜あ、信じられないわ。私がこんな無能そうな奴の部下だなんて」
「無能って……」
「この私を差し置いて小隊長になったのがどんな奴かと思えばこんな優柔不断で女顔の――」
「女顔は関係ないだろ。コンプレックスなんだからほっといてくれ」
「あぁもうやってられないわ……!」
一人でキレて自己完結された。
ダメだ、神崎さんは俺が苦手とするタイプの人間みたいだ。
「……せめて、役割くらい決めるべきでは」
俺達の会話に耳を傾けていたのか、伊庭さんが口を開いた。視線は未だ本に落とされたままだが。
「役割か……良いかもしれない。ありがとう、伊庭さん」
「別に」
返ってきたのはそっけない返事。
向かいでは神崎さんが馬鹿にしたような目で俺を見ていた。
「馬鹿ね」
「もうわかったよ……」
初対面であろうと言う事は言うタイプの人のようだ。
やっぱり神崎さんは苦手だな。
「じゃあ、とりあえずさしあたっての役割を決めよう。『戦争』はその時々に応じてルールが変わるみたいだけど、基本の前衛や後衛を決めておけば、後で混乱する事も少ないはずだから」
無言。
誰も何も言わない。
気まずい空気が流れる中……聞こえるのは岸本のいびきだけ。
俺に隊長なんて、やっぱり無理な気がする。